●リプレイ本文
●直前の準備
「一足先にいってくるねぇ〜。何かわかったら手紙送るからさ。できる限り頑張ってみるっ」
二日目の朝、帆船の甲板からエル・サーディミスト(ea1743)はフライングブルームで大空に飛び立った。
「頼んだぜ」
ロート・クロニクル(ea9519)が飛んでゆくエルに手を振る。
「さてと、エメラルドに変装の化粧を頼もうか」
船内に戻ったロートはエメラルド・シルフィユ(eb7983)が使っている船室のドアをノックした。エルは先にルーアンへ向かったが、帆船が入港するには後半日を要する。その間にロートは学者として向かう為の変装を行うつもりでいた。
「すまないが、ちょっと待っていてくれ」
エメラルドがドアを開けてロートを部屋に入れる。既にシルフィリア・ユピオーク(eb3525)も訪れていて、二人がかりで井伊貴政(ea8384)を変身させている最中であった。
ロートはしばらく待ち、化粧を施してもらうのだった。
昼頃、帆船はルーアンへ入港する。船に乗っていた冒険者達はトレランツ本社へと向かった。
「エルさんは許可をあげたらセイレーンのところにすっ飛んでいったよ。ところでどんな感じで調べるつもりなんだい?」
社長室にはカルメン社長とゲドゥル秘書が待っていた。冒険者達は予定の行動と作戦を説明する。
「なるほど。ちゃんと考えられて来られたのですね。こちらもそれなりの用意をさせてもらいます。酒代と宿泊代はこちらで持たせてもらいますので」
ゲドゥル秘書は港町滞在中にかかった費用を持つと冒険者と約束した。
冒険者達は港へと戻り、帆船に乗り込む。
一度セーヌ川の上流に向かい、そこから小舟でフレデリック領内に入る事となる。
パリで情報を仕入れてくれたり、一緒に考えてくれた仲間もいた。彼、彼女らの為にもがんばろうと冒険者達は気合いを入れる。
ほとんどの冒険者はフレデリック領内にあるグラシュー海運の存在する港町『バンゲル』へと向かうのだった。
●港町
「募金をお願いします〜。聖なる夜が訪れる前に、すべての人に幸せを〜」
三日目、港町バンゲルの路上に声が響く。
募金活動を行うまるごとトナカイさんを着込んだ護堂熊夫(eb1964)であった。付け髭にカツラと元の姿とはかけ離れた格好だ。
空は曇り、今にも雨が降りそうな天気なのは護堂が使ったウェザーコントロールのせいである。黄桜喜八(eb5347)に頼まれたのだ。音、匂い、気配を隠す為だと黄桜はいっていた。
思っていたより、港町バンゲルの治安は悪くない。たまにケンカを見かけるが、それぐらいは荒くれ者が多い船乗りが集まる場所では普通である。
「募金ありがとうござます。あの――」
護堂は募金してくれた人にそれとなく町に流れる噂を訊いてみるのだった。
「あまり目立つとよ‥‥いろいろと大変なんでな‥‥」
黄桜はセーヌ川に浮かぶ帆船に残って仲間からの情報が届くのを待っていた。今回連れてきたペットはケルピーのタダシと、陽のフェアリーのりっちーである。
「待っているのも結構つらいよね」
黄桜にフランシスカが声をかける。護堂の要請もあってアクセルと一緒に帆船を護る役についていたのだ。
黄桜はフライングブルームを用意して潜入の時を待ち続けるのだった。
「そうか。それじゃあ、仕方ねぇな」
グラシュー海運本社からファイゼル・ヴァッファー(ea2554)は出てゆく。
用心棒として雇って欲しいと乗り込んだものの、間に合っていると断られてしまった。一般の船乗りとしてならいつでも募集中なのだそうだ。
どのみち雇ってくれるかを試してみただけなので立ち去った。ファイゼルは本命となる酒場での聞き込みに向かう。
酒場に入ると壁には似顔絵付きの賞金首の貼り紙が貼られていた。失敗をするとここに自分も貼りだされるのかと思いながらファイゼルはテーブルにつく。
「いらっしゃいませー。ご注文はどーしますか?」
間もなく井伊が注文を取りにくる。酒場に雇ってもらえたようである。
「お、さまになっているね。んじゃ、憂さ晴らしに‥‥いや、適当に酒を持ってきてくれよ。周囲に奢りながら訊き回るんでよろしくな」
「かしこまりました〜。‥‥エメラルドさんとシルフィリアさんへの注意もお願いしますね」
井伊は最後に小声でファイゼルに話しかけるとトレイを手に炊事場に戻ってゆく。
ファイゼルが横目でチラリと眺めると、エメラルドとシルフィリアが男二人を引っ掛けている最中であった。
「へぇ〜知らない会社だけど、そんなに羽振りが良いのかい?」
シルフィリアは男達へ酒を注いだ。二人とも顔立ちが整ったかなりの美形男性である。狙った通り、グラシュー海運の本社付きの社員達だ。
「いやまあ、なんとなくな。この界隈じゃ一、二の海運会社だ。知らないのかい?」
「先日の月道でジャパンから戻ったばかりでねぇ〜」
「そうなんだ。そっちのお嬢さんはどうしたのかい? お酒もすすんでいないし」
「あ、この娘は普段からおとなしくてね」
シルフィリアと話していた男性社員が、エメラルドに酒が注がれたカップを手渡す。
「あ、ありがとうございます」
真っ赤なスカーレットドレスを身に纏ったエメラルドが軽くカップに口をつける。
ナンパの知識をそれなりに持つエメラルドだが、見ず知らずの相手は苦手のようだ。もっとも、うぶな女性を喜ぶ男も多い。エメラルドもちゃんと男性社員の興味を惹いていた。
「これお店からのプレゼントですー。料金は頂きませんので、ごゆっくりおくつろぎ下さいねー」
男性社員がエメラルドに近寄ろうとした時に、井伊が料理をテーブルに置いて邪魔をする。ノッているシルフィリアはともかく、エメラルドは嫌がっているのでフォローを入れた井伊であった。
「将来性のある色男ばかりなんて‥本当、惚れちゃいそうだよ」
シルフィリアは男性社員の一人の肩に手を乗せて寄りかかってみせた。
「あんた、何してるだい?」
老婆がロートに声をかける。どうやらキョロキョロと周囲を眺めてはメモをとっている様子が気になったようだ。
「あぁ、俺、こんなナリでも一応学者なんだぜー」
「学者? 町を眺めて何かわかるのかい?」
「人や物の流れと金の流れは、切っても切れねぇ関係にある。けど、金さえあれば全部いいようにカタがつくってわけでもねぇ」
「わしゃ、眠れる場所があって、服が着られて、腹が膨れればそれでいいと思うけどねぇ」
「みんながそうなる為にも、バランスが重要なのさ」
「まあ、あんまり変わったことをしていると、目をつけられるから気を付けなされ。そうなってからでは遅いぞ」
老婆は杖をつきながら去ってゆく。
グラシュー海運は流通。そして武器商人のメテオスが行うのが販売。間接的ながらロートが行う研究と関係はあった。
ロートは引き続き調査を行うのだった。
「お願いします。どうか雇って下さい」
コルリス・フェネストラ(eb9459)は港町にある代書人の寄り合いで仕事が欲しいと頼み続けていた。
「そうはいっても、さすがにまったく読み書きできないんじゃ話にならないんだよ‥‥。ここがどこだかわかっているよね? 代書人の寄り合いなんだ。他の代書人の下につくといってもね‥‥」
長く問答が続き、ついには寄り合いからコルリスは追いだされる。話術や賄賂を駆使したが相手にされなかった。
コルリスはゲルマン語の読み書きは達者だ。身の保全と重要書類への接触がしやすいように、文字を読めないことにして潜り込もうとしたのが裏目に出た。
文字が読めなければ、書類の整理すら頼めないからだ。さすがに文字の読み書きから教えるつもりで雇う者はいなかった。
「少しだけ出来る程度にしておいた方がよかったかも‥‥。ちょっと考えすぎたようです‥‥」
コルリスはもう一度作戦を考え直すのであった。
「許可、ありがとうございます。商売をがんばらせてもらいますね」
クァイ・エーフォメンス(eb7692)は鍛冶屋の寄り合いに顔を出し、町での商売を許可してもらう。
特別なお金などは必要なかったが、こういうのは話を通しておかないと後々面倒な事になるからだ。
「あれ? コルリス、どうかしたの?」
寄り合いの建物から出ると、コルリスの姿がある。すでにコルリスからは商売の真似事をする為、ライトスピアや日本刀「霞刀」を借り済みだ。互いにトレランツに用意してもらった小舟もセーヌ川の畔に隠してあり、特に用はないはずであった。
「実は――」
コルリスはクァイに事情を話す。
「わかったわ。一緒に来てね」
クァイはコルリスを連れてもう一度鍛冶屋の寄り合いの建物に入った。コルリスをしばらく鍛冶屋の寄り合いで使って欲しいと頼む為だ。
数日間で姿を消すつもりなので、代書人の寄り合いでのやり取りがばれる事はないはずだ。少しは読み書きが出来ると伝え、今度こそ雇ってもらえる事になった。
クァイはコルリスと別れると、鍛冶修理と販売買い取りをする為に町の中心部へと向かうのだった。
「あ、これ。コルリスから差し入れだって。コルリス、解る?」
ルーアンの東にある倉庫でエルはセイレーンのエレンと話をしていた。特に猿ぐつわを咬ませる訳でもなく極普通に。
「ちょっとね。深刻な事態になっているんだ。エレンは信じてるから話すけど‥‥グラシュー海運が闇の組織と繋がっているっていう証拠を探したいんだ。何か知ってたら話してくれないかな」
エレンはエルの言葉を聞いていたが表情を変えずにいた。
「繋がり方と関係がはっきりすれば、事と次第によっては‥‥シャラーノが犯した人間としての『罪』は軽くなるかもしれないんだよ」
「関係ない。シャラーノなどがどうなっても。人への恨みを晴らす為に利用していただけだ」
「そんな哀しい事はいわないで‥‥。エレン」
エルはエレンを見つめ続ける。
「ガルセリア・トゥーノス‥‥」
エレンが呟く。
「ガルセリアという人物をシャラーノは探していた。裏の組織が具体的にどういうものかは知らない。ただシャラーノが関係する組織が血眼になって探しているというのを耳にした事がある」
「ありがとう〜♪」
エルはエレンをギュッと抱きしめてお礼をいうのだった。
●潜入
五日目、仲間からの情報が集まったようなので、黄桜は港町バンゲルを訪れる。
全員が同じ宿に部屋を借りていた。宿の者にもわからないように、秘密裏に集まって会議を行う。
わかったのは次のような事だ。
グラシュー海運は新興の組織にも関わらず、海運業者の寄り合いを仕切っている。
領内の会社ではないのに関わらず、鍛冶関連の寄り合いはメテオスが仕切っている。
酒場の噂では領主のフレデリック・ゼルマは何かを企んでいるという。もっともそれが何かかは具体的に示されていない。
港町バンゲルを含む周辺の商業は非常にいびつな状況である。輸入を主として大量に買い付けているが、その資金の出所が確かではない。そして輸入されたものが消費された形跡は見あたらない。
この港町バンゲルの各職業の寄り合い同士は結束が強い。上層部の繋がりが強く、別組織が作られている。
エルから届いた情報としては『ガルセリア・トゥーノス』という人物をシャラーノが捜しているという。
特に寄り合い上層部が作る組織に冒険者達の興味が沸いた。それこそが闇の組織なのではないかと。
名前すらわからない組織だが、寄り合いの上層部が集まる屋敷は判明していた。
その屋敷への潜入が決まり、夜を待って行動が開始された。
護堂がテレスコープとエックスレイビジョンで屋敷内の様子を探り、黄桜とシルフィリアに伝えた。そして曇りであった天気を雨へと変える。
黄桜がシルフィリアとともにフライングブルームへ跨り、屋根へと静かに降りた。
雨の夜は静かで人通りも少ない。
屋根の一部を剥がして、二人で屋敷内への侵入に成功する。雨に濡れた身体を拭うと屋敷内を徘徊した。
警戒は黄桜の役目。何か証拠になりそうなモノを探すのはシルフィリアの役目であった。
黄桜は立ち止まってはパラのマントを使って姿を消し、屋敷の者をやり過ごす。シルフィリアはスクロールのインビジブルで透明化して姿を消した。
(「オリソートフ?」)
ある部屋のドアにゲルマン語で刻まれた文字を黄桜は黙読する。
部屋の中に誰もいないのを確かめてから、黄桜は連れてきたフェアリーのりっちーに光球を作りだしてもらう。そしてシルフィリアに渡した。
黄桜は廊下でパラのマントで姿を消しながら警戒をする。一組の男達がランタンを手にして歩いてきた。
黄桜はいつでも動けるように覚悟を決める。
幸いに男達はシルフィリアが入った部屋をそのまま通り過ぎた。シルフィリアが羊皮紙を綴じた束を手に戻ってくると、すぐに屋敷を脱出する。
すべてが成功したかに思えたが、フライングブルームで屋根から飛び立った時、庭にいた犬に吠えられた。
近くに人はいなかった。セーヌ川上空まで行くと黄桜は飛び込み、タダシと一緒に帆船へと向かった。シルフィリアは遠回りをしながらフレデリック領を脱出するのだった。
●トレランツ
「これかい。手に入れた品物は」
七日目、冒険者達はトレランツ本社の社長室でカルメン社長とゲドゥル秘書に報告を行っていた。
羊皮紙を綴じた束にはゲルマン語の文字でいろいろと書かれていたが、意味がわからない。どうやら暗号文のようである。ただ、読み解ける部分が一個所だけあった。最後に記されていた『ガルセリア・トゥーノス』のサインである。
奇しくもエレンが教えてくれたシャラーノが捜している人物と同じ名前である。まず同一人物に違いない。
断定は出来ないが、どうやら闇の組織とはフレデリック領内の職業寄り合い上層部が集まる『オリソートフ』という組織のようだ。
大した戦闘もなく調査は終了した。だがオリソートフには羊皮紙を綴じた束を盗られた事に気づかれたようだ。二人が潜入した翌日の港町には人捜しをする者達で溢れていた。
もっとも誰も賞金首にはならないだろう。
港町に残っていた冒険者達も見つかることなく、隠された小舟で無事ルーアンへ帰還したのだから。
「今回の事はラルフ領主様にも伝えておく。そういう情報はブランシュ騎士団黒分隊長でもあるラルフ領主様の方が詳しいだろうしね」
カルメン社長は羊皮紙を綴じた束の写しを作り、本物はラルフに渡すつもりのようだ。
「まったくわからなかった闇の組織だったが、ぼんやりと輪郭だけは見えてきたね。助かったよ」
カルメン社長が礼をいうと、ゲドゥル秘書が追加謝礼金を冒険者達に手渡す。
エルによるとエレナは興奮状態でとても話せる状態ではないという。集めた募金を護堂はギルド経由で募金するつもりである。
昼になり、冒険者達は帆船に乗り込んだ。八日目の夕方にはパリの船着き場へ入港する予定であった。