●リプレイ本文
●トーマ・アロワイヨー領
「ちらっと見えたのですよ〜。この丘を越えればもうすぐです〜」
二日目の夕方、セブンリーグブーツで馬車に併走していたリア・エンデ(eb7706)が声をあげる。
馬車の窓からエフェリア・シドリ(ec1862)が顔をだす。
「アロワイヨーさんとミラさん、うまくいっているのでしょうか‥‥?」
エフェリア・シドリ(ec1862)は遠くに見える領地の境となる石壁を眺めて呟いた。
リアのいう通り間もなく馬車はトーマ・アロワイヨー領に到着する。関所の門には迎えの執事が乗る馬車が待機し、城まで先導してくれた。
「シルヴァさん、またエテルネル村のこと教えて下さいね」
「いいところだから一度行ってみるといいぞ」
馬車が到着し、鳳双樹(eb8121)は石工のシルヴァとの話しを区切る。そしてシルヴァの妻エーミィとその娘フィーアが馬車から下りやすいようにフォローをしてあげた。
「ありがとう。フィーアもそういってるわ」
エーミィが抱き上げたフィーアが双樹に微笑んだ。
「元気なようだな」
「そっちこそ。心配はしてなかったけどね」
かがり火が照らす城の大きな門が開いてアロワイヨーが現れる。シルヴァは笑顔で挨拶を交わした。日は落ちて、すでに辺りは暗かった。
「お元気でしたか?」
アーシャ・ペンドラゴン(eb6702)はアロワイヨーと握手をした後で、キョロキョロと辺りを見回す。
「あの、ミラさんは?」
アーシャの訊ねにアロワイヨーは顔に影を落とした。
「その事は後で」
アロワイヨーの態度に冒険者達は互いに顔を見合わせる。十野間空(eb2456)だけは黙ってアロワイヨーに頷く。手紙の返事をルーアンで受け取ったので少しだけ事情を知っていた。手紙を馬車内で読み終わったのは、もうすぐトーマ・アロワイヨー領という時であった。それで仲間には話す暇がなかったのである。
シルヴァ一家に一部屋。冒険者達にそれぞれに一部屋ずつと城内の部屋が割り当てられた。
荷物を置くと、冒険者達はとりあえずリアの部屋に集まった。こっそりアロワイヨーも姿を現した。
「ミラが城に住むのを遠慮したのは知ってる人も多いと思う。その遠慮を、遠慮とせず、さらにわたしとミラの間を妨害する者がこの城にいるのだ‥‥」
アロワイヨーの言葉に冒険者達は驚きながら耳を傾ける。
「仲を邪魔するってことは、アロワイヨーさんを想っている人か、ミラさんを想っている人でしょうか?」
「いや、少し違うんだ。現在、この領地には旧領主の配下の者はほとんどいないが、実務の関係から一部が残留した。その取り纏めをしているのが、遠縁のマルピス爵。どうやらわたしと自分の娘を結婚させたいらしく、ミラの事を快く思ってないようなんだ」
アーシャの質問にアロワイヨーが項垂れながら答えた。
「むむむ〜、それは大変です〜!」
リアはフェアリーのファル君と一緒に両腕を振り上げた。
「今は収穫祭だとききました。アロワイヨーさんとミラさんにはふたりで楽しんでほしいです」
エフェリアは椅子に姿勢正しく椅子に座っていた。
「収穫祭の最中なら、日頃お声を掛け辛い方へも接し易いでしょうからね。そこをきっかけとして動けば牽制に繋がるのではないでしょうか?」
十野間空が提案する。
「それは確かに。ただ、地位のある方なので、自分以外にも部下を動かすかも知れません。こちらも対抗しますが、どうか助力をお願いしたいのです。せっかく楽しくみんなと収穫祭を祝おうと思っていたのに‥‥」
アロワイヨーは申し訳なさそうに呟いた。
「気にすることはないのですよ〜。お手伝いするのですよ〜。名づけて『デートの邪魔はさせないぞ大作戦』なのです〜」
リアのタイトルの付け方に双樹は突っ込もうかと悩んだが、やめておく。ファル君と自分のペットのフェアリーである雲母は気に入ったようで、タイトルを繰り返していた。
冒険者達は作戦内容を練る。
出来る限りアロワイヨーとミラが一緒にいられるようにと、明日から開始しようと決めた冒険者達であった。
●収穫祭
「はて、どなたかな?」
「今は亡きウード伯より、こちらの領地に立ち寄る事があれば、是非あなたの教えを請う様に‥と伺っておりました」
三日目の昼前、十野間空は初老の貴族マルピス爵に声をかける。無論ウード伯がそんな事を口にするはずがなく、でたらめであった。
「ほう。よくは知らないが、どこかで会った様子。そのような事を仰られていたのですか」
十野間空はマスピス爵に話を合わせるが、難しい言い回しまではわからない。ゲルマン語が達者ではない十野間空には貴族特有の話し方は難しかった。それでもアロワイヨーが城を脱出するまでは時間稼ぎをしなくてはならない。
「ところで、先程アロワ――」
「お、おいしいジャパンのお酒があるのです。そちらを後でお届けしましょう」
「それはよい。酒にたしなむのは万国共通のようだ」
冷や汗をかきながら十野間空は話し続けた。
「掴まって下さい。行きますよ」
双樹はベゾムにアロワイヨーを乗せて高い城の窓から飛び立つ。廊下ではマルピス爵の息のかかった者達が見張っているので近道である。
このまま空中から城の敷地外に出られるが、そんな事をすれば大騒ぎだ。少なくとも城門は通過して、外出した事実を残しておかなければならない。
「この馬車です。待ち合わせ場所に悟られないように、向かうのです」
二人を乗せたベゾムはエフェリアが待機させた馬車の前に降りる。さっそく乗り込んで御者に発車してもらう。
「ご苦労。少し出かけてくるぞ。お忍びなので他言は無用だ」
「はっ!」
門番にアロワイヨーは声をかけて城門を開かせた。
「成功したようですね。広場に向かいましょう」
「‥‥きっと追いかけてくるのです。でも、ふたりはいつでも一緒です」
双樹とエフェリアは、馬車の窓から顔を出して遠ざかる城を眺めた。
「あ、リアさんアーシャさん、お久しぶりです。こちらに来られていたんですね」
商家をリアとアーシャが訪ねるとミラが姿を現した。
「‥‥あの、最近アロワイヨーったら滅多に来なくて‥‥。運動を怠けたら、またまん丸に戻っちゃうかも知れないのに」
ミラは怒っているようで、寂しげなようで、とにかく元気はない。
「実はお迎えにあがりました。アロワイヨーさんが待ってますよ」
「そうなのです〜。じ〜〜〜っ。ファル君も警戒モードですよ〜」
アーシャとリアが周囲に注意しながら、ミラを路地裏まで引っ張る。
「ど、どうしたの? 一体」
ミラは驚くが二人についてゆく。リアのファル君も、アーシャの愛犬ポンタも周囲に気を配っているような仕草をみせた。
リアとアーシャは無事ミラを広場の噴水前に連れだした。
すでに双樹、エフェリア、そしてミラの姿がある。
「あ、アロワイヨー、どうしたの? 運動しなくちゃダメじゃない」
「ミラ、ちょっと公務があってね」
怒り、怒られしている二人だが表情は柔らかであった。久しぶりに逢えたのが嬉しいようだ。
「せっかくの収穫祭だし、みんなも集まっているし。楽しみましょう。あれ?」
ミラが振り向くと、冒険者は誰もいなかった。噴水が軽やかな音を立て続ける。誰もアロワイヨーとミラの邪魔をするつもりはなかった。
遠巻きで物影に隠れて二人を見守るのはエフェリア、双樹、アーシャである。リアは小さなシフールの竪琴を手にして、収穫祭を盛り上げに回るという。
広場にも屋台がたくさんある。二人を見張りながら、昨日の夜にアロワイヨーからもらったお金で買い食いをする冒険者達であった。
アロワイヨー曰く、使ってもらえれば領民の収入に繋がる。そしてお金は流通してこそ、初めて世の中の役に立つといっていた。
「あれは?」
人捜しをしている様子の兵士をアーシャは見かけた。
「二人の恋の邪魔をする者は私たちが許しませんよ。後は頼むわね」
アーシャは仲間に一言残し、兵士へ突っ込んでゆく。
「ちょっとー、急いでいるの〜。どいて、どいてー!」
くんっと一瞬腰を屈め、突き上げるように思い切り兵士を物影へと弾き飛ばす。
(「は、はやく向こうに‥‥」)
アーシャは兵士に被さったままアロワイヨーとミラを見つめた。遠ざかったのを確認してから起きあがる。
「きゃ〜、ごめんなさい〜。怪我ありませんでしたかぁ?」
瞳をうるうるさせながら、アーシャは兵士の上から退く。
「すみませんでした〜」
そしてアーシャは一目散に逃げだした。
「痛たたっ、なんだったんだ?」
兵士が起きあがった頃にはアロワイヨーとミラの姿はない。
アロワイヨーとミラは夕方まで二人の時間を過ごすのであった。
●馬車から
四日目、アロワイヨーはシルヴァ一家と城下を見学する。冒険者達も一緒につき合っていたが問題もある。マルピス爵とその部下も同行していたのだ。
「あの洪水は大変でしたね。お子さんのお名前はフィーアですか。皆様がご健勝の様でなによりです」
十野間空はシルヴァ一家の護衛をしながらマルピス爵に注意を向ける。
「赤ちゃん可愛いのです〜♪」
リアはフィーアをかまいながら歩く。ファル君と雲母がフィーアの上をぐるぐると回る。
城下は活気に溢れていた。どこからともなく楽器の演奏と歌が流れてきて、屋台も出ている。そこかしこで領民は踊り、とても楽しげであった。
ただ、『収穫祭』と意味では考えなければならない問題も多い。前領主の時、戦いがあったせいで畑などが荒れて、今年の収穫は少なかった。
幸いに、冬を越す物資は隣接するヴェルナー領から輸送してもらったので何とかなる。この収穫祭は来年に向けての意識高揚の意味が大きかった。
まずは腹が膨れなければ、領民はついてこない。その為の施策を第一とした。食いしん坊らしいアロワイヨーの考え方である。
「これは美味そうだ」
「領主様、おやめになられては」
アロワイヨーが何かを買おうとする度にマルピス爵が止めに入る。
「それそれ舞踏会でもお開きになられたらどうでしょうか。我が娘も――」
マルピス爵がアロワイヨーに付きっきりで話し始めた。
「そろそろお願い‥‥」
アーシャがエフェリアに耳打ちする。頷いたエフェリアはとことことマルピス爵に近づいた。
「トイレはどこでしょうか?」
「とっといれ? それを我に訊くのか?」
唐突にエフェリアはマルピス爵に訊ねる。周囲の気をエフェリアが引いている間にリアがスリープを使った。
「マルピス様!」
「お、いかん。疲れているのか‥‥グゥ〜〜」
突然眠ったマルピス爵に部下達は驚く。揺らすと起きるが、またすぐに寝た。リアがかけ直したのである。
その間にアロワイヨーとシルヴァ一家はマルピス爵等から離れる。そして双樹が連れてきたミラと合流した。
それからしばらくエフェリア、アーシャ、リアによるマルピス爵への妨害は続いた。
アロワイヨーとミラ、そしてシルヴァ一家は一緒に収穫祭の城下を楽しんだのであった。
●冒険者達の収穫祭
五日目は冒険者達だけで城下に繰りだす。
昨日、何度も眠ってしまった件でマルピス爵は屋敷に戻り、寝込んでしまったそうだ。変な病気にかかったのではないかと気に病んだようだ。
そのおかげで何の障害もなくミラが城に呼ばれ、アロワイヨーとシルヴァ一家と共にゆっくりと過ごす結果となった。
「新しい領主さんは良いと思いますか?」
エフェリアは一緒に踊ったりして仲良くなった領民に訊ねてみる。今の所、領主に不満はないそうだ。今年は年貢も少なく、復興にもかなり力を入れてくれているからだと。
領主の恋人についても訊ねたが、それは誰も知らなかった。どうやらミラの存在は領民には知られていないらしい。
「♪その斧と丸太小屋、森に響いたのは〜♪」
リアはアロワイヨーとリアの恋を唄にして披露する。少しでも二人が領民に理解されるように。
「このリンゴのお菓子、美味しいです」
双樹は屋台で買った食べ物をかじり、食いしん坊なギルド嬢の事を思いだす。
「ポンタ、よくやったわ。ご褒美ね」
昨日、マルピス爵を足止めするのを手伝ってくれた愛犬ポンタに料理のお裾分けをするアーシャである。
「これはいい。城に戻ったらお二人に明るい兆しがあったとお教えしましょう」
十野間空は街角にあった葉っぱで占う。城に戻れば晩餐の席が用意されているという。その席でアロワイヨーとミラに話して盛り上げようと考える十野間空であった。
「スッゲー、白狼だぁ〜。お兄ちゃんの?」
「ほんとだ!」
近寄ってきた子供が十野間空を見上げる。トカゲの天土は城の部屋に置いてきたが、白狼の希望は一緒であった。ペットだと一目でわかるようにしたので、子供達も怖がらずに希望の背中を撫でる。
子供達の明るい姿に、トーマ・アロワイヨー領の未来を観た十野間空であった。
冒険者達は城に帰り、晩餐に目を見張る。肉肉肉と埋め尽くされていた。
「アロワイヨー、今日はみんながいるからいいけど明日からダメよ! 運動もやること! 少しお腹のポコンが大きくなっているわ」
ミラは遠慮なく領主であるアロワイヨーを叱っていた。その言葉には愛情がある。
それがとても嬉しい冒険者達であった。
●パリへ
「またお世話になってしまった」
六日目の朝、アロワイヨーは馬車に乗り込む前の冒険者達にお礼の指輪を渡した。遠慮する冒険者もいたが、せめてものお礼だといって持たされる。
「アロワイヨー、何か城の修理でもあったら呼んでくれよ。俺が石工なのを忘れるんじゃないぞ」
シルヴァが馬車からアロワイヨーに向けて手を振る。妻のエーミィも、赤ん坊のフィーアもアロワイヨーに手を振った。もちろん冒険者達もだ。
半日でルーアンに到着し、アロワイヨーが手配してくれていた客船にそのまま乗り込んだ。
翌日の七日目、何事もなく全員がパリに戻る。
「楽しい旅だったよ。妻も娘も満足していた。アロワイヨーもあの娘といられて楽しかったはずだ」
シルヴァに感謝され、冒険者達はギルドへと向かうのであった。