炊き出し シモンとエリーヌ

■ショートシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:4

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月12日〜12月15日

リプレイ公開日:2006年12月18日

●オープニング

 預言による噂の連鎖はパリに喧噪と焦燥を入り混じらせる。いつもの騒がしさとは違い、負の感情だけが増幅してゆくようだ。
 国を統べる者達だけでなく一般の国民も、果ては家屋に巣くうネズミまでもが慌てふためいていた。
 市街には近隣周辺の村々から避難してくる者が続々と詰めかける。
 雨が降り続けている中で避難者は溢れていた。噂に惑わされてパリが脱出しようとする者もいる。どちらの行動が正しいのかすら誰にも判断できない状態であった。

「シモン、いる?」
 エリーヌは恋人であるシモンの住処を訊ねた。昼間だというのに辺りは薄暗い。物置と馬小屋を兼ねた一室に入ると、シモンを発見する。
「シモン、お父様がパリを一緒に逃げましょうって‥‥何してるの?」
 シモンに近づいたエリーヌは驚きと疑問を抱いた。馬に牽かせる荷台には大鍋が積まれていた。他にも食材が大量に載せられている。
「シモンも逃げる準備をしているみたいだけど、これは‥‥。もっと大切な物があるでしょう?」
「ボクは逃げないよ。これはお爺さんが商売で使ってた大鍋でね。炊き出しをするつもりさ」
「炊き出し?」
「今、避難者がたくさんいるだろ。こんな時ぐらい人様のお役に立たないと。ボクのだけじゃ足りないと思ってたら、近所の人達もいろいろ提供してくれてね。これで少しぐらいは逃げてきた人の腹を満たせるだろう」
 シモンは荷台に薪を載せる作業をしていた。
「エリーヌ?」
 シモンが荷台に載せようとしていた薪の束をエリーヌが持ち上げる。
「シモンはいつも後先考えないんだから。いくら味は二の次だとしても、料理したことのないシモンだけじゃいろいろ大変でしょ。手伝うわ」
「あっありがとう」
 一束の薪を載せるとエリーヌはシモンを見据えた。
「そんな言葉水くさいわ。だって‥‥」
 エリーヌは言いかけて顔をそらした。黙ったまま薪を載せ始め、シモンも作業を再開する。
「お父さまにも商売品のワインを提供してもらいましょう。体、温まるから後で持ってこさせます。問題はわたし達だけではとても手が足りなさそうなこと」
 エリーヌは荷台にある食材を見上げた。
「誰か手伝ってくれるはずさ。とりあえず行動だ」
 シモンは荷台に藁を被せると馬を引っ張って雨の降る市街へと出向いた。行き先は大きな杉の木が何本も植えられている広場だ。多少の雨ならしのげるはずである。
 エリーヌは自宅に戻る道を急ぐ。準備をして合流するつもりであった。
 ひもじさは何より人の心を疲弊させる。シモンは急いで準備を始めるのだった。

●今回の参加者

 ea4078 サーラ・カトレア(31歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 eb3537 セレスト・グラン・クリュ(45歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb9586 異腕坊 苦海(42歳・♂・武道家・ジャイアント・華仙教大国)
 eb9596 ジョルジュ・ジョルジョーネ(42歳・♂・ナイト・ジャイアント・フランク王国)
 eb9602 ジョネル・ジョルジョーネ(30歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb9670 魁沼 尚美(26歳・♀・侍・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●集う
「おいしょっと‥‥うっ動けぇ」
 シモンは大鍋にしがみついて荷台から降ろそうと奮闘していた。荷台に載せるのには工夫をこらして二時間もかかった。載せるのに比べれば楽なはずだが、疲れて体がついてこない。自らの非力さを嘆きながらも顔を真っ赤にさせて力を込める。
「あれ?」
 大鍋が急に軽くなったように感じられた。草むらに大鍋が落ちて鐘のような反響が鳴り響く。
「あっ、手を貸してくれたんですね」
 大鍋の側には東洋の顔立ちをした魁沼尚美(eb9670)の姿があった。
「見かねてまして。他にも手伝いましょうか?」
 魁沼の言葉にシモンは炊き出しの話を切りだした。快諾してくれた魁沼と一緒に今度はカマドを造るために石を運び始める。
「何をしているのですか?」
 ジョネル・ジョルジョーネ(eb9602)はシモンに声をかける。
「炊き出しのカマド造りです。避難者にお腹いっぱい食べてもらおうと思いまして」
「なるほど、パリは今大変です。武術大会まで暇ですし‥‥力仕事は任せて下さい」
 ジョネルの近くにいた巨体のジョルジュ・ジョルジョーネ(eb9596)も石を持ち上げた。
「立ち聞きで申し訳ない。ミーも力を貸しましょう。お嬢さんだけに力仕事をさせられません」
 石を運ぶ魁沼を一度見てから、ジョルジュはシモンに申しでる。
 石運びは四人となり、シモンが考えていたより早く終わった。次にカマドを組み始める。
「ダアーメンケ」
 突然訳のわからない言葉がシモンに投げかけられた。顔を上げると新たな巨体の人物、異腕坊苦海(eb9586)が立っていた。
「この方の話しているのはジャパン語です。カマドを組むなら風向きを考えなくてはいけないといっています」
 ゲルマン語とジャパン語の両方話せる魁沼が通訳する。
「そうか、風が吹き込むようにしないといけないのか」
「そうみたいです。他にも手伝ってくれるみたいです」
 異腕坊はジャパン風に頭を下げてお辞儀をする。シモンも見よう見まねでお辞儀をした。
 みんなの手伝いのおかげでカマドは完成し、大鍋も設置される。
「肝心な料理の方だが‥‥」
 シモンは大鍋を前で今更ながら困っていた。エリーヌが少し料理が出来るだけでシモン自身はずぶの素人だったからだ。
「異腕坊はちょっとだけお料理やれるそうですが、これだけの量となると自信がないそうです」
 魁沼は異腕坊の言葉を通訳する。いつの間にかみんなで大鍋を囲んでいた。
「パーティでも始めるのですか?」
 通りがかったサーラ・カトレア(ea4078)がシモンに声をかける。趣旨を話すとサーラも参加を口にしてくれた。
「わたしも料理の心得はありますが、これ程となりますと不安です‥‥」
 サーラも大鍋の前で困った様子だ。ふと横を向いたシモンは荷台にある食材を見上げる女性に気がつく。
「なぜこんなに食材があるのか不思議でねえ」
 セレスト・グラン・クリュ(eb3537)は振り向いてシモンに疑問を問う。
「あたし、料理には自信があるのよ。お手伝いして差し上げるわ」
 炊き出しの説明をしたシモンにセレストは自ら調理をかってでてくれた。
 全員で話し合いをし、仕事が振り分けられた。
 料理はセレストを中心に、食材の皮むきや切る下ごしらえは異腕坊とサーラが受け持つ。
「豚肉は麺棒で叩き、お年寄りでも噛み切りやすく――」
 セレストの言葉を魁沼が通訳して異腕坊に伝える。
 大鍋用のカマドだけではとても用が足りなかった。ジョネルとジョルジュは再び石を運んで小さなカマドを三つ組んだ。その後で木桶に水を汲んで運んでくれる。
「あ‥っと、ジョネルさん? 申し訳ないけど――」
 セレストはジョネルに尖った耳を隠すようにお願いする。ハーフエルフによい印象を持たない者がいるので、余計なトラブルを避ける為だ。事情を理解したジョネルはシモンから防寒用の帽子を借りる。
 その後、セレストは愛馬ダビデを連れて買い物に出かけた。ワインが届けられるのを知ったからである。ホットワインにハーブを入ればより体が温まるからだ。
 魁沼は異腕坊から教えてもらった水の濾過を実践する。荷台にあった麻布袋に集めた砂、木の葉、小石、炭の欠片を層にして詰める。水を注いで滴りを集め、さらに鍋にかけて沸騰させた。井戸水も雨水が入って不衛生な場合があるからだ。
 シモンは風よけを立てようとしていた。雨は大木のおかげで落ちてこないが、風が吹いて寒さを倍増させている。荷台にあった上げ下ろし用の板を柱にし、藁を束ねて縄で固定して壁を作った。
「シーモーンー!」
 広場に現れた馬車にはエリーヌの姿があった。
「ワインを持ってきたわ。お父さまも賛成してくれてたわよ」
 エリーヌは馬車から降りてシモンに次々とワイン渡す。
「奥さんですか?」
 サーラに訊ねられたエリーヌは顔を真っ赤にする。
「ワイン届いたの。さっそくホットワインを用意しましょう」
 買い物から帰ってきたセレストは何本かのワインを受け取って調理に入る。大鍋には下ごしらえされた塩漬けの豚肉、蕪、玉葱、人参、大蒜がセレストのお願いした手順通りに入れられていた。煮込まれさえすればポトフの出来上がりである。ワインに蜂蜜と林檎の皮、シトロネラの皮に、シナモン、クローブ、ナツメグ、月桂の葉、生姜のどれかを入れて温めてホットワインの出来上がりである。
「美味そうな匂いがしておるが、何をなさっとるのかな?」
「炊き出しをしています。もう少しお待ち下さい。それまでこちらを」
 老爺に訊ねられたサーラはセレストが用意してくれたホットワインのカップを手渡した。
「おお、これは温まりそうだ。いやなに、パリに避難して途方に暮れてたところ。とても助かる。もう一つもらえるかね?」
 老爺は受け取ったカップを後ろにいた老婆に渡す。サーラは笑顔でカップをもう一つ渡した。老婆はきっと伴侶であろう。
「座る場所が必要です。ミー達が用意しましょう」
 カマド造りで余った石に老人達が座るのを眺めて、ジョルジュはジョネルに声をかける。さっそく二人は座るのに適した石を探しにいった。
 匂いに誘われて避難者達が集まりだした。まもなくポトフも出来上がり、本格的に炊き出しが始まった。
 サーラがスープをよそって、魁沼がホットワインをカップに注いで食事を用意する。魁沼に代わり、湯を沸かす役目はジョルジュとなった。
 夕方の料理用の下ごしらえをセレストも手伝う。異腕坊は下ごしらえ専門でてんてこ舞いだ。エリーヌも下ごしらえを手伝った。
 シモンとジョネルは食器を洗う。溜まった雨水で洗い、仕上げに鍋に入れて煮沸する。間に合わなくなると、エリーヌが下ごしらえから移動してきた。
 皿を洗うシモンは避難者達の喜ぶ顔をみて涙ぐむ。
 さっきまで凍え震えていた人達が、顔をほころばせて食事をしている。
「シモンが泣き虫なのは変わらないのね」
 エリーヌは親しみを込めてシモンに話しかけるのだった。

●善意
 二日目は朝から大忙しであった。
 昨日の炊き出しの噂が広まってたくさんの避難者が詰めかけたからだ。しかも避難者の中には手伝ってくれる人もいる。焚き火の世話や、さらなる風よけの用意などをしてくれるおかげで、シモンとエリーヌ、冒険者達は料理作りに専念出来るようになった。
 昨日のポトフとホットワインは引き続き作るとして、セレストは今日から他の料理も用意するつもりでいた。サーラ、異腕坊と一緒に大量の食材と奮闘する。
「お姉さん、これでいい?」
 サーラに声をかけるのは、羊の乳と卵黄、蜂蜜で作ったホットミルクセーキを飲み終わった子供達だ。カップを洗って持ってきてくれたのである。
「ありがとう。とても助かります」
 サーラはカップを受け取ると、煮沸用の鍋に入れる。子供達ははしゃぎながら親の所に戻ってゆく。
「さてさて‥‥」
 セレストは出来上がった鮭のダンプリングいりチーズクリームスープを味見する。小麦粉、塩、羊の乳、塩漬けの鮭、キャベツ、マシュルーム、チーズをで作ったものだ。サーラと異腕坊にも味見をしてもらう。口にした時の異腕坊の表情は幸せそうだ。
「あとは小麦粉は水でこねてお団子にしてスープみたいに‥‥」
 さっそくセレストは次の調理に取りかかった。サーラと異腕坊は気合いを入れ直して再度下ごしらえに取りかかる。
 魁沼は動くのが大変そうな避難者に食事を運ぶ。
 ジョネルは昨日に引き続き食器洗いと水の用意をしていた。
 シモンはジョルジュと食材や必要な物を自宅に取りにいったあとでジョネルを手伝う。
「シモン、遅れた参加だがわたしも手伝おう」
 シモンの横に座り、食器を洗い始めたのはエリーヌの父親だ。ジョルジュとジョネルは気を利かせて離れた場所で食器を洗う。
「おっお父‥‥」
 シモンは言いかけて口を閉じる。
「お父さんでも何でも好きなように呼んでくれていいぞ。もうエリーヌはくれてやった気分だからな」
 エリーヌの父親は食器を木桶に溜まった雨水につけて洗い続ける。
「知っての通り、わたしは二人を許している。それでもわだかまりがあった。女の子供はエリーヌ一人だけだしな。しかしもう‥‥」
「‥‥なんでしょう?」
「わたしが自分の事ばかりを考えていた時に、キミは人の為を考えた。それが答えだ」
 エリーヌの父は洗った食器を入れた木桶を煮沸の鍋に持ってゆく。

「すみません。ここで食事が頂けると聞いたのですが」
 ジョルジュに声をかけたのは妊婦に肩を貸した男だった。
「あなた、平気ですから」
「いやいや、大事をとらないと」
 二人は夫婦らしい。ジョルジュは風よけの近くの焚き火がある場所に案内した。食事も自ら運んであげた。
「ありがとうございます。あー暖かい。お食事も美味しいわ」
 妊婦はゆっくりと食事をする。
「大変でしたでしょう」
 ジョルジュの言葉に夫婦は笑顔で返した。
「こんなことになってしまったけど、命は無事でしたし。でも、早く生まれ育った村に戻って子供を産みたいですわ」
 ジョルジュは妊婦の顔に母親の強さを感じるのだった。

●繋がり
 炊き出しも三日目になると、広場に様々な変化が起きていた。
 炊き出しを続けるシモンとエリーヌ、冒険者達に変わりはない。しかし、他にも支援者が現れて同じように炊き出しを始めたのだ。物資を提供してくれる者も現れて、集まった避難者達に毛布が配られる。
 シモンが避難者に聞いた所、無料で泊めてくれる宿もあるそうだ。とりあえずの緊急状態は脱したようだった。
 日が暮れてしばらく経ち、すべての食べ物が配り尽くされる。シモンの炊き出しは終わろうとしていた。
 シモンはまず調理をしてくれたセレストに感謝した。自分だけではこうはいかなかったはずである。
「シモンさんとエリーヌさんの善意には及ばなくてよ」
 セレストはそういってくれた。
 シモンは異腕坊にお辞儀をする。下ごしらえをずっとやるのはさぞかし大変だったろう。
「ど‥いた‥‥まして」
 異腕坊もシモンにお辞儀を返した。
 サーラには下ごしらえと、うまく避難者の中から手伝ってくれる者を探してくれたことに感謝した。
「そんなお役に立てたのでしょうか」
 サーラは照れた様子だった。
 ジョネルには非力な自分ではとても務まらない力仕事をしてくれた事に感謝する。地味で人がやりたがらない仕事だ。だからこそ大切である。
「そんなこといわれますと、恥ずかしくなります」
 ジョネルは帽子をシモンに返した。
 ジョルジュには馬を借りて食材運びを手伝ってもらったことに感謝する。裏方の仕事を文句なくやってくれた事もだ。
「暴漢とかが出なくて何よりです」
 ジョルジュは力強く返事をした。
 魁沼には親身に避難者へ応対してくれた事に感謝した。一番最初に手を貸してくれたのは一生忘れないだろう。
「少しでも人助けできたのはとてもよかったです。でも――」
 魁沼は最初にシモンに手を貸したのはエリーヌではないかといった。
 最後にシモンはエリーヌに近寄る。
「エリーヌ‥‥」
「気にしないで。ずっとこれからも一緒なのだから」
 シモンとエリーヌは空の荷台を馬を引かせて自宅へと戻るのだった。