あの領地へ向かおう

■ショートシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 1 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月15日〜09月23日

リプレイ公開日:2007年09月24日

●オープニング

「まだ途中じゃない‥‥」
 森の中、夕日で赤く染まる小さな丸太小屋を、集落の娘ミラは切り株に座りながら眺めていた。
 森の所有者である富豪アロワイヨーは、突然領主となって姿を消した。遠方の領地だけあって滅多な事では戻る事はないだろう。
 アロワイヨーが一人で造りあげた丸太小屋には出入り口も窓もない。木材の膨張と収縮が少なくなるまで、乾燥させてから空けた方がいいからだ。カマドもなく、屋根から煙突も伸びていない。ミラにいわれせれば、この丸太小屋は未完成であった。
「‥‥アロワイヨーが納得しているなら、それでいいんだけど‥‥」
 ミラはため息をついて、集落に戻る。
「あれ?」
 アロワイヨーが使っていた丸太小屋に集落の男一人が入ってゆく。ミラは気になって声をかける。
「ああ、執事さんから連絡があってね。ここにある物をトーマ・アロワイヨー領まで運ぶそうなんだ。既に冒険者ギルドには依頼を出してあって、段取りは出来ているらしい。いつ来るかわからないけど、ちょっと空気を入れ換えておこうと思ってね」
 集落の男の話しを聞きながら、ミラは小屋内を眺める。変な物ばかりが集められているが、いくつかの木像はとてもいい出来であった。
「マリア様‥‥」
 ミラは聖母マリアの木像をじっと見つめた。
「しゅ、集落からは誰も付き添わないの? だって、集落の恩人でしょ。アロワイヨーは」
「そうだなあ。よくわからんが、依頼を受けた冒険者次第かな?」
「そうね。冒険者次第よね‥‥」
 ミラはしばし考え込むのであった。

●今回の参加者

 ea1743 エル・サーディミスト(29歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 eb2456 十野間 空(36歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb5314 パール・エスタナトレーヒ(17歳・♀・クレリック・シフール・イスパニア王国)
 eb7706 リア・エンデ(23歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 eb8121 鳳 双樹(24歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ec1862 エフェリア・シドリ(18歳・♀・バード・人間・神聖ローマ帝国)

●リプレイ本文

●往復
 キラリッと朝露が葉から零れ落ちた。
「んっふっふ〜、本領発揮? 真骨頂? ♪」
 朝早いパリ近郊の林でエル・サーディミスト(ea1743)は鼻歌に合わせてステップを踏む。集めていた葉は気分を昂揚させる薬の材料だ。偽アロワイヨー一行を演じた際に気づいた事があるので、お節介をしてあげようと考えていた。
「あ、急がなくちゃ」
 集落行きの馬車出発も朝早い時間である。集め終わると駆け足気味に待ち合わせ場所に向かうエルであった。

 冒険者達を乗せた大型の馬車はパリ城壁の門を潜って集落へと出発した。まずは荷物を載せる為にパリと森の集落を往復する予定であった。
「アロワイヨー様太ったです〜といってやるのですよ〜!」
 リア・エンデ(eb7706)を組んでプンスカッと怒っていた。いつもは笑顔か、泣き顔のどちらかなのだが。
(「荷物は誰かが徹夜で番をしないとダメね」)
 パール・エスタナトレーヒ(eb5314)は愛馬ベリィで馬車と併走する。道中の事を心配しながら手綱をさばく。
 行きは順調に進み、昼頃に丸太小屋が並ぶ森の集落に到着した。
「これくらい平気です。あ、ミラさんお久しぶりです。その節はどうもです♪」
 荷物を載せる作業を手伝っている途中、鳳双樹(eb8121)は集落の娘ミラを見かけて話しかける。その声に仲間もミラの側に集まった。
「ミラさんはアロワイヨーさんのことをどう思っているのですか?」
「えっ?」
 エフェリア・シドリ(ec1862)が唐突な、しかし真正面からの質問をミラにぶつけた。
「どうっていわれても‥‥」
 普段さっぱりとした性格のミラも、アロワイヨーの事になると顔を赤くしてしどろもどろになる。その態度から答えは一目瞭然だ。
「そ、それは置いといて、アロワイヨーは集落の恩人だから‥‥、できれば誰か集落の人、連れてってくれないかな? 今までのお礼をいうべきだと思うの」
「集落の代表なら絶対ミラ様しかいないと思うのですよ〜」
 リアはニコリとしてミラの両手を握る。
「ミラさん、一緒に行きませんか?」
 とエフェリア。
「一緒に来ませんか?」
 と双樹。
「しふしふ〜♪ ミラさんの同行に賛成ですよ〜」
 とパール。
「ボクもいった方がいいと思うな」
 迷うミラにエルはこくりと頷く。
「アロワイヨーさんも、きっと毎日ミラさんの事を思いだしているはずですよ」
 十野間空(eb2456)は優しくミラに声をかける。領地までは遠い。その間にアロワイヨーの立場について話すつもりだ。
「‥‥一緒に連れて行ってもらえますか?」
 ミラの一言に笑顔で答える冒険者達であった。

「‥‥きちんとできたのですね」
 エフェリアはミラに連れて行ってもらい、アロワイヨーが建てた丸太小屋を見上げた。小さいながらも、きっちりと組上がっている。二人は急いで集落に戻り、そのまま馬車で出発する。
 荷物を載せた馬車は宵の口にパリへ戻った。そのまま船着き場まで移動するが、すでに閑散としている。御者によれば乗り込む帆船は明日入港するそうだ。
「わたしもここで過ごすわ」
 ミラも船着き場にある停車場所で一晩を過ごすという。宿に泊まっても構わないと依頼書にあった。おまけでついてゆくとはいえ、アロワイヨーがミラを別の扱いにするとは考えにくい。それでもミラには思う所があるのだろう。
 冒険者達も宿以外に自分の寝床に戻る事も出来るが、ここは荷物が心配であった。テントを用意してみんなで馬車周辺で過ごす事にした。
 ミラはエルのテントへ。他の女性達はパールのテントへ。十野間は御者のテントへ潜り込む。
 初日はパールが徹夜で荷物番をし、他の仲間は交代で休む事になる。後の日は徹夜が強いエフェリアと十野間にパールの立場を代わってもらう予定だ。
「何を作られているんですか?」
 テントの中に入ると、ミラはエルに裁縫道具を貸す。馬車に備え付けのランタンを借り、明るいテントの中でエルは裁縫を始める。
「ミラにあと一歩の勇気が沸きますように、ってね‥‥いてっ!」
 エルは針を刺した指を涙目で口にくわえた。どうやらお守りの袋を作ってくれているようだ。中には薬を詰めるらしい。
「‥‥ありがと」
 ミラはお礼をいうと恥ずかしそうにパールから借りた毛布にくるまった。

●船上
 翌日の二日目の朝、帆船は船着き場に入港する。領主の所有物らしく、とても設備の整った帆船だ。馬車を積載するとすぐに出航した。
「その恋する乙女さんは、想いがあるならぶつけなきゃ駄目だって言ってたのです〜」
「恋するっていわれても‥‥」
 リアは両方の拳を胸の前で握って力説する。
 甲板にはミラ、リアと双樹の姿があった。
「上手くいえないですけど‥‥アロワイヨーさんがダイエットをしてた時、ミラさんとアロワイヨーさんが一緒にお話されてたり、していた時の顔がとても楽しそうでした」
「それは‥‥年齢の近い人が集落に少ないからかも」
「そんな事ありませんよ。ミラさんもアロワイヨーさんも、他の方と一緒の時にはあんな風にはならないと思うんです」
 リアと双樹の言葉にだんだんとミラはうつむいてゆく。
「ミラさんはどうしたいですか? 言ってくだされば私、なんでも協力しますよ?」
「わたしは‥‥」
 双樹の問いにミラは一度言葉を詰まらせる。
「とにかくアロワイヨーともう一度会う機会が欲しいんです」
 か細い声でミラは呟く。リアと双樹は顔を見合わせて頷いた。

●ヴェルナー領
 一晩を船内で過ごし、三日目の昼に一行はルーアンの地を踏んだ。
 帆船から馬車が降ろされるが、予想外の出来事がある。荷物の検閲が行われたのだ。
 ある船会社が盗品をヴェルナー領内に流しているというので厳しくなったのだという。
 リアとエルはセブンリーグブーツで先に向かうといって姿を消した。どうやら、ミラが会う前のアロワイヨーに一言いいたい事があるらしい。
 検閲官にアロワイヨー領主の荷だと理解してもらい、入港してから約三時間後に馬車はルーアンを出発した。
 パールは周囲を警戒しながら愛馬で馬車に併走する。安全な道だと聞かされていたが、用心にこしたことはないからだ。
「言わないと、分からないのです」
「でも、どう考えても領主になったアロワイヨーとわたしは‥‥」
 エフェリアとミラは馬車後部にある出っ張った部分に座り、お喋りをしていた。
「二人とも、素直になれば良いのです」
 遠ざかってゆくルーアンの街並みを眺めながら、エフェリアとミラの会話は続くのだった。

 暮れなずむ頃に、リアとエルはトーマ・アロワイヨー領へ到着する。城を訪ねるとよく知る執事が現れ、すぐにアロワイヨーとの面会が許された。
「アロワイヨー様!」
 リアは部屋に入るとアロワイヨーを睨み、大きな声を出す。椅子から立ち上がったアロワイヨーは呆然と見つめた。
「むむむむむ〜、ミラ様の事、どう思っているのですか!」
「いきなりどうしたんだ? リアさん」
「どうもこうもないです! アロワイヨー様がミラ様の事を好きなら、ちゃんと伝えないとダメなのです!」
「あの、ミラはここには‥‥」
「皆、わかっているから隠してもダメです! 領主様が自分の事もはっきり出来ないんじゃ、領民が可哀想なのですよ〜」
 リアの怒りは呼吸困難になるまで続いた。バッタリと椅子に倒れたリアに侍女が水の入ったカップを持ってくる。朦朧としながらリアがカップに口をつけている時、エルの話が始まった。
「ミラが荷物を載せた馬車で、こっちに向かってるんだよ。アロワイヨーにもう一度会いたいって健気だよね。ボクはさ、結婚してるけど旦那となんてもう丸一年会ってないよ〜。まあ、冒険者は特殊かもしれないけど‥‥アロワイヨーたちだって、次はいつ会えるか解らないでしょ?」
「それは‥‥そうかも知れない」
「こんなご時世だから会えないかもしれないんだよ? 着いたらしばらく二人にしてあげるからさ、ゆっくり話しなよ。ね?」
 エルはアロワイヨーにローズキャンドルを差しだす。少しでも二人のムードが盛り上がるようにと。
「わたしは男でそれに領主です。いいたい事があれば自らの意志で伝えないといけないと思う‥‥。ありがとう。気持ちは受け取っておきます」
 そういう事ならとエルはローズキャンドルを引っ込める。ミラにはすでにお守りの袋を渡してあった。お互いが前向きなら少しは進展するだろう。
「ミラ様には、お金持ちだとか領主だって事なんかきっと関係ないのです。アロワイヨー様だから好きなんです‥‥」
 リアは椅子に倒れたまま呟くのだった。

 日が暮れたので、馬車の一行は無理をせずに野営を行う。
 徹夜の荷物番役はエフェリアである。エフェリアは集めた小枝をテントと馬車の回りに撒き、危険を知らせる為に太鼓を手にしていた。仲間の応援もあり、何事もなく一晩が過ぎる。
 四日目の昼前に一行はトーマ・アロワイヨー領に到着した。
「こちらでやらせて頂きます。ご苦労様でした。案内をさせますので」
 門で待っていた兵士達に乗ってきた馬車を任せる。一行は別の馬車に乗り換えて城に向かった。案内してくれた侍従によれば、リアとエルは昨日のうちに到着しているそうだ。
 控え室に通されて、しばらく待つ事になる。ミラの横に座った十野間は静かに話し始めた。
「先程の兵士のように領主の周囲に、どれ程優秀な部下が居たとしても裁定者たる領主は孤独です。唯一心休まる時とは、領主としてではなく、一人の人として心許せる者と過ごす時間だけなのかもしれません」
「大変なのは想像はできます。でもわたしがいたところで‥‥」
 ミラはうつむいて自分の膝を見つめる。
「男は単純なんですよ。彼女が側に居る‥たったそれだけの事で、どんな困難も彼女と共に乗り越えて行けるって思えるんですよ」
「わたしは‥‥」
 ミラが黙り込み、控え室にエルとリアが現れる。
「皆様、どうぞこちらに」
 執事がドアを開けて、一行を別の部屋へと導く。
 ミラはエルがくれたお守りを強く握っていた。
「荷物を運んでくれて助かったよ。みなさんありがとう」
 部屋にはアロワイヨーの姿がある。
「せっかく掴んだチャンスを活かさないと、ばちがあたるかもですよー♪ 勇気ある一歩はきっと報われます。ごーですよ」
 パールが十字架を手にミラの耳元で囁く。なかなか一歩を踏みださないミラの背中を十字架でグリグリ押したのは内緒である。
「ミラ、来てくれたんだね」
 アロワイヨーも一歩近づいてミラの前に立つ。
「アロワイヨーさん、明日またお話の時間がありますか?」
 双樹が訊ねる。
「ああ、明日も特別な行事や会議はないからね。大丈夫だ」
 アロワイヨーの答えを聞いた冒険者達は次々と部屋を出てゆく。ミラだけを残して。
「アロワイヨー様も最近元気がなかったのです。皆様、ありがとう御座います」
 執事が冒険者達に礼をいう。そして休む為の部屋に案内する。
 一人一人に部屋は割り当てられたが、ミラを待つ意味でも冒険者達は一室に集まっていた。
「仲良くしています」
 エフェリアが三階の部屋にある窓から庭を眺めて呟く。その言葉に冒険者達は殺到する。
「狭いですぅ〜」
 小さな窓に冒険者全員が顔を突っ込んだ。エフェリアが抜けて、少し余裕が出来る。
 庭ではアロワイヨーとミラが二人で散歩をしていた。
「うまくいったかな?」
「ミラさん、楽しそうです」
「チャンスをうまく掴んだようね〜♪」
「よかったのですよ〜♪ そういえば、空様の彼女さんも最近領主になった人なのですよ〜♪」
「ええ、アロワイヨーさんと分かり合える事もきっとたくさんあるでしょう」
 二人の様子に安心した冒険者達は、それぞれの部屋で休息をとるのだった。

●城での一日
 五日目の昼、一行はアロワイヨーと昼食を一緒にする。
「わたし、この領地に残る事にしたの」
 ミラの一言に冒険者達は食事をする手を止めた。
 詳しく聞けば、アロワイヨーに城へ住む事を勧められたが、それはしないそうだ。領地内のある商家に世話になる事が決まったという。
「またアロワイヨーったら太りだしたから、運動するのを手伝うの。誰かが手伝ってあげないとね」
 この旅の中で一番の笑顔をミラは見せる。
「手紙を森の集落に送るつもりだから気にしないでね」
 自分から話す事が少なかったミラが次々と語った。
 アロワイヨーとミラの間がどこまで近づいたのか。それは想像しか出来ないが、前より近づいたのは確かなようだ。
 冒険者達はアロワイヨーとミラの二人にお祝いの言葉をかけるのであった。

「‥これで貴方にも心の支えとなる方が側に居られることになる」
「近くにミラがいる。とても喜ばしい時にいうのは何なのですが、問題は山積しているのです。ミラの事も、領内の事も‥‥。十野間さんならわかっているでしょうが、領主だからといって、何でも自由になる訳ではない。それでもわたしは‥‥」
 夕日の中、十野間とアロワイヨーは二人で話していた。
「それでも前に進むべきです。よろしければ力になりたいと考えています。新たな領主同士が力合わせられるように」
「そうですね。領主一人だけでは出来ることも限られています」
 太陽が地平線に消えるまで十野間とアロワイヨーの話し合いは続いた。

●パリへ
 六日目になったが別れは名残惜しく、朝出発の予定を引き延ばす。結局昼過ぎの出発となった。
「みんな、ありがとう〜。この事は忘れないよ〜」
 アロワイヨーと一緒にミラが手を振る。馬車に乗る冒険者達も手を振った。だんだんと城の門は小さくなり、やがて見えなくなる。冒険者達の手にはアロワイヨーからもらった指輪が残る。
 トーマ・アロワイヨー領は以前の領名の際、戦いの場になった。多くの傷跡が街並みには残っている。
「アロワイヨーさんならやり遂げてくれるでしょう」
 十野間は呟き、そして思いをはせた。

 夕方、馬車はルーアンに到着する。宿に泊まって一晩を過ごし、翌日の七日目朝にパリ行きの帆船に乗り込んだ。
 川面からの風を受けながら、冒険者達は甲板でお喋りをする。
「どこまで進展したのかしら?」
「あの二人だとどうなのかな〜」
「そうですね。急激に近づくことはなさそうですが‥‥時間の問題でしょうか」
「近くにいれば徐々に近づくはずです」
「二人はきっと素直になったのです」
「私は幸せを呼ぶ吟遊詩人なのですよ〜。二人は大丈夫なのです〜♪」
 冒険者達を乗せた帆船は翌日八日目の昼過ぎにパリへ入港する。ギルドへ報告へ向かう冒険者達の足取りは軽かった。