●リプレイ本文
●準備
「これと、これ。あ、こちらも頂けるかしら?」
セレスト・グラン・クリュ(eb3537)は次々と食材を買い付けていった。それに比例してアリスティドの視界が抱える荷物で遮られてゆく。
一日目の朝、集まったほとんどの者はまず市場を訪れていた。必要な食材や材料を買い入れる為だ。
一人だけいないアニエス・グラン・クリュ(eb2949)はフライングブルームでちょっとお届け物の最中である。
「わたしが運びますよ。デュカスさん」
壬護蒼樹(ea8341)はデュカスが運んでいた荷物を軽々と持ち上げて馬車に載せる。
「さすが力持ちですね。よろしくお願いします」
デュカスと壬護は握手を交わす。
「デュカスさんなら豚飼育の出資はどうしたらいいか知っていますよね?」
「それならシーナさんに相談した方がいいと思いますよ。責任者という訳ではありませんが、仲介という立場上すべての情報の中心にいますので。きっとまだ受け付けているとは思います」
デュカスは壬護の相談に笑顔で答える。そして馬車内に乗り込んだ。
「すみません。片付けさせてしまって」
「いいの、いいの。やっぱりぃ、こういう依頼の方がぁ、私には向いてるなぁん。なんて思っちゃったりしながら、やってるしぃ」
エリー・エル(ea5970)は次々と運ばれてくる荷物を馬車後部へ崩れないように積み重ねていた。食材にはピュアリファイをかけて、もしもの腐敗を無くしておく。
「すみませんです‥‥。遅れ‥ましたです〜」
走ってきたシーナが馬車に寄りかかって息を切らす。ギルドでの仕事を一つ忘れたようで、急いで片づけてきたのだ。
「はい、これをどうぞ。シーナで最後かな。手洗いにでも使って下さいね」
「ありがと‥なのです☆ ‥‥なんですこれは?」
セレストと一緒に戻ってきたアリスティドがシーナにハーブの束を渡す。手洗い用の脂の臭い消しだと説明されて納得するシーナであった。
「シルバーリースはこれで届くだろうから、次はピュール助祭と‥‥」
フライングブルームで上空の風を切るアニエスは聖夜祭にまつわる贈り物を届けていた。
貧民街の教会を訪れ、ピュール助祭にヒイラギのリースを手渡す。子供達が喜ぶとピュール助祭はアニエスに感謝された。
次はマホーニ助祭が所属する別教会である。預言に関連する依頼を出した方で、アニエスも参加した事があった。
ヒイラギのリースをもらい喜んだマホーニ助祭は、アニエスを教会内まで誘う。そして二人でジーザスの像に祈りを捧げるのだった。
シーナによれば23日にはパリへ戻って来る予定だ。25日に残る贈り物は届ける事とし、アニエスは仲間がいる市場へと戻っていた。
●道中
「えっと、どのくらいのブタさんが産まれるのか、今一わからないのです‥‥。なので、お預かりはこれぐらいにしてよろしいですか?」
デュカスが御者をする馬車に揺られながら、シーナはセレストに答えた。壬護がブタ飼育オーナーに名乗りをあげるのと同じく、セレストも出資してくれた。ただその金額が大きかったので少なくしてもらったのである。
シーナは壬護から10G、セレストから20Gを預かる。どちらも来年始めに産まれるであろうコブタに向けての出資である。実際に受け取れるのはかなり先になるはずだ。
「来年の秋頃とか美味しいお肉が食べれるかなぁ‥‥」
壬護は前髪の隙間から透き通った空を見上げてた。順調ならその頃にはまんまるに育っているらしい。
「ええ、弟のフェルナールも木工に関してはかなりの腕ですよ。馬車を作ったり、水車小屋まで手がけましたし。アニエスさんと協力すれば、すぐですよ」
「それではエテルネル村に到着次第、さっそく作ろうと思います」
アニエスはデュカスに腸詰めにする際の道具について相談をした。木製で筒状の細い器具があれば、作業が簡単になるからだ。
「がんばってねぇん。バウバウ」
エリーはペンギンのペンペンを抱きかかえながら、馬車を牽く愛馬のバウバウに声をかける。セレストの愛馬ダビデも馬車牽きを手伝ってくれる。馬車は余力のおかげで安定して旅路を進む。
一行の馬車は予定通り、三日目の昼頃にエテルネル村へ到着するのだった。
●エテルネル村
到着してから午後は準備で忙しかった。
アニエスはフェルナールと腸詰めの道具を作り上げる。
そして薫製用の大きめの箱も用意した。アニエスの身長より高い木箱だ。
空いている小屋を薫製用に作り替えようとも考えたが、今のところはそこまでの大規模な設備は必要ない。そこで簡易ではあるが薫製用の箱を作り上げたのだ。中には曲げた釘を用意してソーセージを吊せるようにしてある。
エテルネル村の近くには森があり、たくさんの薪も用意されていた。アニエスはその中から薫製したときによい香りとなる木材を選りすぐり、細かくチップ状にしておく。
壬護はデュカスと一緒に買い込んできた物を運び込み、そして大鍋などの設置準備を行う。大鍋と薫製の大箱は外だが、その他の作業は冒険者の宿泊用家屋だ。
デュカスの他にワンバも手伝ってくれたが、大抵の物は壬護一人でなんとかなってしまう。デュカスとワンバは壬護の力持ちにしきりと感心した。
「綺麗綺麗ねぇん」
エリーとセレストは調理道具類を洗い、仕上げにピュアリファイで清潔にしておいた。育っている香草も使えるかどうか確認される。不足となるものはなかった。
シーナは手が空いた壬護と一緒に水運びをする。家屋にある大きな水瓶を一杯に満たしておく。
その夜、アニエスは母のセレストに内緒でエテルネル村近くの森に入る。小屋が見える場所までなら近づいてもいいとデュカスに許可をもらっていた。
生きるというのは残酷だと有史以前から考えた者はたくさんいたはずだ。例えそれがもの言わぬ植物であろうとも他の命を奪わなければ、人や多くの生き物は生きてはいけない。
アニエスはデュカスに頼んだのだ。豚の断末魔の鳴き声を聴きたいと。
悪趣味だと思われないようにエリファス・ブロリアというデビルに加担した領主の話をする。依頼でアニエスはエリファスと接触したのだが、彼の行動と言葉、そして処刑された事に対しての疑問が未だわだかまりとして残っていた。
死に往くモノの叫びを魂に刻めば何かがわかるのではないかとアニエスは考えたが、体験しても結局変わらず、そして何もわからない。
母のセレストにばれないように、こっそりとアニエスは家屋に戻った。
●ソーセージ作り
「それじゃ、私も下ごしらえでも手伝おうかなぁん」
四日目、ソーセージ作りが始まると一番の大張り切りはエリーであった。
一番調理に詳しいセレストが作業の手順を説明し、仕事を振り分ける。
昨日の道具類と同じく、エリーとセレストが肉と腸をピュアリファイで浄化させた。
セレストは大蒜と玉葱を微塵切りにし、あっという間に仕込みを行う。
実際に食材を混ぜてもらうのはエリーとシーナに任された。
「こんなものでしょ。脂が溶け出さぬように気をつけてね」
セレストは肉と背脂、香草や香辛料、微塵切りの割合を教えながらやってみせた。二人は見よう見まねで作業を開始する。
「結構‥‥大変なので‥す‥‥」
「そうねぇん。冷たいしぃ。難しいねぇん」
シーナとエリーは窓が明け放れた部屋で手を冷水で冷やしながら作業する。
「そうだぁ、アニエス君、後で腸詰もやらせてねぇん。‥‥どうかしたのぉん?」
エリーが話しかけても腸詰め役のアニエスはうつむいたまま黙っていた。一緒に作業をする予定のフェルナールが代わりにエリーへよい返事をする。
「どうかしたの?」
落ち込んでいる様子のアニエスをセレストは軽く抱擁しながら訊ねるが返事はない。
「顔を洗うといいわ。すっきりとするわよ」
「はい‥‥」
アニエスはセレストにいわれた通り、外の用水路に出かけた。
「いいねぇん親子ってぇん。私もぉ、子供がいるんだけどぉ、ずっと生き別れになってぇ、最近会ったんだけどぉ、ノリが悪いんだよぇん。最近はぁ、会ってないしねぇん」
「そうなんですか〜。いろいろとあるんでですね」
エリーは家屋を出てゆくアニエスを視線で追った後、シーナに頷きながら喋る。そしてつい最近ローマから戻ってきた事を告げてパリ事情について訊ねた。
シーナは一番大きな出来事として、ノストラダムスの七月の預言について話す。デビルや貴族、オーガなどのモンスターがまとめてパリを襲ったのだ。ブランシュ騎士団を始めとする王宮騎士団や、冒険者達の活躍によって危機は免れて今に至る。
残念ながらノストラダムスは逃亡中。裏で操っていたと思われるデビル、アガリアレプトも倒されてはいない。
エリーとシーナによる材料捏ねの第一弾が終わり、フェルナールと戻ってきたアニエスに渡された。
ペーストを木製の口付きの清潔な布袋に入れる。木製の口に反対側を結んだ腸を取り付けて布袋を圧すとスルスルと入ってゆく。その様子は観ているだけでもとても楽しくなるような光景だ。
一定間隔にくるくるっと回して捻って区切りを作る。そしてソーセージが繋がったものが出来上がった。
「ごほっ、ごほっ。これでいいはずです」
壬護は家屋のすぐ側の外で薫製の用意をしていた。
壬護はソーセージの束をアニエスから受け取ると箱の中の鈎に引っ掛ける。箱の蓋を閉めて、チップの煙が箱の中に入るように板を取り外した。煙が箱の中を通ってから空に立ちのぼる。
「なんだか‥‥美味しそうな感じが‥‥」
薪割りをしながら待つ壬護の手が止まる。燻されてゆくソーセージを想像すると口の中に唾が溜まってきた。
壬護は首を振って雑念を振り払う。
小一時間の薫製が終わると、壬護はソーセージをワンバに任せた。ワンバがデュカスが管理する大鍋にソーセージの束を入れる。沸騰状態から、何本か大きめの薪を外して火力を弱めて茹であげてゆく。
引き揚げられて、ソーセージの出来上がりだ。
作業は夕方まで続けられた。
「美味しそうだよぉん」
エリーは最後まで自分が手をかけたゴツゴツした感じの繋がったソーセージを作り上げ、満足そうに夕日の中でペンペンと一緒に頷いた。
●パリへ
五日目も昨日と同じ作業が去れ、予定分のソーセージが出来上がる。
六日目の朝、一行はエテルネル村を出発する。
デュカスの他にアイスコフィンが使える村人も一緒だ。パリに行くついでに今回のお肉やソーセージを出資者に分配する予定である。
一行は七日目の夕方にパリへ戻った。
八日目になり、シーナは踊るようにジョワーズ・パリ支店を訪れた。
「お待たせしましたです〜♪」
予約された個室にはすでに冒険者達が集まっていた。デュカスの姿もある。ソーセージと豚肉は調理人達に任されて調理されることになっていた。
「お待ちどうさまです」
アニエスが調理場の隅を借りて腕を振るって作り上げた、肉と野菜を煮込んでアク取りをしたスープで味付けをしたキャベツ料理である。
「命あるものから、命をもらうのです〜。感謝して食べなければいけませんのです。お肉さん、ありがとうなのです〜」
シーナの言葉をセレストが噛みしめる。まったく同じではないが、似た事を考えていたセレストであった。
「美味しいです。モグモグ――」
壬護の食欲は凄まじい。彼なりに抑えてはいたのだが、それでも普通の者の三倍だ。タダ券を持つ彼がその気になれば、ジョワーズ・パリ支店は倒産するに違いない。
茹でられたソーセージにカラシをつけて頂いてみる。
「やっぱりぃ、自分で作ったのはぁ、格別だよぇん」
エリーはペンペンにお裾分けしながらソーセージを頂く。
「アニエス、美味しいわよ」
キャベツ料理をセレストに褒められるとアニエスはとても嬉しそうな顔をした。
「ところで、デュカスさん、あたしは助産婦なのよ。実はね――」
セレストは忘れていた事を思いだし、デュカスに小声で話しかけた。
「そうですか。ぼくの妻は元々身体が弱いのです。いつ変調をきたすか心配で‥‥。薬を村のお医者様に頼んだりした事もあります。もしも子宝なら、その時はお願いしますが‥‥、そうではないでしょう」
デュカスはセレストに丁寧に答える。ふと、セレストはこの間の貧民街の子供と母親の事を思いだした。
さらにいろいろと手の込んだソーセージ料理がテーブルに並んでゆく。ジョワーズ名物のチーズと豚肉が合わさった料理。ソーセージと豆の煮込み料理。様々なレパートリーが披露される。
「ほっぺたおちそうです☆ 勝負なのですよ〜」
「リンゴの時を思いだしますね。いいですよ。受けて立ちましょう」
シーナは満面の笑みを浮かべながら、無謀にも壬護に勝負を挑んだ。もちろんすぐにシーナの負けが決まった。
ワインと共に食事がすすむ。深夜前にアニエスは愛犬のマルコを連れて住処へと戻った。聖ニコラスがプレゼントを持ってきてくれるので帰るといって。
その後でセレストの告白があり、全員で祈りを捧げる。今日は24日降誕祭であった。
●その後
デュカスは別れ際にたいまつを冒険者達に手渡す。
大したものではないが、デュカスは心を込めていた。心の暗闇の中でも、迷わずに照らして進んで欲しいという願いを。
残る二日の間にデュカスとシーナは出資者関係を回った。
現金がいい方には市場で現金に変えてから渡す。豚肉やソーセージでいい方にはそのまま手渡した。
セレストは教会で長い時間を過ごしたようだ。
アニエスはちびブラ団の分隊長の家を回る途中で固まる。
比喩ではなく、本当に固まった。なぜならばそこには馬に跨るラルフ黒分隊長の姿があったからだ。
「たまたまこの辺りを立ち寄ったので、ちびブラ団がどうしてるかと思ってね。そうしたら、アニエスさんと会えるとは」
ラルフ黒分隊長は馬から降りてアニエスに近寄る。
「えっと、はい!」
我に返ったアニエスはラルフ黒分隊長としばらく立ち話をするのだった。