【収穫祭】ワインの香りには

■ショートシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月15日〜10月19日

リプレイ公開日:2006年10月20日

●オープニング

「待ちなさい!」
「きゃあ!」
 家に入ろうとした十六歳の女性であるエリーヌは突然戸が開いて驚きの声をあげた。
「あれは‥‥?」
 エリーヌが振り向くと見慣れた後ろ姿が石畳の向こうに消えてゆく。一つ年上の幼馴染みの男性であるシモンであった。
「あ‥‥おかえり。エリーヌ」
 戸の側に立っていたのはエリーヌの父だ。
「どうしたのお父さま。今のシモンよね。大きな声なんか出して何かあったの?」
「いや、なんでもないんだ」
 エリーヌの父はしかめていた眉をやさしくして微笑むと、テーブル近くのイスに座った。
「あれ? 用意してあったのに」
 エリーヌは家に入ると気がつく。出かける前に用意されていたカゴに入ったワインが消えていた。
「あ!」
 エリーヌは思いだす。先程のシモンの腕にはカゴらしき物が抱えられていた。
「シモンが持っていったのね。毎年一緒にお爺さまのところまで運んでくれたのに。もしかして一人でいってくれたのかな?」
「いや、そうではないんだ。今年穫れた葡萄で作られたワインは他にもたくさんある。すぐに用意するから、例年通り隣町のじいさんに届けておくれ」
 エリーヌはイスに座る父を立ったまま上から見つめた。
「お父さま、絶対隠し事してる。シモンと一体何が」
「‥‥シモンがワインを持ち出して逃げた。それだけだ。そんなことよりも‥‥」
「シモンはわたしのとっても大切な友達なのよ。お父さまもよく知っているのに」
「この話しはお終いだ。はやく支度をしなさい」
「嫌よ! 今年もシモンと届けるの。だから――」
 父はエリーヌの話しを最後まで聞かないまま、他の部屋へと引っ込んだ。
「シモンもお父さまもどうしちゃったの‥‥」
 エリーヌは首を横に振ると、テーブルに両手をついて項垂れた。

 考えた末の翌日、エリーヌは冒険者ギルドを訪れた。
「すみません。人捜しをお願いしたいのですが」
 エリーヌは受付係の女性に相談し始める。
「書類作成はわたしが承ります。どのような方でしょうか?」
 受付係はペンを持って羊皮紙を取りだした。
「シモンといいますわたしの幼馴染みの男性です。持っているはずのワインも捜しています」
「年齢と容姿を教えていただけますか?」
 受付係はペンを走らせながら訊ねる。
「人間の十七歳で黒髪の細身です。肌の色は白く、瞳は茶色がかっています」
「その他に特徴はございますか? 例えば言葉遣い、好きなものとか立ち寄りそうな場所です」
 エリーヌは顎に握った右拳を当てて考えた。
「シモンはやさしいいい方で甘いものが好きで‥‥。そういえばいま収穫祭で町が賑わってますけど、奇術がとても好きでした。この町から出ていくとは考えにくいのですけど、どこにいるのか」
 書くためにうつむいていた受付係が顔をあげてエリーヌを見つめた。
「わかりました。以上でよろしいですか?」
「あっ、あとこれは絶対なのですが、暴力は使わないで下さい。必ず説得した上でわたしに会わせるように。ワインのこととかいろいろと聞きたいのです」
「大切な人のようですね。はやく見つかるといいですね」
 今まで無表情だった受付係が微笑んだ。エリーヌは顔が熱くなる。真っ赤になっているのが自分でもわかった。
「それでは今の内容をしばらく貼らせていただきます」
「よろしくお願いします」
 エリーヌは少しだけホッとすると冒険者ギルドを立ち去った。

●今回の参加者

 ea2004 クリス・ラインハルト(28歳・♀・バード・人間・ロシア王国)
 ea8086 アリーン・アグラム(19歳・♀・ジプシー・シフール・エジプト)
 eb3084 アリスティド・メシアン(28歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 eb5314 パール・エスタナトレーヒ(17歳・♀・クレリック・シフール・イスパニア王国)

●リプレイ本文

●一日目
「お静かに」
 冒険者達が家を訪ねると、エリーヌは少し離れた路地裏に連れてゆく。
「お父さまには内緒なの」
「いくつか訊きたいことが」
 アリスティド・メシアン(eb3084)は質問を始めた。
 エリーヌは簡潔に答えてゆく。ワインは祖父に届けるはずであったとか、シモンと父が喧嘩したことである。
「お爺さんの家を教えてくれるかしら?」
 アリーン・アグラム(ea8086)が続けて訊ねた。
「朝早く出れば日が暮れる頃には帰れます。場所は――」
 危険のない道のりをエリーヌは説明する。
「シモンさんは奇術師に弟子入りしたいとかではないのかな?」
「シモンは奇術が出来る程、器用ではありません」
 エリーヌはクリス・ラインハルト(ea2004)の質問に首を横に振る。
「必ず見つけますから待ってて下さいです」
 パール・エスタナトレーヒ(eb5314)はエリーヌに微笑んだ。
「人間で十七歳、黒髪等々ではありふれてるな。しかしカゴ入りのワインを持っているなら特徴になりそうだ」
 アリスティドに冒険者達は頷く。
「お菓子の屋台とかでシモンさんを捜す班と、お爺さんを訪ねる班と二手に別れた方が良いかな?」
 パールも意見を出す。
「奇術は吟遊詩人ギルドに行けばわかるよね? ボクは市街を回りたいです」
 クリスはみんなの顔を見回す。
「市街にいるときは定時になったら、さっき決めたマロニエの木に集まるといいわ」
 アリーンは頭上で大きく円を描くように飛んでいた。
「二手に分かれましょう。ボクとアリーンさんでお爺さんの所に向かいます。今からだと飛んでいっても日が暮れるでしょうけど」
 パールがアリーンを連れて路地裏から覗ける青空へと飛んでゆく。
「アリスティドさん、ボクと一緒に吟遊詩人ギルドに向かうです」
 クリスとアリスティドはエリーヌに手を振ると走りだした。

●二日目
「昨日は疲れた」
 アリスティドが隣のクリスに話しかける。
「吟遊詩人ギルドに行ったら大道芸人の方だといわれて、そっちにいったら客なんてわからない! とか。結局、王宮前広場が一番賑わうから、そこだろうと教えてもらったけど‥‥」
「話が長くて夕暮れ。今日はシモンを捜すのに専念しよう」
「そうだね。発見したらテレパシーで連絡するね」
 クリスとアリスティドは王宮前広場で分かれるとシモンを捜し始めた。

 隣町に着いたパールとアリーンは一晩を過ごし、エリーヌの祖父の家の前にいた。
 青年が祖父の家を訪ねている。
「エリーヌさんによるとお爺さんは一人暮らしのはずだわ」
「直接話してみるのがよさそうです」
 二人が戸を叩くと年寄りの男性が出てくる。エリーヌの祖父だ。
「これは小さな来訪者だ。わしに何の用かな?」
 祖父の肩越しに青年の姿があった。
「実は‥‥」
 二人は今までの経緯を祖父に告げる。
「それで今年はエリーヌが来なかったのですな」
 しばらく考えたあとで祖父が真相を語り始めた。
 実は青年が祖父の死んだ親友の跡取りでエリーヌの許嫁であること。エリーヌが生まれた頃、親友の願いを父と祖父の二人で受け入れたこと。エリーヌは何も知らない。今年のワイン運びはお見合いのために祖父の元へ来させる口実であった。
「毎年ワインを届けてくれていた坊主がな。わしも孫はかわいい。そういうことなら」
 祖父は青年に近づいた。
「本当にすまない。親友との約束であったが、どうか許しておくれ」
「気にせずに。オレにも気になる娘はいるので告白してみますよ」
 青年は頬を引きつらせながら笑った。
「息子に見合いは諦めた、エリーヌの思うようにと伝えてくれ。これは息子がよく食べていた木の実じゃ。渡せばわしからの伝言だと信じてくれるだろう」
 パールは祖父から小さな木の実を受け取る。
「ボク一足先に戻ります。エリーヌとお父さんに伝えてみんなにも教えます」
「あたしはもう少し話してからにするね」
 アリーンは窓から飛んでゆくパールに手を振った。

「シモォン、どこにいるものふぁ」
 アリスティドは口にお菓子をくわえながら見回す。シモンを捜しながら、立ち寄った屋台で気に入ったお菓子を購入していた。
「これは美味いな。依頼が片づいたら女性の方々をエスコートしなければ。おっあれも」
 新たな屋台を発見してアリスティドは近づこうとする。
(「そちらはどんな感じです?」)
 クリスからのテレパシーだ。
(「見つかりはしないが順調だ。問題ない」)
 お菓子を食べながらもアリスティドはシモン捜しを怠ってはいなかった。周囲の全てのものに目を配らせていた。

●三日目
 パールは昨日のうちにエリーヌの家を訪ねたものの父は不在であった。一人いたエリーヌは驚きをもって真相を聞く。
 アリーンも祖父から詳しく聞いてから市街に戻っていた。市街に残った二人も真相を知る。
「今日からは四人だから絶対見つかる」
 王宮前広場でアリスティドが志気をあげる。
「昨日は空振りだったけど、漠然に捜してた訳ではないです。聞き込みも万全。シモンらしきカゴを持った人物は広場の北側、お昼から三時間位の間に見かけられているのですよ」
 クリスは自信ありげだ。
「そうすると、広場南側にいる可能性が高いかな。同じお昼から三時間位にいそうです」
 パールがクリスの言葉を補足する。
「三時に一度集まりましょう。シモンさんを捜しますわ」
 アリーンは真っ先に受け持ちの方へと飛んでいった。
『あっちの方で面白い事やってますよー』
 アリーンのかけ声が遠ざかる。他の冒険者も自分の割当場所へと向かうのだった。

「かなり経ったし‥‥」
 クリスは独り言をいいながら出し物にたどり着く。長剣を飲み込む男の横で、貝殻の中に入れた石を消したり出したりしている奇術師がいた。
 熱心に奇術を観ている男が一人。
(「黒髪、細身、色は白で‥‥何よりカゴに入ったワイン!」)
 シモンらしき人物を発見したクリスはテレパシーで範囲にいたアリスティドを呼んだ。
「エリーヌさんからの使いです。シモンさんだよね?」
 クリスが声をかけると、シモンらしき人物は驚いて数歩走ったがすぐに立ち止まった。
「ボクがシモンです。エリーヌがどうかしたんですか?」
「エリーヌが心配している。話しをさせてくれないか?」
 シモンの問いにアリスティドが答える。
 頷いたシモンは二人についていった。

「エリーヌに暴力は絶対に振るうなと言われてる。キミのことを大事に思ってるんだね」
 木に寄りかかって座るシモンにアリスティドが説得を始めた。
 三時になり、全員が集まっていた。それぞれ落ち葉の絨緞に腰をおろしている。
「今年のワイン届けは実はお見合いだったというの知ってますか?」
 シモンが問うとアリーンは頷いた。
「エリーヌのお父さんにキミがいったら台無しになるっていわれて。ワインさえなければと思ったけど、考えてみると他に用意すれば済むことなんですよね。ボクはバカだ」
「エリーヌはキミと二人でワインを届けるのを楽しみにしていたよ」
 アリスティドはシモンをなだめる。
「あたし、お爺さんに二人の子供の頃の話を聞いたの」
 アリーンはシモンの顔の前で話し始めた。
「シモンさんと一緒のエリーヌさんはいつも笑っていたって。だから婚約の解消を決めたといってたわ」
 枯葉のいくつかが風に吹かれた。一枚がシモンの持つワインの上に舞い降りる。
「ボクの気持ちは決まっています。でもエリーヌは‥‥ただの友達としてしか」
「そんな訳ないですよ」
 クリスは踏み切れないシモンの背中を押そうとする。
「エリーヌさんはきっと待ってますよ。奇術にはあり得ないこれこそ、種も仕掛けも無い真剣勝負。今ならお祭りの華やいだ雰囲気がシモンさんの後押してくれるですよ」
 長い沈黙のあと、シモンは立ち上がった。
「明日エリーヌに逢いに行きます。お父さんとも話し合ってみます」
 シモンの瞳には決意の光が宿っていた。

●四日目
 冒険者達はシモンを連れてエリーヌの家を訪れた。
 シモンを目の前にしたエリーヌは抱きつく。
「どこいってたの? 心配したのよ!」
「ごめん。いろいろとあって。お父さんはいるかな?」
「いえ、まだ戻ってないの」
「よかった。まずエリーヌにいわなくちゃいけないことがあるんだ」
 シモンは大きく深呼吸をする。
「あの、ボクと一緒になってくれないかな?」
 エリーヌとおでこがつきそうな距離でシモンは告白した。
「嫌なら、」
「嫌な訳ないじゃない」
 エリーヌは深くシモンに抱きついた。シモンもカゴを持ちながらエリーヌを抱き締める。
「お父さま!」
 いつの間にか家にはエリーヌの父が戻っていた。エリーヌはシモンから離れて父に近づく。
「エリーヌのお父さん。これと伝言をお爺さんから言付かっています」
 パールは木の実を取りだしてエリーヌの父に渡そうとする。
「ありがとう。だがじいさんの所にいってすべては知っている」
 父はエリーヌを見たあとでシモンを見据えた。
「これをお返しします。すみませんでした」
 シモンはワイン入りのカゴをエリーヌの父に差しだした。
「考えなおして許嫁を解消してもらうためにいったのだが。すべては済んでいたがね」
 シモンは瞬きもせずに硬直していた。
「娘を頼む」
 エリーヌの父はシモンを軽く抱き締めた。
「はいはい〜」
 パールはエリーヌの服を引っ張り、シモンの側に移動させる。
「本当の祝福は少しだけ先に取っておいて、今はみんなで祝おう」
 アリスティドは両手を広げた。
「収穫祭に叶った想いだ。実り多きものとなるように」
 アリスティドの口上のすぐあとでクリスの横笛演奏が始まる。テーブルの上でアリーンは踊り、アリスティドは歌い始めた。パールは邪魔しない程度にエリーヌとシモンに寄り添う。
 エリーヌの父親がシモンが持ってきたワインを開けた。ワインの香りが部屋に満ち、みんなにエリーヌとシモンの幸福な未来を予感させるのだった。