●リプレイ本文
●ルーアンへ
「ブリウ師匠を連れてきて下さったのは、みなさんだったのですね」
モーリスは見知った冒険者に安心をする。そしてブリウ師匠とのやり取りを伝えた。
「わかったのだぁ〜。ちょっとだけ待って欲しいのだ」
何かを考えついた玄間北斗(eb2905)は仲間を集めて10分程の話し合いをした。終わるとセブンリーグブーツを履いて再びモーリスに近づく。
「これを前に渡し損ねたのだ。防寒具も貸すのだ。ちょっと用事があるので先にルーアンへ向かっておくのだぁ〜。モーリスさん、後で会おうなのだ〜」
玄間は百鬼夜行絵図と防寒具をモーリスに渡すと、愛犬二匹を連れて姿を消した。
「モーリスさん、出来上がった聖書を後で見せてくださいね☆」
「もちろんです。うまく仕上がったと思います」
クリス・ラインハルト(ea2004)にモーリスが背負っていた大きな革袋を見せる。
「ここまでは玄ちゃんだったけど、ルーアンまではあたしが御者をやるね」
明王院月与(eb3600)は馬車の御者台に座った。鷹の玄牙に警戒をいいきかせて大空に飛ばす。
「急いだ方がいいわぁ〜」
空いた扉からシフールのポーレット・モラン(ea9589)が飛び込むと、次々と馬車に乗り込んだ。さっそく出発するが、馬車は同じ場所をぐるぐると回り始める。
「ちっ、違うよ! こっちだってば」
明王院は苦労してなんとか外壁門方向へと御する。それでも揺れは激しく、速度が速まったり、遅くなったりと一定しない。
せめて愛馬を連れてきて馬車を牽くリーダー格にすればよかったと明王院は後悔した。
「クリスお姉ちゃんとポーレットお姉ちゃんにお願いがあるの。コーラスちゃんとヨハネちゃんに手伝ってもらえるかな?」
明王院は思いだしたのだ。自分より少しだけだが馬の扱いに慣れている玄間が、愛犬のぷる3号と疾風の二匹に馬車の誘導を手伝わせていたのを。
「コーラス、ごー!」
「ヨハネちゃん、手伝ってあげなさいね〜」
二匹のボーダーコリーが馬達の両側を走る。それからクリスがテレパシーを使い、順番に馬や犬へ話しかけた。明王院の誘導に従うようにと。
二日目の昼過ぎ、ようやく安定した馬車はポーム町を出てルーアンへの道を駆けだした。
太陽が沈み、馬車の一行は野営をしていた。落ち木でたき火をしてみんなで囲む。
「玄ちゃんの毛糸の手袋と使い易い方を使ってね。手がかじかんで絵が掛けないんじゃ困っちゃうから」
「ありがとう。助かります」
明王院が白革の手袋をモーリスに貸しだした。揺れる馬車内では無理だが、その他の時間にはスケッチをしているモーリスである。
「これがポーム町で描いた表紙絵です」
モーリスは布へ包まれた聖書を取りだした。クリスがうやうやしく受け取り、布を広げると両隣からポーレットと明王院が覗き込む。
「まあまあの出来ってかんじぃ〜。技術的には問題ないけど、あとは心の問題かしら〜?」
ポーレットは表紙絵をじっくりと眺めた上で頷いた。
「あたしは絵はよくわからないけど、迫力を感じるよ。こんなの描けるなんてすごいな」
明王院は絵に魅入った後で、ハッと気づいたように鍋をかき回しに戻る。
「絵からジーザス様の背負うものが感じられるのです。画家としてちゃんと成長してるですよっ♪」
クリスは成長の一歩を感じ取った。
「さあ、元気じゃなきゃ、良い絵も描けないし、良い知恵も浮かばないよ」
出来上がったスープを明王院はよそる。モーリスはクリスから返してもらった聖書を丁寧に仕舞ってからスープの入った器を受け取った。
「うまいなあ」
誰もが温かいスープを美味しく頂いた。季節が冬に向かう今、夜になると寒さを感じる。
「画家の卵ちゃん、ちょっと話しがあるんだけど?」
ラテン語でポーレットに呼ばれてモーリスはたき火から離れる。
「あのね――」
ポーレットはこれから向かうカトナ教会でモーリスがするべき指南を行う。
一行は寒さ対策をした上で就寝するのであった。
三日目、馬車はルーアンを目指す移動に終始した。
玄間は夜にルーアンヘ到着するが、調査は明日からにして早めに寝るのであった。
●情報
「前にメテオスについて手紙を送った玄間北斗なのだぁ〜。実はお願いがあってやってきたのだ」
四日目、トレランツ運送社を訪ねた玄間にゲドゥル秘書が対応してくれた。
「それで何が知りたいのですか?」
「カトナ教会という絵がたくさん飾られた施設がルーアンにはあるのだ。そこの情報が知りたいのだ」
「う〜ん‥‥。うちは海運会社ですが、その教会との直接的なやりとりはありませんし、ルーアンに住む者として絵がたくさん飾られている以外の事は知りません」
「そうなのだ‥‥」
「そのカトナ教会に限定した話ではないのですが――」
ゲドゥル秘書はルーアンにおける教会のあり方について説明した。ルーアンというよりヴェルナー領の教会はルーアン大聖堂を中心にして成り立っている。一つの教会内の権力より、ヴェルナー領全体としての力関係の方が重要だ。
「なので、縁の薄い者が突然教会にやってきて指導的立場になる事も少なくないのです」
ゲドゥル秘書の言葉に、玄間はポーム町出発直前にモーリスから聞いた話を思いだす。カトナ教会の司教が山頂の寺院で修行した事を。どの時点で現在の司教がカトナ教会に来たのかは知らないが、納得できる事実であった。
「なるほどなのだ。いい話を聞いたのだ。ありがとうなのだぁ〜」
玄間はお礼をいうと、さらに情報を集める為にルーアンの街を歩き回る。どのような宗教画家が活動しているのか、最近の納品はどうなのかを中心にして。
夜になり、馬車の一行がルーアンに到着した。少々時間がかかったのは安全走行の為である。
玄間と合流し。そのまま宿に向かう。
「という事なのだぁ〜」
玄間が今日一日で調べた事を報告する。
ルーアンを中心にして活動する宗教画家はかなりいる。ただし有名どころだけをあげれば五人。その中にブリウは含まれていた。
活動の中心となる教会施設を持っている画家は少ない。結構まんべんに仕事をしている印象がある。
ポーレットは玄間から情報を聞いて悩む。洗礼の秘蹟は現在の司教に願い出るとして、将来の婚姻についてはカトナ教会の次期司教と目される司祭に申し出るように、モーリスへ勧めていたからだ。その司祭が誰なのかわからなければ、どうする事も出来ない。
「まずは秘蹟をしておく事が大切と思う訳〜。結婚の秘蹟についてはもう少し考えてからのほうがよさそうね〜。モーリスちゃん、ローズちゃんとの結婚の方はどうなのよぉ?」
「えーと‥‥ブリウ師匠が一人前と認めて下さったらしたい、と思っています。あ、このことは師匠には内緒にしておいて下さい」
モーリスは顔を赤くしながらポーレットに答える。
「僭越ながら、これを玄間さんにも」
モーリスは玄間に布に包まれた聖書を手渡す。布を広げると、普段細い目の玄間がまん丸に瞳を開けた。
「よいものを見せてもらったのだぁ〜」
玄間は明日がうまくいくことを願いながら、モーリスに聖書を返す。
カトナ教会に向かうのは日程からいって明日しか残っていない。
宿のベットでゆっくりと疲れをとる一行であった。
●カトナ教会
五日目、午前の早くに冒険者達はカトナ教会へ訪れた。
誰に止められた訳ではないが、玄間、クリス、明王院はミサの出席を見合わせる。モーリスとポーレットのみの出席だ。ラテン語で行われていた事も理由の一つである。
空いた時間にクリスと明王院は街に出て、カトナ教会の噂や話を聞き回る。モーリスの描いたマリアの絵の評判はよかった。
午後になって一行は全員で司教との面会をした。
「これは‥‥すばらしい」
聖書を受け取った司教はモーリスが描いた表紙絵を観て呟いた。しばらく眺めた後でページを捲る。確認が終えた後で側にいた助祭に渡して、部屋に運んでおくようにと指示をする。
「よい仕事をしましたね」
「ありがとうございます」
司教とモーリスは互いに祈りを捧げる。
「司教様、東洋から来たジーザス教ではない者だけど、聞いて欲しい事があるのだ」
玄間はクリスのフォローを受けながら、司教に対話を願いでた。
「何でしょう? お聞きしましょう」
「マリア様の絵を届けに来た時の事なのだ――」
玄間は一生懸命に説明した。モーリスがどうして絵を届けられなかったのかを事細かく。
「山の寺院‥‥冒険者ですらきつい山道なのに自分で背負って登り切ったんだよ」
明王院も我慢しきれずに聖書作りについて一言くわえた。
「なるほど。モーリスさんはいいお友達をお持ちのようだ。少し二人で話しませんか?」
「はっ、はい」
モーリスと司教はカトナ教会内を二人で歩く事となる。冒険者達は教会の一室に通された。
「あの、秘蹟を受けさせて欲しいのです」
モーリスは司教が立ち止まった時、話しを切りだす。司教は歩みを止めて振り返る。
「それはモーリスさんのご意志でしょうか? 本気ならば喜んで受け入れましょう。ですが、瞳はそう語っていません」
「いや、そんなことは」
「無理矢理にそんな事をしたら、ブリウに怒られてしまいますよ。わしの弟子に何をすると」
司教は大きな声で笑い、教会内でこだまする。今までの印象とは違う司教にモーリスが驚いた。再び歩き出した司教の後をモーリスがついてゆく。
「ブリウとはモーリスさんも登ったあの山頂の寺院で初めて出会いました。二人とも若くて、バカな事もしたものです。わたしはどうかはわかりませんが、ブリウは一見丸くなったようで、未だにあの頃のままなのですよ。知っての通り、宗教画には決まり事がありますが、未だにわざとわかりにくい形で意味を隠したりしますし。ブリウは」
「ブリウ師匠がそのような?」
「ブリウはこのカトナ教会の専属というわけではない。ルーアンとパリの教会を中心にしていますが、いろいろな所から注文を受けている。モーリスさんも、この教会に縛られることはないのです」
「ですが、まだ新米の画家の卵で‥‥」
「小さくまとまるのは歳をとってからで充分です。若い頃は冒険しなさい。ただし、約束と礼儀は忘れないように」
「‥‥はい。すみませんでした」
「一部の厳格すぎる者達の反対があってモーリスさんへの評価は保留の状態でした。ですが、マリア様の絵の評判に聖書の表紙絵の出来映え。彼らも納得せざるを得ないでしょう」
司教は一枚の絵の前に立つ。モーリスも蜜蝋燭の灯りに照らされた板絵を司教の後ろから眺めた。
「ノアの方船ですね‥‥」
「そうです。地上が大洪水になり、漂う事しか出来ない方船。領主のラルフ・ヴェルナー様の描かれた絵です」
「ブランシュ騎士団黒分隊隊長でもあるラルフ様の絵‥‥」
モーリスは絵をよく眺める。決して素人が描いた出来ではない。本格的に絵画を習ったことがある技量がにじみ出ている。
「復興戦争より前、ラルフ様がまだまだお若い頃、画家の未来を捨てる覚悟をもって描いた最後の絵がこれです。今ではチェスとともに絵はただの趣味の一つになってしまったようですが」
「こんなにうまいのに‥‥」
「内緒ですよ。この絵の作者を知る者はご本人とわたしとブリウ。そして新たにモーリスさんだけなのですから」
司教の言葉にモーリスは何度も瞬きをした。
「ブリウに聞いたところ、モーリスさんは元々背景画がお好きだと。あなたも宗教画家を目指そうと思った時、人知れず挫折を味わったはずです。それでも同じ絵という世界。がんばりなさい」
「あ、ありがとうございます」
「カトナ教会からモーリスさんに新たな絵を注文をしたいのですが、ある事をブリウから聞いていますので当分先になるでしょう。今度ブリウと会う時には驚きますよ」
司教はそれ以上の内容をモーリスには語らなかった。
●帰り道
六日目の朝、玄間が御者をして馬車はルーアンを出発した。
カトナ教会での秘蹟については前向きに考えるが、今しばらくは保留になる。その方がいいと司教からも助言されたからだ。
「ねぇ、『ある事』って何ぃ〜? 卵のモーリスちゃん、隠しているなら早くいっちゃいなさいったら〜」
ポーレットが首を傾げていた。冒険者達もモーリスから司教と話した内容を聞いていた。ラルフの絵については約束した為に内緒であるが。
「とにかく、モーリスさんがブリウ師匠に会えばいい事があるはずなのだぁ〜」
「モーリスお兄ちゃんならどんな事だって平気だよね。だってちゃんと神様が伝えたい言葉にならない想いを描けるんだもの」
「やっぱりローズさんの怪我の時に冒険者が居合わせたのも偶然じゃないのです♪ 長く続く神様の思し召しなのです☆」
玄間、明王院、クリスとニコニコ顔でモーリスに声をかける。
「クリスさん、ボクは忘れていませんよ。ローズと逢わせてもらったパリのあの高台での事を。いつかあの場所で結婚式をしたいと、ローズと話していました。まだ先だとは思いますが、必ず‥‥」
クリスがモーリスに頷いた。そしてリュートを取りだすと優しい音色を奏でるのであった。
七日目の夕方に馬車はパリへ到着する。
冒険者ギルドではローズが待っていた。ブリウから連絡があり、今日辺りに帰ってくると教えてもらったそうだ。
「そう、完全に許してもらえたのね。よかったわ」
「ああ、だがブリウ師匠は内緒で進行させている事があるみたいなんだ。ローズの所でしばらく厄介になっていいかな? 師匠が来るまで」
モーリスは掻い摘んでローズに伝えた。
「ローズお姉ちゃん、モーリスお兄ちゃんにこの前渡した毛皮で手袋を作ってあげるといいよ。きっと喜ぶから」
明王院はローズに耳打ちをする。ローズはウィンクをして頷いた。
「みなさん、ありがとうごさいました。ブリウ師匠が来るまでしばらく待ってみようと思います」
モーリスはヒイラギのリースを冒険者達に渡す。少し先になるが聖夜祭に使って欲しいと司教からもらったものだ。
モーリスとローズを見送った後、冒険者達は報告を行うのであった。