●リプレイ本文
●船積み
パリの船着き場に一両の馬車が到着する。
「みなさん、お待たせしたのですよ〜」
真っ先に馬車から飛び降りたのはシーナ嬢。そして黒分隊隊員レウリーに続いてゾフィー嬢が降り立つ。
冒険者達は船着き場に集まり、馬車の到着を待っていたところだ。
「書類は馬車ごと帆船に積み込むんだね。最近海の事故多いって話しだし、気を付けていかないとね」
ジェラルディン・ムーア(ea3451)が愛犬マーズを連れて馬車を確かめた。馬は元気で馬車自体も目立った破損はなくて頑丈そうだ。木製の橋が船着き場と帆船に渡されてある。
馬は馬車から切り離された。馬が暴れて海に落とさない用心の為、人力で馬車を積む事にしたのだ。
「ちょっとだけ運動しておこうかねぇ」
御堂鼎(ea2454)も仲間と一緒にロープを握る。船乗り達と一緒に馬車を帆船の貨物庫まで運ぶ。
力ある者は引っ張り、そうでない者は馬車が海に落ちないように監視をする。
上空から軌道がずれていないか監視してくれたのはシフールのポーレット・モラン(ea9589)であった。
無事に馬車は帆船に載せられる。揺れで動かないように車輪を棒で固定し、さらにロープで帆船の柱にも固定された。
一行全員が乗り込んでまもなく帆船は出航した。酔わないようにとシーナから全員に船乗りのお守りが渡される。
目指すはドレスタット。片道四日を費やす船旅の始まりであった。
●船旅
「最近はお船に乗る事も多いですけど〜こんなに長く乗るのはイギリスとパリを往復したとき以来なのです〜」
リア・エンデ(eb7706)はファル君を肩に乗せて、仲間に話しかける。依頼成功の為の作戦確認である。
「みんなで仕事をいっぱい手伝って自由時間を増やすのです〜」
リアはとても張り切っていた。
細かい事があるにしろ、船旅の間は基本的には問題ない。貨物室にある馬車を見張る程度でよいはずだ。
問題があるとすれば天候が崩れた時だ。その時に備えて役割分担を決めておく。それとドレスタットに着いた時の作業分担と予定を立てておいた。
長くてドレスタットにいられるのは二日間。存分に遊ぶために仕事はすぐに終わらせなくてはならない。目玉から炎を燃やすが如く、リアが張り切っていた理由はそこにある。
リアはゾフィーとレウリーが貨物室の見張りになるように仲間達へお願いした。交代はするものの、多くの時間を二人に任せれば仲間の負担は減るし、恋人同士の二人にとっても願ったりであろう。
いろいろな意見は出たものの、任せる事自体には異論はなく、ゾフィーとレウリーは主に馬車の見張り役となった。
帆船は二日目の夕方頃にセーヌの河口に辿り着く。ここから先はドーバー海峡、つまり海である。
「夕日がとても綺麗‥‥」
セシル・ディフィール(ea2113)は甲板で沈む夕日を楽しんでいた。かなり寒いが防寒服を着ていて気にならない。頬にあたる冷たい風は気持ちが良かった。
船室から流れてくる竪琴の調べはリアのものだ。なんでも奏でていると水難に遭わない竪琴らしい。
「綺麗さに見とれすぎないようにしないとね。暖かくしているけど気をつけてね。少し馬達の様子でもみてくるかね」
頴娃文乃(eb6553)がセシルに一声かけて船内へ戻っていった。とても動物の事が詳しく、頼りがいがある僧侶である。人も診るようだが、色気がある頴娃文乃に診断されたら男の人は大変そうだ。事実、頴娃文乃とすれ違う船乗り達が鼻の下を伸ばして振り向いている。夢中になって柱におでこをぶつける者までいる始末だ。
「ここからが海だよね。ちょっと試してみるとするか」
セシルは甲板上で御堂鼎の呟きを聞く。気になったのでちょっと訊ねてみる。
「うちは、酔八仙拳士、呑んで酔っ払ったかの如く歩法と体位そこから繰り出される格闘技が肝。実際に船に揺られてみれば、酔っ払いの歩法のごとくなっていい修行になるかと思ってねぇ」
御堂鼎の説明になるほどと頷いたセシルはしばらく様子を眺めていた。
揺れに逆らわず、流れるように御堂鼎は身体を揺らす。まるで波のようにうねったと思えば岩礁を叩くが如く、鉄扇と鞭が舞う。
セシルは邪魔をしないようにと声をかけず、会釈をして移動する。
「あら、シーナさん。どうしたのです?」
「あ、内緒で釣ってみんなを驚かそうとしていたのにバレてしまったのです〜」
セシルは船縁で釣り竿に握り、釣り糸を垂らすシーナを発見した。どうやら海魚を釣ってお刺身をみんなに食べさせようとしていたらしい。
一時間程やっているそうだが、今の所釣果はゼロである。
「シーナ様、釣れましたか〜?」
突然リアの声が聞こえてシーナとセシルは驚く。リアが直ぐ後ろでお皿とフォークを持って立っていた。
「驚いたのです〜。残念ながらまだなのですよ〜」
シーナはリアに答えながら針にエサを付け直すと再び釣り糸を垂らした。
「忘れてました。海に出たことですし」
セシルはスクロールを取りだして天候操作を行う。今は比較的天気がよいが念のためである。もしも嵐が来た時には本気で使うつもりであった。
その時ポーレットは船乗りに頼んでマスト上の見張り台にいた。仲間や船乗り達の様子をスケッチしてゆく。
シーナと冒険者達は夕日が沈みきるまで甲板での時間を過ごすのだった。
「馬達の調子はどうだね」
頴娃文乃は貨物室内の厩舎を訪れる。備え付けのランタンが灯る中、すでにジェラルディンが馬達の世話を行っていた。藁を束ねたものでブラッシング中である。
「今の所は調子いいね。揺れ具合からいってももう海に出たのかい」
「ちょうど海に出て夕日だったね。さて、あたしも馬の様子を診させてくれるかな」
頴娃文乃も馬やロバの様子を見始めた。
「そうなのかい。なら任せるよ。ちょっと用が出来てね」
ジェラルディンは厩舎から離れて、馬車が固定されている近くまで移動する。
「そこの二人。夕日が綺麗みたいだよ。行ってみなよ。ここはしばらくあたしが見張るからさ」
ジェラルディンは馬車の見張りをしていたゾフィーとレウリーに声をかけた。
「そうなのか。ゾフィー、行ってみようか?」
「そうね。せっかくだし。ジェラルディンさん、ありがとうございます」
ゾフィーとレウリーはお礼をいうと甲板へと向かう。ジェラルディンは御者台に座ると二人が戻るまでの間、馬車の見張りを行うのだった。
女性だけで集まり、シーナが買い込んできたシュクレ堂の焼き菓子を食べながら寝る前のひとときを過ごしたりして船旅は続く。
天候はよいともいえなかったが酷くもなく、航行には支障なかった。途中、海岸線近くを通った時にポーレットが壊滅した集落を発見する。これも海が荒れた結果の一つなのかも知れない。
残念ながら船上からのシーナの釣果は小魚一匹で終わった。釣った時、側にいたリアのおでこに貼りついたのは余談である。
四日目の夕方頃に帆船はドレスタットへ入港する。一行はすぐに上陸せず、さらに一晩を船室で過ごした。
●ドレスタット
五日目の朝、帆船から馬車を降ろすと真っ先にドレスタットの冒険者ギルドへ向かった。到着するとギルド員達が書類を降ろすのを手伝ってくれる。
シーナとゾフィーは資料の目録を持って、ドレスタット側のギルド員と話し合いの場を持った。
セーヌ川があるとはいえ内陸部のパリからだとどうしても海の事象は伝聞になりがちである。しかも何人も経てきた事で大げさになったりぼやけたりしてしまう。どちらかといえば海が間近であるドレスタット側の情報が重要になる。
噂によればドレスタットの領主エイリークも海が荒れていることをとても気にしているらしい。デンダンなどの魔物の存在を疑っているようだ。
ドレスタットの冒険者ギルド自体も活発に活動出来ず、海運ギルドとの連携があまりうまくいっていない。パリに比べればかなりの情報を得ているはずだが、現在の状況をよく思っていないという。
ドーバー海峡、北海付近の海難事故情報を提供してくれると約束をし、シーナとゾフィーはギルドを後にする。
馬車は六日目の夕方までギルドに預けておく。それまでに必要な書類を積み込んでおいてくれるそうだ。
昼過ぎからしばらく一行は任務から開放される。先に宿をとってから自由行動だ。
「ええ、いいわ。ハデなのがいいのね」
ポーレットからゾフィーはお使いを頼まれる。なんでも画題となる『ヨハネの首を抱えたサロメ』用のネックレスが欲しいのだそうだ。セレストから聞いたという彫金のお店の場所も教えてもらった。
ゾフィーとレウリーは二人でドレスタットの街に消えてゆく。
「我々は如何しましょ。皆で街を見たりしても良いですし‥。お刺身の為にも新鮮な魚も調達したいですね」
セシルの提案にリアが大賛成する。
「刺身かい? そりゃいいね」
「ノルマンでちゃんとした刺身が食べられるのか?」
御堂鼎、頴娃文乃も刺身を大歓迎だ。ポーレットもジャパンでの生活をしていて刺身に抵抗はないそうだ。
「あたしもつき合うとするかね」
ジェラルディンも魚料理には興味あるので同行する事になる。
釣りの準備を今から行うとすると時間がかかりすぎる。ドレスタットなら鮮度を気にしなくてもよい海魚が手に入るだろうとして市場に向かう事となった。
「市場を回ってお魚さんを食べるのです〜。出かけましょう〜」
リアはファル君と一緒にシーナの腕を引っ張って外に連れだした。仲間も一緒についてゆく。
市場で海魚を買いそろえ、セレストに教えてもらったお店で身だけにおろしてもらった。市場の人も最近の海はおかしいと噂をしていた。
ゾフィーとレウリーも宿に戻る。予算より少し安かったとしてゾフィーはネックレスをポーレットに手渡す。ゾフィーの指には新たな指輪がはまっていた。
その夜、一行は宿でお刺身と魚介鍋で頂く。
「知り合いから少しもらってきたのですよ〜」
シーナが持ってきた日本酒も出され、ちょっとした宴会である。
「山葵は醤油にとかして食うのは、まだまだ甘いねぇ。山葵をちこっと刺身の上にのっけて、刺身の端を醤油につけ、食べるのが通さね」
御堂鼎が刺身の食べ方を指南する。レホールの味は山葵の代用としては充分である。人によっては違いがわからない程だ。
夢心地の夜は遅くまで続くのであった。
六日目の朝、ほとんどの者が海岸線の岩場で釣り糸を垂れた。
ポーレットはスケッチ。リアはフォークを片手に食べるの専門であったが。
釣れた魚はすぐに捌かれて、食べた者の舌を唸らせる。
スズキやヒラメなどは刺身にしてもとても美味しかった。
夕方が近づき、全員で冒険者ギルドに向かう。新たにドレスタット側の資料が載せられた馬車に乗り込んで出発する。
船着き場に到着し、パリでしたのと同じように馬車を帆船に載せた。
乗り遅れないように今から帆船に乗り込む。行きと同じ帆船である。
セシルは空を見上げる。雲行きが怪しく感じられた。
何事もないようにと祈りながら船室に入るセシルであった。
●嵐
七日目の日の出と同時に帆船は出航する。
夕方頃から天候は崩れだし、セシルの不安は現実となった。
天候を操作して嵐を回避しようとするが海は荒れたままだ。
「あまり何回もは‥‥」
セシルは船室の小さな窓を開けて外の天候を確認する。魔力には限界があるので、使い所を間違ってはいけない。一番酷い状況の時に使うように心がける。
ポーレットは船内を飛び回って状況を把握しては仲間に知らせてくれた。
他の者達は貨物室にいた。
頴娃文乃とジェラルディンは馬やロバなどの動物達をなだめる。馬車についてはレウリー、御堂鼎、ゾフィーが動かないように監視していた。
リアとシーナは馬車の中で書類の入った樽の上に乗っている。どうやら重石代わりのつもりのようだ。それが役に立つかは別にして二人とも真剣であった。
「♪〜〜〜、この竪琴を奏でていると水難に遭わないとゆ〜言い伝えがあるのです〜」
リアは一生懸命に黄金の竪琴を奏でる。
「何とかルアーブル近くのセーヌ河口まで辿り着けばなんとかなるはずなんですけど‥‥」
不安そうにシーナは暗い馬車の窓から貨物室内を覗いた。軋む音が絶えず鳴り響いていた。
ゾフィーはジェラルディンに訊ねられて海難事故についての話しをする。この嵐が果たして同様のものなのかはわからないが、毎月15日前後に津波が起きて多くの被害があるらしい。つまりは満月の頃だ。
荒れた夜を過ごし、翌日八日目の朝方には天候は回復した。
気を取り直したシーナはリベンジと叫んで釣り糸を垂らした。セシルも一緒に釣果を競う。
行きの時が嘘のように一度では食べきれない程の魚を二人は釣った。
夕方頃、セーヌの河口を通過し、そのまま帆船は上り始める。
十日目の夕方に帆船はパリの船着き場へと入港した。
「はう〜いろいろ食べ過ぎたのです〜」
地面を踏んだリアはお腹を押さえる。
シーナとセシルが釣った魚はたくさんあって、ついさっき食べ終えたばかりだ。刺身は自分達で調理し、その他の料理は船のコックが調理してくれた。
馬車が帆船から降ろされて、そのまま冒険者ギルドへと向かう。
馬車に揺れるポーレットの手にはペンダントの他にスケッチした羊皮紙が何枚か握られていた。
到着したところで今回の依頼は終了する。報告についてはシーナとゾフィーが同行したので必要はなかった。
「みなさん、ありがとうございましたです〜」
「本当、助かりましたわ」
シーナとゾフィーが冒険者達とレウリーに感謝した。
パリのギルド員達が現れて書類を馬車から運んでゆく。
事案をつき合わせて海難事故の原因がわかるかどうかは、まだ闇の中であった。