●リプレイ本文
●谷
「こっちだよ〜」
高い空からシフールが馬車に向かって叫んでいた。馬車は案内役のシフール、トルスの後をついてゆく。
パリを出発して平地を走っていた馬車だが、昼を過ぎた頃には山を目標に登り始めた。幸いな事にちゃんとした道があり、馬車での進行には問題はない。
長い移動の後、トルスが御者をしていたブリジット・ラ・フォンテーヌ(ec2838)に話しかけ、馬車を停めさせた。すでに太陽は傾き、世界は赤く染まっていた。
「ありがとう。スカアハ、ケリドウィン」
ブリジットは馬車を下りる。馬車を牽いてくれた愛馬を撫でてあげた後で、続いていたはずの道先を眺めた。
吊り橋が完全に落ち、望む山との間には深い谷がある。
仲間も続々と馬車を下りて周囲を眺めていた。
「深いな‥‥。急がなくてはならないのに」
アリスティド・メシアン(eb3084)は谷底を見下ろすと、軽いため息をつく。それ程深くない谷ならベゾムを使って横断するつもりのアリスティドであった。しかし30メートルは軽く越えた深さがある。谷は長く続いていた。どうやら仲間が作る簡易の橋を待ったほうが良さそうである。
「馬車で話した通り、橋を作ろう」
リンカ・ティニーブルー(ec1850)は仲間からロープと縄はしごを受け取る。まずはロープを繋げて長い2本を用意する。その様子をトルスが空中で眺めていた。
「あ、約束は守るよ。ボクはシンシなシフールなんだ〜」
出発前にトルスとリンカは約束をしていた。男性に触られると大変な事と、ハーフエルフについてである。トルスは思ったより素直な男の子であった。
谷の間は15メートル。頑丈そうなこちら側の木と、山側の木との間を考えれば距離は20メートル強。ロープを4本繋げないと届かない計算だ。そして繋げたロープを2本は渡して、さらに縄はしごを組み合わせて簡易な橋を予定していた。
リンカがロープを矢に繋いで放ってみるが、失速して山側には届かない。
「これはちょっと大変ね‥‥」
シフールのポーレット・モラン(ea9589)とトルスが二人で繋いだ1本を持ち上げる。荷物は全部仲間に預けたが、それでもよろよろしながら山側に渡した。
夜になったが、無事に簡易な橋を渡して山に入る。リンカの愛犬も抱えて運ぶ事でなんとかなった。
(「待ってておくれ」)
アリスティドは馬達におとなしく留守番するようにテレパシーで言い聞かせる。トルスとポーレットが時々訪れて馬達の面倒を見てくれるという。それまでの辛抱である。
簡易な橋は2本あるうちの1本を外しておく。こうすればズゥンビなら使えないはずであった。
「大変でしたね。ここからは私達に任せて下さいな」
「うん。友だちはもっと大変なはずなんだよ」
アイシャ・オルテンシア(ec2418)は灯したランタンを手にし、道案内をするトルスと話す。
「この腐ったような臭い‥‥何かいるわ」
ポーレットはデティクトアンデットを使う。すぐ近くにアンデットが一匹いるとわかり、仲間に耳打ちする。
「亡者ならば、自然ならざるものをあるべき姿に戻して差し上げることこそが神の慈悲でしょう」
ヴァレリア・ロスフィールド(eb2435)が剣を抜き、仲間も戦闘の体勢をとった。ポーレットはホーリーライトで光球を作りだして地面に転がす。
リンカの愛犬黒曜が吠えた草むらから何かが飛びだしてきた。
「豚?」
アイシャが木剣で捉えた敵は豚のズゥンビ化したものであった。ヴァレリアと一緒に叩きのめす。
「夜だから臭いと魔法で注意するわね〜。先を急ぎましょ」
ポーレットはトルスと一緒に仲間より少しだけ先行する。
「これは?」
冒険者達は集落の悲惨な有様に立ち止まる。周囲の柵は所々に壊され、崩れた建物もある。すべてが荒らされているといってよかった。
「きっとこっちにいるよ〜」
トルスの導きで冒険者達は一軒の家に入り、石組みの階段を下りる。一番地下まで下りると、扉に突き当たった。
「ボクだよ。トルスだよ〜。助けを連れてきたんだ」
トルスの言葉に扉は開く。扉の中には生き残った集落民7人の姿があった。
●探索
翌日の二日目、小窓から朝日を確認すると、冒険者達は集落民と一緒に地上へと出る。
「神に仕える者としては亡者の存在は許し難いものです」
夜に見かけた時より、はっきりとした集落の惨状が冒険者達の心を痛ませた。ヴァレリアは十字架を手にして祈りを捧げる。
ポーレットもロザリオを両手で持って祈る。そして昨晩の事を思いだす。シフールの言語でトルスに訊ねた所、生き残った10人の中で友だちではない者はいないようだ。身を守る術として念の為に聖水をトルスに渡しておいた。
(「ホーリーライトは役に立つわねぇ〜」)
ポーレットは豚ズゥンビが光球を避けた様子を仲間と一緒に目撃していた。専門で成功すれば守りの場所となりそうだ。
「もう一人の犠牲も出さないようにしないと」
「そうです。集落の人に安心してもらうようにしないといけません」
アイシャとブリジットは強く心の中で誓った。既に集落民の6名が犠牲になっていた。家畜のほとんどもやられ、一部はズゥンビ化しているらしい。昨日遭遇した豚ズゥンビもそのうちの一匹なのだろう。
「新たにズゥンビ化しているという事は‥‥、何者かがしているということか」
「アタシちゃんもそう思うのよね〜」
リンカとポーレットがズゥンビを増やしている何者かの存在を疑っていた。
冒険者達はそれぞれに行動を開始する。夜間の戦闘を備え、午後から仮眠をとる事も申し合わせて。
「そうなのですか‥‥」
アリスティドとブリジットは集落民の三人とズゥンビに襲われる前について教えてもらう。昨晩も訊いたのだがより詳しく。
かなり以前から山奥ではズゥンビ数体が集落民によって目撃されていた。ただ奥にいかない限り、被害はなかったので長らく放置していたそうだ。
それが二週間ほど前から集落近くに出没し始める。ズゥンビの数もいきなり増えたようで抵抗空しく集落に攻め入られてしまった。家畜は地下に連れていった鶏6羽を残して全滅。集落民も6名を亡くした。
隠れていた地下室は貯蔵庫として活用されていたものだ。冬に備えていたおかげで、しばらくは食料に困ることはない。ただ、昼間に出られたとしても、夜になればズゥンビ共が暴れる。少し集落を直した所で一晩経てば努力は無に帰する。
「ポーレットさんとリンカさんが仰ってましたが、やはり黒幕がいるようですね」
ブリジットにアリスティドが頷く。
「周辺に生息するウサギなどの小動物はズゥンビ化していませんね」
ヴァレリアは集落の周囲を調べた結果を仲間に話す。あくまで予想と断るが、ズゥンビ化しているのは人間にある程度危害を加えられる動物ではないかとヴァレリアは口にした。
「黒曜と探ったが、あまりに死臭に満ちていてズゥンビ共が隠れているはずの場所は見つけられなかった。別の臭いがついた何かがあれば、辿れるかも知れないのだが」
リンカは愛犬の頭を撫でながら報告する。
「ポーレットさんと手分けして周囲を探りましたが、私もこれといった手がかりはありませんでした」
「そうなのよね〜。あと、トルスちゃんと馬達の面倒を見に行ったけど、元気だったわ」
アイシャとポーレットの報告を最後に聞いて、全員が仮眠をとるのだった。
●無数
(「みなさん、ホーリーライトからあまり離れないように」)
真夜中に輝くホーリーライトの範囲でアリスティドは仲間にテレパシーを送る。ポーレットが作りだしたホーリーライトにはズゥンビは近づけない。安全地帯があるのは戦闘において、かなりの優勢に繋がる。
集落の近くでズゥンビと冒険者の戦いは繰り広げられていた。
人のズゥンビ、豚のズゥンビ、牛のズゥンビ、野犬、オオカミのズゥンビ。
入り乱れて冒険者達を襲う。
アリスティドはムーンアローを放ちながら、全体の動きをテレパシーで指示してゆく。その際に上空で敵の行動を監視してくれるポーレットは頼もしい。
ブリジットはコアギュレイトで犬系のズゥンビの足止めをする。ズゥンビとはいえ、それなりに動きが俊敏だったからだ。
アイシャ、ヴァレリアは剣を振るう。正直にいってズゥンビ一体の実力は大した事はない。動きも鈍いし、攻撃も単純だ。ただ、圧倒的な数が問題であった。どこからこれだけの死体を探してきたのかわからない程に周囲を埋め尽くしていた。
ヴァレリアはホーリーライトまで下がり、ピュアリファイも活用する。中には一撃で倒れるズゥンビもいた。
リンカは可能な限り、矢を放ち続ける。集落民が矢を提供してくれたので、残り数を気にせずに射つ事が出来た。愛犬に護衛してもらいながら、ひたすらに弓をしならし続ける。
既に戦闘が始まってから3時間が経過した。
疲労の為、だんだんと押され気味になっていた時にポーレットが仲間に報告をする。人影を見かけたと。追いかけようと考えたが、ホーリーライトが消失する時間なので戻ってきたのだという。ポーレットは新たなホーリーライトを出現させる。
「もう一度探してくるわ〜」
ポーレットは灯ったランタンを手に夜空を飛んでゆく。
さらに一時間が経過し、ズゥンビがどこかに消えてゆく。冒険者達に追跡する元気は残っていなかった。
三日目の朝日が昇り始めたのは、それから二時間が経過した後だった。
●作戦
三日目、午後過ぎまで睡眠をとった冒険者達は戦った周囲を探る。
酷い死臭の中である物を発見した。デビルをかたどったペンダントを人のズゥンビがしていたようだ。
「6名の集落民の死体だけでは、あれだけのズゥンビを作りだせるはずがない。悪魔崇拝者が仲間の死体を使っている。そう考えるのが妥当だ」
リンカに仲間は頷いて今晩を考える。ただ待っているだけなら昨晩の繰り返しだ。いつかあのズゥンビ共の仲間入りをしてしまうかも知れない。
ポーレットが見かけた人影は確かに生きた者だった。デティクトアンデットで反応はなかったという。残念ながらどこに逃げたのかはわからなかったが、逃げた方角については予想される。
アリスティドがパーストを使って過去を探った。ポーレットの予想通りの方角に向かった事を突き止める。
「とにかく向かいましょう」
ヴァレリアはズゥンビの欠片を前に祈りを捧げると仲間に進言した。
冒険者達は仲間のポーレットの導きで山の中を進んでいった。
「誰でもわかります‥‥。あの洞窟がズゥンビが隠れている場所です」
アイシャとブリジットはすぐれない表情で報告する。ものすごい死臭で気持ち悪くなったようだ。
「とすれば、こっちの穴に悪魔崇拝者が隠れている可能性が高いはずですね」
アリスティドは大木の幹に隠れながら、崖にある横穴を覗いた。木板によって蓋がしてある。周囲に置かれた物といい、人が生活している形跡があった。
日が暮れる時間が迫っていた。
冒険者達は相談する。万が一の為、洞窟前にホーリーライトを置いてズゥンビ共が出られないようにしておく。
燻りだすのが安全だが、横穴の奥に抜け道があるかも知れない。それを確認している時間はなく、前衛二人を先頭にして踏み込む事が決まった。
可能な限りの魔法による強化をし、アイシャとヴァレリアが木板をぶち破って突入した。
ポーレットはホーリーライトをもう一つ出して穴の中に転がす。これでかなり明るいはずである。
アリスティドは入り口近くに立ち、ムーンアローを放つ。確かに横穴の中向かって光りの矢が飛んでゆく。ズゥンビを操る敵は横穴の中にいる。
「どうしてわかった!」
二人の男が横穴から飛びだしてきた。
リンカは二人の男の胸にデビルのペンダントがぶら下がってるのを目視する。そして構えていた矢を放つ。
「止まりなさい!」
矢が刺さりながらも、なお逃げようとする一人の男にブリジットがコアギュレイトを唱え、動けないようにする。
男を縛り上げ、話せるようになってから集落を襲った理由を尋ねた。
悪魔崇拝組織の新たな拠点としてこの山を選んだのだが、集落が邪魔なので排除しただけだと男は笑う。
横穴には7人の悪魔崇拝者がいた。ヴァレリアとアイシャの手応えからいって、誰もがアンデット作りに特化した者達だったようだ。捕まえた一人を除いて、最後まで投降する事なく、冒険者によって倒される。
「その魂が二度と迷うことなく、大いなる神の元へと召されますように」
ズゥンビ共が出られないように洞窟の入り口が崩されると、ヴァレリアは祈りを捧げた。仲間も一緒に祈る。作られたズゥンビならば、そう遠くない日に自然と動かなくなるはずだ。
夕日の中、冒険者達は生き残った男を連れて集落に戻った。
●未来
三日目から四日目にかけての夜にズゥンビは現れなかった。閉じこめた洞窟にすべてのズゥンビは隠れていたようだ。
「友だちを助けてくれてありがとう〜」
トルスは冒険者達の周囲をぐるぐる回りながら大喜びする。
「chu☆」
ポーレットはトルスのほっぺにキスをする。知らせてくれたのといろいろ協力してくれたことのお礼だ。トルスがもじもじと顔を赤くする姿に、集落民が忘れていた笑顔を取り戻した。
「トルス、これを領主か衛兵に渡せば集落の救援に動いてくれるはずだよ。この男は途中で衛兵に突きだしておく。その事も書いてあるから安心していいからね」
「すごいや。そっか〜こういうのがあればよかったんだね」
トルスはアリスティドから手渡された手紙をじっと見つめていた。
「仲間も同意してくれたので谷を渡る為の簡易の橋はそのままにしておく。ちゃんとした橋が出来るまでよかったら活用して欲しい」
リンカの言葉に集落民は喜んだ。そして冒険者全員にお礼をいう。
冒険者達は簡易な橋を渡り、馬車に乗り込む。ブリジットの草の用意とトルス、ポーレットの世話によって馬達も元気であった。
「帰りの御者は私がやります」
「途中からは、わたくしがやります」
アイシャが手綱を持ち、その隣りにヴァレリアが座る。谷の向こうではトルスと集落民達が手を振っていた。
冒険者達は手を振って別れの挨拶とした。そして馬車は山の下り道を進むのだった。
●パリ
途中で山と同じ領地内の町に立ち寄り、捕まえた男を衛兵に渡す。その為に行きより時間がかかったものの、冒険者達は無事にパリへと到着した。
報告の為に冒険者ギルドへ立ち寄ると依頼人であるアデリッドの姿があった。
「そんな事があったのですか。ありがとう御座いました。ロープ代などの材料代として受け取って下さい。せめてもの気持ちです」
アデリッドは冒険者から話を聞くと、追加の謝礼金を渡して去っていった。