●リプレイ本文
●出航
「それではいって来ます〜」
シーナ・クロウルは港に向かって手を振る。一緒に向かう仲間も手を振った。
「それでは羊をお願いしますね〜」
遠ざかる港では、レストランジョワーズ・パリ支店のマスターが手を振り返す。
帆船の行き先は海辺の町。すべては美味しいお肉の為である。
「クロウルさん、むこーに着いたら、羊の仕入れに同行してもいいでしょーか?」
「はいです。一緒にいきましょう〜」
井伊貴政(ea8384)にシーナが笑顔で答えた。
「街で偶然出会ったら、お肉の話しをされて護衛を引き受けたのですよ。まさか、ジョワーズの依頼でもあるなんて思わなかったのです〜。シーナ様凄いのですよ〜」
リア・エンデ(eb7706)はフェアリーのファル君を肩に乗せていた。頭の上では雪玉のちっちゃい雪ちゃんが転がる。
「羊さん、ちゃんと運びます。テレパシーも使います」
エフェリア・シドリ(ec1862)は猫のスピネットを抱きかかえていた。連れて帰る時の羊がちょっとだけ心配なエフェリアである。
「美味しいお肉を聖夜祭で食べられるなら勿論協力します!」
ガイアス・タンベル(ea7780)はとても張り切っていた。そして船縁から身を乗りだしてセーヌの川面を覗く。
「魚釣りの道具を持ってきましたが、海に出てからにしましょう。どれくらいで海なのですか?」
「そうね。セーヌ河口を明日の夕方頃通り過ぎる予定よ。その後からね。海は」
ガイアスにゾフィーが答えた。
しばらくはセーヌ川下りの旅である。一行はゆっくりと流れる時間を楽しむのであった。
●海釣り
二日目の夜、かがり火が燃えさかる甲板の上に一行は集まる。すでに帆船は海原を航行していた。
「来た!」
ガイアスの釣り竿に魚がかかり、釣り糸が激しく左右に振れる。
「はうっ!」
釣り上げる最中に宙を舞ったシタヒラメがリアの顔に貼りついた。
「だいじょーぶですからね〜。これは大きいー」
両手を挙げて慌てるリアの顔から井伊がシタヒラメを剥がす。
さっそく井伊の手によってヒラメの見事なお刺身が出来上がる。シーナがワインの容器に入れてきた醤油を垂らし、レホールの擦ったものを用意する。
みんなで刺身を口にし、笑顔の輪が広がった。
エフェリアは猫のスピネットに一切れお裾分けしてあげる。
「私もがんばります」
「エフェリアちゃん、ファイトなのですよ〜」
釣り竿を取りだしたエフェリアをリアが応援する。ガイアスの横で釣り糸を垂らす。
「引いてますよー」
井伊が声をかけたと同時にエフェリアは思いっきり釣り竿をあげた。甲板に魚が元気よく跳ねる。どうやらスズキが釣れたようだ。
「こりゃあ、大きいな」
甲板にいた船乗り二人が声をかけてきた。
井伊がささっと手際よくスズキも刺身に変身させる。刺身がのった皿をエフェリアが船乗り二人の前に差しだした。
「食べてみて下さい」
「これを? 生の魚なんて‥‥」
エフェリアにじっと見つめられて船乗り二人は根負けする。船乗り二人は一切れずつを口に放り込んだ。
「へぇ〜」
船乗り二人は驚いた表情をみせた。
それから一行と二人の船乗りは仲が良くなり、食べ物談義が始まる。冒険者達が保存食をあげたりもする。
これから羊を買い付けにいく事を告げると『任せろ』と船乗り二人は自らの胸を叩いた。一行が海辺の町に滞在する間、帆船もそのまま停泊する。つまり、帰りも同じ帆船なのである。
一つの問題が解決し、冒険者達はさざ波の音を聞きながら船室で眠るのであった。
●海辺の町
三日目の夕方、帆船は目的の港町に寄港した。
宿をとると、そのままみんなで町のレストランへと向かう。
「伝統の味ってゆーのは、地元の食材と相性の良い物だと思いますしー、そーゆー物から学ぶ事は多いと思うんですよね〜」
井伊の話しを、うんうんと頷きながらシーナが歩く。その姿を見ていたゾフィーは、どんな理由であってもお肉が食べられればシーナは幸せなのだろうと思うが言葉にはしない。
一軒のレストランを見つけて、全員がテーブルにつく。
やってきたウェイターにプレ・サレの子羊料理を頼み、楽しみにしながらしばし待つ。やがていい香りを漂わせながらテーブルに料理が運ばれてくる。
「!!」
ローストされたプレ・サレの肉料理を一口食べたシーナは目を丸くする。
子羊のラム肉ならば元々羊特有の臭みは少ない。加えてプレ・サレはさらに独特の風味があり、今まで食べたことのあるどの羊肉にも似ていない。表現する言葉をシーナは探したがすぐには見つからなかった。
シーナは一言も喋らずに出された料理を食べ終える。
「美味しいのです〜」
「初めての味です」
「この肉がプレ・サレですかー。これは腕の奮いがいがありますね〜」
「これは羊を暴れさせることなく、そのまま運ばなくてはもったいないですね。う〜ん‥‥」
食べ終わると、冒険者達は思わず感想が口に出る。
「シーナはどうだったの?」
「是非に羊を連れて帰らなくてはならなくなったのです〜。パリのみんなの為にも、これは責任重大なのです」
ゾフィーに問われてシーナが真剣な顔をした。こんなに真剣なシーナの表情をゾフィーは見たことがない。なぜこの顔が仕事中にできないかと突っ込みたくなるが、やめておくゾフィーであった。
一晩を宿で過ごし、四日目の朝となる。
一行は町の人達に訊ねて評判の羊牧場を教えてもらう。町を少し出た先に近隣で一番の羊の持ち主がいるという。さっそく訪ねることにした。
「実はパリから美味しいラム肉を探しに来たのです〜。プレ・サレっていうお肉です」
「ほ〜、わざわざパリからやって来たのかい。そりゃまあ、ここの羊は美味いのは確かだけど、そこまでする人もいるんだねぇ」
羊の持ち主とシーナは交渉する。その場所は海が見える丘にあった。潮風が吹き、多くの牧草が生えている。入江の岩場にも降りられる場所で羊は飼われていた。
「こーいうところの子羊がおいしーのですか〜」
井伊は羊が放牧されている周囲を見て回った。
「まあ、なんにせよ、うちの羊の味を確かめてなければ、何も始まらないな。ちょうど今朝、肉にしたのがあるけどどうだい?」
「譲ってくださいです〜。自分達で試食してみるのです」
交渉が成立し、プレ・サレの生肉を手に入れることに成功する。
「あの、もう少しお話が」
シーナの交渉の後でガイアスは羊の持ち主に一頭まるごと買うとすればいくらするのかを訊ねた。
パリを出航する前、ガイアスはジョワーズのマスターからどのくらいの値段ならいいのかを教えてもらった。あまりに高すぎると商売として成り立たないからだ。いくら美味しくても、庶民の客層を狙うジョワーズとしてはいただけない。
羊の持ち主に聞いてみると現地だけあって、値段が特に高価なわけではなかった。問題は輸送費になりそうだ。
ガイアスの愛馬に肉を載せ、一行は町に戻る。
「ここは任せてもらっていいですよー。夕食を楽しみにしていてくださいね〜」
宿の炊事場を借り、井伊が調理を始めた。
ガイアスとエフェリアは釣り。リア、シーナとゾフィーも釣りを見学に海岸に向かう。
「あれってカキじゃない?」
二人が釣り糸を垂らす横で、ゾフィーが岩場を指さした。確かにカキが岩にへばりついている。
「ゾフィー先輩、確かにそうなのです〜」
シーナは大いに喜んだ。釣りをしない三人はカキを集める為に靴を脱ぎ、服の裾をあげて岩場の海に入った。とても冷たいが、ここは我慢してカキを集める。
刺身はダメなノルマンの民も、カキは生で食べることが多い。ゾフィーはエフェリアから借りたナイフで貝殻を開く。シーナが持ってきた醤油をちょっとだけ垂らしてそのまま身を頂く。
ゾフィーは貝殻を開けては次々とみんなにも渡していった。
至福の時にその場の者達は酔いしれた。
「これはボク達だけで楽しんではいけませんね」
ガイアスは自分の釣り竿をシーナに貸し、カキと今まで獲れた魚を持って愛馬に乗る。宿にいる井伊のところに届ける為だ。
すぐさま戻ってきたガイアスはとっても井伊が喜んでいたと笑顔で報告する。そしてものすごい豪華料理が出来かかっていたことも話す。
カキを食べたばかりなのに、シーナはお腹の虫を鳴らした。
●豪華料理
「ますます美味しいのです〜♪」
夕食を一口食べてリアがほっぺたを押さえる。料理は昨日レストランで食べたのと同じ子羊のローストであったが一味違う。
食材がよりいいのか、それとも井伊の腕がいいのか。きっと両方であろう。
「とっても質のいーお肉で、料理するほーも楽しめました」
次に井伊は煮込み料理を持ってくる。赤ワインでプレ・サレを煮込んだものである。皿に分けられたものを一行は口にする。
「やらわかい‥‥とっても」
ガイアスは唇でかみ切れそうな柔らかい肉をほおばる。愛犬のヒルダもお肉と骨を頂いていた。
「おいしい‥‥」
エフェリアも少し瞳を見開いて驚く。そして鳴いている猫のスピネットには刺身をあげる。
「これはジャパン風に甘くした醤油の汁でいろんな食材と煮込んでみました」
さらに井伊が持ってきて、鍋がもう一つ増える。
「お肉もお野菜も美味しいのです〜」
「お醤油ってなんでも合うんだ」
「‥‥これもとっても美味しいです。しょうゆはすごいです」
「このお肉だと、どーかなーとも思ったのですが、けっこーいけますね〜」
冒険者達は鍋をつついてゆく。シーナとゾフィーも笑顔で食べ続ける。
「さて、最後はお肉そのものの味を確かめてもらうために、湯通しして食べてくださいー。お湯にちょっとだけ味がついてますけど。タレはお好みでどうぞ〜」
最後の料理が井伊によって運ばれる。
みんなフォークに肉を絡めると、鍋のお湯に浸してタレにつけて食べる。
「シーナさん、どうしたのですか?」
シーナの様子を見て、エフェリアが声をかける。
「あまりに美味しすぎて、涙が出てきただけなのです〜」
シーナはうるうるとした瞳で涙を流していた。テーブルのみんなは顔を見合わせてから笑った。
「はう〜、おなかいっぱいです〜」
リアが満足げに椅子に寄りかかる。
「この雰囲気、いいわね。この暖かさを聖夜祭に持っていくのがわたしたちの役目って事か」
ゾフィーは気に入ったワイン煮込みの肉を口に運びながら呟いた。
その日の夜、全員がプレ・サレの味についてのレポートを書く。表現は違うが、誰もが満足した味を言葉で表現しようと悩んだ末に書き上げた。
●子羊
「ヒルダ、ごー!」
五日目の昼、羊の持ち主のところを再び訪れた一行は、三匹の子羊を仕入れる約束を交わした。
シーナが選んだ子羊を捕まえる為に、冒険者達は走り回った。ガイアスの愛犬のヒルダが逃げる子羊の逃げ場を無くし、無事三頭が手に入る。
(「ついてきてください」)
エフェリアは子羊達にテレパシーで話しかけた。
ガイアスは羊の持ち主から譲ってもらった草を愛馬に積んだ。少しでもパリまで子羊の状態を変えないように注意を忘れないガイアスであった。同じ考えの仲間も積むのを手伝う。
「おまけで、これをあげよう。羊毛から作ったものだ。聖夜祭で使っておくれ」
羊の持ち主から一行は真っ白なつけヒゲを人数分もらう。
一行はそのまま船着き場に向かい、帆船に子羊三匹を運び入れる。
「私達も世話をするので宜しくお願いしますです〜」
リアは船乗り二人にお願いした。ファル君もリアのマネをする。
「なにか、無くしたものがあったら、探します」
エフェリアが船乗り二人に訊ねると、特に無くした物はないようだ。それよりも、プレ・サレはどうだったと聞かれる。船乗り達も船を降りて食べたがとっても美味しかったと笑顔で喋り始めた。
何かを思いついたエフェリアは井伊に相談した。
●帰り
六日目の朝、帆船は海辺の町を出航する。
「はう〜ふかふかです〜。むにゃむにゃ‥‥」
リアは子羊の一匹を甲板に連れだして枕にしてお昼寝をした。いつものようにファル君もマネする。その寝姿はそっくりである。
その頃、船乗り達は井伊が用意した料理に舌鼓を打つ。最初に手に入れたプレ・サレの肉が余っていたので、船乗り達に振る舞ったのである。
とても好評で大いなる感謝を受ける。
ガイアスはこの船会社に子羊の輸送を頼んだらいいとレポートに一言付け加えた。価値がわかるからこそ、大事にしてもらえるはずだと考えて。
海からセーヌ川を上り、帆船は無事にパリへ入港する。
船着き場ではジョワーズのマスターが出迎えてくれた。
「とっても美味しかったのです〜。環境も良かったのですよ〜♪」
リアは子羊を連れながら一生懸命にマスターに説明をした。
「説明の為にレポートを書いたのを忘れていたのです〜。皆の分もあります。どうぞです〜」
気がついたリアはマスターにレポートの束を渡す。
「このお肉をパリのみんなに食べさせて欲しいのです☆。是非是非、扱ってもらえることをお願いしますです」
「ええ、前向きに検討するつもりですよ。楽しみにしていて下さいね」
シーナとマスターが握手を交わした。
「はうっ!」
シーナとマスターの会話でリアは食べるために子羊を連れてきたのを思いだした。
「さよならです〜、せめて美味しいお肉になって下さいなのですよ〜」
マスターとジョワーズの従業員連れ帰る子羊達に向かって、リアは滝のような涙を流しながら手を振る。
「羊さん、食べられてしまうのですね‥‥美味しくなってください」
エフェリアも手を振った。
夕日に赤く染まりながら、子羊三匹は消えてゆく。
一行も家路についた。
「シーナのわがままにつき合ってくれてみなさんありがとなのです☆」
「そうよ、シーナ。まあ、美味しかったからいいけどね」
「護衛がうまくいってよかったのですよ〜。はうっ。決して遊びにいっただけではないのです〜」
「ジョワーズの料理人さん、どんな料理にしてくれるのかな。聖夜祭、楽しみです」
「あのお肉が簡単にパリでも手にはいるよーになればいいんですけどね〜。さすがにそれは無理かな」
「ジョワーズ特別メニュー、楽しみです」
一人別れ、二人別れ、最後はシーナとゾフィーだけになる。二人は報告書をあげる為にギルドへと向かうのであった。