天使降臨 〜サッカノの手稿〜

■ショートシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:10 G 51 C

参加人数:10人

サポート参加人数:1人

冒険期間:09月28日〜10月05日

リプレイ公開日:2007年10月06日

●オープニング

 馬車を下りた司祭ボルデと司祭ベルヌは冒険者ギルドに駆け込んだ。
 急いで受付カウンターに向かい、個室の使用を願い出る。
 受付の女性は執筆道具を抱え、司祭二人と一緒に個室に向かった。
「わたしどもの教会と懇意なジーザス教施設三カ所が、何者かに全滅させられました‥‥。わずかに生き残った者の話からするに、エドガ・アーレンスが関わっている可能性が非常に高いのです」
 全員が椅子に座る前から、司祭ボルデは話し始める。
「生き残った者も衰弱が激しく、魂を、デスハートンの白き玉を盗られたと考えるのが妥当です‥‥。隠された白き玉を手に入れた事はあるものの、エドガの組織は直接集めるのには消極的でした。サッカノの手稿を狙う事に集中していたからでしょう。それが今になって熱心に魂を集めだしたのは、とても奇異に思えるのですが――」
 司祭ボルデは話が逸れた事に自ら気がついた。一呼吸ついて修正する。
「三カ所のジーザス教施設が襲われた事実は重要です。ただの悪魔崇拝者レベルではない、強力な部下達をデビノマニとなったエドガは手に入れたのでしょう。ルーアンで少女コンスタンスもそのような事をいっていたと記憶しています」
 司祭ボルデは瞼を閉じて大きく呼吸する。
「それは同時に古き小さき教会の危機に繋がるのです。デビルなら立ち入られない場所であっても、人の身ならば‥‥。普通なら悪魔崇拝者であっても、天使の伝説に恐れをなして大それた事はしないはずですが、あのエドガです。禁を恐れずに攻め入るかも知れません‥‥」
 司祭ボルデの声はだんだんと小さなものになってゆく。代わりに司祭ベルヌが話し始めた。
「ヴェルナー領主でもあるラルフ黒分隊長に連絡をしましたが、準備に少々の時間がかかるようです。何名かの兵士をルーアンから古き小さき教会に派遣してくれたようですが、それだけでは不安なのです」
 司祭ベルヌが受付の女性に依頼金の入った袋を手渡す。
「体制が整うまでの間、古き小さき教会を冒険者に護ってもらいたいのです。黒分隊も駆けつけてくれる予定です。わたしたちも同行します。どうかよろしくお願いします」
 二人の司祭は依頼を出し終えると祈りを捧げ、そしてギルドを後にした。

●今回の参加者

 ea2350 シクル・ザーン(23歳・♂・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)
 ea3047 フランシア・ド・フルール(33歳・♀・ビショップ・人間・ノルマン王国)
 ea5808 李 風龍(30歳・♂・僧兵・人間・華仙教大国)
 ea8284 水無月 冷華(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb0828 ディグニス・ヘリオドール(36歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 eb2277 レイムス・ドレイク(30歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb3529 フィーネ・オレアリス(25歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb3979 ナノック・リバーシブル(34歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb4667 アンリ・フィルス(39歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 eb4803 シェリル・オレアリス(53歳・♀・僧侶・エルフ・インドゥーラ国)

●サポート参加者

鳳 令明(eb3759

●リプレイ本文

●策略
 深夜のルーアンは静かに眠る。
 人の往来も少なく、いたとしてもほとんどが衛兵であった。
 そんな中、高い建物に一騎のシルエットが月を背にして佇んでいた。
 悪魔の騎士アビゴールは愛馬ヘルホースに跨り、眼下のサン・アル修道院を見つめる。
 領主であり、ブランシュ騎士団黒分隊長でもあるラルフの懇意によって、建物の補強もされ、衛兵の数もかなりに上る。すべては過去からきた女性エミリールを護る為である。
「簡単には攻め入る事は適わぬ。だが、これくらいは出来ようぞ」
 アビゴールは手下に命令をする。つい最近、僕のエドガが集めてきた者の一人だ。
「この身がどうなろうと、もう一度会わねばならぬ‥‥」
 アビゴールは策の成功を見届けるまで、月光を浴び続けるのであった。

●古き小さき教会
「これは‥‥」
 二日目の暮れなずむ頃、馬車の御者を務める水無月冷華(ea8284)は、古き小さき教会周辺を最初に眺めた。
「酷いわね」
 到着した馬車を降りたシェリル・オレアリス(eb4803)は辺りを見回す。古き小さき教会の周囲はオーガ族の死体が大量に転がっていた。
 他の冒険者達も状況に心動かさずにはいられない。よく見れば兵士の姿もあった。
「大丈夫ですか。すぐ治療しますから」
「おい、しっかりしろ!」
 フィーネ・オレアリス(eb3529)と李風龍(ea5808)が倒れている兵士達に駆け寄ってリカバーを施す。
「昼頃、オーガ等の攻撃が‥‥あったんだ。なんとか阻止出来たが、この有様さ」
 兵士の一人が虫の息で語った。
「俺達が教会と霊廟を守ろう。静かに休め」
 ナノック・リバーシブル(eb3979)は兵士の一人を背中に担いだ。
 冒険者達は生きていた兵士達を教会内に運んだ。緊急を要する者もいて回復の薬も使用する。続いて、すでに亡くなっていた兵士達の遺体を教会内に運び入れる。
 ひとまず落ち着くと、年老いた司祭から提供された一室に冒険者達は集まった。
「頼んだ品は届いているようですが、黒分隊はまだの様子」
 フランシア・ド・フルール(ea3047)はパリ出発前に色水の入った樽、床に敷く木板、そして発泡酒の用意を手紙にしたためてヴェルナー城に送った。品物は教会の入り口前に積まれていた。
「拙者は罠を周囲に施すつもり。お任せあれ。敵の察知はジズーも手伝ってくれるでござる」
 アンリ・フィルス(eb4667)は窓の近くで外を窺いながら話す。側にはフェアリーのジズーが飛び回る。ジズーにはブレスセンサーで周囲を探るように言い聞かせてあった。
「黒分隊が到着するまで時間がかかりそうですし、苦しい長丁場になりそうです。ですが、馬車で相談した通りの警戒で乗り切りましょう」
 シクル・ザーン(ea2350)は自分達の体力や気力が落ちかける深夜から早朝が危険だと考えていた。依頼期間の後半も注意しなければならない。
「まずは一階の床に板の打ち付けをしようと思う。元気が残っている兵士達にもやってもらうが、手が空いていたらよろしく」
 レイムス・ドレイク(eb2277)はさっそく金槌を握る。
(「見張りと迎撃の二つが肝心。まずは見張りか」)
 ディグニス・ヘリオドール(eb0828)はナノックの用意した『白光の水晶球』を前にして心の中で呟いた。人などの生き物、そしてデビルを遠くから感知出来る方法を仲間は駆使するようだ。地面からの突入や、アビゴールがよく使役するグレムリン対策もされている。敵のやり口から考えて完璧な前準備だ。
「天使様か」
 ディグニスは窓から闇に沈みかける霊廟を眺めた。

 年老いた司祭と司祭ボルデ、司祭ベルヌには教会から出ないように相談してから、本格的な警戒は始まった。
 A班のフランシア、ナノック、レイムスは4時から21時。
 B班のフィーネ、シクル、ディグニス、水無月は11時から翌日の4時。
 C班のシェリル、李風龍、アンリは21時から翌日の11時。
 常に2班が警戒に当たる布陣である。緊急の場合は3班の全員で事に当たる用意だ。
 板張りや、発泡酒の配置は深夜に終わる。
 教会、霊廟内を護りながら道具や術を使い、敵の襲来を警戒する者。周辺をパトロールする者。罠を仕掛ける者。司祭達の護衛をする者。様々であったが、常に敵の存在を意識した行動がとられる。
 二日目から三日目の朝にかけては何事もなく過ぎ去った。

●黒分隊
 三日目の日中も何も起こらずに太陽が沈む。アンリの罠も出来上がり、出来る対策はすべて行われた事になる。
「遅れてすまなかった。知った顔も多くて心強く思う。新たな者達もとても頼れそうだ」
 ブランシュ騎士団ラルフ黒分隊長が、五騎と一両の馬車を引き連れて古き小さき教会を訪れた。隊員すべてを連れて来られなかったのは、他の調査に人を割かねばならない事情があったからだ。
「状況をお話しましょう」
「水無月殿、頼む」
 水無月が今日までの出来事をラルフに説明する。特に警備についてを重点的に。
 黒分隊の隊員達が準備を始める最中、馬車から下りる人物がいた。
「お久しぶりです」
「エミリール殿!」
 エミリールの姿にフランシアは近づく。
「夢を見たのです。あのおぼろげにしか覚えていない天使様ですが、わたしをお呼びになる夢を。気になって領主様に相談したところ、この古き小さき教会が危険な状態にあると聞き及びました。何も出来ないわたしですが、どうか数日だけここにいさせて下さいませ」
 エミリールはフランシアに頼み、そして他の冒険者にもお願いした。司祭達と一緒に教会内で待機してもらう事となった。ラルフ黒分隊長も元々そう考えていたようだ。
 黒分隊も参加しての警備が始まる。
 六日目になれば、特別編成された古き小さき教会専属の衛兵部隊がやってくる。古き小さき教会の周囲にも工事が施される予定であった。
「飛風よ。お前も頼むぞ」
 睡眠の時間が終わったC班の李風龍はラルフ黒分隊長に挨拶をしてから警戒についた。木の枝にとまる風精龍の飛風を見上げる。
 冒険者、黒分隊、回復した兵士とかなりの人数が警戒を行っていた。この状況でもアビゴール、そしてエドガ、少女コンスタンスは古き小さき教会を襲うのだろうかと李風龍は疑問に感じた。
 エドガは新たな部下を手に入れたようである。これまで以上に一筋縄ではいかないと考える李風龍であった。新しく入った者や少女コンスタンスへの説得は余程の余裕があった時にしようと心で誓う。
「令明殿の話によればエドガなる敵の同志となった者達は、かなりの実力者のようでござる。打ち合えば、その噂もどこまでのものかわかるというもの」
「此処にもデビルとその手下がねぇ。アンリくんの後方支援をさせていただくわ」
 アンリとフィーネはいざという時の細かな相談をしていた。

 深夜、古き小さき教会から離れた草原でアビゴールの前で跪くデビノマニ、エドガ・アーレンスの姿があった。
 横には跪く少女コンスタンス。
 二人の後方には七人の使徒が跪く。
 風が強く、髪は激しく揺れた。
 グレムリンが夜空を覆う。わずかな隙間から月光が草原に降り注ぐ。
 アビゴールの命令により、エドガはオーガ族を使って古き小さき教会を攻め入らせた。あの程度の戦力では、狙っているとわざわざ予告したようなものである。
 それもすべてアビゴールの策の一部だと思い、エドガは淡々とこなした。だが少女コンスタンスはそう思っていなかった。
「おじさま、わざわざこんな事をする必要があるとは思えませんが、どのようなお考えなのでしょう? 思慮足りぬわたくしたちにお教えて下さりますか?」
 少女コンスタンスは今回の古き小さき教会の襲撃を聞いてから感じていた疑問をぶつける。
「因縁としか答えられぬ。現れるであろう奴を越えぬ限り、我に道はない。故に望むのだ」
 アビゴールは憎悪に満ちながらも、どこか懐かしそうな顔で夜空を見つめる。
「アビゴール様の赴くままに。罠にかけたエミリールの他に、ブランシュ騎士団黒分隊のラルフも現れている様子。あわよくば亡き者にせんと画策しよう。決行は明晩!」
 エドガは立ち上がり、使徒へ振り返った。
 上空では黒き翼で羽ばたくグレムリン共が奇声をあげる。
 目指すはルーアンの近郊、古き小さき教会であった。

●輝きの翼
「これは!」
 四日目の深夜。
 もうすぐ五日目の夜明けが訪れようとしていた頃、シクルは見張っていた白光の水晶球の点滅に気がついた。
 わずかな時間差で仲間も危険な状況を知る。寝ていたA班も起きる時間になり、事態を知った。
 外に飛びだした冒険者は夜空を覆うグレムリンを目撃する。
 夜間に敵を視認しやすいように、かがり火は教会を取り巻くように設置されていた。
 遠くの大地ではのそりと影が起きあがる。何者かが作り上げたオーガ族のズゥンビであった。
「やはり、アビゴール!」
 ナノックはヘルホースに跨り夜空を飛ぶアビゴールを見上げた。レジストデビルをかけ、ペガサスのアイギスに飛び乗って浮き上がる。
「邪魔だ!」
 ナノックが目指すのはアビゴールだが、グレムリンが体当たりを仕掛けてくる。発泡酒の罠にかかるグレムリンも多くいたが、襲ってくる数が大量であった。その物量にナノックは退かざるを得ない。
 発泡酒に集まったグレムリンは罠にかかり、逃れた敵は黒分隊の隊員が始末をする。
 他にも石畳がある部分にわざとこぼしてグレムリンを地上へと降ろさせた。そこを兵士達が二人から三人で一匹を狙った。
「凍れ!」
 水無月が上空に向けて唱えると大地に巨大な氷の塊が降り注ぐ。一番手薄と感じる空中のグレムリンをアイスコフィンで凍らせていた。
「飛風、無理をするな! アビゴール、降りてこい!」
 李風龍は叫び、大錫杖を振り回してオーガ族のズゥンビを蹴散らす。ペットの飛風がアビゴールに近寄るが、さすがに相手にはならない。ウインドスラッシュを飛ばしたようだが、アビゴールとヘルホースは平然としていた。
「邪魔でござる」
 アンリは気配を消して不意打ちを狙い、槍をバグベア闘士ズゥンビに突き立てて捻る。千切れてばたつくズゥンビの欠片を後目に、次の敵に目標を定めた。
 槍を振るいながらアンリはズゥンビを雑魚だと感じていた。本気の敵はこの後襲ってくるはずと。

「仲間が戦っていますので大丈夫ですわ」
 アンリにレジストマジックを施したシェリルは教会内に退避していた。預かったフェアリーのジズーを抱きしめながら、三人の司祭とエミリールに声をかけて励ます。
「皆様、こちらに」
 フランシアはホーリーフィールドを張り、教会内に残った者達を呼び寄せた。色水の樽も範囲に置いて、司教達に弾くのを頼んだ。もしかするとわずかな魔力も惜しくなる状況になるかも知れない。それを見越しての行動であった。
「ホーリーフィールドはお任せします。回復は任せて下さい」
 フィーネがフランシアに提案を持ちかけた。激しい戦闘になれば、回復による補助が必要になる。さっそく怪我をした黒分隊の一人がかつぎ込まれてきた。

「この程度ではなかろう」
 ディグニスはズゥンビの攻撃を受けた上で武器をたたき込んだ。オーガ族のズゥンビとグレムリンからは手応えが感じられない。これは油断させる為の罠だと感じていた。
 その時、夜空に一直線の輝きが一瞬現れる。雷のような輝きはライトニングサンダーボルトであった。
 直撃したナノックはペガサスと共に落下するが、途中で持ち直す。
「敵が動き始めたようです」
 輝きを見たシクルはレジストマジックをかけ直す。上空のグレムリンはともかく、地上のズゥンビはもうすぐ一掃されようとしていた。
「おぬしか!」
 突進してきた一騎がディグニスに一撃をくわえる。見覚えのある顔にディグニスは叫んだ。かつてのラヴェリテ教団指導者エドガであった。
 ディグニスは駆け寄ってきた愛馬に飛び乗り、エドガを見据える。
 互いに愛馬で大地を駆けた。すれ違う瞬間、黄色く輝いたペルクナスの鎚がエドガ目がけて振り下ろされる。
 相打ち気味の一撃に終わり、互いに馬を転進させて再びにらみ合う。
「この戦いの意味を知っているのか? すべてはアビゴール様の手中」
「世迷い言を」
「あの女、エミリールに夢を見させたのは我ら。すべては呼び水となってもらう為の策」
「ふざけた事をいう」
 ディグニスのエドガの一騎打ちは続いた。その戦いは他の者を寄せ付けないものであった。

 その頃、教会付近では遠距離からの魔法攻撃が始まっていた。
 水無月がアイスコフィンで築く氷の塊の間をシクルはすり抜けて進む。
「此処が正念場だ、教会を守り抜くぞ。私も行こう」
 ソードボンバーでズゥンビをなぎ払ったレイムスもシクルと共に突っ込む。アンリ、ラルフが合流した時、もの凄い速度で教会に向かって突っ込もうとする馬車がある。
 馬車は仕掛けられたアンリの罠にかかって転倒するが、直前に飛び降りた四人の戦士の姿があった。
 近くにいた冒険者達に戦士達が刃を振りかざす。
 冒険者達は剣で受け、身をかわして戦士達を確認する。今まで見たことがない敵だが、その太刀筋はかなりのものであった。
「聞け! エミリール・アフレを出すがよい! 話しがあるのだ!」
 戦いの最中、上空からアビゴールの声が響き渡る。その声は教会内にも届いていた。
「誰がそれを認めるというのだ!」
 ラルフ黒分隊長が戦士の攻撃を払いながら叫ぶ。
「なら、一方的に話させてもらおうぞ。前にも話した事実であるが、過去のコンスタンスは我にも慈悲を持って接した。それを拒否させたのはお前の信じる神の使いに他ならない」
 アビゴールは一人で話し続ける。
 教会の中でエミリールは「違う!」と叫んだ。
「黙れ!」
 上空のアビゴールに辿り着いたナノックが剣を振るう。数撃かの攻防の後、アビゴールはストンと落下した。しかし地面スレスレで浮力を取り戻し、ヘルホースに跨るアビゴールは教会に向かって一直線に飛んだ。
 教会の入り口にはエミリールの姿があった。アビゴールの挑発に我慢しきれなくなって飛びだしたのである。
 フィーネはコアギュレイトを放ったが、急速な動きと射程距離の噛み合いでアビゴールは止まらない。
 アビゴールの長槍がエミリールに刺さろうかとした瞬間、現れた聖壁に弾かれる。フランシアが再度ホーリーフィールドを入り口近くで張ったのだ。
「好きにはさせん!」
 一瞬隙を見せたアビゴールに向けて、ラルフ、アンリ、シクルの攻撃が伸びた。ナノックもペガサスで追いついて攻撃を再開する。敵戦士も追いつき、混沌とした戦いが繰り広げられる。
 シクルの誘導のおかげでアンリの攻撃がアビゴールを捉える。だがそのとき、アビゴールの長槍はラルフ黒分隊長の腹に深く突き刺さった。
「燃えてしまえ!」
 少女コンスタンスのファイヤーボムを皮切りに遠距離魔法攻撃が激しくなる。
 目標を定められる魔法はアビゴールの周囲に集まった冒険者達を狙っていた。中には物理攻撃を伴うものもあり、すべてを無力化するのは適わず、次々と冒険者を弾き飛ばしてゆく。
「ラルフ!」
 運良く魔法攻撃を避けられた李風龍がアビゴールとラルフの間に割って入る。渾身の一撃をヘルホースに当てて、アビゴールを退かせた。アビゴールの足を狙うつもりだった李風龍だが、今はそんな事をいっていられない状況であった。
「領主様! わたしは‥‥なんという愚かな‥‥」
 ホーリーフィールド内のエミリールがその場に崩れ落ちる。頬を伝う涙が滴となって零れた。
 既に星は霞んで空は白み始めていた。
 地平に陽が昇り始め、大地に影伸びる。
 輝く太陽の中には騎士のシルエットがあった。
 アビゴールではない。
 まったく別の存在が天空から大地へと舞い降りる。ペガサスに乗り、そして自らの背中に白き翼を持つ姿。長い金髪に端正な女性のような顔立ち。銀製の長槍を手に携え、金色の鎧を身につけていた。
 敵も味方も、誰もが気がついて退き、天を見上げた。
「あのエンジェルは‥‥プリンシュパリティ?」
 フランシアの呟きを耳にしたエミリールは天を見上げた。教会の中にいた者達も入り口に立ち、空から現れた存在にすべてを忘れる。
 朝焼けの紫か、赤なのかわからない世界で、フランシアがプリンシュパリティと呼んだ存在はペガサスからラルフの側に降りる。
 プリンシュパリティは片手には長槍を持ち、もう片方の手でラルフを触った。一瞬白く輝くと傷口から溢れていた血が止まる。続いてリカバーを唱えてから、プリンシュパリティは上空のアビゴールを見据えた。
「久しぶり‥‥というべきでしょうか」
「ついに現れたか。待ちわびたぞ、プリンシュパリティ。‥‥いやハニエルと呼ぼうか」
「未だ悪行を続けているのですね。アビゴール」
「ハニエル、忘れておらぬ。特にこの肩への一撃を」
「それは神罰。お前は忌み嫌う人であるサッカノ司教に破れたはず。おとなしくしているがいい」
「人に破れたとは思わぬ。貴様が現れなければ、大地は血で染まったはずだ。事実、人はデビルから救ってくれたはずのサッカノを火刑に処したではないか。あの時の人心は確実に傾いていたのだ。我の方に」
 何回かアビゴールと会話をやりとりしたハニエルと呼ばれたエンジェルは、自らの白き翼を広げた。大空に飛び立ったハニエルはアビゴールに直進する。
 アビゴールの長槍とハニエルの長槍が交差したが、紙一重でどちらにも攻撃は当たらない。
「そうだ。それでいい、ハニエルよ! 我を狙うがいい!」
 高笑いをするアビゴールの周囲をグレムリンの群れが囲んだ。グレムリンがばらけた時には、アビゴールの姿はなかった。
 わずかに残ったズゥンビは再び死体に戻る。戦士や魔法を操る者達も退却してゆく。
「プリンシュパリティに聞きたい事がある! エドガ様、離しなさい!」
「それはアビゴール様のご意志を確認してからだ。コンスタンスよ」
 エドガは戦いの怪我を負ったまま、少女コンスタンスを無理矢理に馬に乗せて教会から遠ざかる。
 深追いは誰もしなかった。それほど双方とも疲弊していたのである。
「エミリール、悲しむのではありません。あのラルフという者は大丈夫です。こうして逢えたのを喜びましょう」
「確かに‥‥、完全に思いだしました。ハニエル様‥‥」
 エミリールはハニエルに祈りを捧げる。
「今しばらく訊ねたい事が」
 フランシアが膝を大地について、上空のハニエルを見上げた。
「仮令御遣いの加護あれど、己が力のみで事を成してこそ『大いなる父』は嘉し賜います。黒の使徒たるわたくしに助力は不要。‥‥が、御遣いが降臨された時にはお訊ねせねばなりません。主の忠実なる僕にして白の使徒たるサッカノ司教を、何故お見捨てになったのかを」
「それは誤解。わたくしが力を貸す事はそれこそ助力にしか過ぎません。サッカノ司教は自ら選んだのです。人の罪を背負い、そして未来を信じたのです。コンスタンスも同じように‥‥。ただ不思議に思われるでしょう。こうしてわたくしが姿を現した事実を。ノルマン王国には今一度手を貸すべきと判断した。そう考えて構いません」
 プリンシュパリティのハニエルはゆっくりと周囲を見回した。
「しばらくはアビゴール討伐を見守りましょう。大事があれば駆けつけましょう。ではまた。ラルフとやら、無理はしないように」
 ハニエルとペガサスは翼を広げて飛び立つ。そして朝焼けの雲の中に消えていった。

●安静
 五日目は後始末で終始した。
 古き小さき教会に運び入れられたラルフ黒分隊長は数日の安静が必要である。冒険者達も怪我を負った者が多く、その治療に時間が費やされる。
 オーガ族の死体は兵士達によって片づけられた。
 明日の朝までは古き小さき教会の警戒が残されていた。冒険者達は疲れを残しながらも交代で見張り続けた。
 長い夜が過ぎ去り、六日目の朝日が昇る。
 間もなくルーアンから編成された衛兵部隊が到着する。領主でもあるラルフの容体に驚かれはしたものの、無事に引継は行われた。
「油断したものだ。これではいけないな」
 見舞う冒険者達にラルフはベットの上で笑ってみせる。
「とにかく命が助かり、よかったです」
「簡単にくたばってもらっては困るぞ。悲しむ者もいるのだから」
 水無月と李風龍がラルフ黒分隊長の様子にほっと胸を撫で下ろした。フランシアもエミリールの側で安心する。
「この事は国王陛下の耳にも入れておかねばならない事項。アビゴールか‥‥。厄介な敵だな。天使様の、しかもプリンシュパリティ様が降臨するなど」
 ラルフは遠くを眺めるような目をした。

 翌日の六日目、冒険者達は馬車でエミリールをルーアンに送り、そのままパリへの帰路につく。
 七日目の夕方にはパリへ到着した。
「これはラルフ黒分隊長から感謝として預かったものです。みなさんでお分け下さい。それにしてもプリンシュパリティ様が降臨なされるとは」
 司祭ベルヌと司祭ボルデは考え深げな表情をした。
「あの戦士達、かなりの手応えを感じ取ったでござる」
 アンリは腕を組んだ。
「私もそう感じました。あれは手強い‥‥」
 シクルは戦士に阻まれて敵の魔法使いを攻撃出来なかった事を悔やんだ。
「敵も作戦を組んでいたようです。単純な攻撃をしてきた訳ではない」
 水無月はアイスコフィンで凍らせようとしたものの、失敗した事が何度かあった。想像ではレジストマジックをかけてもらっていたか、瞬時にニュートラルマジックで除去してもらったかどちらかだ。
「話を聞く限り、かなりの実力がある魔法に特化した者がいるようですね。私が前線に出ていたのならそのような行動をとったのかも知れません」
 シェリルは水無月の話しを聞いて感想を述べる。
「振り返ってみれば、教会を狙ったのではなく、プリンシュパリティの降臨を促すための作戦だったようだ。なぜわざわざ‥‥」
 ナノックは考え込んだ。
「たくさんの者達を助けられたようです。プリンシュパリティは尊き御使いのようでした」
 フィーネは祈りを捧げる。
「アビゴールの行動に不可解な点がある。だが、過去に何が起こったかはいつか天使様が正確に教えてくれるはずだ」
 レイムスは大空を見上げた。
「エドガは手強い‥‥。戦っている時、負けるつもりはないが、勝てる気持ちも湧かなかった」
 ディグニスは一騎打ちを振り返る。
「黒分隊長の命が助かってよかった。‥‥プリンシュパリティはエミリールを助けに来たのか、それとも黒分隊長を助けに来たのか、どっちなんだ?」
 李風龍は頭の中で二人の名前を浮かべる。
「いつか愚行の報いはアビゴールのその身に降りかかる事でしょう」
 フランシアは司祭ボルデと司祭ベルヌを順番に見据えて告げた。
 冒険者達は司祭二人を教会まで送った後で、ギルドへ報告に向かうのであった。