少年の幸せ

■ショートシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:4

参加人数:4人

サポート参加人数:2人

冒険期間:12月09日〜12月14日

リプレイ公開日:2007年12月17日

●オープニング

「ここら俺らのシマだ! もう来るんじゃねぇぞ!!」
 若い集団が去った後の裏路地には、少年の倒れた姿があった。
 しばらくして指先が動いて上半身を起こす。顔は酷く腫れて、鼻と唇の端から血が流れていた。
 少年は壁に寄りかかりながら立ち上がると、足の調子を確かめながら歩きだす。
「なにがシマだよ‥‥。勝手にやってきて」
 少年は口の中に隠していた銀貨を掌に吐きだした。若い集団にやられる前に隠したものだ。
 他の金目の物はすべて若い集団に奪われている。だが、銀貨を含めて元々少年の物ではない。
 つい三十分前、少年が道行く紳士からスリとったものだ。それを商売敵の若い集団に目撃され、奪い取られたのである。
「とにかく、今日は食い物にありつける‥‥」
 少年は銀貨を握りしめた。

「どうしたんだい‥‥。その顔‥は」
 家に戻るとベットに横たわる母親に少年は尋ねられる。
「なんでもないよ。階段から転げただけさ。すぐに夕食にするからさ」
 少年は炊事場で簡単ながら調理を始める。
「何か悪い事でもしてるんじゃないのかい?」
「そんなこと、あるわけないだろ。スープ冷めちゃうよ」
 少年は母親の言葉にとぼけてみせた。病弱の母親にスリをしているのは内緒である。市場を手伝って生活をまかなっていることにしていた。
 真っ当な仕事につこうとしたこともある。しかし素行が悪いのはすでに世間に広まっている。職にありついたところで一週間もすると雇い主に噂が伝わってクビにされてしまう少年であった。
「そういえばもうすぐ聖夜祭りだね。街は賑やかかい?」
「ああ、忙しそうにしているけど、笑顔の人が多いような気がするよ」
「すまないね‥‥。父さんが生きていた頃にはこんな苦労は‥‥」
「いいんだよ」
「お前は聖夜祭のガチョウのローストした料理が好きだったね。‥‥母さん、早く元気になるから今年は我慢しておくれ」
「気にしないでくれよ。もうあんなの好きじゃなくなったし」
 母親と少年は日が暮れる前に食事を終えるとすぐにベットに入った。

 翌日、少年は路地裏の曲がり角に隠れてスル相手を物色した。なるべく金持ちを狙う為に。

●今回の参加者

 ea4107 ラシュディア・バルトン(31歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb2390 カラット・カーバンクル(26歳・♀・陰陽師・人間・ノルマン王国)
 eb2955 カイオン・ボーダフォン(33歳・♂・バード・人間・ビザンチン帝国)
 eb3537 セレスト・グラン・クリュ(45歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

諫早 似鳥(ea7900)/ アニエス・グラン・クリュ(eb2949

●リプレイ本文

●スリ
 少年は大通りに早歩きで飛びだす。狙うは染み一つない艶のあるマントを着た紳士。
 お付きの者達は馬車に繋がれた馬達をなだめるのに忙しい。紳士もそれに気をとられていて注意力が散漫している。今がスリのチャンスであった。
「あ、ごめんなさい」
 少年は紳士にぶつかりながらマントの中に右手を忍ばせた。革袋を抜き取り、そのまま立ち去ろうとする。
「え?」
 突然少年の目の前が暗くなった。見上げると金髪の男が立っていた。ラシュディア・バルトン(ea4107)である。
「それを渡しな」
 ラシュディアは少年から革袋を取り上げる。
「何するんだよ!」
「静かにしておいたほうがいいぞ」
 ラシュディアと同じくスリの様子を見ていたカイオン・ボーダフォン(eb2955)が少年を腕を掴まえて放さない。
 その間にラシュディアは紳士に駆け寄り、革袋を返す。落としましたよといって。
「‥‥こんな現場を見るとはねぇ」
 セレスト・グラン・クリュ(eb3537)は少年に近寄る。
「あの‥‥あたし‥‥、あの、怖がらせたらごめんなさい」
 すぐ近くにいたカラット・カーバンクル(eb2390)が大きく瞳を見開き、口元に手を当てながらおろおろとしていた。
「向こうが人通りの邪魔にならない。行こう」
 ラシュディアが少年の元に戻り、その場にいた全員が道の隅に移動する。
「放せよ!」
 カイオンに掴まえられながらも少年が暴れる。
「名前を教えてくれさえすれば、そうしてやるよ」
「フェルナンだよ! これでいいだろ!」
 カイオンは掴んでいた少年フェルナンの腕を放した。
「どうしてスリなんかしたのか知らないが、あんなに下手じゃこの冬は越せないぞ」
「あんたの知ったことかよ!」
 カイオンの言葉をフェルナンは吐き捨てる。そして冒険者達の制止の声も聞かずに走って逃げた。
「お願いできる?」
 セレストが頼むと、同行していた諫早がフェルナンの後を追って姿を消した。
「あんな子が‥‥放っておけないです‥‥」
 カラットの呟きに、他の者達は顔を見合わせる。少し手を貸してあげようという話になる。
「フェルナンという名前が本当かどうかわからないが――」
 カイオンは景気と預言者の影響の調査ついでにフェルナンの事を調べる事にした。
「俺も調べておこう。本人から聞きたい事もあるし、家は明日にはわかるんだろ?」
 ラシュディアがセレストに訊ねると、そうと答えた。
「あの子の家を訪ねる前に、娘のアニエスと寄っておきたい場所があるの。すべては明日からにしましょう」
 セレストの案に仲間は賛同する。
「あの子、スリで生きているんですね‥‥。死ぬのとどちらかを選べなんて言えませんケド‥‥」
 カラットはしばらく見つけ続ける。自分と重ね合わせる部分が少なからずあるフェルナンが消えた街角を。

「そうですか‥‥。そのフェルナンという子はそんな事を‥‥」
 貧民街にある教会。
 セレストと娘アニエスはピュール助祭の元を訪ねていた。以前、世話になった件を感謝した上でフェルナンについてを相談する。まだフェルナンについてわからない事も多かったが、それでも放ってはおけなかったのである。
「同じくらいの歳の少年でした。どうか助力をお願いします」
「お手伝いをしてもらって、その上で判断をしてもらえないかしら?」
 アニエスとセレストはピュール助祭にフェルナンのこれからを頼んだ。
「とにかく会って、しばらくしてから考えましょう」
 母と娘はピュール助祭から前向きの言葉をもらい、教会を立ち去るのであった。

●フェルナンの家
「お前達‥‥」
 二日目の昼、自宅を出たばかりのフェルナンは立ちすくんだ。昨日のスリを邪魔した者達の姿があったからだ。
「スリのことは話さないから家に入れてくれないか? そうだな。家の人には市場での知り合いということにしておいてくれ」
 カイオンの言葉にフェルナンはしばらく黙り込む。
「脅すのか。スリをしてる事をネタにして、母さんを」
「‥‥お母さんが病気になっていると噂で聞いたんです。お手伝いしたいかなって思って」
 フェルナンに答えたのはうつむき加減のカラットである。目を合わせないようにして、言葉の最後に空笑いをした。
「本当にスリのことは喋らない。昨日のうちにいろいろと話したかったが、逃げられてしまって無理だったのでね」
 ラシュディアはフェルナンの前で屈んで、目の高さを合わせる。
「よろしいかしら?」
 セレストがドアの取っ手に手をかけた。フェルナンは悩んだ末に頷く。
「フェルナン、忘れ物?」
 ドアを開けた途端に、女性の声が冒険者達に届いた。
 部屋は一室のみでとても狭い。冒険者達が家に入ると、ベットへ横たわるフェルナンの母親の姿が目に入った。
 冒険者達は、まずフェルナンの母親に挨拶をした。そしてカラットは看病を願いでる。
 ラシュディアは前もってフェルナンと話す時間が欲しいと仲間に頼んでいた。少しの間、二人で外に出かける。
 セレストとカイオンは母親を安心させる為、フェルナンが新しい事をしたがっていると説明をする。自分達はそれを手伝いにきたのだと。
 ラシュディアは廃屋の玄関前にある石階段にフェルナンと座る。風は遮られ、陽があたるので暖かい。
 二人で話してみると、フェルナンは突っぱねるようなマネはせずに比較的おとなしかった。どうやらさっきまでは虚勢を張っていたようだ。
「そうか。生きるというのは、本来それだけで大変なものだ。知り合ったばかりの俺がいうのもなんだが‥‥。スリなんてやめて他の道でがんばってみないか?」
「そんな事いわれても‥‥八方塞がりなんだよ。仕事にすらありつけないんだ」
「知ってる。市場で噂を耳にしたからな。それでもフェルナンに足を洗いたい気持ちがあるのなら、手伝いたいと思っている。どうなんだ? ずっと続けたいのか? スリを」
「そんなこといわれたって‥‥」
「お父さんは亡くなったようだが、仕事は何をしていたんだ?」
「父さんは理髪師だったんだ。道具はまだ家に残っているんだよ。母さんはそれだけは大切にしていて、体調が悪くても時々手入れをしているんだ」
 ラシュディアとフェルナンの会話は長く続いた。終わった後で、カイオンとセレストがフェルナンを貧民街の教会に連れてゆく。ピュール助祭のいる教会だ。
 フェルナンはしばらく教会で孤児や奉仕をする事になる。最初は渋っていたフェルナンだが、賃金が支払われると聞いて受け入れた。
 今のフェルナンにとってお金と生きる事はまったく同じ意味がある。母親の命をも小さな身体で背負っているフェルナンにとって、浅ましいと他人に蔑まされても、ただ働きをしている暇はなかったのだ。
 普通なら奉仕にお金が払われる事はない。これはセレストとカイオンによる教会への寄付に寄るところが大きかった。寄付の一部でフェルナンへの賃金を支払ってあげてくれと頼んだのだ。
 外はもう夕暮れであった。奉仕は明日からになる。
「あ、あのさ‥‥」
 帰り道、フェルナンは冒険者達に何かいいたげであったが、言葉を濁した。

●奉仕
 三日目からフェルナンの教会での奉仕が始まった。
 掃除や孤児達の世話。料理の手伝いなど、やることは山のようにある。フェルナンも子供だが、孤児達のほとんどが年下だ。追いかけて、追いかけられて、大変であった。
 慣れない事なので手際も悪かったが、それでもフェルナンは真面目に仕事をこなした。
「さあ、待降節用の甘いパンを作りましょうか」
 セレストが持っていた食材をテーブルに並べる。すでにワインにつけられたドライフルーツ。バターや小麦粉などいろいろだ。
 フェルナン、孤児達と一緒にセレストはパン作りを行った。賑やかな雰囲気にフェルナンの表情に固さがなくなってきたのをセレストは知る。
 そして空いたわずかな時間を使って読み書きを教えた。
 フェルナンにはまず自分の名前の書き方。そして簡単な数の数え方だ。この二つを知っているか、そうでないかだけで人生はかなり変わる。これをきっかけにして勉学に励むのならより喜ばしい結果に繋がるかも知れない。
 セレストはフェルナンを見守った。

 セレストが教会にいた頃、カイオンはパリの街中を奔走していた。ラシュディアからフェルナンが理髪師に興味があると聞いたからだ。
 ラシュディアも違う地域で奔走しているはずだ。二人で手分けしてフェルナンを雇ってくれそうな理髪店を探していたのだ。
 最初は比較的雇ってもらいやすい出荷関係がいいとカイオンは考えた。しかし、本人に望む職があるのなら叶えてやりたい。誰かの弟子になり、真面目に修行を積めば充分理髪師になれる。まだ少年のフェルナンには可能性が詰まっているはずなのだとフェルナンは心の中で呟く。
 理髪関係のギルドを回り、パリにあるいくつかの店を教えてもらう。
 見ず知らずの店に押し掛け、本人もおらず、いきなり雇ってやってくれといっても断られるのがオチだ。
 まずは理髪店の店主の人柄をさりげなく聞き回るカイオンであった。

●母
「フェルナンは‥‥、何か人様に迷惑をかけるような事をしていたのではありませんか?」
 四日目、ベットに横たわるフェルナンの母親がカラットに訊ねた。フェルナンはすでに教会の奉仕をしに出かけていた。
「そんな事はないですよ‥‥。冷めちゃいます。お食事食べて下さいね」
 セレストから借りたアスクレピオスの杖を身につけたカラットが、フェルナンの母親にスープの深皿をそっと手渡した。
 カラットが摘んできた薬草が入った薬膳スープである。
「食べると胃に染み込むような感じ‥‥。ハーブを入れたお湯で温めてもらったら、関節の痛みも和らいだし、ありがとうカラットさん」
「早く元気になってくださいね。フェルナン君もがんばってますから」
 カラットは似顔でフェルナンの母親の肩にショールをかける。お湯に使ったハーブの束はセレストからもらったものであった。
 カラットはフェルナンの母親に内職をすすめようと考えていた。セレストとも相談していたのだが、看病しているうちに無理だとわかる。
 思っていたより、フェルナンの母親の病状は重い。栄養不足が主な原因だと思われるが、医者ではないカラットに詳しい事はわからない。家庭医療の範囲ではないようだ。
 仲間に相談しようと考えるカラットであった。

●そして
 五日目の夕方、フェルナンの家に医者が訪れて母親を診断する。
 セレストが教会へ寄付するつもりのお金の一部を医療代にしたのである。フェルナンと母親には内緒であった。
 母親の体調は悪いが、栄養と薬を飲み続ければ治るだろうと医者は判断をした。冒険者とフェルナンは一安心する。
 カイオンはお金を貸す用意もあったが、それまでしてもらうとまたダメになりそうだといってフェルナンが断った。フェルナンの心意気をカイオンは喜んだ。
「雇ってくれそうな理髪店を見つけた。店主はちゃんと事情をわかっているから、理不尽な理由で解雇される事はないはずだよ」
「俺も一緒に探したんだぞ。よかったな。フェルナン」
 カイオンとラシュディアが、見上げるフェルナンに話しかける。
「ほんと? ほんとに!」
 フェルナンは瞳を輝かせる。先程、ピュール助祭から身元引き受けの証書を司教に頼めるがどうすると訊ねられたばかりであった。
「よかったですね」
「うん!」
 カラットは喜ぶフェルナンと両手で握手した。
「えっとさ‥‥、見ず知らずの俺なんかの為にさ‥‥、いろいろしてくれてありがとう。なんか恩返ししたいんだけど、今はなんにもできないんだ‥‥」
「気にしないで立派な理髪師になりなさい。時間があるときは教会の奉仕も忘れずにね」
 セレストがフェルナンに優しく言葉をかけた。
 しばらく話した後、冒険者達はフェルナンの家を後にした。
「たぶん、同じような境遇の子はパリ中に大勢いるんだろうけど、すくなくとも目の前の子を助けたいと思うのは間違いではなかったと思う。世の中は厳しい。受け入れてくれそうな理髪店探しをしている時、噂だけでフェルナンを判断する奴もいたよ。そうじゃないっていってやったがね」
 ラシュディアは一瞬振り返って、遠くでまだ手を振っているフェルナンを眺めた。
「‥‥小さな家族があって、苦しくても必死でその場所を守ろうとしてるんですよね」
 カラットも振り返る。スリを止めて、理髪師の道をすすもうとするフェルナンを心の中で祝福する為に。
「僕もガキの頃から親いなくて生きるのに必死だったけど楽器だけで生きてこれたし。気合いがあればフェルナンも大丈夫だ」
 カイオンは別れの挨拶として三味線を少しだけ弾いた。
「知り合いの肉屋にガチョウの取り置きを頼んだことも伝えておいたし、楽しい聖夜祭を過ごせるはず。それから先はフェルナン君のがんばり次第ね」
 セレストは夕日に染まる世界で振り返る。すでにフェルナンの姿は見えないが、フェルナンの家の煙突から立ち上る煙を見て頷くのだった。