●リプレイ本文
●不安
貴族の屋敷までの道中、ちびブラ団はいたってご機嫌であった。
アウラシアとのお話。
冒険者達との語らい。
何より仲間揃っての長い旅である。ちびブラ団にとっては冒険に等しい旅路であった。
出発直前に諫早とセレストが髪型を始めとする身なりを整えてくれたのも、とても嬉しい出来事である。
そんなちびブラ団を見つめる冒険者達には不安があった。
アウラシアからの主な依頼内容は二つ。一つはちびブラ団についてだ。
「ええと、ちょっと退屈かもしれませんが、これからお屋敷に行くのに行儀よく出来るよう勉強しましょう」
セレストからもらった焼き菓子をみんなで食べ終わると、壬護蒼樹(ea8341)はちびブラ団の四人に話しかける。
「俺様達、わかっているからへいきだぞ」
クヌットが胸を張っても説得力がない。だいぶ前に少々の作法は習ったようだが、どこまで覚えているのか怪しいものだ。思いだす程度には教え直した方がよさそうである。
「一日保存食で過ごすのに慣れたり、剣術も大事ですが、こういう勉強もいざという時のためにも必要ですから」
壬護は懸命に説得を続けた。
「分隊長様方、ラルフ様は仰っていました――」
アニエス・グラン・クリュ(eb2949)は壬護に助け船をだす。
「おさらいはしていおこうよ。ぼくたちがやった失敗は、みんなアウラシアのせいになっちゃうはずだよ」
アウストが壬護の顔を見上げて頷く。
「そうだね〜。アウラシアを応援するつもりがジャマしたら悪いもの」
「時間はあるし、お願いしよう」
コリルとベリムートも賛成して簡単な作法についてのお勉強が始まった。
一通りの事を壬護とアニエスは教える。馬車の中だと限界があるので野営時の時にでも動きながらの復習も行うつもりだ。
「貴族はんの生活はちょっとかわっとると聞くで。おいらたちの常識が通用しないかも知れへんしな。もしも悪いことやってもうた時は素直に謝るんやで〜。おいらのように笑って誤魔化しちゃあかん。ええな」
真面目な瞳で中丹(eb5231)はちびブラ団に釘を刺した。その内容は微妙なものであったが真意は伝わったようだ。
「ニーナさん、ちょっと相談あるんやけど‥‥」
アンリィ・フィルス(ec0088)はアウラシアこと本名ニーナにもう一つの依頼内容についての相談を行う。本を一旦教会の方に寄付した事にすれば、危惧している町の官憲達も本の搬出を認めやすいのでないかと。
アウラシアは修道女である。主に聖書の写本作りが仕事であるのだが、その腕を買われて他の本の写本もたくさん手がけていた。
修道女であるアウラシアにとって教会との橋渡しをするのは比較的容易だ。だが大きな問題があった。
「リュミエール図書館と交わした約束は、あくまでも直接の搬入なんです‥‥。教会と図書館は協力関係にあるとはいえ別組織。教会に運んで、その後すぐ図書館に持っていたのならそれは約束した相手を騙す事になります。なら教会で閲覧をと考えるかも知れませんが、教会は図書館ではありません。役割がそもそも違うのです。教会で一般の方々に蔵書を開放する事は無理でしょう‥‥」
アウラシアは心苦しく感じながらもアンリィの案を否定する。
「あのですね。わたしも考えてきたのですが、今一しっくりといかない案があるんです。アンリィさんの案と合わせてみればいいかも知れないと、ふと思ったのですが――」
アウラシアはアンリィに代案を話した。
「なるほどなぁ。それなら官憲の長さんも納得させられるかも知れへんな。行動の順番自体は逆やけど教会も関係するし、ええ考えや」
「ボーエント家の当主もこれで納得させられると思います。アニエスさんと中丹さん、壬護さんの考えも聞いてさらに綿密な内容に仕上げましょう」
馬車内での話し合いは終わる。
その日の夜は道の途中にあった村の宿に泊まった。子供達と御者が先に休んでいる間に冒険者達とアウラシアは相談をした。
みんなの案が合わさり、整合性が取られた。
アウラシアも当主とその妻である老夫婦の説得の材料が増えて喜んだ。
よりよいのは今回だけではなく、長く何度も本を譲ってもらえる環境作りである。目星がついたアウラシアは大喜びで一人一人と両手で握手する。まるで子供のようであった。
アニエスは少々戸惑いながら、壬護は驚き気味に、中丹はカッパッパと笑い、アンリィはどっしりと座って握手をする。
遅くならないうちにベットでゆっくりと休む一行であった。
●貴族の屋敷
馬車一行は二晩を道中の宿で過ごし、三日目の朝まもなく関所へと差しかかる。
何事もなく通り過ぎるが、ここから先はヴェルナー領ではない。気を引き締める冒険者達であった。
太陽が真上に昇る頃、馬車は町へと繋がる堀の橋を渡った。
アニエスは馬車の窓戸を開けて町の様子を眺める。明るい表情の人々が多く、子供達も外で遊んでいた。官憲らしき者達ともすれ違うが、特に横柄な様子はなかった。
楽観的ではあるものの、話せばわかってもらえる気がアニエスはしてきた。
「そり引きの犬で寒さにも強いし、人懐っこいんだけど‥。それなら仕方ないですね」
壬護は幼いハスキー犬をちびブラ団の誰かに飼ってもらおうとしたが残念ながら引き取り手はいない。
ベリムートは猫のメルシア。コリルはフェアリーのプラティナ。滅多に話題にはのぼらないがアウストは父親と共同で鷹を飼っている。クヌットの家では妹のジュリアがかなりの暴れん坊なので無理らしい。
「壬護さんのもう一匹のペットの猫ってさ。なんかちょっと、普通のと違うよな」
すでにちびというには大きすぎる猫、光樹が壬護の膝の上に寝ころんでいた。あくまで壬護が猫だと信じているだけの虎であるのだが。
冒険者達はボーエント家の御者とペットについて相談をした。結果、交渉のジャマにならないように厩舎近くの使用人の小屋で預かってもらう事となる。よく主人のいう事を聞くウサギのうさ丹や犬のペテロもいるので大丈夫であろうと踏んだのだ。
(「皆、大人しくしとるんやで〜。ご主人達が困ってしまうで」)
中丹がオーラテレパスでペット達に話しかけてくれた。特にこの前騒ぎを起こしたプラティナには念入りに。
「この町にもたくさん教会はあるようやな」
アンリィは鐘の音を聞いて安心する。
馬車は門番のいる屋敷の門を潜り抜けて庭の道を進む。
ちびブラ団はアニエスに教えてもらった通り、互いの服装をチェックした。
屋敷の前で馬車が停まり、御者によって扉が開かれる。最初にアウラシアが降り、続いて冒険者達、そしてちびブラ団と続く。
ちびブラ団の四人は教えてもらった通りに挨拶を行う。
「これはこれは、遠路遙々ごくろうでしたな。話しは明日からにしまして、今日のところはごゆるりとして下され」
ボーエント家の当主自ら一行を出迎えてくれた。伴侶である妻も一緒である。
「こちらの四人がお手紙にあったお子さん達ね。アテルイムといいます。どうぞよろしくね」
当主の妻が微笑みながらちびブラ団に挨拶をする。戸惑いながらもちびブラ団はちゃんと自己紹介をした。どうやら一番ちびブラ団の来訪を望んでいたのは、当主の妻のようである。
用意されていた部屋に通されて一行は人心地つける。
「なんだか気疲れしたんや‥‥」
河童である事を誰かに指摘されるかと思っていた中丹もほっとする。さすが蔵書家の一家だけあって博識のようだ。もっとも屋敷の全員が老夫婦と同じとは限らないので、拠であるパリ防衛記念メダルを忘れないようにと確認しておく。
壬護が使用人にペットを預けて部屋に戻ってきた。そして聞いてきた話を仲間に伝える。
屋敷に入るまでは何の障害はなかったが、ここからは官憲達に気をつけた方がいいと使用人達に心配された壬護であった。
ボーエント家の一族が蔵書家なのは町でも有名で、特別に許可された者のみ閲覧が許されているらしい。
当主としては多くの者に閲覧させたい気持ちはあるのだが、誰も彼も屋敷に入れる事はためらわれる。真っ先に寄付を考えたが、こちらの領地には一般に開かれた図書館はない。
そこで噂を聞いたヴェルナー領のリュミエール図書館は寄付を願う行為に出たのである。
町の官憲にとってはそれが面白くない。一部の者の閲覧とはいえ、今のままでいいではないかと考えているようだ。
夜になり、一行は晩餐の席に呼ばれた。
話しの中心はちびブラ団と中丹である。
ちびブラ団はなるべくお勉強の事やブランシュ騎士団との出来事を中心に話した。
最初に質問されず安心していた中丹であったが、いろいろと訊ねられてやっぱりと心の中でため息をついた。それでも中丹用の特別野菜サラダが用意されていたので、すぐに機嫌を直す。
壬護はたくさんの料理に目をクラクラさせながら、なるべく控えめに食べてゆく。
アンリィは置かれている様々な品々から、老夫婦が深くジーザスへの信仰を持っている事を知る。
アニエスは町の雰囲気を褒めると、官憲の話題を少しだけ老夫婦に振った。やはり老夫婦も本に関する官憲の存在を気にしているようである。労いの手紙と酒代程度の少々の銀貨を渡す事をすすめるのだった。
睡眠の時間が訪れて各々の部屋へと向かう途中、壬護はアウラシアを廊下で呼び止める。
「シスターアウラシア、有難うございました。貴方のおかげであの子等とそれに関わる人たちが最悪の状況になる事が防げました」
壬護は長くいえなかったお礼を言葉にする。
壬護とアウラシアは今回の依頼で初見である。しかし前にアウラシアがブランシュ騎士団分隊長三人を救う為に出した依頼に壬護も参加していた。結果としてちびブラ団を含む多くの人を助ける事が出来た事が壬護には嬉しかったのだ。
「本当に、有難う」
「いえいえ〜、わたしは大したことしてませんし」
涙ぐむ壬護にアウラシアは笑顔で答え、そして部屋に戻る。
壬護は強く頭を振り、涙を吹き飛ばすのであった。
●ちびブラ団
「とおくから、とおくから」
四日目、ちびブラ団は冒険者にいわれた通り、絵画や彫刻を観ても触らずに遠くから眺めていた。
アニエスがちびブラ団を見張る。官憲の詰め所についてはアンリィと中丹、壬護が向かっていた。
当主からの手紙と銀貨袋は向かった三人に任せてある。
アウラシアは当主と話し合いをしている最中だ。どれだけの本の寄贈を引き出せるかは交渉次第だ。
ちびブラ団とアニエスは当主の妻からお茶のお誘いを受けた。
紅茶とお菓子がテーブルに並ぶ。
思わず手を出しそうになったベリムートだが、アニエスの言葉を思いだして我慢する。
「どうぞ。お召しあがれ」
当主の妻の言葉を聞いてから、ちびブラ団は食べ始める。なるべくアニエスの真似をして粗相がないようにと子供達なりに頑張っていた。
少々の外れた行いはあったものの、子供らしい許容の範囲である。当主の妻もちびブラ団の事を気に入ってくれたようだ。
アニエスはほっとしながらも気を引き締めるのであった。
●官憲の詰め所
「噂を聞きつけてやってきたようだが、どうにもならないぞ。本の搬出を行うのであれば我々の権限で止める。帰りの馬車内も調べるつもりだから、覚悟しておいてもらおう」
官憲の長は詰め所を訪れた壬護、中丹、アンリィの前で言い放った。
「そないなこといわんといてや。カパッ‥‥」
官憲の長を含める詰め所の者達が視線を痛く感じる中丹であった。さりげなくメダルを首からぶら下げた。
「まずは事情だけでも聞いて頂けませんでしょうか?」
壬護の言葉に官憲の長は顎の動きで椅子を示す。冒険者三人は座った。
壬護は懐にある手紙と銀貨袋を服の上から触って確かめた。金額はアウラシアによって増やされていてそれなりの重さはある。ただし使い所は慎重にしなければならない。ヘタをすれば逆に怒らせる原因ともなりかねないからだ。
「今回の件を誤解を解く為に来させて頂きました。ジーザス教会も関わりのあることですのでお話をさせてもらいます」
アンリィは普段の言葉遣いをあらためて整った言葉を選ぶ。
「誤解などはしていない。本とは知識。知識とは財産。財産を奪うのは盗人。例え持ち主がよいといわれようと、領内に不利益をもたらすが今回の件。捕まえるのが我らが仕事なり」
官憲の長は反論する。
話し合いは続いた。アンリィと壬護はここに至った経緯を伝える。
中丹は自分の仕事がないと悟ると屋敷へと戻った。そしてペット達の大暴動が起きる寸前の現場を目撃する。
一生懸命にうさ丹とペテロが他のペット達が小屋から飛びだすのを阻止していたのだ。
『大変や』と叫びながら中丹はオーラテレパスを使って一匹ずつなだめてゆく。幸いに暴動は未遂で収束するのだった。
●解決
ちびブラ団はアニエスのおかげで大した失礼もなく老夫婦に気に入られた。
アウラシアの本の質、冊数の交渉もうまくゆく。
残るは官憲の長の説得であった。
四、五、六日目が費やされてようやく実を結ぶ。
話しを聞いてもらえるまでが大変であった。
アウラシアとアンリィの二人が用意した切り札は、写本を図書館側からボーエント家に提供する事である。
寄付される貴重な本、図書館側にあるボーエント家にはない本を教会が写してボーエント家に寄贈する。この条件と、手紙と銀貨袋のおかげで官憲の長は納得した。
リュミエール図書館にとって大きな譲歩と負担にも感じられる内容だが、一概には言い切れない。
継続的にボーエント家との繋がりが残り、それだけ知識を得られる機会が増えるからだ。
アウラシアはリュミエール図書館を説得する自信があった。ついでに世話になっている教会にとっても写本の仕事が増えるであろう。これならみんな幸せになれる。
アウストはふと思った。もしかしてアウラシアはシスターではなく商売人の方が向いているのではないかと。
本人がショックを受けるといけないので、アウストは黙っておいた。
七日目の昼頃、一行は馬車でパリへの帰路についた。官憲による調べももちろんない。
九日目の夕方、無事にパリへと到着する。
「助かりました〜」
アウラシアはお礼として全員に指輪を渡す。この前プレゼントした指輪と同時に手に入れたものらしい。
アウラシアは明日にもポーム町へ報告の為に急いで戻るのだという。
別れを惜しみながらちびブラ団と冒険者達はアウラシアに手を振るのだった。