身を包む暖かいもの

■ショートシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 57 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月15日〜11月21日

リプレイ公開日:2007年11月21日

●オープニング

「あと何着作ればいいのかしら‥‥?」
 女はうずたかく重なった布の山を見てため息をついた。
 当たり前だが、これから季節はさらに寒くなり、誰もが厚着になる。
 本来なら出来上がっていなければならないのに、服の注文がかなり残っていた。
 一緒に仕事をしていた女性二人が出産の為に一ヶ月前から休んでいるのが原因である。不幸な事に二人とも産後の調子が悪く、仕事に復帰出来なかったのだ。こういう時はお互い様であるのだが、かといって仕事はこなさなくてはならない。
「妖精でも来て手伝ってくれたら、どんなに‥‥。いえいえ、夢を浮かべても服は出来ないわ」
 女はせっせと針仕事を続けた。
 しばらくすると、戸を叩く音が聞こえる。
「ちょっと相談があるのだが、いいかね?」
 低い男の声は隣りの家のマント職人のものである。手が離せない女性は『勝手に入って』と叫んだ。
「そうか。うちのが迷惑かけているんだな。すまねえな」
 仕事場の散らかりようを見たマント職人は女に頭を下げた。マント職人の妻は産後の調子が悪い女性二人のうちの一人である。
「いいのよ。いつかわたしも何かがあるかも知れないし。それで相談というのはなんでしょう?」
「俺の方もマント作りの仕事が進まねえんだ。うちのが調子悪いんで、その面倒と子供の世話をしていて時間をとられちまってよ。そこで共同で冒険者に応援を頼まないかって思ってるんだが、どうだい? もちろん迷惑かけてる分、俺の方が多く出すよ。ただ、結構な金額かかるんで一人じゃ大変なんでね」
「そう‥‥」
 女は考えた。これ以上納品が遅れると、客の信用を失いそうであった。出来上がったのに受け取ってもらえず代金がもらえなかったり、これからの受注を失ったりするのは避けたい。
「その話、乗らせてもらうわ」
 服飾職人の女とマント職人の男は協力する事にした。代表としてマント職人が冒険者ギルドに出向く事になる。
「父ちゃん、赤ちゃん泣いているよ」
「そうか。知らせてくれてありがとよ。じゃそういうことで」
 6歳の娘がマント職人の父親を連れに来た。マント職人は娘と一緒に急いで帰ってゆく。
 女は窓から射し込む夕日を眺めた。もうすぐ完全に日が暮れる。
「油代高いから、割に合わないんだけど。しょうがないわね」
 女はランタンを灯し、針仕事を続けるのであった。

●今回の参加者

 ea1493 エヴァーグリーン・シーウィンド(25歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea1999 クリミナ・ロッソ(54歳・♀・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 ea5283 カンター・フスク(25歳・♂・ファイター・エルフ・ロシア王国)
 eb0206 ラーバルト・バトルハンマー(21歳・♂・ファイター・ドワーフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●相談
 依頼初日の朝。
 冒険者達はマント職人の男性ネルアの家に集まった。隣人の服飾職人の女性フィーリアも訪れていた。
「俺はネルアっていうんだ。よろしくな。ほんと、助かるよ。お一人が来られないのは残念だが、どう手伝ってもらえるのか教えてもらえるかい?」
 ネルアはちらりとドアを見てから冒険者達に訊ねる。隣りの部屋には体調の悪い妻と、生まれて一ヶ月程度の息子が休んでいた。
 6歳の娘エリムは椅子に座る服飾職人の女性フィーリアの膝の上だ。
「『困っている人を助けるのが冒険者のお仕事』お父様やパパはそう教えてくれましたから」
 椅子に軽く腰掛けるエヴァーグリーン・シーウィンド(ea1493)は首を軽く傾げて笑顔で答える。
「私はお食事などの家事をお手伝いすることで、仕事がし易い環境を整える事とします」
「それだけでも相当助かるよ」
「それで少し娘さんをお借りしたいのですが、よろしいですか?」
「ああ、この子で手伝える事があるなら」
 エヴァーグリーンはネルアと会話が途切れると、エリムに頷いてみせた。そのままエリムを膝に乗せている服飾職人のフィーリアに視線を向ける。
「作る手間は一緒ですから、そちらに食事をお持ちします」
「それは助かります。手間のかからない簡単な食事ばかりになりがちで、いけないと思いつつも時間がつい惜しくて‥‥」
「お察しします」
 フィーリアがエリムを膝から下ろした。『お姉ちゃん』と呼びながらエリムはエヴァーグリーンに駆け寄った。
「そちらの方はどんな感じて?」
 ネルアが視線を筋肉隆々のドワーフに向ける。
「おう、『戦う鍛冶屋』の名を背負う俺だが皮も得意だぜ。マント作りは主に皮なんだってな。俺に任せろって。ガンガン、作っていくぜ!」
 髭の生えそろわない顎をさすりながら、ラーバルト・バトルハンマー(eb0206)は力強く答える。ペットは邪魔になりそうなので庭の馬小屋に待機させてあった。
 ラーバルトが作業場をざっと見たところ、さすがに本職だけあって道具が充実している。より使いやすくと鍛冶屋の魂がうずいたが、ここはマント作りに専念した方がよさそうだと考え直す。それぞれの分野でかなりの腕を持った冒険者が集まったものの、頭数が圧倒的に少ない。時間との勝負になりそうだとラーバルトは心の中で呟いた。
「それではカンターさんはフィーリアさんの方をお手伝い頂けるのですか?」
 ネルアは赤い瞳が印象的なカンター・フスク(ea5283)に訊ねる。
「僕はネルアの家で子守をしながら、フィーリアの手伝いとして刺繍などをしようと思う。それでいいかな?」
 カンターはネルアに答えてから、裁縫職人のフィーリアに振り向いた。
「刺繍もありますが、洋服そのものの縫製もかなり残っているの。もうお一人お手伝い頂けてたのなら、その方がよかったのですが‥‥」
「わかった。刺繍はネルアの家でするけど、主にフィーリアの作業場でやることにするよ。ネルアの家にはエヴァーグリーンとエリムもいることだし、家事でどうしても手が足りない事があれば手伝いにいこう」
「そうしてもらえると助かります」
 フィーリアはカンターに頭を下げた。
 相談が終わると、それぞれの仕事に向かう。よい仕上がりにするのはもちろんだが、時間との戦いが始まるのだった。

●エヴァーグリーンの奮闘
「すみません。こんなによくして頂いて」
「いいえ。何か食べたいものはありますか? 逆にどうしても受け付けられないものとかあります?」
 エヴァーグリーンはベットへ横になっているネルアの妻マローセに話しかけた。すぐ側には赤ん坊が寝る小さなベットもある。
「あの人とエリムにはお肉料理を食べさせてあげて下さい。わたしに遠慮してしばらく食べていないはずです」
「わかりました。マローセさんは?」
「そうですね‥‥。脂っこくない、温かくて噛まないで済む料理をお願いできますか」
「はい。お子さん達の為にも早く元気になって下さいね」
 エヴァーグリーンとマローセが話しているとドアが開く。エリムがミルクを温めたものを持ってきたのだ。
 湯煎と暖房の為の暖炉は父親のネルアが管理していたが、赤子にミルクの用意をするのはエリムの役目であった。母親のマローセは体調が悪いのと同時に母乳の出も悪いようだ。
「エリムちゃんは、立派なお姉ちゃんね。大変でしょう。ヤケドしないように気をつけてね」
「ミルクを容器に入れて持っていくと、父ちゃんがお湯で温めてくれるから平気だよ。それに、赤ちゃんかわいいし」
 エリムの頭を軽く撫でてあげてからエヴァーグリーンはミルクを受け取った。
 まだ一ヶ月程度の赤子はとても繊細である。ちょっと力を入れたら壊れてしまいそうな危うさがあった。エヴァーグリーンは首を支えてあげながら、荒い布にミルクを染み込ませて飲ませてあげる。
 まずは今回に関わる全員に体力がつくものをとエヴァーグリーンは考えた。赤子が落ち着いたら買い物に行く予定だ。料理は得意だが、他の家事となると少々不安である。フィーリアの仕事場にいるカンターに相談しにいくつもりだが、今日はもう乾かす時間がなくて洗濯は無理だろう。
 洗濯は明日以降にして、今日は料理の合間に掃除をしようと考えた。見たところ、しばらくは掃除がされていないように感じられる。
「さてがんばらないと。エリムちゃんはクッキーは好きかな?」
「クッキー、だいすき〜♪」
「そうなのね。じゃあ、あさって辺りにクッキー作ろうね。お手伝いお願いね」
「うん!」
 エヴァーグリーンにエリムがこれ以上ない笑顔で答えた。

●戦う革屋(鍛冶屋)
「これでいいぜ」
 ラーバルトは裁断用のナイフを軽く研ぎ直してから、毛皮の裁断を始める。すでに木枠が用意されていたのでそれに当てはめて余分な部分を切り取っていった。
 一枚の毛皮からそのまま切り取って作る場合もあるし、接いで作る場合もある。毛皮の種類もたくさんあり、多種多様なマントを作らなくてはならなかった。
「手際がいいな」
 ラーバルトの作業を見たネルアが関心する。
「切りだすのは任せてくれ。細かい仕上げは俺では無理だからな。そういうのは客一人一人の好みまで知らなければどうにもならん」
 ラーバルトは笑うと作業を再開する。どんどんと切られた毛皮が積み上げてゆく。
 問題は少数ではあるが布製のマントである。毛皮とは勝手が違い、ラーバルトは時間をかけて切り取ってゆく。
「やり慣れないものは、気をつかうな」
 ラーバルトは知らぬ間に額へと汗をかいていた。
「いやいや、助かる。少し休憩したらどうだい?」
「まだ感触が掴みきれてないので、もう少しやらせてくれ。毛皮とは勝手が違うもんだな。そういえばこの俺でも見かけたことがない毛皮があったが、あれは特別な毛皮なのか?」
「特別といえば特別だな。さっき、ラーバルトさんが切ってくれたあの毛足の長い毛皮。貴族に頼まれたもんだけど、一般人の年収ぐらいは素材の状態でするはずさ。もっとも作業する俺の所には大した金は入らないけどね」
 ネルアの言葉にラーバルトは顔を引きつらせて固まる。そういう事は早くにいって欲しいと心の中で呟いた。丁寧に作業していたつもりだが、その話を聞いていたらもっと丁寧にしていたはずである。
「この調子だと、なんとか期日に全部間に合いそうだ。マローセと赤ん坊もエヴァーグリーンさんが面倒をみてくれているし。エリムもがんばってくれている。よし!」
 ネルアはやる気が出てきたようで、鼻歌を唄いながら作業を始めた。その姿を見て、ラーバルトもやる気を出す。
 エヴァーグリーンが用意してくれた食事や休憩のお菓子は美味しく、それを楽しみにするだけでも仕事の励みになる。
 ラーバルトはナイフやハサミを持って、六日間を駆け抜けるのであった。

●職人エルフ カンター
「フィーリアさん、カンター兄ちゃん、お食事持ってきたよ」
 エヴァーグリーンとエリムの二人が、フィーリアの仕事場に食事を運んできた。
 隅のテーブルに置かれると、いい匂いが作業場に広がる。
「これは美味しそうだな。ありがとう、エリム」
「うううん。カンター兄ちゃんがんばってね」
 カンターはきりのいいところで手を止めてテーブルについた。フィーリアも同じように椅子に座る。
「マローセの様子はどうです?」
「食事もちゃんととっていますし、顔色もよくなってきたような気がします。ほんの少しですがお肉も食べられるようになりましたし、大丈夫ですよ」
 フィーリアはエヴァーグリーンの言葉に安心して食事を始める。
「それなら平気だな。栄養と休息をとるのが一番だ。エリムががんばったおかげだぞ。きっと」
 カンターはエリムに微笑んだ。エリムも微笑み返す。
「大分目処が立ちました。あと一踏ん張りですね」
 フィーリアが安堵のため息のように呟く。
 今日は五日目。大部分の刺繍も終わり、裁断も終わっていた。一部の革製の服をラーバルトに任せはしたが、後は縫い上げるのみである。それも残りごくわずかである。
 カンターの縫う早さは職人のフィーリア並みであった。まるでもう一人の自分がいるようでフィーリアはとても心強く感じていた。
 ふと、フィーリアが窓に目をやると、日が暮れようとしている。
「洗濯物取り込んできますね」
「じゃあね〜」
 エヴァーグリーンとエリムが戻ってゆく。
「今日も夜なべする必要はありませんね。明日にはすべて終わるはずです。カンターさんがいっていたように、早く寝た方が結果的に効率がよかったようです」
「早くに終わったのはそれだけじゃないよ。フィーリアが手際よく作業の分担を決めてくれたからだ」
 フィーリアとカンターは喋りながら食事をとった。食べ終わると最後の一がんばりをする。
 針を小刻みに震わせたかと思うと、すっと布に縫い目が出来上がった。
 服にもいろいろと種類がある。男性向け、女性向け、子供向けなど。
 その形や好みの色などから、どんな人物が注文したのかが想像出来るのが服である。服はその人の一部といっても過言ではない。
 すべての人が気に入ってくれればと思いながら、カンターは縫い続けた。

●最後の日
 六日目の夕方前、初日と同じくネルアの家に全員が集まった。
 ネルアのマントも、フィーリアの服もすべて注文の品が出来上がる。
「こんなものだけど受け取ってもらえますか」
 ネルアとフィーリアからいくつかの保存食が冒険者達に渡される。せめてものお礼だという。
 ネルアの妻であるマローセも大分調子がよいようで、暖かい日中なら起きて散歩が出来るようになる。エリムもかなり喜んでいた。
 赤子は大声で泣くが、それは元気な証拠。ミルクを飲むとすぐに笑顔になり、そして眠ってしまう。
「どうぞ。たくさんありますから」
 エヴァーグリーンがテーブルにクッキーがのる皿を並べた。エリムが美味しそうにかじる。全員でクッキーを頂いた。
「まだ時間があるな。ちょっと待ってくれ」
「何を作るの? ラーバルト兄ちゃん」
 エリムが見つめる中、ラーバルトは服用の端切れ革で何かを折り始める。出来上がったのは馬であった。早くマローセが全快するようにといってエリムにあげる。
「それじゃあ、最後に掃除をして帰ろうか。手伝ってもらえるかな? エリム」
「うん。お掃除しよう」
 カンターは張り切ってネルアの家の掃除を始める。エヴァーグリーンとエリムががんばってくれたおかげで、大体は片づいていた。細かいところを手際よく綺麗にしたり、並べたりする。仕事場は職人がやりやすい配置があるはずなので、わざと手はつけなかった。
「ありがとうございましたー」
「助かったよー。冒険者のみなさん」
「さようなら〜。カンター兄ちゃん、エヴァーグリーン姉ちゃん、ラーバルト兄ちゃん〜」
 日が暮れる頃、エリム、フィーリア、ネルアに見送られて冒険者達は立ち去るのだった。