●リプレイ本文
●馬車
「いい天気。そう思うでしょう?」
馬車御者台のヴァレリア・ロスフィールド(eb2435)は傍らの愛犬サイの頭を撫でる。サイは小さく吠えた。
リンカ・ティニーブルー(ec1850)、ブリジット・ラ・フォンテーヌ(ec2838)とも時折交代しての行きの道筋である。
いつもより慎重に、なるべく馬車を揺らさないように進んでいるのには訳があった。車内で作業する者が多くいたからだ。
「はい。これを着てみてね」
明王院が今回同行するハインツ・ベルツの洋服に少々のリフォームを施した。ハインツの今は亡き父エリクになるべく似せるように意見を聞きながら。
その横では国乃木が野菜を剥く。夕食用のシチューの下準備だ。
「槍風にするか」
馬車の後ろではエイジ・シドリ(eb1875)が武器の制作に勤しむ。出発前に妹のエフェリアと相談し、前もって考えていた中から槍風の武器を選択していた。依頼期間は持つだろうが、しばらく経てば組み立て直さなくてはならないだろう。
「これでは眠れないな、と」
「どうかしたのか?」
「なんでもないな、と」
ヤード・ロック(eb0339)は到着まで寝転がっていようと思ったが、作業するエイジに場所をとられて仕方なく椅子に座っていた。試しに銀製の檻に入ってみたが、窮屈で頂けない。エイジが武器を作り終えるまではと我慢する事にした。
「またしても屋敷探索ね。さて鬼がでるか蛇がでるか‥」
「そうだな、ティア。だがもしかすると前よりかなり危険かも知れないぞ」
リスティア・バルテス(ec1713)は銀製の檻からなるべく離れた椅子に座り、神妙な表情のツィーネと話す。
「二つの班に分けて探した方がよいと考えているのだが」
リンカは仲間に提案する。そして作戦の確認を行った。
「ハインツさんに町への移動用に一頭お貸しします。ベルツ邸での行動ですが、念の為エフーナに注意しながら、本棚や机の他、ベットの下、屋根裏などを一通り調べましょう」
続いてブリジットは毛布と聖水を使った銀製の檻から人だけを逃がす方法を仲間に伝える。使う機会があるなら試してみようと。
「こういう事に慣れていないのですが、みなさんの邪魔にならないよう気をつけますのでよろしく頼みます。もし居たのならエフーナとの会話、お願いします」
ハインツは深く冒険者達に礼をする。
暮れなずむ頃に明王院と国乃木が下車してパリに帰ってゆく。馬車は夕方になるまで、もう少し走ってから野営の準備を始めた。
国乃木が用意してくれたシチューの材料を火にかけて頂く。肌寒い時にこういう温かい食べ物だと心まで和らぐ。見張りを決め、男女でテントを分けて就寝した。
「出来れば女性とがよかったがな、と。むしろ女性とを歓迎」
「何かいいましたか?」
「なんでもないな、と」
ヤードは隣りに寝るハインツに声を掛けられるがとぼけて瞼を閉じた。
●前準備
二日目の昼頃、一行はリンカの提案によって先にマオーク町に直接出向いた。
前に町内を進んだ時、アンデット系のモンスターに足止めを喰らってしまった。あの時もかなり減らしたはずだが、広い町の一つの道筋程度である。他の地域にいたモンスターが移動してきてもおかしくはない。露払いをして、明日以降に備えるべきだと考えたのだ。
「マオーク町について知っていることがあったら教えて。だれか人が残っているような話は聞いたことないかな?」
「すみません。そもそも旧ベルツ邸から引っ越した後でわたしは生まれたので――」
リスティアはハインツに訊ねたが、詳しい答えはもらえなかった。コールス町で少し聞いてみようかと考え直すリスティアである。
エイジは幸福の銀のスプーンをハインツに貸しておく。運というのはどう転ぶかわからないが、少しでもあるほうがいい。
ブリジットもハインツにムロニの長針を貸した。残念ながらハインツは戦いが苦手のようだが、もしもの時に備えだ。
「わたくしとサイに任せて下さい。お気をつけて」
馬車をマオーク町から少し離れた場所に停め、ハインツをヴァレリアに任せて他の冒険者達は石壁の門を潜り抜ける。
すでに死臭が冒険者達の鼻についた。
壊れかけた煉瓦造りの建物からズゥンビがわく。
まずは小手調べだと、雑草の生える大地を踏みしめて掃討にかかる冒険者達であった。
太陽が大地に沈む前に、冒険者達は馬車に乗り込んでコールス町に向かう。
町に着くとハインツが宿をとってくれたので、ゆっくりと休む事となった。
「お父様が大切なものを隠すとしたら、どのようなところに隠すのか何か見当はつきませんか?」
宿の一室に全員が集まった時、ヴァレリアがハインツに訊ねた。
「ブリジットさんが馬車で仰った場所が、まずは調べてみるに足りると思います。一番の有力な資料は、千切られた日記のページですが‥‥すでに燃やしてしまった可能性が高い。とにかく些細な物でも構わないのです」
ハインツの態度から冒険者の誰もが読みとった。ようは手詰まりなのだ。それは行動においてではなく、心理的なものなのであろうが。
「エフーナか‥‥」
呟くツィーネに仲間が振り向くのだった。
「腐ったのやら幽霊やら‥‥生身が恋しくなって来たのだな、と」
その夜、ヤードはエイジを連れて夜のコールス町に出る。リスティアから頼まれた調べをするという大義名分を掲げて。ハインツからちゃんと調査費をせしめたヤードであった。
田舎の町だけあって、そんなに夜遅くまで店は開いていない。宿に戻って来た二人は、前の調査時にはわからなかった情報を運んできた。
ある酔っぱらいの話である。二ヶ月程前、酔っぱらってマオーク町に迷い込んでしまったのだが、その時歌声を聞いたのだと。
町の誰も信じてくれないが本当だ、と真っ赤な顔をしてフラフラになりながら酔っぱらいは力説していたそうだ。
「どんな歌なのかと訊ねたが、的を射た答えはもらえなかった」
「叫ぶような感じといってたな、と」
話すエイジとヤードの顔が少し赤い。
「歌ってるんだ。だいぶ怪しい情報だけど、本当に誰かが本当に歌っているとすれば‥‥エフーナ?」
「かも知れないな」
リスティアにリンカが同意する。
「注意に越したことはありません。明日は単独行動を慎みましょう。朝は早いのですからそろそろ寝ないと」
ブリジットの一言で女性陣が部屋に戻る。そして明日に備えて誰もがベットの中に潜り込んだ。
●ベルツ邸
三日目、夜明けの少し前から一行はマオーク町を目指す。
セブンリーグブーツや馬などを利用して大した時間もかからずに到着した。
リンカの道返の石をエイジが発動させて、ヴァレリアの愛犬サイの首にぶら下げる。
準備が終えるとマオーク町に踏み入れた。
昨日の露払いのおかげで一行は順調に進む。といっても雑草だらけのでこぼこの道や、たまに飛びだしてくるズゥンビやスカルウォーリアーを倒しながらだが。
ヴァレリアはハインツに付き添い、周囲に気を配りながら護衛を主とする。
昨日と同じだが出来うる限り、ズゥンビは遠距離で倒す。
リンカが遠距離からオークボウで魔力が込められた矢を撃ち込む。ヤードはムーンアローを放った。
エイジはアンデッドスレイヤーの手裏剣がついた槍風の武器を投擲した。ロープがついているので、引き寄せて再度の攻撃が可能だ。ただし千切れた手足などがくっついてくるのが女性には特に不評であった。
ブリジット、ヴァレリアがコアギュレイトでアンデット共の足止めをする場合もあったが、魔力はなるべく温存する。これから先、何があるのかわからない。
スカルウォーリアーの場合は遠隔攻撃が効かないのでどうしても接近戦となる。その時はツィーネとブリジットが前衛となり、一気に沈めた。
昼のまだ余裕のある時間に、一行はベルツ邸の庭へと辿り着いた。隣には前に調べたウーバス邸がある。
リカバーで回復を終えると、一行は二手に分かれてベルツ邸に侵入を開始した。
●歌
「結構荒らされているな」
ツィーネは倒れている家具を避けながら奥へと進む。戸がない窓や、壊れた壁の穴などから太陽が差し込んでいるので、視界は比較的良好であった。ただ、一歩ごとに立ち上る埃だけは遠慮したいとA班の誰もが思う。
A班はツィーネ、ブリジット、リスティア、リンカの女性による編成がなされていた。
ただ死臭はなく、少なくともズゥンビの類がいる可能性は低そうである。
外から見たところ二階三階はあるが、主な住居スペースは平屋的な一階に集中していた。まずはA班が西側、B班が東側を調べる。その上で二階、三階を調べる段取りだ。
A班は広間を通り過ぎ、小部屋がある廊下に出た。全員で一室ずつ調べる。
リンカの愛犬黒曜も落ち着いていて、敵がいる気配は感じられない。
部屋は当時のベルツ家の人達が使っていた形跡がある。使用人が使うには豪華すぎる内装だ。
「これ‥‥」
リスティアが仲間を呼び集める。壁に飾られていた大きな絵は、前にウーバスの屋敷で手に入れたものと同じ内容のものだ。どうやらこちらの巨大な絵の方がオリジナルのようである。
「これもハインツの母と思われるエルフの顔がズタズタにされているな」
ツィーネのいう通り、四人の若者の中でエルフの女性らしき者だけ、顔が無惨にも削られていた。
(「こっちで歌声が聞こえるな、と」)
テレパシーでB班のヤードから連絡がツィーネに入る。
A班とB班は合流した。
「確かに歌だ。悲鳴のようにも聞こえるが」
リンカが呟いた。言葉の意味をなしていない叫びが旋律にのって歌のように聞こえていた。一階の東側にある階段を登り、歌声に近づいてゆく。
ハインツの姿を父エリクに似せておいたのは、万が一にもエフーナがいたときの用意であった。それが役立ちそうだ。
「‥‥誰?」
歌声が途絶え、小さく、しかしはっきりとした言葉が廊下に響く。
「エフーナか? わたしだ」
覚悟を決めたハインツが話しかける。ヴァレリアは護衛の警戒を強め、ブリジットは清らかな聖水をいつでも使えるように構える。
ツィーネもヴァレリアと同じようにハインツの側についた。そしてツィーネのすぐ後ろではリスティアが身構えて、レジストデビルを仲間へ順にかけてゆく。
リンカから父エリクを真似るようにアドバイスを受けていたハインツは、エフーナの様子を探った。
「ど、どこにいるのです?」
「エリク、‥‥エリクなの? 逢いたかっ‥‥た」
薄暗い廊下の天井から顔だけが現れる。絵にあったエフーナそっくりのレイスである。
「ウーバスの目を避けて、逢いに来たのです。訊きたいことが一つ。なぜウーバスがあんなになってしまったのか、教えて欲しい」
「エリク、何をいっている‥の? そうよ‥‥すべてはあなたがわたしを捨て‥‥あんなデリアなんかと! 種族がなんだと‥‥いうのよ。兄も許してくれていたのに‥‥あなたが裏切った。裏切った――」
ハインツとエフーナの会話が続く中、ヤードは冷静にバイブレーションセンサーを使う。
(「やばいな、と」)
今居る旧ベルツ邸の周囲にアンデット共が集まり始めたのをヤードは知った。ただの偶然だろうが、もし逃げ道を塞がれてしまうと一気に状況が不利に傾く。仲間にテレパシーを使って状況を知らせる。
「兄は‥‥わたしが知らぬ間に人を殺めてしまった時もかばってくれた‥‥なのにエリクは‥‥あんなエルフと‥‥なぜわたしではなくあんな‥‥‥‥」
エフーナは長く黙り込んだ。
「‥‥‥‥許せない」
そう呟いてエフーナがハインツに襲いかかろうとする。ブリジットは清らかな聖水を空中にまき散らした。リスティアは前進し、身を挺してハインツを守ろうとする。
「通り抜けられるレイス相手に、壁だらけのここは不利です! 撤退を!」
悲鳴をあげるエフーナを後目にブリジットが叫ぶ。
ヴァレリアがハインツを引き寄せて真っ先に階段を駆け下りる。しんがりはツィーネが行う。一行はハインツを中心に陣を組み、屋敷の外へと脱出した。
荒廃した町並みに、地上に揺らめく影をリンカが真っ先に見つける。
一行に近づこうとするズゥンビの群れであった。いくら弱くても、取り囲まれでもしたら万が一があり得る。
「こっちだ」
エイジが建物の配置をうまく利用して脱出の道筋を先導する。エフーナが追いかけて来ないのがせめてもの救いであった。
マオーク町の外に出るまで5体のズゥンビと戦ったが、一行は無事に脱出する。
怪我をリカバーで治すとコールス町に戻る一行であった。
●パリへ
四日目も一行はコールス町からマオーク町に向かったが、あまりのアンデットの数に調査をあきらめる。
銀製の檻は別の機会となる。どうやって檻の中に誘い込むかも問題であった。
五日目にコールス町を出て、六日目の昼頃には一行を乗せた馬車はパリに到着した。
「馬車で揺られながら、エフーナとの会話で得られた内容を整理してみたのです」
ギルドでハインツは冒険者達に考えを伝えた。
当初、エルフのエリクと人間のエフーナの間は世間では禁忌でありながら、両家では認められていた。しかし考え直したエリクはエルフのデリアと結婚。そのせいで、エフーナがおかしくなる。人を殺めるほどに。
エフーナの兄であるウーバスは妹が犯した罪の隠蔽を謀る。そのうちにウーバスも親友であったはずのエリクを恨むようになってゆく。
「そしておかしくなった妹エフーナを哀れんだ兄のウーバスは、ついに手をかけて殺してしまう‥‥」
ハインツの考えを冒険者達は黙って聞いていた。
「ウーバスもおかしくなり、殺人鬼になり果てた。やがて妹殺しがばれてウーバスは捕まり処刑。もしかすると妹エフーナの殺人の罪も被ったのかも知れません。そこで終わったかに見えるが、兄妹はレイスとなってこの世をさまよい始める。そこで父エリクは行動を起こす‥‥。約百年前、マオーク町が廃墟となった理由もエフーナとウーバスの狂気の結果かも知れませんが、それは今となっては調べる術はないでしょう‥‥」
ハインツはギルドに現れた護衛の者から革袋を受け取る。そして追加の謝礼金を冒険者達に渡した。
「助かりました。やはり危険ながら直接聞けたことは大きいです。どうやら一年に一回、近くのコールス町に出向く時以外は、エフーナは旧ベルツ邸にいる事もわかりました。あの絵のオリジナルも屋敷にありましたし‥‥。確実にあの絵の四人が父と母、そしてレイスとなる兄妹だといっていいでしょう」
ハインツはお礼をいうとギルドを後にする。
冒険者達は報告を終えても少しだけ話し合った。銀製の檻にどうやったら閉じこめられるのだろうと。