酒場の竪琴
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■ショートシナリオ
担当:天田洋介
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月21日〜12月26日
リプレイ公開日:2006年12月28日
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●オープニング
かがり火が照らす夜の酒場には竪琴が奏でられていた。人々のざわめきがあっても、はっきりと音を存在させ、そして邪魔をしない。
テーブルには空けられたワインの容器とカップ。
一人の女性がカップを傾ける。
女性は竪琴の奏者に近い席に座っていた。曲が終わると貨幣を差しだす。新たなリクエストだが、奏者と女性は言葉を交わさない。
女性がリクエストを出す時の曲は決まっていた。初めてリクエストした時、女性は奏者が一番好きな曲を願った。
もの悲しい曲。演奏されたのはそんな曲だった。
女性の名はキャロル。奏者の男の名はビィという。
曲をリクエストするようになってからすでに半年が過ぎようとしていた。その間に何度か話しをした事もある。
ビィは酒場に一人でやってくるキャロルを不思議に思って訊ねる。キャロルは答えようとはしなかった。
「いいじゃない」
この言葉で済まされた。
逆にキャロルが訊ねた事もある。なぜこんな場末でやっているのかと。マシな酒場でも充分にやっていけるはずだと。
「ここが好きなんです」
その言葉で済まされる。
ある夜、ビィの表情が変わった。その険しさに驚いたキャロルは視線の先に振り返る。
右腕に大きな傷を持った巨体の男がテーブルに座ろうとしていた。
キャロルは姿勢を戻すが、目の前にいたはずのビィの姿は消えていた。嫌な予感がしたキャロルは勘定を済ませて外に飛びだす。ビィとは酒場以外であった事はなかった。どこにいるかはわからないが、とにかく探した。
酒場の前にある空き地から竪琴の音が聞こえてくる。キャロルは月明かりの中でビィを探す。
「すみません。途中で消えてしまって」
キャロルに気がついたビィは奏でるのを止める。
「そんなことより‥‥」
キャロルは傷を持つ男の事を問い質す。長い沈黙の後でビィは過去を話し始めた。
数年前までビィと傷を持つ男ギデッツは同じ村に住んでいた。元々ギデッツは評判のよくない男であったが、ビィとは何故か馬が合った。
ある月が出ている夜。今日のような月明かりが照らす。
ビィは目撃する。ギデッツが恋人に刃を振り下ろした姿を。
ビィに見られたギデッツは逃げだした。その日からギデッツの姿は村から消える。
「やっと見つけた。ああいう酒場に奴が立ち寄ると思ってずっと演奏して待っていたんです。酒場から出てきたら住処を調べるつもりです。今すぐにでもやりたい気持ちはあるのですが‥‥」
キャロルはビィの冷たい眼光に後ずさるがこのままにはしておけなかった。
「なぜ君に話してしまったんだろう。奴をやるまで内緒にしてくれないか? そうでないと‥‥」
キャロルは言葉が出ず、その場に立ちつくした。
キャロルは冒険者ギルドを訪れた。
ビィになんとか思いとどまって欲しくて依頼をしようとしたのだ。だがどんな依頼にしたらいいのか思いつかない。一度殺すのを止めさせたとしても繰り返すだろう。
それに自分はビィにとってなんなのかもわからない。ビィが奏者でキャロルはただの客である。
「とにかく、手を貸してくれそうな方々を集めてちょうだい。相談にのって、そのあと一緒に動いてくれる方々を」
キャロルは受付の女性に曖昧な依頼を願った。聖夜祭までもうすぐであった。
●リプレイ本文
●21日
夜の帳が下りて間もない頃、街はずれの酒場のテーブルには五つのカップが置かれていた。ビィが世話になっている酒場とは違うその場所でキャロルの話が始まった。
ビィが恋人をギデッツに殺されるまでの内容が語られると、キャロルは席から腰を浮かしてテーブルに前のめりになる。
「ビィが無事ならなんでもいいの。お願い。救ってあげて」
静かな話し方の中にキャロルの熱い思いが込められている。
「難儀な話だねぇ。まぁ、やれるだけやってみるさ」
スラッシュ・ザ・スレイヤー(eb5486)は紫煙を漂わせると酒で満たされたカップを口に運ぶ。
「怨みは仇を倒す事で、すっきりするものでは無いと思うのだけどね‥‥。やりきれない気持ちもあるんでしょう――」
ラファエル・クアルト(ea8898)は最後に「そんなの虚しい」とつけ加えた。
「よろしくね。みんなでビィさんを止める方法を考えよう」
パトゥーシャ・ジルフィアード(eb5528)は集まった全員に改めて挨拶をする。
「そうですね‥‥止めないといけないな」
アレックス・ミンツ(eb3781)は手にしていたカップを強く握った。
「依頼の間にかかった費用は立て替えておいて。それらも全部支払います」
キャロルが全員の顔を眺める。
「そりゃあいい。酒の土産でももらおうか」
スラッシュが煙草を持ち上げながらいうと、キャロルは無表情に頷いた。
「それじゃあ羊皮紙を買ったので後で頂きますね」
パトゥーシャにも同じように頷く。
「俺はビィとやらがいた村に行ってみようか。キャロル、知ってるんだろ?」
「村にはパリから朝一で行った方がいいわ。さすがに今からは無理ね」
キャロルはスラッシュに地図を渡す。
「明日からになりますが、私は‥‥その仇? のギデッツさんに接触してみようと思う。そして、一応事情を話して、聞いてみたいことがあるし」
「私も右腕に大きな傷のあるギデッツさんを捜すね。ビィさんより先に見つけたいな」
ラファエルとパトゥーシャはとにかくギデッツを捜すつもりでいた。
「アレックスには私からお願いがあるの。ビィを監視して。ギデッツに行動を起こさないか‥‥お願い」
「そういわれたんじゃ仕方ないな。監視に便利な才能もあるし、わかった。受けるか」
アレックスは力強く返事をした。
その日の話し合いは終わる。すべては明日からという結論になり、全員が酒場を後にするのだった。
キャロルが深くフードを被り、夜の家路を急ぐ。
スラッシュはつかず離れず後をつけていた。本格的な行動は明日からだが、今やっておかなければならなかった。
ビィを調べなければ事は始まらない。それを依頼したのはキャロルだ。依頼人が秘密だらけではいろいろと不都合が出てくる。せめてどんな人物かぐらいは把握しておく必要があった。
それにしても、とスラッシュは心の中で呟いた。ここはかなり治安の悪い場所だ。昼間でも女が一人で歩くのは危ない。
ついてゆくと突然周囲と不釣り合いな建物が現れる。貴族のとまではいかないが、立派な屋敷がそびえていた。キャロルは門を潜って屋敷へと消えてゆく。
「おい!」
スラッシュは道ばたに転がる酔っぱらい親父を一人掴まえた。
酔っぱらいによればキャロルはこの屋敷の一人娘らしい。すでに死んでいるが、彼女の父親はこの地域を締めていた組織の頭だったようだ。
スラッシュはもらってきた酒を酔っぱらいの懐に差し込む。
「俺と話したことと一切を忘れろ」
「へっへい! 旦那」
スラッシュは酔っぱらいに睨みをきかせると立ち去るのだった。
●22日
「ありがとう。また一緒の依頼でよろしくね」
パトゥーシャは知り合いの冒険者に手を振る。朝から冒険者ギルドで訊ね回っていた。最初は何もわからなかったが徐々に情報が集まりだす。
ギデッツの評判はかなり悪かった。些細な事で怒り、すぐ人を殴る。彼に関わったおかげで姿を消した者もいる。金は持っているようだがどの様に稼いでいるのかわからなかった。ただ今までずる賢くやってきたのか、衛兵に掴まったりするヘマはやっていないようだ。
ここしばらくは誰も見かけてなく、どこにいるのかはわからなかった。
「あんなに思われているのにな‥‥悲しむ者がいないのならばとめないのだが」
アレックスは壁から顔を出して覗きながら呟いた。ビィの住む家の近くで監視を続けていた。
窓からビィの姿が見える度に殺気を探る。今の所、穏やかな気持ちのようだ。
用意しておいたパンを食べ終わると監視を続けるのだった。
昼間、ラファエルはビィが世話になっている酒場周辺で聞き込みを行った。夜になると酒場でギデッツがこないか注意する。
深く帽子を被ったビィが竪琴を奏でていた。もの悲しい曲が酒場を染める。
ラファエルはギデッツとは別にビィの評判も調べていた。
ギデッツの悪評に比べるまでもなく、ビィは評判のいい男だった。仕事は真面目、客とのトラブルも滅多にない。気のいい奴で周囲の者にも慕われていた。ただ一つだけ気になるのはプライベートに関しては一切口にした事がないらしい。
酒場の離れた席にはビィを監視しているアレックスの姿もあった。パトゥーシャも現れて席に座る。いつもビィが演奏する近くにいるといっていたキャロルの姿はなかった。
月明かりの夜道、スラッシュは村から戻ってパリを歩いていた。
村人に訊いたところによれば、ギデッツは相当な悪だ。
秘密裏に快楽を誘う薬を手に入れて、自分が作りだしたルートで金持ちや貴族相手に売り捌いていた。
「やはり、その場の勢いだけで殺したのかねぇ」
独り言の後でスラッシュは立ち止まる。
丁度ビィが出入りする酒場の前であった。竪琴の奏でるメロディが路上まで聞こえていた。
●23日
夜のある賭場にはラファエル、パトゥーシャ、スラッシュの姿があった。昼間集めた情報でギデッツが出没するのがわかったからだ。
「右腕の傷‥‥ギデッツさんだね」
体の大きな男が賭け事に興じていた。その特徴からまずギデッツに間違いない。
入り口の扉が開き、キャロルが訪れる。
「ギデッツが本当にいるの?」
息を切らせるキャロルにパトゥーシャが頷く。集まるはずだった街はずれの酒場に書き置きを残しておいたのだ。
「あら、久しぶり。覚えてる?」
ラファエルがギデッツに近づいた。
「なんだあ?」
「ビィさんに関わる話しがあります‥‥」
ラファエルが小声で耳打ちするとギデッツは黙って賭け事の席を外した。部屋の隅にあるテーブルに座り、ビールを飲み始める。
「ビィに頼まれて俺を殺しに来たのか? それもいいかも知れんな。とっとと済ませたらどうだ」
ギデッツはぶっきらぼうに話す。キャロルが今までの経緯を伝えると、ギデッツはビールを一気に飲み干してカップをテーブルに叩きつけた。
「理由もなく、親友の恋人を手にかけたりしないよね」
パトゥーシャの問いにギデッツは答えない。ギデッツの向かいにスラッシュが座り、テーブルに足を乗せた。
「ここにいるのを知っているんだ。俺がどんな奴かもわかっているだろ? そういう事だ」
「ならなぜ殺せなんていうの?」
訊ねたキャロルをギデッツはじっと見つめた。
「すべては俺のせいだからな」
表情を変えたギデッツは過去を話し始めた。
ビィの彼女には姉がいた。その姉はかつてギデッツの女だった。ギデッツが扱っていた気分が高揚する薬に手を染めて、錯乱して崖から飛び降りた。鳥かシフールにでもなりたかったビィの彼女の姉はこの世から消え去る。
ビィの彼女はあくまで復讐の為にビィを利用していただけだった。
彼女はビィの元で滅多に村に戻らないギデッツを待ち、淡々と機会を狙っていた。
ある月の出ていた夜、ギデッツは彼女に襲われるが返り討ちにあわせる。その姿をビィに見られてギデッツは村を逃げだしたのだ。
「俺でも恩に感じる。ビィにはガキの時、命を助けられたんだ。この腕の傷はその時についたものさ」
ギデッツが右腕の傷をよく見えるように差しだす。
「このままだと、あなたはビィさんに狙われ続けることになるんだよ」
パトゥーシャの言葉に動じるギデッツではなかった。
「ビィが俺を殺すならそれもいい。俺には相応しい最後だ」
ギデッツは一方的に話すと賭場を立ち去った。
冒険者達とキャロルは賭場を後にして歩いていた。
「一つ、聞いてくれますか?」
ラファエルがキャロルをじっと見つめる。
「苦しい気持ちを晴らす為、復讐なんて止めて欲しいとキャロルさんの口から伝えてあげて。後に残るのは後悔だけだから」
「わたしが何をいったって‥‥」
キャロルは下を向いて口を噤む。
「素直になって。彼にとって、貴女が何なのか、とか。そういうことを考えるんじゃないと思うの。貴女が、ビィさんに手を汚して欲しくない。そう思ってるってのが大事で、伝える事で抑止にもなるんじゃないかしら」
ラファエルの説得にキャロルがその場に立ち尽くした。
「お、いたか」
曲がり角からアレックスが現れる。書き置きを見て賭場に向かう途中だったらしい。
「さっきビィがものすごい殺気を放っていた。昼間に監視をしてた時、書き置きにあった賭場を遠くから眺めていたからまず‥‥。賭場にギデッツが現れているのを知っているな」
アレックスの言葉にキャロルは深い悲しみの表情を浮かべた。
●24日
朝からビィを監視していたアレックスは様子のおかしさに気づく。調べれば住処はもぬけの殻だった。監視されているのに気がついたのか、昨晩みんなの元にいった時に出かけたのかはわからないが、緊急事態なのは確かだ。アレックスは急いで他の者達と合流する。
冒険者達とキャロルは昨日の賭場の周辺に待機していた。いつビィが現れても止められるようにである。
太陽が高く昇り、そして夕日に変わる。やがて闇が訪れた。
ギデッツはすでに賭場の中にいた。その表情から死の覚悟が窺えた。それでもとラファエルとパトゥーシャは賭場の中でギデッツの説得を続けていた。
「しかし、大人になると自分を誤魔化すのが上手くなっていけねぇやな」
寒空で賭場を監視するスラッシュがアレックスに話しかける。
「大事な事に気づいても、今まで歩いちまった分、後戻りがきかねぇとかよ。大事な人に気づいても、昔と決別できねぇから、自分の思いを伝えられやしねぇ。ったく世話が焼ける連中だぜ」
アレックスは微笑みながら頷いて体を温める為の酒をスラッシュに渡す。スラッシュは容器に口をつける。
「この殺気は!」
アレックスが賭場に近づく影を眺める。
「ビィだ。俺は中にいる者に知らせるからな」
アレックスは裏道を通って賭場に向かった。スラッシュは辺りを見回す。みんなの食事を買いにいったキャロルは戻っていなかった。
「キャロルは‥‥まだきてねえ。仕方ねえな」
スラッシュはビィに近く。
「悪ぃ、アンチャン、煙草持ってねぇか? 一本売ってくれよ」
「すまない。煙草はやらないんだ。他を当たってくれないか」
「そういうなって。持ってんだろ?」
スラッシュが時間稼ぎをしている内にキャロルが姿を現した。スラッシュはビィの側を離れる。ビィが再び賭場に向かおうとするが、キャロルが立ちはだかった。
「君は‥‥退いてくれないか?」
キャロルはビィの腕を掴まえて放そうとしない。
「話しを聞いて」
「そんな暇はない。これからやる事が」
「いいから聞いて! ‥‥お願い」
キャロルは自分の過去を話し始める。
キャロルは幼い頃、親父に殴られて育った。お前は俺に似ていないといわれ続けた。娘から見ても母親は相当な男好きだった。自分の父親は誰とも知れぬ者なんだとキャロルは幼い頃に悟っていた。
「面白いもんで、わたしが選んじまうのは育ての父親に似た男ばかりでね。たまたま、すべての縁が切れて、ふと立ち寄った酒場であんたが竪琴を奏でていたのさ。がらにもなく涙が出てきてね――」
キャロルの取り留めのない話しが続く。最初は腕を払おうとしていたビィだが、今は黙って聞いていた。説得にはなっていないが、気持ちは伝わっているようだ。
ビィの前に現れようとしていたギデッツも物影で耳を傾けている。知らせにいったアレックスとラファエル、パトゥーシャの姿も近くにあった。
「今、俺がいったらあの二人はダメになるか‥‥」
ギデッツはビィのいる方向に背を向けた。
「ねえちゃん、さっきいった通り、俺は手紙なんぞ書くつもりはない。ねえちゃんが書いて渡してやってくれ。だが今のビィに渡しても怒りの炎が燃え上がるだけだろう。あのビィを掴まえている女に渡してやってくれや。うまくやってくれるだろうさ」
一度は歩きだしたギデッツが止まって振り返る。
「俺がどんな人間だか知ってて逃がすなんて‥‥あんたらはいいのかい?」
「罪があるのなら、いつかは裁かれるだろうさ」
アレックスが答えるとギデッツは背中を向けたまま手を振り、街角に消えた。
●25日
竪琴を奏でるビィのすぐ近くでキャロルはワインを口にしていた。その様子を遠くのテーブルから冒険者達は眺める。
ギデッツは朝早くパリからどこかに出発したようだ。パトゥーシャが書いたギデッツが語った内容の手紙はキャロルに渡される。いつかビィの心の傷が癒えた時に開けられるはずだ。
「何で俺がキューピッドなんかしちまったんだ!」
スラッシュが酒を口にしながら当たり散らした。
「まーまー、よかったじゃないですか」
ラファエルがスラッシュのカップに自分のを当てて乾杯する。それを見てアレックスとパトゥーシャも乾杯をした。
「昨日の夜はビィさんとキャロルさん、ふたりっきりで過ごしたのかしら」
「あらー。熱々?」
「大人だからな」
「あぁっ、なんか腹立ってきたぜ!! 畜生! 一服だ、一服!」
冒険者達のテーブルが賑やかなのをよそに、ビィの竪琴は続いていた。奏でられていたのは、少しだけだが希望がうかがえるそんな曲だった。