黒分隊長の休暇

■ショートシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:4人

サポート参加人数:2人

冒険期間:11月21日〜11月26日

リプレイ公開日:2007年11月29日

●オープニング

 ブランシュ騎士団黒分隊長ラルフ・ヴェルナー。パリ北西のヴェルナー領主でもある。
 30歳男性独身の彼は多忙を極めていた。ノルマン王国の衰退を目論むデビルとの攻防。ヴェルナー領内の治世。細かな事も含めれば、気が遠くなるほどに仕事はたくさんある。
 そんな中、強制的に休暇が言い渡された。彼にそんな命令を出せるのはノルマン王国にはごくわずかしかいない。
 どのような意図があってそのような事をとラルフは勘ぐるが、すぐにやめる。特にこの一年は忙しすぎた。最近になって破綻はしていないものの失敗も増えてきた。疲れがたまっているせいもあるのだろう。
 城内の執務室でラルフは休暇をどうするかについて考える。いい機会だと思うが、こう突然だと何をしたらいいのかがわからない。
 趣味といえば絵を描く事とチェスだ。のんびりとそれらをやるのもいいが、今一、気が乗らなかった。
「レウリー、休暇はどうするつもりだ?」
 たまたま執務室にいたレウリー隊員にラルフは話しかける。
 さすがに黒分隊全員を一度に休ませる訳にはいかない。ラルフ黒分隊長を含める半分と、エフォール副長を含める半分とに分けて休暇をとることになっていた。レウリー隊員はたまたまラルフと同じ休暇日である。
「は、はい。あの‥‥普段会えませんので恋人と過ごそうかと思っています」
「それはいい。恋人とはどこの娘さんなのだ? 前にも聞いたかな」
「冒険者ギルドに勤めているゾフィーさんです。もっとも彼女の休みがどのようかわかりませんので、具体的にはなにも」
「なんにせよ、いいことだ。大切にしてあげるのだな」
「はい」
 ラルフは珍しく笑った。
(「冒険者ギルドか‥‥。それもいいかも知れない」)
 翌日、ラルフはブランシュ騎士団だとわかる服装を避けて、冒険者ギルドを訪れる。そして依頼を出した。
 パリから少し離れた湖の畔に別荘がある。そこで休暇を過ごすのだが、護衛を頼みたいという内容だ。
 護衛というのは口実で、実は冒険者からいろいろな話を聞きたいとラルフは思っていた。別に堅苦しい話題だけを聞きたい訳ではない。時々世話になる彼、彼女らの日常を知っておきたいと思ったのだ。
 依頼書にはラルフが依頼人というのは伏せてもらう。遊び心として自分の名前を暗号に変換して文章に紛れ込ませてはいたが。
「ゆっくりと時間を過ごしたいのだ。それとレウリーの事、よろしく頼んだよ」
「は、はい‥‥それをどちらで?」
 ラルフの依頼を受けていたのはゾフィー嬢である。顔を赤くしながら、ゾフィーが目を泳がせる。
 依頼を出し終えると、ラルフは城へと戻るのであった。

●今回の参加者

 eb2949 アニエス・グラン・クリュ(20歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb3601 チサト・ミョウオウイン(21歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb3781 アレックス・ミンツ(46歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb9726 ウィルシス・ブラックウェル(20歳・♂・バード・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

セレスト・グラン・クリュ(eb3537)/ レミア・エルダー(ec1523

●リプレイ本文

●別荘
「ラルフ様‥‥」
 アニエス・グラン・クリュ(eb2949)が窓の戸を開けると、冷たい風が部屋に吹き込んで髪を揺らした。
 寒いはずだが、アニエスにとっては心地よい。顔がほてっていたせいだろう。
 案内された別荘の部屋からは湖がよく見えた。
 今は依頼初日の昼過ぎ。
 冒険者達は用意された馬車でパリを出発して、約半日でラルフの別荘に到着した。
 出迎えてくれたラルフは護衛ではなく、話し相手になって欲しいと冒険者全員に頼んだ。
 それはアニエスにとっても願ってやまないことであった。だが突然で戸惑うアニエスでもある。
 伝えたいことはたくさんあった。今まで直接的に、そして間接的にラルフと関わってきたアニエスだ。
 アニエスは出発前、母であるセレストから『ハメをはずしてご迷惑にならない様にね』と釘を刺されていたのだが。
「でも‥‥」
 どうしても押さえきれずに、心踊るアニエスであった。

「上に立つ方々もいろいろと大変なのですね‥‥」
 チサト・ミョウオウイン(eb3601)は用意された部屋で一人物思いに耽る。
 部屋を案内される時、半ば強制的に休みをとるように言い渡されたとラルフが笑いながらいったのが思いだされる。
 この依頼の間、話しなどをして気楽に過ごしたいというラルフの期待に応えるべき、チサトはヤギのまるごとを着込んだ。
「せめてもの休み、和やかにいっていただきましょう」
 堅苦しいことは抜きとラルフがいっていたので、少しでも優しい空気に包まれるようにとチサトは考えたのだ。
 夕食までの時間にまだ時間がある。様々な出来事を脳裏に浮かべるチサトであった。

「いろいろな話か」
 ベットに寝転がったアレックス・ミンツ(eb3781)は天井を眺める。そして傍らに置いた名槍『ロン』を手に取った。
 アレックスは鍛冶の腕に覚えがある。それにまつわる話をしようと考えた。
 ゆっくりとくつろいで、夕食を囲みながらラルフと話す約束となっていた。それまでにはまだ時間がある。
「土地柄でも変わるし、あの話しをしようか。それとも‥‥」
 どの話をラルフに話そうか迷うアレックスであった。

「果たして僕で大丈夫なのだろうか‥‥」
 ウィルシス・ブラックウェル(eb9726)はため息をつく。部屋に入った時に驚いた豪華な装飾も今は目に入らない。
 自分がハーフエルフなのは重々承知している。そして、このノルマン王国の国教ジーザス教白の教義においてハーフエルフは禁忌の存在である。
 ラルフはブランシュ騎士団黒分隊長や領主の立場にある方だ。ハーフエルフを受け入れられるとは考えにくい。
 護衛なら常にラルフと顔を合わせることもなく、淡々と仕事をこなせばそれでいい。
 しかし客人扱いだとなれば話は変わる。
 ウィルシスは横笛を取りだして見つめた。
 自分に何が出来るのかを考えれば、これしかなかった。吟遊詩人のウィルシスにとって演奏を奏でるのは生きる事と同義である。
 少しでも多忙な国家騎士団の重鎮を吟遊詩人として安らげてあげたいとウィルシスは考え直した。
 見送りに来ていたレミアの顔が浮かぶ。帰ってきたら自分の誕生日パーティを開いてくれるといっていた。
「とにかくヴェルナー様の前で頑張ってみよう」
 荷物の中には食材もある。せっかくなので故郷の料理をラルフに食べてもらいたいと考えるウィルシスであった。

●最初の晩餐
「日数にも余裕があるので、一度に聞いてしまったらもったいない。晩餐の度に一人ずつ普段の事などを聞かせてもらえないだろうか?」
 食卓についた冒険者達にラルフは提案をする。
 受け入れた冒険者達は様々であった。緊張しきっている者。普段と変わらない者。笑顔いっぱいの者。落ち着きのない者。
「あの‥‥まずお聞きしたいことがあります。ヴェルナー様、ハーフエルフの僕がこの場にいてもよいのでしょうか?」
 ウィルシスは一番気にしていた事を真っ先に訊ねた。歓迎されないのなら、お互いの為にもこの場から早くに退散した方がよいからだ。
「気にする必要はない。ウィルシス殿」
 ラルフは笑顔で答える。
「立場上、公にはいえないが、今までにハーフエルフの方々には何度も助けられて感謝している。非難する術は持ち合わせてはいない。ゆっくりしていっておくれ」
 ラルフの言葉に安心したウィルシスは食事を続けた。
「妖精と踊ったことがあるのてす」
 ウィルシスは異国での話をする。その時の事を思いだしながら語り続ける。
「よく妻と一緒に街角で演奏したりしています。お耳苦しいかも知れませんがご容赦を」
 ウィルシスは横笛を取りだして吹く。
 まずは別荘に来る途中で見かけた湖のイメージで作った即興曲である。冬になったばかりの寂しげで、そして雄大な湖の景色を思い浮かべながら旋律を奏でる。
 ラルフは目を閉じて耳を傾けた。
 続いて優しい子守唄のような曲を、最後には故郷で子供の頃に聞いた曲を奏でた。
 最後に礼をしたウィルシスに、誰もが拍手を送った。

 翌日の昼、ウィルシスは買いそろえてきた食材でデザートを作る。
 小麦粉や蜂蜜、胡桃、ゴマを使って出来たお菓子をお茶の時間に振る舞う。
「これは美味しいものだ」
「故郷のものです」
 ラルフは何枚も摘んでいた。お茶の時間はより楽しい時間となるのだった。

●二度目の晩餐
「そう、領主をなさっているルーアンまで絵を運んだ事があった。確かカトナ教会といったと思う」
「その教会ならよく知っている。司教とも旧知の間柄だ。そうか、ブリウ殿の絵を運んでくれたのか。私よりかなり年上だが二人ともよき友といっていい」
 二日目の晩餐、アレックスが話す依頼に入った時の話題で盛り上がる。
「ドワーフの村で鍛冶の者達と酒を呑んだこともあった。あの時の酒も美味かった」
 食卓に出されたワインの金属製カップをアレックスは覗き込む。映り込む自分の顔を観ながらアレックスが思いだす。
「鍛冶といえば、シャルトル・ノルマン江戸村で鍛冶の腕を競った事もある。基本に忠実な鍛冶師と評価されたな。あの時はロングソードを制作したのだが――」
 鍛冶の話を始めたアレックスは特に生き生きとしていた。鍛冶には深い思い入れがあるからだ。
 剣や刀についてはラルフも興味があった。黒分隊の隊長として前線に立つことが多いラルフにとって、剣は自分の命を預ける相棒といってよい。
 一口に剣や刀の話題といっても様々な要素がある。
 表向きには形と斬れ味。程良い重量とバランス。
 それに至る為の材料の吟味。加工も様々な方法があった。炉の温度。鍛え方。焼き入れの方法。
 どれ一つ欠けても名品は生まれず、奥が深い。
 鍛冶に纏わる話題は尽きなかった。

●三日目の晩餐
「今年の五月頃、命を救って頂けた事、深く感謝致します」
 アニエスはドキドキしながら、ラルフに礼をした。
 あの時、裸を見られたかもという思いはひとまず置いておき、他にもたくさん話したい事がある。
「ちびブラ団の皆様との劇、観に来て下さった事もありがとうございます」
「覚えている。あの時は我々ブランシュ騎士団も勇気をもらった。こちらからもいわせてもらいたい。ありがとう、アニエス」
 ラルフに名前を呼ばれて、アニエスはフラフラっと天に昇った気がした。
「ちびっ子ブランシュ騎士団か。あの子らには感謝せねばな。この間も私を含めて分隊長達が助けてもらった。それを支えてくれる冒険者達にも深く感謝している」
「ちびブラ団の皆様とは時間が合えば一緒に遊んでいるのです。もっ、もちろん遊んでばかりではありません。普段はラテン語や政治、経済、イギリス語――」
 アニエスには話したい事が山のようにあった。
 晩餐を頂きながら時間が過ぎてゆく。
 食べ終わるとアニエスは証書を取りだした。誰からも認められる騎士になる為にいろいろな過程を踏んでいる事をみてもらいたい為だ。
「そうか。復興戦争からまだそれ程年月は経っていない。デビルやノストラダムスの甘言に惑わされ、国が窮地に陥ったのもついこないだだ。しかし、アニエスのように若い者達が未来のノルマンを信じてくれている‥‥。国の将来は、子供の瞳の輝きでわかるとどこかで聞いた事がある。とても安心したよ」
 ラルフは一度瞳を閉じてからもう一度、アニエスを見た。そして他の冒険者にもノルマン王国の未来を頼んだ。

 アニエスは滞在中、別荘管理の手伝いを率先して行った。
 そしてラルフのチェスの相手も務める。
「気にしているかも知れないので話しておくが――」
 鳥になってから元に戻った裸のアニエスを助けた際、すぐにマントを外して被せた上で運んだとラルフは話す。
 アニエスにとってチェスの勝ち負けは関係なかった。ただ、その時間が長く続けばいいと心の中で思い続けた。

●四日目の晩餐
「こちらをどうぞ」
 晩餐の席でヤギのまるごと姿のチサトは秘蔵の天護酒をラルフと仲間に振る舞った。
「ジャパンの酒は何度か頂いたことがある。その中でも格別だな」
 ラルフが喜んでくれてチサトも微笑む。そして桜の話を始めた。
「素晴らしい桜の樹でした。あれは大地の精霊達が長老桜と呼ぶ、とても大きく優しい桜の樹があったんです」
「ジャパンの桜か」
「そうです。長い長い年月を生きて、その最後の花咲く時に立ち会う事が出来たんです」
 チサトの桜の話は続く。未だ印象深く、すぐに脳裏に思いだす事が出来る程に鮮明に覚えていた。
 チサトがその時の歌を唄うというのでウィルシスが協力する。チサトが鼻歌で唄った物を即興で旋律に作り替えた。ウィルシスにかかれば簡単な事である。

「♪気持ちは歌に 歌は空気に 愛は光に
 歌は大気に溶け 全てを優しく包む
 風は草木と共に歌う 喜びと希望の歌を
 光は迷い人に照らす 生きる道を
 全ては愛 悲しみと憎しみの連鎖を断ち切る優しき心♪」

 心のこもった歌を唄ったチサトに拍手が送られた。
 その後でスクロールのイリュージョンで桜の幻影をラルフに見せる。
「こんなに綺麗なものなのか‥‥」
 ラルフもこれ以上は言葉が見つからない。ただ、魅入るのみである。
 仲間にも順番に観てもらう。誰もがその美しさに感動していた。


「領主様って、もっと色々な事が出来るんだと思っていました‥‥」
 チサトは他の日にもラルフと話していた。近頃、領主という立場ついて様々な事を感じていたチサトであった。
 少しでもノルマン王国が結束するように。チサトは思わずにはいられなかった。

●パリへ
「私も明日にでもパリに戻る。この五日間、とてもリラックスできて楽しかったよ」
 五日目、ラルフは冒険者達に記念品としてローズリングを贈った。
「また機会があれば、チェスの相手を頼む。立派な騎士になってノルマンを支えて欲しい。ちびブラ団にもよろしくいっておいてくれ」
「は、はい! 必ず」
 アニエスは元気よくラルフに返事をする。
「とても心に染み入った笛の音だった。宮廷楽師に負けず劣らないぐらい素晴らしかった。またどこかで聴かせておくれ」
「今度会う時にはもっと素晴らしい音をお聞かせできるように精進したいと存じます」
 ウィルシスはラルフに礼をする。
「鍛冶の話。とても興味深いものだったよ。いつか見学してみたいものだ」
「無骨な話だったが、喜んでもらえたようでよかった」
 アレックスはラルフと握手を交わした。
「桜、とても綺麗だったよ。命とは儚くて、そして強いものだな」
「少しはお役に立てましたでしょうか」
 チサトの笑顔にラルフが笑顔で返す。
 冒険者達は馬車に乗り込んだ。そしてラルフに見送られながらパリへの帰路につくのだった。

●ピンナップ

アニエス・グラン・クリュ(eb2949


PC&NPCツインピンナップ
Illusted by sudachi