二つの選択肢 〜トレランツ運送社〜
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■ショートシナリオ
担当:天田洋介
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:8 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:9人
冒険期間:12月02日〜12月10日
リプレイ公開日:2007年12月11日
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●オープニング
パリから北西、セーヌ川を下ってゆくと『ルーアン』がある。セーヌ川が繋ぐパリと港町ルアーブルの間に位置する大きな町だ。
セーヌ川を使っての輸送により、商業が発展し、同時に工業の発達も目覚ましい。
ルーアンに拠点を置く『トレランツ運送社』もそれらを担う中堅どころの海運会社である。新鮮な食料や加工品、貴重な品などを運ぶのが生業だ。
「こうも会社だと、気が滅入るねぇ‥‥」
トレランツ運送社の女社長カルメンは新たな社長室で机に伏せる。
グラシュー海運の刺客から身を守る為に本社から出ない生活が続いていた。自宅に戻る事もあるが、護衛をたくさん引き連れてのわずかな時間だけである。
本社は古株の船乗りの中から選ばれた者達が護衛をしていた。空からの侵入に備えて弓を扱える者も多数雇った。
男性秘書ゲドゥルが部下と共に身辺調査をしたので、まず敵対するグラシュー海運女社長シャラーノや武器商人メテオスの息はかかっていないはずだ。
ゲドゥル秘書もほとんどを本社で過ごしているが、カルメン社長とは違ってとても元気である。
「社長、大変です!」
社長室のドアが開いたと同時に大声が響く。ゲドゥル秘書だ。
「ゲドゥル、相変わらずだねぇ。で、何が起きたんだい?」
「狙われていたのはうちだけではなかったようです‥‥。同業二社の社長が‥‥毒殺されました」
「なんだって!」
机に伏せていたカルメン社長が飛び起きる。
「はい。両名の社長とも今朝、ベットで冷たくなっているのを発見されました。外傷はなく、医者の見立てによると毒殺されたのに間違いないようです」
「こりゃ、大事件だよ。これでは領主様も表だって動くに違いない。一気にヴェルナー領とフレデリック領が緊張状態に突入する可能性があるね」
「あと未確認なのですが、他の領地でも運送関連のトップが亡くなっているという情報があります」
「‥‥どういうことだい。他社を潰して運輸を独占しようという魂胆だとすれば、方法が幼稚過ぎるねぇ。もっとわからないようにやらなければ非難が集中するだけで、何の得にもならないはず」
「それともう一つ。こちらが本題です」
「? これ以上の話題があるっていうのかい?」
「グラシュー海運に潜り込ませた者によれば、シャラーノ社長がパリへ向かうそうです。武器商人のメテオスとの面会の為に」
「‥‥こりゃ驚いた。本当にそれ以上の話題だよ」
カルメン社長は瞳を大きく開く。
「社長もお気づきだと思いますが、偽情報による罠の可能性がかなり高いのです。かといって放っておく訳にもいかないと」
「‥‥そうだね。どうするべきかね‥‥」
カルメン社長とゲドゥル秘書はしばらく相談を続けた。夜遅くまで相談は続いたが、結局結論は出なかった。ただ、冒険者達に依頼する事は決められる。
カルメン社長とゲドゥル秘書は狙われているので、パリには出向くことが出来ない。パリにある営業所に手紙を送り、代わりに冒険者ギルドに依頼を出してもらう事にする。
依頼には二つの選択肢がある。
一つは、パリに出向こうとするシャラーノ社長を捕まえて、ヴェルナー領内のトレランツ本社まで連れてくる事。
二つは、シャラーノがいないフレデリック領のグラシュー海運に潜入し、悪事の証拠を手に入れる事。
パリに向かうシャラーノが偽物の可能性は大いにあり得た。
選択は冒険者に任される形で依頼が出されるのであった。
●リプレイ本文
●準備
「大変だけどお願いするね〜。使わなくて済むなら、それに越したことないんだけどね〜」
エル・サーディミスト(ea1743)は植物が植えられた鉢を甲板に置くと、渡し板で下りてゆく。
彼女がいるのはパリ船着き場近くにある補修用ドック。
エルだけでなく冒険者のほとんどの意見として、今回の依頼に使う帆船二隻を偽装中であった。帆やトレランツの社章だけでなく、外見にも手を入れていた。トレランツ運送社関連の船大工達が作業中である。
一日目の昼前、冒険者達はパリを出発せずにいた。
メインの作戦はグラシュー海運の女社長シャラーノの捕縛。グラシュー海運の本社潜入はまたの機会である。
「オイラはよ‥‥。先にいってグラシューの帆船を見張るだよ‥‥。その前にパリ周辺のセーヌも‥‥」
黄桜喜八(eb5347)はスモールシェルドラゴンのオヤジとヒポカンプスのエンゾウと共にドック内の水面近くにいた。あいにく明日にならないとルーアン行きのトレランツ帆船がない。自力の泳ぎでルーアン方面に向かおうかと黄桜が考え始めると、いい知らせが入ってきた。
「シャラーノを乗せた船は明々後日の12月5日にフレデリック領の港町を出航する、って情報が入ったよ。予定では6日の夕方にパリへ入港ってことだな」
ロート・クロニクル(ea9519)が営業所で聞いてきた事を仲間に報告する。
「それは朗報ですね。黄桜さんの作戦は夜陰に紛れて行うようですから、逆算すると‥‥5日の夜から6日の朝にかけてが作戦実行日になります」
十野間修(eb4840)は用意してもらったかがり火用の木材の上に座りながら会話に参加する。後で船に運び入れるつもりであった。
「地図を手に入れてきました!」
元気よくドック内にやってきたのはコルリス・フェネストラ(eb9459)である。
まずはパリ周辺に敵が潜んでいないか、ダウジングペンデュラムで探るコルリスであった。かなり気まぐれな振り子なので正しいかどうかははっきりしないが、メテオスはどうやらパリ近郊の屋敷にいるようだ。オグマも手伝ってくれるがあまりぱっとした結果は出ない。
黄桜もダウジングペンデュラムを使い、別の単語で調べてみる。かなり不確かな情報だが、敵の戦力となる忍者やセイレーンはまだパリ周辺にはいないようだ。
「コルリスさんはカルメン社長の護衛に向かう予定ですよね?」
「そうです。今日中に飛んで向かうつもりです」
「アクセルさんとフランシスカのことなのですが――」
護堂熊夫(eb1964)は、カルメン社長の護衛としてアクセルとフランシスカにも手を借りた方がいいとコルリスに考えを伝えた。
「私も同感です」
十野間修も護堂と同じ考えを持っていた。コルリスは二人の考えに頷く。
「今回の身分証明はどうしましょーか? できるだけトレランツの方々にも伝えておいた方がいいかな〜」
井伊貴政(ea8384)はエルの鉢運びの手伝い途中で立ち止まる。エルも一緒に立ち止まった。
井伊が咳を合図にしようと提案し、仲間も了承した。相手の正体を怪しく感じたら咳をしてみる。相手もすぐに咳をしたら仲間である。この場にいないファイゼル・ヴァッファー(ea2554)にも後で伝えておく事となった。
情報が少ない仲間には、十野間修がチサトから借りたスクロールのイリュージョンを使って今までの経緯を説明する。
領主間の争いの予感から、地方領主アロワイヨーなどにシフール便で手紙を送る冒険者もいた。当事者のラルフ領主に送った者もいる。今回には間に合わないだろうが、後々の効果に期待が込められていた。
コルリスはベゾムでルーアンへ向かう。
黄桜はセーヌ川の調査に出かけるのだった。
「ダメだったか」
ファイゼルはメテオス邸を訪ねたが門前払いをくらう。
作戦を切り替え、武器商人メテオスについて、どのような噂がパリに流れているかを調べる事にした。
もしも仲間の作戦が失敗し、シャラーノがメテオス邸までやってきたとしても何かしらの対処が出来るように心がけなくてはならない。
『噂で流れている海運社長の変死』についても、どこまでの信憑性があるのかわからない。調べなくてはならない謎は多かった。
●沈黙の日々
二日目、黄桜はペット二匹と一緒にトレランツの輸送帆船に乗船した。
パリを出航し、ルーアンを目指す。
正確にはルーアンの近くで輸送帆船を下船し、セーヌ川の畔で敵であるグラシュー海運の帆船が通過するのを待つ。
発見したら水中から追跡する予定だ。帆船の特徴はグラシューに潜り込んだ船乗りからすでに提供されている。
コルリスは昨晩のうちにベゾムでルーアンのトレランツ本社に到着していた。
護堂と十野間修の考え通り、アクセルとフランシスカにもカルメン社長の警備を手伝ってもらう。コルリスは自らルーアン近辺に敵が潜伏していないかの調査を開始した。
ファイゼルはパリの酒場に出入りして主に武器商人メテオスの情報集めに奔走した。
ヴェルナー領とフレデリック領が交戦状態に入れば武器商人が喜ぶとの考えもある。混乱こそがシャラーノとメテオスにとっての甘い蜜。何とか阻止しなければならないとファイゼルは行動するのだった。
夕方にようやくトレランツ運送社の帆船二隻の偽装が終わる。
夜の帳が下り頃、闇に紛れて目立たないように冒険者達を乗せた帆船二隻がパリを出航した。
●ルーアンとパリの酒場
三日目、コルリスはルーアンの東にある倉庫に出向く。セイレーンのエレンへの差し入れを持ってきたのだ。エルがここに出向いた時に渡してくれと見張りの者に頼んで立ち去る。
コルリスはカルメン社長の自宅近辺の捜査を始めた。
食事時まではアクセルとフランシスカに護衛を任せればよい。カルメン社長とゲドゥル秘書の毒味役まで行っていたコルリスである。
ベゾムに跨り、コルリスは地上に目を光らせた。
調べるうちに一人の怪しい人物に辿り着く。
つい最近になってカルメン社長の自宅近くに引っ越してきた女性である。これといって仕事はしておらず、いつもカルメン社長の自宅を気にしているように思える。
思いこみは事実を曇らすので注意が必要だが、コルリスはこの女性をマークする事に決めた。
「それじゃあ、噂は本当なのか?」
ファイゼルは酒場で知り合った鍛冶屋の男と発泡酒を酌み交わしていた。
「ああ、そうだ。運輸会社の社長が二人、近くの領地で亡くなったのは本当だよ。もっともメテオスとかいう武器商人がいる限り、代わり映えせんけどね」
鍛冶屋の男は一気にカップの中の発泡酒を飲み干す。
「メテオスも知っているんだな? ちょっと商売の事であいつの邸宅に向かったら追い払われちまってさ。いい感情を持っていないんだよ」
「止めとけ、メテオスと関わり合うのは。あいつには悪い噂がある。武器商人とはいえ一見まともそうだし、礼儀正しい。貴族とのつき合いもありやがる。だが、止めといた方がいい」
「悪い噂って何なんだ?」
「‥‥王宮に反感を持つ者を集めた組織と繋がっているらしい。それ以上は知らん」
鍛冶屋の男は酒臭い息でファイゼルに耳打ちをした。
ファイゼルはしばらく鍛冶屋の男をおだててみたが、それ以上の情報は引きだせなかった。
●捕縛
四日目の深夜、ゆっくりとグラシュー海運の帆船はパリへと航行する。
雲が出て、星や月は夜空には浮かんでいない。
黄桜は水中で敵帆船の追跡を行っていた。すでにヴェルナー領とフレデリック領と隣接する水域は通過している。好機だと感じた黄桜は作戦を開始した。
黄桜の指示に従い、スモールシェルドラゴンのオヤジが敵帆船の舵に体当たりを敢行する。見事舵を破壊し、壊れた木材破片が川底へと降り注ぐ。
敵帆船は蛇行して間もなく航行を停止した。流されるのを嫌って錨も下ろされる。その様子を黄桜はペット二匹と共に川底で確認した。
黄桜が次の行動に出ようとした時、水中に飛び込んでくる二つの人影を見つけた。もう一つ大きな影も飛び込んでくる。
(「シノビだな‥‥」)
黄桜はすぐに判断した。飛び込んできた影は水遁の術を使った忍者であると。動きからいってかなりの手練れなのは明白だ。大きな影は大ガマの術で出した大ガマに違いない。
黄桜もあらかじめの大ガマの術を使い、すでにガマの助を近くに待機させていた。大ガマには大ガマである。指示を出してガマの助を大きな影に向かわせる。
オヤジとヒポカンプスのエンゾウを一人の忍者にあてがい、黄桜はもう一人の忍者と水中で対峙した。ガマの助を操りながらの戦いはキツイが、水中であるのが河童の黄桜に優位をもたらす。いくら忍者が水遁の術を使おうとも、水中での河童に敵うものではなかった。
大ガマ対ガマの助は引き分けに終わり、互いに消滅する。
黄桜は忍者一人を河伯の槍で屠り、ペット二匹が対決しているもう一人の忍者に挑んだ。その間にオヤジを水上の敵帆船の底に目がけて突進させた。
衝撃音が水中に広がる。
船底に亀裂が入り、細かな大量の泡が敵帆船を包んでゆくのが水中でも確認できる。
黄桜は二隻のトレランツ帆船が近づくのを横目で知りながら、敵忍者との水中戦を続行した。
夜空が曇りなのは護堂が天候を操作した結果であった。
ロートの指示に従って偽装したトレランツの帆船二隻は、沈みかけようとしている敵帆船を挟むように近づいてゆく。
「あれは‥‥もしや」
変装済みの護堂はテレスコープとエックスレイビジョンを駆使し、ようやく派手な服装をする人物を敵帆船甲板上で捉える。最初は女社長シャラーノだと思ったが、よく見ると違った。
「エルさん、あれはセイレーンです! エレンの姉のエレナに違いありません」
「エレナ! エレナなの?」
護堂が指さす先をエルは眺めた。顔を隠すために深く巻いていたマフラーをずらして瞳を凝らす。
エレンにそっくりな女性の姿が敵帆船の甲板にはあった。
「あれは!」
水上を駆けてくる者を見つけ、井伊は太刀を構える。船縁に立って刃を交じらせる。
「この船、もらい受ける!」
「忍び!」
井伊はジャパンの出身である。敵がすぐに忍者だとわかった。
刀と刀がぶつかり合う金属音と火花。
「影縛!」
十野間修が井伊に加勢し、シャドウバインディングで敵忍者の動きを止めた。この為に甲板のかがり火は用意したといっても過言ではなかった。
井伊が上段に構えた太刀を振り下ろす。
船を奪おうとした忍者との勝負が決した時、周囲に歌声が流れ始める。
セイレーンのエレナによる魅了であった。
「ロート。もしボクが魅了されたら遠慮なく攻撃してね」
エルは構えてサイレンスを唱える。距離を考えれば専門で使うしかない。魅了にかかった甲板に残る敵の船乗り達が弓を引き、トレランツの帆船に向かって矢を放つ。
「邪魔をするな!」
ロートはストームを敵帆船の帆に向かって唱える。矢の軌道は乱れ、暴風が敵帆船を大きく揺らす。
エルのサイレンスは二度目で効果を発揮し、エレナは唄う事が出来なくなった。
逃げようとエレナが水面を覗くと、そこには黄桜の姿がある。
「観念しなさい」
敵帆船に飛び乗った十野間修がシャドウバインディングでエレナを動かなくさせる。同じく飛び乗った護堂がアイスコフィンでエレナを凍らせた。
「エレナ‥‥」
「きっと酷いことにはならないさ」
様子をトレランツの帆船から見ていたエルは呟く。ロートはエルの肩を軽く叩いて慰めの言葉をかける。
抵抗を止めた敵船乗り達を、冒険者達とトレランツの船乗り達は救助する。助け終えると怪我人を除いて次々とロープで縛り上げてゆく。暴れる敵船乗りを捕縛する為に、エルのプラントコントロールが役に立った。
護堂は空飛ぶ絨毯を広げて凍ったエレナを乗せると、ルーアンに向かって先に出発する。溶けないうちに運ばないといろいろと大変だからだ。
十野間修は忍者の仕業に見せかける為に沈んでゆく敵帆船へ火をかけた。
●トレランツ運送社
ゆっくりと航行したせいもあり、トレランツの帆船二隻は六日目の昼前にルーアンの船着き場へ入港した。
船着き場で待機していたヴェルナー領の憲兵達が、グラシュー海運の船乗り達を連行してゆく。
冒険者達は何も咎められる事もなく、トレランツ本社に向かった。
「まさか、もう一人のセイレーンが偽シャラーノとして乗っていたとはねぇ‥‥」
社長室で冒険者達を出迎えたカルメン社長は未だ驚きで一杯である。護堂が凍らされたエレナを連れてきた時は、しばらく言葉が出なかった程だ。
「‥‥エレナはどうしているのかな?」
エルは俯き気味の心配そうな表情でカルメン社長に訊ねる。すでに捕まっている妹のエレンとは別の場所に収容しているとカルメン社長の代わりにゲドゥル秘書が答えた。
「縛りはしてますが、姉のエレナにも乱暴はしてませんので心配しないで下さいね」
ゲドゥル秘書はエルにやさしく語りかける。
「護堂さん、お久しぶり〜」
「また会えて嬉しいです」
「フランシスカさん、アクセルさんもお元気のようで安心しました」
護堂はフランシスカとアクセルとの再会に笑顔で喜んだ。
「もうルーアンに到着していたのですね」
ルーアンにいたコルリスも社長室に現れる。未だ尻尾は出さないが、カルメン社長を狙っていると思われる怪しい女性について、コルリスはその場にいた全員に報告した。
「パリの営業所から手紙も届いたよ。ファイゼルさんからの調査報告だね。他の領地の運送会社社長殺害も本当だとある。それに、メテオスが闇の組織との繋がりがある事も指摘しているね。闇とかいうと、デビルやらアンデットやらを想像しがちだが、どうやら違うらしい。人による革命を目指している組織らしい‥‥。具体的な名前はわからなかったようだよ。でも助かるね。新しい情報ってのは」
カルメン社長はゲドゥル秘書に袋を持ってこさせる。そして追加の謝礼金を冒険者達に手渡した。ファイゼルにはパリに着いたら渡してくれと頼んで。
七日目の昼頃、冒険者達を乗せた帆船はルーアンを出航する。八日目の夕方にはパリに入港するのだった。