●リプレイ本文
●出発前
「手強い手強いと言われても‥どう普通のレイスと違うのかしら?」
出発時に現れた依頼者であるエルフの少年ハインツに国乃木めい(ec0669)が訊ねる。興味があるツィーネを始めとする冒険者仲間も二人の周囲に集まった。
「一言でいえば、『ウーバスはとても頭がよい』のです。攻撃力も他のレイスより強力と思われますが、これが一番の要因です」
「頭がよいとは、何か深い知識を持っていたのでしょうか?」
「錬金術を初めとする様々な学問を通じて、父エリクとウーバスは友であったようです。レイスになったウーバスは、その知識を殺人行為に繋げているようですが」
国乃木の質問が終わるとブリード・クロス(eb7358)が一歩前に出た。
「檻の使い方を教えてもらえますか? 特殊な使い方があるなら使用条件はあるのですか?」
ブリードにハインツは返答する。
まず銀製の檻は馬車から取り外し可能。小さな車輪も下部についている。内部は大人だとかなり狭い。出入り口となる開閉部は一個所しかない。
ハインツの父エリクが使った方法とは、檻の中に憑依した人物を閉じこめた上で開閉部にかかるようにホーリーフィールドを張る。
レイスに憑依を何とか解かせる。そして正気に戻った人物を開閉部から出して蓋を閉めれば完了であった。
ただしこの方法には問題がある。レイスが悪人に憑依していた場合、ホーリーフィールドを壊さない限り潜れないので外に出すのが不可能だ。
「この方法にこだわらずに、捕まえる為ならご自由に使って構いません。ただし売ったりするのはなしで。その時はあらゆる方法を使って弁償してもらいます」
ハインツはすでに檻が載せてある馬車に振り向いた。
「ツィーネお姉ちゃん〜」
「どうしたんだ?」
馬車の向こう側から近づく子供がいた。ツィーネが養っている男の子テオカだ。
「これ、忘れ物だよ」
テオカが渡してくれたのは十字架のペンダントである。
「ありがとう。大事な物を忘れるところだった」
ツィーネは首に下げて、テオカに微笑んだ。
「調べをしておく。では向こうで会おう」
リンカ・ティニーブルー(ec1850)は愛馬を仲間に任せて、愛犬の黒曜と一緒にセブンリーグブーツで先に出発する。
冒険者達は馬車に乗り込む。御者のブリードが愛馬や仲間の馬を馬車に繋げる。
「わたしがテオカ君をお宅まで送り届けますのでご心配なく」
ハインツが一言、ツィーネに声をかけた。
目的の集落がパリから日帰り出来ない程遠いので、残念ながらグロリアと水城は馬車を見送るだけにとどまる。
多くの人に見送られながら馬車は出発するのだった。
●ツィーネの考え
一晩の野営を経て、二日目の昼過ぎに馬車はある集落に到着した。
先行していたリンカも合流する。集落の者はとても協力的で集落の見取り図などをリンカに貸してくれたそうだ。
「今回も大変そうだが‥‥よろしくな」
「ああ、それはそうだけど、改まってどうかしたのか?」
馬車から下りたヤード・ロック(eb0339)は、ツィーネの手を持ち上げるように握手をした。
ヤードは昨晩の内にツィーネには内緒で仲間に教えた事がある。
前にフォーノリッヂで調べた所、怪我をしたツィーネの未来を観たのだ。今回がその時だとは限らないが、注意はすべきであった。
「ふ〜〜‥‥」
リスティア・バルテス(ec1713)は馬車から下りて安堵のため息をつく。リスティアにとって、銀に触れるのは狂化を意味する。離れて座ってはいたが、何かの拍子に銀製の檻に触ってしまうかも知れない。
「レイスを倒し、人々の暮らしを守る為に戦う彼女をどうか私の代わりに護って上げて」
リスティアはペガサス、マスカットのたてがみを撫でながら、ツィーネの護衛を願った。
「これで少しは」
エイジ・シドリ(eb1875)は銀のネックレスを分解してとりつけた網を手にしていた。馬車内でコツコツと作ったものである。以前に使った時は時間稼ぎには利用出来た。檻のように完全に銀で取り囲まないと、最後は隙間から逃げられてしまうが、使い道はあるはずだ。
「夜をメインに巡回を行ってレイスを警戒しましょう。それと、目星をつけてあるのはこの集落でいいのですか?」
「まだ、ちゃんと話していなかったな」
グレック・フリーゼル(eb1677)の問いをきっかけにして、ツィーネが全員に説明を始める。
依頼書にはレイスのウーバスが行ったと思われる事件が三件と書かれていたが、はっきりとしない情報としてはあと二件が報告されていた。すべてこの集落を含む地域で起きた夜道の一人歩きを狙った事件である。五件を連続事件として考えると、まだ起きていないのは、今いる集落のみである。
「誰かがわたしたちにここに来いと誘っているようなわかりやすさだ。一連の被害者は女性のようだし、わたしが囮になろうと考えているのだが」
ツィーネの言葉に全員が反対する。
「そ、そんな恐い顔をするな。みんな」
ツィーネが苦笑いをしてたじろぐ。
「これを貸しておこう」
エイジが幸福の銀のスプーンをツィーネに渡した。
「ありがたいが、みんなどうかしたのか」
「なんでもない。それよりも――」
ツィーネの質問をエイジははぐらかした。
まずは二班に分かれて行動を開始することになる。
ツイーネ、ブリード、国乃木、ヤードのA班。
グレック、エイジ、リンカ、リスティアB班。
夜に備えて休息をとる事になるが、その前にブリードは自警団に話しを聞くのを忘れなかった。
二班はまず、集落の巡回に力を注いだ。それほど広くない集落なので冒険者だけでも充分である。集落の自警団も独自に警戒をしているようだ。
冒険者達はそれぞれに準備を怠らない。国乃木は同じ班のツィーネに道返の石の発動を頼み、愛犬のシロの首に下げてアンデットに対して有利な場所を作り上げる。
リンカはエイジに何本かの矢を渡し、鏃部分を柔らかい物で包み、軸に細工をしてもらってあった。使い捨てになるものの、音が鳴る連絡用の矢である。
その他にもエイジは木片で簡素な笛を作り、仲間に配布する。叫ぶよりかは遠くに音が届くはずだ。
戦いが起こればレジストデビルなどの魔法の付与をするように、誰もが心に刻んでいた。
夜は更けて、もうすぐ朝になろうとした時、事が起きる。
B班はリンカが矢を飛ばして音を鳴らす。A班はブリードが横笛が吹いて周囲に響かせた。
互いに青白い炎のようなレイスを発見して仲間を呼んだのだが、消え去る前に集合は出来ずに終わる。
理由は単純であった。それぞれの班が別のレイスを発見したからだ。両方の目撃例とも、遠すぎてどんなレイスなのかはわからなかったが。
ウーバスなのか、エフーナなのか、それともまったく別のレイスなのか。冒険者達の疑問は深まった。
冒険者達は明るくなった集落を巡回しながら、集落民にも確認する。レイスは見かけられたものの、どうやら昨晩に殺された者はいなかった。
●聞き覚え
「ティアにいわれたからって、そんなにくっつかなくてもいいんだぞ」
ツィーネはリスティアのペガサス、マスカットに話しかける。
夕方の集落をツィーネは歩いていた。後ろから歩いてペガサスがついてくる。さらに子供達がペガサス目当てについてきて、まるで行進のようだ。
ツィーネは昼間のうちに見取り図を観ながら集落の地理を覚える為に散策していた。
「ん? どうしたんだ?」
女の子が一人、ツィーネの前に現れて通せんぼする。
「久しぶりだな」
声は子供だが、イントネーションが独特である。とても女の子の言葉とは思えない。
「‥‥悪ふざけ‥‥なのか?」
ツィーネに向かって女の子は下品に笑う。そして路地裏に走ってゆき、姿を消した。
「待って! おい、放せ!」
女の子を追いかけようとツィーネの服をペガサスが噛んで放さない。ほんの一瞬だけ、ツィーネは空に青白い炎を見かける。
「あの女の子にレイスが取り憑いていた?」
ようやくペガサスが放したので、ツィーネは路地裏に向かう。女の子は倒れていたが、幸いな事にどこにも怪我はない。
「どこかで聞き覚えがあるような、ないような‥‥」
ツィーネは取り憑かれていた時の女の子の話し方に覚えがあったが思い出せなかった。
●不安
「やはり、一人で道を歩かせるような形での囮は必要ではないかな?」
四日目の暮れなずむ頃、ツィーネは仲間に相談する。
三日目から四日目にかけての昨晩には何事も起こらなかった。その事と三日目の憑かれた女の子の一件がツィーネを少々苛立たせていた。
「囮をやるなら、ツィーネではなく他の者がいい。あたいはレイスとはいえ、もし男に触られたら狂化してしまうかも知れない」
リンカは仲間を順に眺めた。
「被害者は女性ばかりというし、ここはあたしかな」
「ティア、無理する事はないんだ。わたしがやろう」
リスティアがツィーネに首を横に振る。
「あたしが囮をやるね」
リスティアに囮役は決まった。B班がリスティアを隠れて護衛し、さらに外側をA班が警戒する。何かが起これば、全員駆けつける作戦に変更された。
ハインツの依頼前からツィーネとつきあいのある冒険者は、ある不安に苛まれていた。それはツィーネの過去に繋がる敵、ダンの存在である。ダンはツィーネの恋人マテューを殺した。出発時に来たテオカはマテューの弟である。ダンはツィーネの手によって倒されたのだが、一つの疑問、もしくは不安が残っていた。
不安を払拭できないまま、四日目の夜が訪れるのであった。
●おぼろげな青
「やっぱり、こわいね‥‥」
リスティアは仲間から借りたランタンを手に一人で集落の道を歩いていた。
隠れて仲間が見守ってくれているのはわかっていたが、それでも恐いものは恐い。
「ツィーネ達の方が戦力的に厳しいんだ、なるべくB班だけで処理をしないと。二つのレイスが見かけられているのだから、戦力に余裕を持たないといけない」
リンカは仲間に警戒を促した。ペガサスと犬はさらに離れた場所へ待機させていた。
刈り取られた麦畑に入った時、リスティアは人影を見つける。
(「来た!」)
リスティアは身構えた。こうなったら仲間を信じる他ない。
「自分の命と引き替えに殺した奴はいるのか?」
集落の者らしき男はリスティアに問うた。
「ないわよ!」
叫んだリスティアは大急ぎで逃げだした。質問もしたいが、刺されでもしたら痛いし、仲間にも迷惑がかかる。
振り返ると男は刃物を取りだして追いかけてきていた。
(「頭がいいという割りには単純ね」)
リスティアは大木を側を横切る。木の上で待ちかまえていたエイジが網を投げるが、男に避けられた。続いて国乃木がコアギュレイトを放つが、距離のせいで男を捉えきれない。
「相手は僕がします!」
グレックが立ちはだかると男は立ち止まる。が、糸の切れた操り人形のように地面へと倒れてしまった。
すぐに男から青白いレイス抜けだして、夜空へ浮かび上がる。
「まさかダン?」
物影から飛びだしたツィーネが叫ぶ。夜空に漂っていたのは板絵にあったウーバスではない。あのダンのレイスになった姿であった。
「ツィー‥ネ、許ざねえ‥‥お前だげ‥‥ば!!」
レイスのダンが両手を広げ、まっすぐにツィーネへ迫る。ツィーネは魔剣を構えていたが、それにも怯まずに。
リンカは矢を放つが、当たってもダンはそのまま突進した。
「おっと、ツィーネには手出しはさせないぞ、と! うわ!」
ヤードがツィーネを突き飛ばし、代わりにダンから抱きしめられた。
「離れなさい!」
ブリードの槍がヤードを避けてダンの頭部を突き刺す。ヤードから離れたところをグレックが聖者の剣で斬りつける。
逃げようとするダンだが、エイジの二度目の投網は成功する。わずかな時間だが動きを止めた。その機を逃さず、国乃木がコアギュレイトで完全に動きを止める。
一気に止めを刺そうとした時、もう一つの青白い炎が冒険者達の近くを通り過ぎる。
「ダン‥‥情けないぞ。お前の渇望とはその程度か。なんの為の用意であったのだ。すべてはその女をおびき寄せる為ではなかったのか!」
ウーバスの姿は屋敷にあった絵にそっくりであった。叫んだあとで、ウーバスは倒れている男に取り憑いた。そしてツィーネに駆け寄って刃物で斬りつける。
「どうした? お前の剣の腕なら、我を斬り伏せられよう! 早くしてみろ! 出来ないのか! まったく甘い! 甘すぎる!」
ウーバスが取り憑いた男にツィーネは攻撃を仕掛けられない。このまま倒してしまえば、罪のない男をも殺してしまうからだ。
グレックとブリードがツィーネの守りに入る。ブリードは武器を持ち替えていた。
「まずはそのダンというものを!」
ブリードの言葉に反応して、リンカが矢をレイスのダンに次々と撃ち込む。最後にはダンのレイスは存在が薄くなり、完全に消え去った。
「つまらん‥‥。誰も覚悟が足りぬ。ダンもお前らもだ‥‥」
ウーバスは男から抜けだすと夜空に消えてゆく。ペガサスが追いかけようとしたが、リスティアは呼び戻した。
「おい、ヤード!」
倒れていたヤードをツィーネが抱き起こす。
「‥‥今度はツィーネに抱きしめられてよかったな、と‥‥」
「強がりはよせ! 今すぐ治療してもらうからな」
「‥‥つっ。たく‥‥こういうのは俺らしくないってのにな、と‥‥」
リカバーが使えるブリードとリスティアがすぐに治療を開始する。
「銀製の檻か。誰かホーリーフィールドが使える者がいればな。無理なら他の方法も考えなくては」
エイジは呟いた。
「二度と会いたくはなかったが‥‥」
ツィーネは十字架を手にして祈る。かつて恋人を殺し、そしてレイスになっても誘いだして自分を殺そうとしたダンに向けて。
(「わたしは強くならなくてはならない。テオカの為に、そして仲間の為にも‥‥」)
ツィーネはより心を強くした。
それから六日目の朝まで集落は平穏であった。
パリに出発しなければならない六日目の昼頃、集落民の一人が岩に刻まれた文字を発見する。
『エリクを継ぐ者よ。我を倒してみるがいい』
刻まれた文字を読んでから、冒険者達はパリへの帰路についた。
七日目の夕方、冒険者達はパリに到着すると、すぐにギルドへ向かった。
待っていたハインツは報告を聞いて、追加の謝礼金を冒険者に渡す。
「ウーバスから宣戦布告ですか‥‥。エリクを継ぐ者とはきっとわたしの事です」
岩に刻まれた内容をツィーネから聞かされた時、ハインツは唇の端を噛んだ。少年とは思えない苦み走った表情のまま、ハインツはギルドから姿を消した。