アビゴールの残像 〜サッカノの手稿〜
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■ショートシナリオ
担当:天田洋介
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:11 G 32 C
参加人数:10人
サポート参加人数:4人
冒険期間:10月14日〜10月26日
リプレイ公開日:2007年10月20日
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●オープニング
教会の一室にランタンが灯っていた。
「ここがきっとプリンシュパリティ、ハニエル様を指し示している一文だ」
深夜に司祭ボルデと司祭ベルヌは、サッカノ司教が名も無き棺に残した最後の資料を調べていた。
特に遙か昔、滝裏の洞窟奥にある古代遺跡での一件を。
悪魔の騎士アビゴールと天使プリンシュパリティ・ハニエルの因縁。
サッカノ司教の娘、コンスタンスが殺された事実。
アイスコフィンの解凍によって現代に蘇ったエミリールが、コンスタンスが産んだ男の赤子の乳母であった事。
エミリールは魂を抜かれたが、コンスタンスの死に際の機転によって白き玉はアビゴールに渡る事なく、封印された事。古代遺跡の石版には死にかけていたエミリールをアイスコフィンで保存した事は、存在を隠す為にわざと刻まなかった事。
古代遺跡の白き玉はエミリールのものを除いて、すでに遺跡内にあった事。近くにあった集落民の魂はその時点でデビルに持ち去られた事。
コンスタンスの息子であり、サッカノ司教の孫である赤子が後にデビルによって誘拐された事。
サッカノ司教の推察によって書かれた部分も多いが、大体はその通りのはずである。
ここにハニエルの行動を含む、後の出来事をくわえるとそれぞれの関連が浮き上がる。
遙か昔にハニエルが降臨した理由は、教会から孤立無援となったサッカノ司教を助ける為である。
前に冒険者が想像した通り、サッカノ司教はアビゴールを追っていくうち、デビルに詳しくなりすぎてしまう。結果、デビルとの関係を教会の上層部に疑われてしまった。孫もデビルの手に堕ちてしまったサッカノ司教の為にハニエルはこの地に舞い降りたのだ。
ハニエルと後に三賢人と呼ばれる司祭三人だけが力を貸す状態で、サッカノ司教はアビゴールを倒す旅に出た。
ハニエル降臨時のアビゴールとのやり取りからすると、サッカノ司教は過去のアビゴールを一度倒したようだ。ハニエルがかなりの戦力として力を貸したのは想像に難くない。
サッカノ司教はプリンシュパリティ・ハニエルの存在を教会には知らせなかった。ルーアンで火刑に処された時の記録にも残っていない。
ハニエルが冒険者に訊ねられて答えていた。サッカノ司教は人の罪を背負い、未来を信じた上で火刑に処せられたのだと。
アビゴールは消え去り、サッカノ司教は灰となり、ハニエルは天に帰った。
コンスタンスは既になく、エミリールは氷の棺に閉じこめられ、赤子はデビルの元に。
後に三賢人と呼ばれる司祭三人は教会に残る。
これが過去である。
今に暗躍するアビゴールは復活を遂げた存在で間違いなかった。
「ここに書かれている場所を、まだアビゴールは根城にしているのでしょうか?」
司祭ベルヌが棺から出てきた一枚の地図を司祭ボルデに渡した。
「今も使っているかは別にして、調べてみる価値はありそうです。山奥なので未だ開拓はされていないはずですから、大昔のものでも残っている可能性は高いはず」
司祭ボルデの答えに司祭ベルヌは頷いた。
翌日、二人の司祭は冒険者ギルドに出向いて、調査の護衛を依頼する。地上とも地下ともわからない、かつてのアビゴールの根城へ向かう為に。
●リプレイ本文
●長い道のり
馬車二両に乗り込み、一行はパリを出発した。
何人かの冒険者は保存食が足りないのに気づき、途中の集落で買い足すはめになる。
今回は御者が二人いたものの、エルリック・キスリング(ea2037)とテッド・クラウス(ea8988)も手綱を握ってくれた。おかげで揺れの少ない車中となる。馬車に乗らず、愛馬、セブンリーグブーツなどで警戒をしてくれる冒険者の姿もあった。
目的とする山岳部は遠い。一行は二日目の夕方には山岳部の途中まで到達したが、それから先は徒歩で進まなくてはならなかった。
三日目の朝早く、一行は出発する。馬車二両は御者二人に留守番を任せて、冒険者十名と司祭二人の一行となった。荷物運びとして冒険者達の馬も引っ張る形で同行させる。
「時に司祭方。此度の調査の目的は如何?」
隣りを歩く司祭ボルデと司祭ベルヌにフランシア・ド・フルール(ea3047)が問う。ただ漠然と地図があったというだけでは、理由が薄い。
重い荷物を背負っていた司祭ベルヌが答える。サッカノ司教が過去のアビゴールを倒したのが、これから向かう場所であると。行けばサッカノ司教が残した何かがあるかも知れず、そしてアビゴールが未だ利用していのなら、叩かねばならない場所となる。
「その事なのですが‥、私達にはあまり向いていませんね」
シクル・ザーン(ea2350)は司祭二人に提案する。次があるならば、今の冒険者達は護衛に徹し、調査に適した他の冒険者を雇うべきだと。司祭二人は今回の結果によって考えたいと返事をした。
さらに一晩の野営を経る。
四日目の山道は、防寒具を身につけて歩いてもおかしくないほど肌寒かった。
「ハニエル様の光臨により、アビゴールも本気で来るでしょう」
「そっか、天使がねぇ。何ならそのままアビゴールの相手を任せちまいたい気分だ」
先頭を歩くシャルウィード・ハミルトン(eb5413)とその後ろにいたレイムス・ドレイク(eb2277)が白い息を吐きながら登った。
森が拓け、一行はようやく目的地近くに辿り着く。すでに夕方となっていた。
「なんだあれは?」
愛犬のカゲを横に置くシャルウィードが谷の向こう側を指さす。
「シャルウィード殿の鷹のハルと、俺の風精龍の飛風がどうかした‥‥。いや、あれは!」
李風龍(ea5808)も気がついた。谷の向こう側も一見するとただの森だが、所々に石造りの建物が姿を覗かせている。
「デビルの城‥‥、アビゴール城か!」
ナノック・リバーシブル(eb3979)はペガサスのアイギスで確認に向かう。そして完全に日が暮れる前に戻ってきた。
「石の中の蝶によれば、この辺りにデビルはいないわね」
シェリル・オレアリス(eb4803)が野営場所の周囲を一通り回ってから、仲間に報告する。
「まさか、かつてのアジトが城だとは思わなかった。痕跡を調べることで何か手がかりが発見できるかも知れない。上空からはどうだったのだ?」
仲間同士でたき火を囲みながら、ディグニス・ヘリオドール(eb0828)はナノックに訊ねた。
「巨木らしきものを見つけて近づいてみれば、苔や蔦に覆われた城の上部だった。造りは現在のとは違うだろうが、城といっていいだろう」
ナノックは愛犬のシーベリアを膝に乗せて答える。
「こんな山奥だと、あまりにも不便。エドガ一味の拠点は別にあるはず。いるのがアビゴールのみとなれば討ち取る大チャンスですが‥‥」
テッドの勘はかなり的を射ていた。数日後にそれが明らかとなる。
「私は二人の司祭の護衛に徹します。調査はお任せします」
エルリックが枯れ木をたき火にくべる。
司祭二人の護衛はどの冒険者にとっても重要だが、比重においての話し合いが行われた。
●調査
五日目、谷の狭まった個所に非常に古びた石橋があり、崩れない事を祈りながら全員が渡り終える。
城といっても城下の形跡がある訳ではない。戦いの為に建てられた山城であった。古いとはいえ、切りだされた石で組まれた精巧な造りの建物である。
『森』と表現してもおかしくない城内を冒険者達は進んだ。
途中、二体の石像がガーゴイルに変身する。襲われたが冒険者達にとっては取るに足らない敵だ。すぐさま倒して草木をかき分けた。
一行に敵がいるとすれば、それは森であった。木の幹が蔦のように城の壁面に絡みつき、出入り口を塞いでいる。とにかく進路を妨害し、さもない場所を迷路のようにしている。
途中、クレイジェルなどを避けて奥に入り込む。それからも草木との格闘は続く。
たまに石壁に文字らしきをもの発見するが、覆っている植物を取り除かなければならない。まずは城の状況を把握する為、後回しにされた。
たまたま他から切り離されたバルコニーのような高所があり、そこを調査の基点と決める。
日が暮れて調査は明日へ持ち越しとなった。
●来客
六日目、拠点を中心にして調査は再開された。
司祭二人が調査するので、冒険者は護衛に集中する。
持ってきた色水や、発泡酒を配置し、万が一のデビル襲来に備える。
石の中の蝶などでデビルの探知も行うが反応はない。デビルが今も住んでいるとは思えなかった。
テッドはオーラテレパスで話しかけるが、知性がそれなりにある動物がおらず、これといった情報は得られない。
「甘く考えていました。ここまで古いと真に専門家でなければ、調査は不可能でしょう。それに草木で覆われていて、あまりに一部分なのも‥‥」
夜になり、司祭ボルデが冒険者達に報告する。司祭ベルヌも似たような見解であった。
「どうした?」
突然、風精龍が李風龍の側に降りて鳴いた。シャルウィードの鷹ハルも同じように主人の近くで鳴く。
「苦労している様子だこと」
拠点から十メートル程離れた場所に塔が建っていた。天辺の屋根には人影がある。ランタンの灯りや、たき火の燃えている木を拾ってたいまつのように掲げてみるものの、よくわからない。
「危険だ。近づくんじゃない」
ディグニスのフェアリーがライトを使っても光は届かなかった。飛んでいこうとするフェアリーをディグニスが呼び止める。
屋根の上の人影が自らランタンを灯す。そこに居たのはアビゴールの下僕、少女コンスタンスであった。
「話しがある。お聞きになる心構えはよろしくて?」
武器を手に構える冒険者達は、少女コンスタンスを見上げ続ける。
「何の用です?」
シクルは司祭二人の盾になるように踏みだした。そしてミミクリーを唱えておく。冒険者達はそれぞれに警戒しながら戦いの準備を行う。
「いませんわ」
シェリルは物影に隠れてスクロールを使い終わる。索敵した結果、少女コンスタンス以外の敵は見つけられない。
屋根まで一気に飛べる者もいるが、ここは話しを聞いてみることにした。
「ここはかつておじさまの城であっただけでなく、二年程前までわたくしが住んでいた場所。つまりサッカノの末裔が幽閉されて育てられた場所でもある」
少女コンスタンスの言葉にフランシアはやはりと心の中で呟く。
「いいことを教えてあげる。一年に一度、この場所をおじさまは一人で訪れる。理由は知らないわ。決まって十二月のすでに雪が降り積もった頃にね。あなた方では冬にここに辿り着けるかは知らないけど、おじさまは油断しているはずだわ。チャンスよ」
「コンスタンス! 罠にしか聞こえないぞ!」
李風龍が大錫杖を構えたまま、少女コンスタンスに叫んだ。
「信じるも信じないもあなた方の勝手」
「アビゴールを裏切るつもりなのですか!」
テッドも少女コンスタンスに叫ぶ。
「わたくしは今の生き方を変えられはしない‥‥。ただ、サッカノ司教が、コンスタンスが、赤ん坊が、わたくしまで連なった先祖への恨みは果たすべきだと考えただけ」
「それが何故、今なのだ?」
ナノックはペガサスにいつでも飛び乗れるよう身構えていた。
「プリンシュパリティ・ハニエルが、どのような理由であっても、サッカノ司教に手を貸したのなら‥‥。それはおじさまのいっていたことは嘘になる‥‥。それだけよ」
「ったく、とにかくここまで降りてきな。埒あかないよ!」
シャルウィードは愛犬を側において、飛びかかる寸前の姿勢だ。
「エミリールには悪い事をしたと伝えておいて。あと、司祭お二人の監視はわたくしの管轄。ここにやって来たことはおじさまには知らせないわ」
「コンスタンス、もし貴女が悔い改めたのであれば――」
少女コンスタンスは司祭二人に耳を貸さず、瞬時のファイヤーボムを唱えた。
「危ない!」
特に警戒していたディグニスは司祭二人をかばう行動に出たが炎は届かない。脱出の為の威嚇であったようだ。ボムの炎が消え去った後には少女コンスタンスの姿はなかった。
夜空から一枚の羊皮紙が舞い落ちてくる。エルリックがそれを拾う。
アビゴール城の見取り図である。そして一個所に印がつけられていた。
●永遠の場所
「確かにこれは俺達には合わないな」
「もう少し効率的にやらないと」
李風龍は大錫杖に絡まった蔓を振り払う。シクルはミミクリーで腕を伸ばして草木を押し広げる。
七日目、冒険者達は見取り図に印があった個所を調べる為に暗く長い通路を進んでいた。
木の根が浸食し、崩れた石壁から植物が入り込む。大して太陽の光も入らない場所だというのに元気に育っていた。
苔や菌類、シダ植物なども広がり、とても滑りやすい。注意しながら一行は先に進んだ。
このルートを使わなくても、印のある場所に辿り着く事は出来た。ただしその場合、ガーゴイルとおぼしき石像がたくさんある広場を通過しなくてはならない。
これからどうするべきかは未定だが、誰かが入った痕跡を残すのは得策ではないと相談で決められた。
一行はジャイアントラット十匹相手との戦いとはいえない、追い払いを経て、目的の場所に到達する。
その場所には人が住んだ形跡が残っていた。
石壁で四方を囲まれた一室と、木漏れ日が降り注ぐ庭。ここだけを観るなら悲壮感はなく、とても安らいだ環境であった。
「ここが今のコンスタンスが育った場所‥‥。サッカノの末裔が幽閉され、デビルによって飼われた檻」
フランシアは埃が積もるテーブルを見つめた。
「アビゴールは、過去の清算の為、いずれ決着を挑んで来るでしょう。コンスタンスの事も含め、何か手掛かりを見つけたいです。もしや、この場がその決着の場になるのかも知れませんし」
レイムスが庭に足を踏み入れる。かなりの大きなスペースで100メートル四方はありそうだ。
ナノックが口笛を吹くと、ペガサスのアイギスが上空から木々の隙間を縫って降りてくる。李風龍とシャルウィードのペットもペガサスの後をついてきた。
「ヘルホースに乗ったアビゴールなら、簡単に降りる事は可能だ。もちろん少々の物資を持ったグレムリンも」
「ここが‥‥。今の道のりを普通の者が通るのは無理だ。また、ガーゴイルであろう石像のある広場を通るのも不可能。まさに檻だ」
ナノックとディグニスが周囲を探索する。
シェリルはリトルフライで飛んで、上空を覆う木々を確認した。ただの木ではあるが、樹齢は長そうだ。デビルや人の姿も周囲には見かけられなかった。
冒険者達は野営の準備をする。部屋に残されたベットや椅子、食器を少女コンスタンスが使っていたと思うと、司祭ベルヌは妙な感慨に陥った。
フランシアは仲間にプリンシュパリティ・ハニエルの事を訊ねられ、知っている事を話し始める。
「神学に措いては愛と美を司る天使であり、『神の栄光』を意味する御遣い。国家の守護や興亡、悪霊からの守護を司るなどの逸話あり。権天使の長とされる説もありますが、これは別の説もあって不確か。他にも長とされるプリンシュパリティは居られます。つまりは、はっきりと判らぬ程に滅多に降臨されぬ存在なのです」
フランシアはフェアリーのヨハネスと一緒にアーメンと唱えた。
「この場にアビゴールが一人で訪れたのなら‥‥」
テッドは少女コンスタンスの言葉に半信半疑だが、もしもを考える。
夜は更け、一行は眠りに就くのであった。
●小さな発見
「ちょっと待って下さい。支えます」
八日目、エルリックが室内を探す司祭二人に声をかける。
誰もが懸命に探るが、なるべく物を移動させないように気をつけていた。足跡も立ち去る際には消し去るつもりであった。
調べが出来るのは今日の午後過ぎまで。夕方までに面倒な暗い通路を通って城の外部周辺まで辿り着いておかないと帰りに問題が出る。
生活の場なのはよくわかるが、デビルに繋がる品は見つからなかった。
「これを見て欲しいわ」
シェリルはみんなを呼び寄せた。スクロールのエックスレイビジョンで発見した石の刻みを指さす。そこには『助けて』とだけ刻まれていた。
どの世代のサッカノの末裔かはわからない。もしかすると、子孫の残させる為に無理矢理連れて来られた者が刻んだのかも知れない。確かにいえるのはアビゴールの犠牲になった者の心の叫びであった。
司祭ボルデと司祭ベルヌは跪いて祈りを捧げた。頬には涙が伝う。
「この刻みを見られたのは皆様のおかげ、神の導きに他ありません。コンスタンスの言葉はどう受け取っていいものか‥‥、ただ12月となると大して時間は残っていません。早くに決めたいと思います」
司祭ボルデは取り外した石を丁寧に壁へと戻した。
「一言刻まれただけの石でしたが‥‥、この叫びを長く聞き続けたのが三賢人の末裔であるわたしとボルデ、そして亡くなったアゼマです。この叫びに答えるにはどうすれば」
司祭ベルヌは祈りを捧げ続けた。
●パリ
一行は八日目のうちに谷にかかる石橋を渡り、野営を行う。
九日目の朝に徒歩で出発し、十日目の夕方に馬車二両の留守番をしてくれていた御者二人と再会する。
十一日目の朝、馬車二両で山岳部を下り、十二日目の夕方には無事パリに到着する。
途中何度かデビルなどを探ったが、監視されている様子はなかった。少女コンスタンスのいっていた事か本当なのか、罠なのか、冒険者達の中でも意見は分かれる。
城を調べて戦いを仕掛けるべきなのか。少女コンスタンスの言葉を信じ、城にはなるべく手をつけずに、アビゴールが一人の時を狙うべきなのか。
それとも暗躍が疑われるエドガ・アーレンスの線から追いつめるべきなのか。
他にも選択肢はあるのかも知れないが、目立った意見はこの辺りだ。
感謝する司祭ボルデと司祭ベルヌを教会に送り届けた後、冒険者達は意見を交わしながらギルドへと報告に向かった。