●リプレイ本文
●準備
一日目、集まった冒険者達は依頼人のボーテと一緒に明王院月与(eb3600)の棲家を訪れていた。
「どうしようかな‥‥」
レア・クラウス(eb8226)は馬車内を眺めて腰に手を当てる。依頼書にあった通り、これでもかという感じで食材が積み込まれていたのだ。
「レア、これは俺に任せろ」
ベイン・ヴァル(ea1987)がひょいっと小麦粉の入った袋を肩に担ぐ。そして明王院の棲家へと運び入れる。
レアは荷物運びをベインに任せて、室内でケーキ作りを手伝うことにした。
「これはがんばってやらないいけないね」
明王院は棲家に次々と運ばれてくる食材を見渡した。どんどんと堆く積まれてゆく。初日の手伝いに来てくれたチサトが看板作りをしてくれるし、がんばらねばと気合いを入れる。
「それでは行って来ますね。貧民街にあるどこかの教会に頼んでみます。配布場所を借りるつもりでいます」
「エルディンお兄ちゃん、ちょっと待って。これも持っていってね」
エルディン・アトワイト(ec0290)が愛馬アンで出かけようとしたところ、明王院に呼び止められる。渡されたのは寄付金20Gであった。エルディンも30Gを寄付して教会で炊き出しをしてもらうつもりである。炊き出しで人集めをしてもらって、その上でケーキを配布しようと考えていた。
エルディンは明王院からの寄付を預かり、愛馬で出かけていった。
「レアお姉ちゃん、ちょっと留守番をお願いするわね」
「任せておいてー。整理しておくから」
明王院は両手を合わせてレアに留守をお願いする。
依頼人のボーテには馬車が空いたらジョワーズ・パリ支店に来て欲しいと頼んで明王院も出かけるのだった。
「重ねても形が崩れない様に、手から手に配り易い様にクッキーを土台にしようと考えているんだけど、配合や作る段取りはこれで平気かな?」
「アイデアはいいですね」
明王院が訪れたのはシュクレ堂。パンと焼き菓子のお店である。職人である店主のオジフに相談をしていた。
「誰でも同じ厚み、同じ大きさに作れるように、平らに伸ばした生地を小皿を当てて丸く切って、縁に短冊状に切った生地を付けてちょっと深めの小皿型にしようと思ってるの」
「それでもいいですが、数を作るならもう少し簡略化しないと大変ですよ。少しだけ生地を堅めに作れば型くずれもしませんし」
明王院はオジフからアドバイスをもらうのだった。
「とても助かります。これで足りますか? 当日は私も手伝います」
エルディンは貧民街の教会を訪問して依頼に関わる相談をする。24、25日の炊き出しをお願いし、チーズケーキの配布許可を得た。
「聖夜祭なので周囲の方々も喜んでもらえるでしょう。先程私どもの司教から許可も得ましたし、こちらこそありがとうございます」
応対してくれたピュール助祭がエルディンに深くお礼をいった。
エルディンは無事に済んでほっと胸を撫で下ろす。
「今までにも炊き出しをした事があると思いますが、その時はどんな感じでしたか?」
「そうですね。大体――」
エルディンは炊き出しをした場合にどれくらいの人数が来るのかをピュール助祭に訊ねた。チーズケーキが足りなくなる事がないようにしなければならないからだ。
別れ際、エルディンとピュール助祭はセーラ神に祈りを捧げた。
「こんなものでいいだろう」
ベインは馬車から荷物を運び終わって一息をつく。
「ごくろうさま。お水をどうぞ」
レアが水の入ったカップをベインに手渡す。
「それでは馬車が空いたようなので、俺はちょっと出てくるよ」
ボーテが帽子を被って出かけていった。間もなく馬車は走りだす音が聞こえ、そして遠ざかってゆく。
「料理は苦手なのよねー。手伝えることがあったらいいんだけど。味見係なら大歓迎だわ」
「味見以外にも、きっとたくさんあるぞ。これだけの量だからな」
二人はあらためて明王院の棲家に運ばれた食材を眺める。確実に商売が出来る程の量が佇んでいた。
「本格的な調理は明日からになりそうだ。明日からの三日間でチーズケーキを作って、24、25日で配布だ」
「‥‥大変ね。今から目が回りそう」
ベインとレアはしばし仲間の帰りを待つことにした。
「チーズの事だったら、やっぱりジョワーズの料理人さんが一番詳しいと思って。あたいはこう言う配合で考えてみたんだけど‥このチーズの良さを引き出せるかな?」
明王院はコック長に相談をする。試食として少し持ってきたチーズを食べてもらい、意見をもらう。
コック長はそのままや少し熱を加えて食べてみる。
「チーズケーキにするのか。配分はそれでいい。作業の簡便化をはかる為に大きめの型で作って切ってはどうかな。切り分ける作業が必要になるが、いっぺんに焼けるし、運ぶのも楽だぞ」
コック長から意見をもらうと、明王院がお礼をいって外に出る。ちょうどボーテが馬車に乗ってやって来た。
明王院は馬車に乗り込む。そして足りない食材を手に入れる為に市場へ向かってもらうのだった。
●チーズケーキ作り
「これで万全です」
エルディンが調理場をピュアリファイで浄化する。最後にその場にいる全員の手もピュアリファイで浄化し終えた。
「それではまず――」
明王院の指示の元、チーズケーキ作りが始まる。
まずは器となる部分作りだ。
レアには材料の配分してもらう。明王院は器具を使って丁寧に割合を教えた。
ベインには生地を練ってもらう作業だ。たくさんのバターが入れられた小麦粉生地を練ってもらう。
明王院とエルディンは生地を受け取ると、バターを塗った皿の上に被せてゆく。それをボーテが暖めておいた窯へと入れて軽く焼いた。
皿から取り外して食べられる器の完成である。
ある程度の数が焼き上がると、今度は中身である。生地の器作りはレアとベインに任せ、中身作りは明王院とエルディンが行う。
湯煎で配合したチーズを柔らかくし、生クリームと混ぜてゆく。甘みとしてハチミツを適量入れる。たくさんは使えなかったが卵も混ぜ入れた。
生地の器に中身を流し込み、あらためて窯で焼かれる。
「やっぱり食べてみないとね。お兄ちゃん、お姉ちゃん達、集まってね」
明王院が一番最初に焼いたチーズケーキを冷ましてから切り分けた。
「おいしそうですね。実はさっきから味見してみたくて」
「私もなの」
エルディンとレアが嬉しそうにチーズケーキを口に運ぶ。
「これは皆さん喜びますよ」
エルディンは満面の笑みで感想を口にする。レアはぱくぱくと食べ続けた。
「こういうものか。なかなか美味いものだな」
せっかくの機会なのでベインも一口食べてみる。
「う〜ん。これでいいわね♪」
明王院も満足げである。
「村の連中にも食わしてやりたいところだ」
食べたボーテも喜んでいた。
気合いを入れ直した冒険者達はチーズケーキ作りに没頭した。
ベインは作らなければならない量に眩暈を感じていたが、奮起して力の限りを尽くす。まるで怪物と戦っている気分になってゆく。
レアは配分の前準備に余裕が出来ると窯の炎の番もした。その間にボーテが外で薪割りをする。
明王院は生地を皿に被せて生地作りや、中身の配合などを細かな部分を受け持つ。彼女のさじ加減一つでチーズケーキの味は変わってしまう。可能な限り、同じ味を目指した。
エルディンは明王院の側で、ひたすら湯煎したチーズと材料を混ぜてゆく。混ぜ棒を持つ右腕が痛くなり、今度は左腕と、結構な重労働である。ベインと同じく、料理とは体力であると痛感するエルディンだ。
あっという間に時は過ぎる。四日目の深夜に全てのチーズケーキは出来上がった。
明日五日目は24日の降誕祭。
明後日の聖誕祭までチーズケーキ配りの本番であった。
●チーズケーキ配布
「それでは行ってくるね」
五日目の朝、レアはチーズケーキを入れた袋をフライングブルームの先にぶら下げる。そして飛び立った。
配布する教会から離れた場所でレアは配るつもりでいた。大量に作ったとはいえ、あまりに噂が広まりすぎるのも考えものである。子供にチーズケーキをあげて、ある程度の目処がついたら、今度は教会近くでの占いや踊りをしながら宣伝をするつもりでいた。
「うわっ!」
レアが空から舞い降りると子供達が驚きの声をあげる。
「サンタクロース参上よ」
「嘘だぁ〜」
レアは明王院からサンタクロースハットを借りて被っていたが、子供達には信じてもらえなかった。どうみても伝承の太ったドワーフには見えないのだから、それは仕方がないことだ。
「これをあげるわ。特別なプレゼントよ」
レアは子供達にチーズケーキをあげる。子供達が一口食べて驚きと喜びの表情を浮かべると、すぐにフライングブルームで立ち去った。それを何度か繰り返すと袋の中は空になる。
「もう少しだけ遠くの子供達にあげようか♪」
レアは背中の袋から顔を出す黒猫に声をかけて、明王院の棲家に戻るのであった。
「これはすごいな」
ベインの呟きに仲間も同じ感想を持つ。
貧民街にある教会の小さな庭では多くの人でごった返していた。
すでに炊き出しが行われていたのである。
訪れた一同はさっそくピュール助祭に挨拶をして、場所を貸してもらう。
チサトが作ってくれた看板をベインが立てる。初日にチサトが宣伝で回ってくれたまるごと姿のイラスト入りだ。
「‥‥これ、もらっていいの?」
背伸びをして一人の子供が台の上を覗き込む。
「ええ、美味しいわよ。ほっぺた落ちちゃうから」
エンジェルドレスを着た天使姿の明王院が頷く。
「どうぞ。落とさないように」
エルディンがナイフで切り分けた一つを子供に手渡した。子供はさっそくチーズケーキにかじりつく。
「うま〜い!」
子供の叫びに集まっていた人達が注目する。
「わしにもくれるかな」
「俺にもくれるかい?」
あっという間に列が出来て、チーズケーキは大盛況になった。
「俺が馬車から取ってこよう」
ベインがボーテがまだまだあるチーズケーキを近くの馬車まで取りに行った。
「はい。どうぞ。セーラ様のご加護がありますように」
エルディンはチーズケーキと一緒に笑顔を振りまいた。列が落ち着いてくると、炊き出しの方も手伝う。その際にいろいろと貧しい人達の話しを聞いてあげた。少しでも心安良かに聖夜祭を過ごせるようにと。
「よかった。皆、喜んでくれて」
明王院は次々とチーズケーキを手渡した。家族で食べたいという人には切り分けずにそのまま渡す。それが本当かどうかはわからない。もしかしたら一人で食べるのかも知れない。それでもその人の心が温かくなり、前向きに生きてゆけるようになるのならと明王院は笑顔で手渡す。
「これも美味しいぞ。ほら、食べてみな」
ベインは残しておいたチーズを小分けにして提供する。試食したところ、そのままでも食べてもらいたいと考えたのだ。ワインまでは用意出来なかったが、とても喜ばれる。
レアがやって来て占いを始めた。大盛況のうちに五日目は終わる。
配布は六日目の聖誕祭にも行われる。引き続き教会での炊き出しの際にチーズケーキは振る舞われるのだった。
●聖誕祭の夜
「みなさん、ありがとう。おかげで無事使命を果たせた。大手を振って村に帰れるよ」
明王院の棲家でボーテが冒険者達にお礼をいう。
「残しておいたチーズケーキとチーズでお祝いしようね」
明王院がテーブルにある最後のチーズケーキを切り分けて一人前の小皿にのせてゆく。大人にはワインが、子供には発酵前の葡萄ジュースが用意される。
「セーラ神に感謝致します」
エルディンは祈る。すべての者が幸せになりますようにと。
「子供達がとっても喜んでいたわ」
レアの脳裏にはチーズケーキを口にして驚く子供達の顔がよみがえる。
「柔らかめのチーズケーキも好評だったし、とってもよかった‥‥」
明王院はチーズケーキを笑顔で食べ終えた。
「聖夜祭の予定は無かったが、お陰で有意義な時間を過ごせた。感謝する」
ベインはワインとチーズを頂き、自分のチーズケーキはレアと明王院にあげた。
「これはよくやってくれたので、せめてものプレゼントだ。ぜひ受け取ってくれ」
ボーテが冒険者達に手渡したのはブルー・スカーフである。
夜遅くなる前に依頼は終了し、お開きとなる。
冒険者達はお喋りをしながらギルドへ報告に向かうのであった。