●リプレイ本文
●たくさんの毛皮
よく晴れた日の朝、冒険者達は王宮前広場に集まった。
「おー、集まってくれてありがとうよ。おや、残念だが一人足りねえな。ふむ」
中年の男性猟師シャシムは、荷馬車から下りると冒険者達に挨拶をする。五人の参加が見込まれていたが一人少なくてシャシムは残念がる。
「‥‥私、以前依頼受けたんですけど、その時集合日間違えてしまってご迷惑お掛けしましたので‥今回報酬いりません、名誉挽回させて下さい」
うつむき加減のエヴァーグリーン・シーウィンド(ea1493)がシャシムを見上げた。
「あの時のお姉ちゃんなのか。気にせんでくれ。わざわざこうやって手伝いに来てくれたんだ。今回の奴もきっと突然の何かがあったんだろうさ」
シャシムは顎髭を揺らして笑う。
「お久しぶりです。シャシムおじ様」
「お、確か前も配ってくれたお嬢ちゃんだな。少し大きくなった感じがするな」
「えへ、私12歳になりました」
アニエス・グラン・クリュ(eb2949)は照れながら挨拶をするとさっそく毛皮が載る荷馬車をに近づいた。仲間もいくつか毛皮を手に取る。
「無料配布して他の業者から苦情は出ないのでしょうかね?」
ヒナ・ホウ(ea2334)はふわふわの毛皮を優しく撫でながら、気がかりをシャシムに訊ねてみた。
「前に文句をいうもんはいなかったぞ。それになめしてあるとはいえ商品になってないしな。平気じゃねえかな? 自信はねぇがな」
「困っている人を助けたり、人に喜んでもらったりすることはいいことですから、苦情がきてから考えましょう」
ヒナの言葉に続いて、愛馬と猫が同意するかのように小さく鳴いた。
「未だに街の片隅で寝起きしている人も居ると思うの。そんな人達の足が霜焼けや凍傷になっちゃったら、身動きが取れなくなっちゃうから、猟師さん見たいに靴の上から履く毛皮の靴下を作りたいの」
明王院月与(eb3600)はいくつか毛皮を手に持ってみるが、どう加工したらいいのかぴんとこない。
「どうやったら、大きさを気にせず誰でも履けるように作れるのか教えて」
「そうだのお。説明するのは苦手だ。目の前で一つ作ってみせるからそれでいいか?」
明王院はシャシムにぺこっとお辞儀をする。
アニエスに頼まれたシャシムが、どのような用途の革、毛皮が欲しいかを冒険者達に訊いた上で選り分ける。次々と冒険者のペット達に載せてゆくが荷馬車にあった全部は無理だ。やはり数日かけて配布する必要がありそうである。
集合場所を冒険者ギルドの個室と決め、毛皮配りは始まるのだった。
●教会回り
「これでよしっと。いこうか。エリお姉ちゃん」
明王院はシフール便を出すと愛馬金剛の手綱を持つ。
「月与ちゃん、言葉に困ったときはお願いするわね。教会なら困っている人が炊き出しとかで集まりそうですし」
エヴァーグリーンはロバのミドリを歩いて誘導する。
二人はいくつかの教会を渡り歩く。その中に食事の施しをしている教会があった。
「そうですか。これからの冬、毛皮を身につければ寒さもしのぎやすいでしょう」
教会の司祭が二人の話しを聞いてくれた。エヴァーグリーンは食材代に使ってくれといっていくらかのお金を寄付する。
「月与ちゃんみたいに毛皮加工は出来ないんですけど、調理だったら困った人のお手伝い出来ると思いますから」
エヴァーグリーンは笑顔で軽く腕の袖をまくる。さっそく今日から食事作りを手伝う事にした。
「さっき毛皮を預けた教会が仕上げてくれるっていってたから、あたいもがんばらないと思うの」
明王院はエヴァーグリーンと一旦別れてギルドへと戻る。
「ほれ、こうするんだ」
「大きな手なのに器用なんだね」
靴下を作るシャシムの技に明王院は目が離せなかった。
「それとだ。なんか看板欲しいといっとったろ。そこらの兄ちゃんに作らせたもんだ。仲間の分もあるぞ」
「わあ、ありがとう♪」
シャシムが指さした個室の隅には、持ち手がある看板がいくつか立てかけてあった。
翌日の二日目、明王院はシャシムから新たな毛皮を受け取り、毛皮の加工を頼んだ教会を回る。その教会で使う分や、分けてもらう分は残し、その他の出来上がった分を愛馬に積んだ。
棲家で靴下の作り方をマスターしてきた明王院は教会の方に教える。そしてお礼をいい、次の教会に向かう。
明王院は看板を掲げながらパリの町を歩くが、残念ながらこの時に毛皮をもらおうとする者はいなかった。
「いっぱい食べて、早くお仕事見つけてがんばって下さい」
エヴァーグリーンが食事の配布をしている時に明王院は教会に到着する。明王院も手伝って一息がついた。
「同じ食材なんですが、どうしてここまで味が違うものなんでしょうか。お腹を満たせれば、確かにそれでいいのですが、やはり愛情を感じさせる食事でないといけませんね」
二人に近づいた司祭が感謝の言葉を述べた。今しばらく手伝うが、その間に何品かの料理のコツを教会の者に教えようとエヴァーグリーンは考える。
「お持ちになって下さいね。とっても暖かいよ」
「もうすぐ冬が到来します。その時に役に立つはずです」
二人は教会に集まっていた人達に毛皮で出来た品を分ける。暖まるだけなら加工しなくてもいいものもあり、そのまま手渡した。
「助けられた人が、今度は困った人に救いの手を差し伸べる‥。そんな優しい気持ちの連鎖でもっともっと多くの人が幸せになれたら、きっとシャシムさんも喜ぶと思うの」
「看板は助かります。明日はもっと毛皮に気がついてくれると思いますから」
二人は家路への途中、ペットを連れて歩きながら話すのだった。
三日目、パリ郊外の村に住む農家の娘ローズが会いに来た。明王院の友達である。
「毛皮の事だったのね。文字を読める人が村には少なくて。ありがとう。きっと喜ぶわ」
野菜を納めて空になった荷馬車に毛皮を載せてローズは村へと帰る。村で縫製し、お年寄りにあげるという。
日が経つ内に、明王院も慣れてきて、たくさんの靴下を作れるようになる。
「すまぬがもらえるかの」
ある時、道ばたで親子が明王院に声をかけてきた。とても苦労してそうな様子だ。毛皮の靴下を直接手渡す明王院であった。
「あんたのいう通り、いいことがあったんだ」
エヴァーグリーンは何名かの食事をもらいに来ていた者に礼をいわれる。仕事が見つかったと。今しばらくの苦労だと言葉をかけて、毛皮で出来た何点かを渡すのだった。
●プレゼント
ヒナは毛皮を愛馬に載せると、そのまま手綱を引っ張って王宮前広場をゆっくりと回った。
市場にも人はたくさんいるが、毛皮を扱う商人がいればトラブルの元である。多くの人が集まる王宮前広場は、声をかけるのに適切な場所であった。
ちらちらと毛皮を載せた馬に視線を向ける娘達をヒナは見つける。
「今度の聖夜祭に、意中の彼の心を揺さぶる手作りのプレゼントはどうでしょうか?」
ヒナは立ち止まり、笑顔で優しく言葉を投げかけた。
「でもお高いのでしょ?」
「いいえ。タダでお譲りしています。失敗してもいいように予備の材料もあります。裁縫が初めての人なら今からがちょうどよいですよ。また、得意な人なら一式作ってみればどうでしょうか?」
ヒナの言葉に興味を示した娘達が馬の周囲に集まり始める。
「これなんか手袋によさそうね」
「こっちはそのままマフラーになりそうよ」
「これはうまく縫製すれば上着になるわ。暖かそう。あの人似合うかな」
娘達が毛皮を手にしてわいわいと話し始めた。
「彼と自分用に作ってもいいでしょう。よく選んでお持ちになって下さい」
ヒナは笑顔で一人一人に毛皮を渡してゆくのだった。
二日目、ヒナは看板を愛馬に取り付けて歩く。毛皮で暖かくなろうという感じの絵が描かれてある。
声をかけてくれる者もいて、ヒナは毛皮を手渡してゆく。
揺れる馬の背中ではちゃっかりと乗った猫があくびをしていた。
ヒナは住宅街を進み、主婦達の井戸端会議を発見する。
「みなさんの中で裁縫が得意な方はいませんか?」
ヒナは毛皮を見せるように手にとり、主婦達に声をかけた。タダで毛皮を分けているというと主婦達は馬に群がる。若くても主婦でも、女性は女性である。
「マンネリを脱してみるのに、付き合い始めたころを思い出してどうでしょうか」
「そうねえ〜。あ、こっちは旦那に、これは息子によさそうね」
わいわいがやがやと井戸端会議の延長は続く。やはり主婦仲間でも得意不得意はあるらしく、何名かの裁縫の得意な者が預かることになる。他の主婦は別の得意な事で助け合うようだ。
時刻を知らせる鐘の音がすると主婦はさっといなくなった。同時に毛皮もなくなっていた。
どこに隠れていたのか、猫が再び馬の背中に乗って鳴く。ヒナは毛皮を取りにギルドへ帰るのであった。
三日目、四日目と毛皮を配布するヒナであったが、何名かの男性にも毛皮を譲る。
「彼女に対してギャップを見せて惚れ直さしてみてはどうでしょうか。聖夜祭にはきっと熱々ですよ」
「そ、そういうもんかな?」
ヒナは男性にもやる気を出させてあげるのだった。
●貧民街と船着き場
「さて、行こうか。テオトコス。ペテロ」
アニエスは愛馬テオトコスに毛皮を積み、愛犬のペテロに毛皮の監視の言い聞かせてから手綱を引いて出発した。まずは貧民街である。
前回の依頼時に貧民街を回ってくれた冒険者がいる。今回のアニエスは回りきれなかった辺りを重点的に配布するつもりであった。木片に簡単な地図を描いて、配布した場所をチェックしてゆく。
「はい、こちらをどうぞ。ご自身かご家族など近い人達の分なら無料でいいですよ」
「すまないねぇ。これをもらってゆくよ。腰にあてたら暖かそうだ」
老婆が感謝しながら大事に毛皮をしまう。
アニエスは集まった人々に次々と毛皮を分けていった。
一月頃に配布した時の噂を知る者もいる。友人に分けてもらって、無事冬を過ごせたそうだ。アニエスはシャシムが聞いたら喜ぶだろうと思い浮かべる。
貧民街への出発の際、アニエスはシャシムに封筒を見せられた。それは前にアニエスが手渡した教会からの感謝の絵と手紙が入ったものだ。くしゃくしゃにはなっていたが、シャシムは大事に持っていてくれたようだ。
「暖かいというだけで、それが幸せに繋がる‥‥」
アニエスは初日の配布を終わってギルドへと向かった。
二日目には看板を愛馬に取り付けて、パリの船着き場をアニエスは訪れる。
昼間の船着き場は忙しい。荷物の積み卸しや人の往来でごった返していた。邪魔をしてはいけないと考えたアニエスはしばらく様子を眺める。
食事時になり、食べ終わった頃合いで船乗り達に声をかけた。
「暖かい毛皮はどうでしょう。これからの季節、潮風は冷たいですし」
アニエスが差しだした毛皮を一人の船乗りに手にする。
「こりゃあったかそうだぞ! ほれ」
船乗りに他のも仲間に渡した。興味を持った船乗りが次々と集まってきた。
「必要な分を無料でお分けします。ただ、これを提供してくれたおじ様、セーラ様、そして国王陛下の名にかけ、転売は止めて頂きます」
「わかってるさぁ。そんな恥知らずは俺様がセーヌに放り込んでやるぜ!」
船乗りの間にどっと笑いが巻き起こった。
あっと言う間に毛皮はなくなる。また来ると約束をしてアニエスは船着き場を立ち去った。
三日目、四日目と貧民街と船着き場をもう一度ずつ訪れて、アニエスの配布は終わるのであった。
●五日目の午後
「みんなありがとうな。これで荷馬車はすっからかんだ!」
ギルドの個室にシャシムと冒険者は集まっていた。シャシムが用意したハーブティーを飲みながらの報告会が始まる。前回にやったのがとても楽しかったらしい。
「今年の冬がどれだけ寒くなるかはわかりませんが、これで救われる命もあるはずです」
「エリお姉ちゃんのいうとおりだと思うの。きっと心まで暖かくなれるはずだよね」
「恋人同士がうまくいけば、パリはもっと華やかになるでしょう」
「船乗りの方々もいってました。転売したらセーヌに放り込むと」
個室は笑い声で溢れる。
最後に知り合いにたまたまもらったとして、シャシムがふわふわヘアバンドを冒険者達に手渡した。
「また、たまったら頼むかも知れん。その時はよろしくな」
冒険者達は荷馬車で帰るシャシムに手を振るのだった。