●リプレイ本文
●吐露
広がる青空の下、パリを出発した荷馬車は修道院までの道のりを順調に進んでいた。
「実は、わたしがデビルに遭遇した修道士の一人なのです‥‥」
御者台からの言葉に、荷台へ乗る冒険者達は振り返る。御者をする修道士の背中は後悔を表すかのように極端に丸まっていた。
セルシウス・エルダー(ec0222)は愛馬ソレイアードで併走しながら様子を見守る。
パリ出発の際に修道士はエメロと名乗り、それ以上を語る事はなかった。今まで本人の中で葛藤があったのだろう。
「依頼書にデビルの正体はグレムリンだとあった。間違いないのか? それに見かけた数、聖務と巡回のローテーションから考えて、遭遇した時間を教えてくれ」
巨体のグリゴーリー・アブラメンコフ(ec3299)はちょうどいいと修道院で訊こうとしていた質問をする。
「グリコのおっさんに任せたよ」
諫早似鳥(ea7900)は敷かれた藁に寝転がり、眠りはしないが瞼を閉じる。傍らで愛犬の小紋太が寄り添うように寝ていた。
「わたしはまだ未熟者なので判断出来ません。尻尾がなかった事や大きさなどから院長が推理してくれました。見かけたのは一匹です。それとランタンの油の減り方で見回りの交代をしているのですが‥‥。日没から使い始めて二回目に入れた油がもうちょっとで終わる頃にデビルと遭遇したはずです」
エメロ修道士の言葉一つ一つに苦渋の感情が混じる。
「‥‥一緒に見回りをしていた修道士仲間を置き去りにして逃げてしまったのです。その者は魂を盗られてしまい、衰弱してベットでずっと寝ています‥‥。どうか‥助けてあげて‥‥ください」
「大丈夫ですよ。修道院の聖なる庭に入り込むデビルを見過ごすわけには行きませんからがんばりますっ。倒せば、魂は取り戻せると依頼書にありましたし」
アイリリー・カランティエ(ec2876)はキンチョーしていたが、落ち込んでいるエメロ修道士を見たらそうもしてられない。励ます意味も込めて優しく話しかけた。
(「なるほど‥‥」)
セルシウスは併走しながら語る事はなかった。頭には拾った布きれを巻いて耳を被い、ハーフエルフなのを隠している。修道院に到着しても、修道士との接触は仲間に任せるつもりである。
午後になってしばらく経つと、荷馬車は森に入る。日が暮れる頃に木々の拓けた場所にある修道院へと到着した。
冒険者達は修道院の院長と挨拶を交わした後、さっそくエメロ修道士にビール醸造の建物を案内してもらう。
「町の酒場に卸したり、上納するなど、ビール醸造は修道院内の大事な仕事の一つとなっています」
エメロ修道士は説明を続ける。
醸造の作業場には四本の柱が立っており、エメロ修道士の説明によれば20メートル四方とそれなりに広い。たくさんの樽が棚や床に置かれていた。小さな樽から大きな樽まで様々である。
窓の戸は閉められていてランタンで照らさないと作業場は歩けない状態であったが、壁にわずかな隙間があるようで夕日が幾筋か射し込んでいる。
「明日からのほうがいいね」
諫早は作業場を見回して呟いた。
今日の所は建物に対策を施す時間は残っていなかった。無理に強行して、デビルに見られて警戒でもされたら元も子もない。
修道院の生活では就寝の時間も早い。エメロ修道士は案内を終えると仲間に呼ばれて冒険者達の側を立ち去る。
魂を抜かれた修道士の見舞いは明日に回し、冒険者達は庭の隅にテントを張った。近くに茂る木の葉っぱや蔦を使い、それらしくカモフラージュする。
庭には荷馬車が置かれている。到着の際に諫早がエメロ修道士に頼んだのだ。醸造の建物を隠れて監視する場所が欲しいだけなので、馬は厩舎で世話してもらう。明日の作業によっては位置も少し変える予定だ。
冒険者達は交代して監視を行う事にした。一日目の夜にグレムリンの姿を確認する事はなかった。
●対策
「よいしょっと!」
二日目の朝、グリゴーリーがセルシウスと諫早が転がしてきた樽を一個所に積み上げてゆく。
院長にグリゴーリーが訊いた所、樽を他の場所に移動するのは認められなかった。その代わり、戦える空間を用意する為の樽移動は認めてもらった。
「結構ありそうね」
三人の作業の間にアイリリーはネズミなどが開けた穴を探す。四つん這いになり、樽の間を進んでゆく。ビールの醸造をしているなら、材料を狙うネズミがいるはずである。
樽の移動を午前中に終えると、壁の隙間を埋める作業に取りかかる。
冒険者の誰もがグレムリンは虫などに変化し、屋根か壁のどこかの穴から建物内に侵入していると考えていた。アイリリーのネズミの穴探しもその一環である。
「こんなもんか」
グリゴーリーは諫早に頼まれて修道院から借りた薪と斧で『木の栓』を作った。
「おっさん、もう少し種類を頼んだぞ」
諫早はグリゴーリーから木の栓を受け取ると、柱や梁に手や足をかけて屋根まで昇ってゆく。外から洩れてくる日光を頼りに穴を見つけては木の栓で塞いでいった。
「これで入れなくなるはずです」
アイリリーはエメロ修道士からもらった布で見つけたねずみの穴を詰めてゆく。
「どうだ? この辺は」
セルシウスは外からランタンで壁を照らす。日の射す場所はわかりやすいが、反対側の影になる方角の壁穴はわかりにくい。そこでランタンの灯りで仲間の穴探しを手伝った。
日が暮れるまでに、壁にある穴を一個所だけ残してすべての穴を塞いだ冒険者であった。
「魂が抜かれた修道士は大分衰弱していたな」
見舞いを終えて仲間の元に戻ってきたグリゴーリーは報告する。エメロ修道士と一緒にグレムリンと遭遇してしまった修道士の事だ。症状からいって魂を抜かれているのは間違いないようだ。
夕方の時刻が迫り、冒険者達は集まる。
「昨日もいったけど、何かが侵入した気配があれば、梟の鳴き真似をするからね。もしもの時の合い言葉は『梟の鳴く頃に』」
諫早は仲間にもう一度確認した。
「私は建物内で待機します。昼間に仮眠をとったので平気です。お借りしたランタンにいつでも火を点けられるように待機していますね」
アイリリーは布で被ったランタンで待とうと考えていたが、よく考えれば夜は長い。光が洩れないほどの厚い布はこの場で手に入りにくいし、場合によっては火が消えてしまう。直前ですぐに点けられる体制をとる事に変更した。
「俺ッチはテントで待機だな。合図があれば突撃しよう。宗派は違うがジーザス教を奉じる者同士。見舞いの様子じゃ急がなきゃな」
グリゴーリーはトールの十字架を担いでみせた。
「あたいは穴がよく見える位置に移動させた荷馬車の荷台で隠れて監視するよ」
諫早は愛犬の小紋太の頭を撫でる。一緒に隠れるつもりである。
「空に逃げられた時は任せてくれ」
セルシウスはランタンを用意した上で外から建物に駆けつける用意であった。
諫早は念の為、セブンリーグブーツをグリゴーリーに貸す。
全員が配置について、醸造の建物の本格的な監視が二日目の夜から始まった。
●影
二日目の夜は何事もなく過ぎ去る。
三日目の昼間に仮眠をとり、冒険者達は次の夜に備える。
夜の帳が下りた後、冒険者達は再び配置について監視を再開した。
(「あれは‥‥人影?」)
セルシウスが暗がりに動く人影を見つける。まだ醸造の建物からは遠く、仲間は気づいていない。
セルシウスは建物の影に隠れながら、人影に近づいた。
「合い言葉は?」
「え?」
答えられないのを確認してセルシウスは足を弾いて転ばせる。そして抜いてあった剣を向けた時に気がつく。よく見るとエメロ修道士であった。
「‥‥すみません。寝付かれず、いてもたってもいられなくなって‥‥」
「醸造の建物付近の見張りは俺達に任せる約束のはずだが‥‥仲間の修道士の容態が悪いと聞いたが、何かあったのか?」
「‥‥はい。衰弱が激しくて」
セルシウスは、醸造の建物から離れてエメロ修道士と話す。修道士と関わりをもたないように考えていたセルシウスだったが、闇のせいでお互いの姿が見難かったせいか自然な言葉が出る。セルシウスはエメロ修道士を励まして監視に戻った。
この夜もグレムリンが醸造の建物に忍び込む事はなかった。
●敵
四日目の夜が訪れる。依頼期間を考えると今夜が最後のチャンスである。
監視の仕方を一部変えて、セルシウスも醸造の建物内部で待機する事にした。外から二人、中で二人である。
日が暮れてかなりの時間が経つ。深夜になり、冒険者達は気を引き締めた。
(「あれは‥‥!」)
唯一残した壁穴の近くが、一瞬だけ小さく光る。月光に反射した小さな虫の羽根を諫早は見逃さなかった。
諫早は梟の鳴き真似をし、仲間に知らせると足音を立てずに建物へと近づく。そして穴を木の栓で塞いだ。
グリゴーリーが出入り口の引き戸に駆け寄った。激しい物音が聞こえ、屈みながら入り口を潜る。諫早もグリゴーリーを追うように建物の中に入り、そしてすぐに戸を閉めた。
醸造の建物内では既に戦いが始まっていた。
「生命力の玉を返すんだ!」
セルシウスが柱を防御に利用してはグレムリンに剣を振るう。二つのランタンが棚の上で灯り、薄暗いながらも内部は見て取れた。
「これだけの空間があれば、なんとかなるはず!」
グリゴーリーはトールの十字架を手にセルシウスに加勢した。
「コアギュレイトで捕らえるのは無理でした。ですが、これ以上やらせません」
奥に隠れていたアイリリーが出入り口の戸まで移動して諫早に話しかける。そしてホーリーフィールドを展開した。これで簡単には出入り口から逃げる事は出来ない。
「小紋太、監視を頼んだぞ!」
諫早は弓を手にグレムリンに向かってシルバーアローを放つ。当てるというより、逃げ道を無くすように威嚇してゆく。
グリゴーリーがグレムリンを追いつめた時、諫早の愛犬小紋太が大きく吠えた。
次の瞬間、毛むくじゃらの何かが諫早の目の前に浮かび上がる。新たなグレムリンが現れたのだ。
止めをセルシウスに任せたグリゴーリーは新たに現れたグレムリンと対峙する。
セルシウスは最初の一匹に止めを刺す。もう一匹を探すと天井に向かって飛ぼうとしていた。
セルシウスはオーラショットを放つ。諫早の矢も黒い羽を捉えてグレムリンを床へと落とした。
「待て!」
床へと落ちたグレムリンはあきらめることなく、もがくように逃げだす。しかしホーリーフィールドに弾かれて出入り口の戸から逃げられない。
グリゴーリーのトールの十字架が高く掲げられ、逃げ道を失ったグレムリンに振り落とされる。瀕死の奇声をあげたグレムリンにセルシウスが止めを刺した。
グレムリンの死体が消え去った後に白き玉が残る。
「死体が消えるのが早いな。これはきっと衰弱した修道士のものだ」
グリゴーリーは白き玉を丁寧に拾った。
「いないね」
諫早は愛犬の小紋太と一緒に周囲を探るが、これ以上のグレムリンはいないようだ。
軽傷をしたセルシウスとグリゴーリーをアイリリーがリカバーで癒す。
「俺ッチが届けてこよう。まだ日も昇っていないが、急いだ方がいいからな」
グリゴーリーが修道士が寝泊まりする建物に消えていった。
しばらくしてグリゴーリーの大きな声が醸造の建物まで届いた。入り口を開けるように願う言葉である。
修道士が寝泊まりする建物は150メートルは離れている。なのに、まるですぐ隣りでグリゴーリーが叫んでいるようだ。
諫早、セルシウス、アイリリーは互いの顔を見合わせて笑うのであった。
●戦いが終わり
「ありがとうございました‥‥。なんといったらいいのか」
五日目の朝、冒険者達がパリに戻ると聞いて修道士が見送りにやって来た。ついさっきまで魂を盗られて衰弱していた修道士である。
「お体を大切にしてください」
アイリリーは修道士にリカバーをかけてあげてから荷馬車に乗る。
「いろいろと助かりました。せめてものお礼です」
修道院の院長が冒険者達に追加の謝礼金を渡す。
冒険者全員が荷馬車に乗り込んでパリへと出発した。帰りも順調で夕方にはパリへと到着する。
「みなさん、ありがとう御座います。デビルが退治され、大切なビールが呑まれてしまう事はなくなりました。なにより仲間の命が助かったのがなによりです」
行きと同じく帰りも御者をしたエメロ修道士が冒険者達に深く礼をいった。
「セルシウスさん、わたしはわかってました。その上でいいます。ありがとう御座いました」
帰り際にエメロ修道士はセルシウスにもう一度礼をいった。わかっていたとは、きっとハーフエルフの事だろう。
セルシウスは遠ざかる荷馬車を見つめた。
「セルシウスさん、ギルドへ報告しに行きませんか?」
アイリリーに声をかけられてセルシウスも仲間と一緒に歩きだすのだった。