●リプレイ本文
●集合
快晴のパリの空の下、ジョワーズ・パリ支店の前には一両の馬車が停まっていた。
「私達が来た以上、出張料理には安心してベストメンバーを派遣してくださって結構ですわ」
リリー・ストーム(ea9927)は、出かけるコックや給仕を安心させる為に満面の笑みと自信を携えた瞳で挨拶をした。
冒険者は全員が残り、パリ支店をバックアップする。注意すべき点はすでに聞いてあった。後は気持ちよく送りだすだけだ。
「聖夜祭の時はありがとぅ。お陰様で、多くの人に美味しく食べて貰えたよ」
明王院月与(eb3600)は以前にチーズのアドバイスをしてくれたコック長に感謝していた。今度は自分が恩返しする番である。
「冒険者のみなさん、ありがとう。細かい点でわからない事はマスターに訊いて欲しい。それでは行って来るよ」
コック長がその場の全員に挨拶をする。
「より多くの方々に、この味が親しまれると思うと、嬉しいですね」
国乃木は出かける従業員達に向けて祝福の言葉をかけた。授業員達は馬車に乗り込んでゆく。
「いってらっしゃいませ。頑張ってくださいねー♪」
軽快に走り去る馬車に向かって仲間と一緒に鳳双樹(eb8121)は手を振った。そしてフェアリーの雲母と一緒に脇をしめて拳を胸の前に置いて気合いを入れる。ドジを踏まないようにと。
「では中で詳しく仕事の話しでもしましょうか」
マスターがドアを開けて店内へと入り、みんなも続いた。
フロアで話し合う前に、男女で分かれて着替えの時間となる。
「何でもやるつもりだが、まずはこの格好からだな」
エイジ・シドリ(eb1875)はウェイター用の黒がビシッと決まった服へと着替える。接客から始まり、簡単な料理や皿洗いでも出来ることは全部するつもりであった。
「文乃はこの格好にどういう感想をもつだろう‥‥」
長寿院文淳(eb0711)は演奏でフロア内をよい雰囲気にしようと考えていた。
目立つつもりはないので店の雰囲気に合わせる為にエイジと同じウェイター用の服を着ようとしていた。だが一口にウェイター用の服といっても個性があり、西洋の服を着慣れない長寿院は迷うのだった。
「給仕ならばお任せ下さい。こちらをお借り致します」
初日手伝いのセバスチャンもウェイターの服に着替えた。
一方、女性用の着替え室は人数が多い事もあってとても賑やかであった。
「もう少しここが空いてたら格好いいしぃ〜。あっ、こっちのフリル、かわいくない?」
マアヤ・エンリケ(ec2494)は手鏡で自分の姿を確かめる。自分なりにアレンジを加えていった。
「調理場でがんばるつもりよ」
明王院はウェイトレスの一人に訊かれてニッと笑う。いろいろと考えてきた事があった。
「こんな感じでどうでしょうか」
「後ろの結びは大きめにして、華やかにいきましょう」
双樹はリリーに意見を求めながらウェイトレス姿を決めてゆく。リリーはさすがに慣れているだけあってウェイトレス姿が様になっていた。
静かな食事を求めるお客用にジョワーズには個室が用意されている。お忍びでやって来る貴族のお客も多いようだ。リリーは貴族出身の気品を持ってよりよい応対をするつもりであった。
「文淳兄ィとは久しぶりだから嬉しいわね」
頴娃文乃もウェイレス姿に変身する。初日のみだがお手伝いである。
チサトとエフェリアは別室で羊皮紙ワッペンを作製していた。
「これで、いいですか?」
「はい♪」
エフェリアはチサトが切り抜いたワッペンに絵を描く。メニューに貼り付けるオススメ表示である。
「ふふふのふ〜なのですよ〜♪」
その時、リアはマスターと話してパリ支店を出る。仲間には内緒でお食事会の予約をしたのだ。
全員が集まり、あらためて仕事の割り振りが行われる。
五日間に渡るジョワーズ・パリ支店のお手伝いが始まるのであった。
●明王院
「これ、コック長は忙しそうだったから‥‥どこにいったっけ‥‥あった♪」
明王院はマスターにチーズケーキのレシピを書いた紙を取りだしてマスターに手渡した。
出来るならばシュクレ堂と協力し、チーズケーキをこの店で振る舞えるようにしたいと明王院は考えていた。打ち明けるとマスターから許可が出る。
その前に明王院はやらなければならない事がたくさんあった。
出張料理に向かったのはすべてのコックではない。だが、普段よりコックが少ないのは確かである。
メニューを絞る為の方策をし、名物のスープ類用に鉄人の鍋を貸しだした。
チサトにはシュクレ堂への連絡を頼む。
「実はね――」
一日目は無理をせず、既存のメニュー作りを行った。しかし料理作りをしながら残ったコック達と新メニューの相談をする。
考えてきた新メニューは出発の忙しい最中であったが、コック長にレシピを見せて話しは通してある。後はマスターが試食をして許可してもらえれば、メニューに加える事が出来る。
新作料理とは名物のチーズとワインがとかされた鍋にシュクレ堂のパンをつけて頂く料理であった。
●エイジ
「いらっしゃいませ。メニューにある、こちらのマーク入りがオススメになっています」
エイジはウェイターとして接客を行う。
妹とチサトが共同で作ったワッペンを活用した。
主に女性客を相手にエイジは注文を取って料理を運んだ。これは以前にもやって、すでに慣れていた仕事だ。
パリ支店は忙しく、ひっきりなしで客が入れ替わる。その度にテーブルを片づけては食器類を運んだ。
食器洗いが間に合わなくなり、エイジは給仕を仲間に任せて手伝い始めた。
「ありがとうね〜。わたし一人じゃ手が足りなくて〜」
一人で頑張っていた食器洗いの女の子に笑顔で感謝され、エイジは頷いて答える。
「女の敵です‥‥」
小声で何かが聞こえてエイジは振り向く。ウェイトレスをしていた妹のエフェリアがすれ違い様に呟いたようだが、はっきりとは聞き取れなかった。
ナンパはしないが、美少女大好きのエイジである。今しばらく至福の時を過ごすのであった。
●マアヤ
「マカナイで食べたけどぉ、けっこういけるよ。これ」
動くとおへそが出る着こなしのウェイトレス・マアヤは男性客にウインクをして、オススメ料理を知らせる。
多くの客には普通に対応をし、気に入ったお客にはうち解けた感じで話しかけた。
普段よりコックの数が少ないので、なるべくメニューを絞る作戦を仲間は決めていた。マアヤもお手伝いである。
さっきは食器洗いをしてみたが、水は冷たいし、どうにもこうにもすぐに飽きてしまった。
忙しくはあったがウェイトレスの方が楽しい。ちょっといい男と話し込んだりして注意を受けたりしながら、仕事はこなすマアヤであった。
●長寿院
楽しい家族の語らい。恋人達の笑顔。友だち同士のお喋り。
たくさんのテーブルにはそれだけ幸せの時が流れていた。
長寿院は椅子に座って竪琴を奏でる。
「文淳兄ィ、懐かしいね‥‥」
ウェイトレスをする文乃が通りすがりに長寿院を褒めてゆく。
長寿院はなるべくお客の邪魔をせずに、でしゃばらないように努めて演奏を続ける。
居て心地よい空間にすべく、時折楽器も笛に変えたり、琵琶にもしてみた。
パリ支店から帰るお客の顔が笑顔であったのなら、それは少しでも自分が役に立てたと感じる瞬間だ。
たまにジョワーズでも吟遊詩人を雇い、演奏をフロア内に流しているようである。
冒険者としては敵わぬ事だが、出来るならば長く雇ってもらいたいとも思う長寿院であった。
●双樹
「こんにちはー♪ ジョワーズにようこそ!」
双樹はお客をテーブルまで誘導して注文をとる。
「妖精だぁ〜。飛んでるよ〜」
ジョワーズには子供連れの家族も多い。大抵の子供は双樹のフェアリー、雲母に興味を示した。
「雲母ちゃんっていうのよ。はい♪ ごあいさつしましょうね」
双樹が笑顔で挨拶をすると雲母もマネをする。それを見た子供達も笑顔になる。
明王院が考えた新作料理の許可をマスターが出し、さっそくメニューに書き加えられる。双樹も食べてみたが、ワイン風味のチーズがくるまったパンはとても美味しい。これなら個室を予約をしたリア一行も満足するはずだと双樹は考えた。
数日が経ち、リア一行が訪れて応対を主に双樹が行う。エフェリアも一緒にやって来てプレ・サレのお肉料理を楽しんでいた。
(「あたしはオジャマぽいですし‥‥」)
食器洗いを手伝おうとした双樹であったが、エイジの様子に止めておいた。任せておいた方が誰もが幸せそうだ。
双樹は以前からジョワーズ・パリ支店と関わりをもっていた。
(「新作料理、食べたらどんな顔をするんだろ‥‥」)
仲良しの冒険者ギルド嬢を思いだす双樹であった。
●リリー
「すご〜い。こんなに変わるんだ。ねえ、見てみて〜♪」
ウェイトレスの女の子が声をあげる。リリーが化粧を施してくれたのを鏡で見て喜んでいたのだ。
ウェイトレス仲間ですごいすごいと評判になる。
「個室のお客様の中には貴族の方々もいらっしゃると聞きましたけど――」
リリーが一人のウェイトレスに訊ねた所、どうやら本当であった。今回のように出張こそは頼まれていなかったが、来客としては前からそれなりにいるそうだ。
「貴族の食事会を体験している私が、チェックしてあげる」
リリーは比較的早く片付けが終わった夜にアドバイスをしてあげた。
化粧と貴族への応対をアドバイスをしてもらったウェイトレスの中にはリリーを『お姉さま』と呼ぶ隠れファンまで現れた。もっとも本人には内緒にしていたようだが。
五日間に二組の貴族ご一行がジョワーズを訪れる。
リリーはウェイトレス達と一緒に応対し、フォローを入れてあげた。
ますますリリーの評価は高まったのだが、それでも内緒にしておくジョワーズ・パリ支店のウェイトレス達。
フリフリのフリル付き服を着ながらも、敬虔なるジーザス教白教義信者達であった。
●お帰り
五日目の昼過ぎ、貴族の屋敷に出張料理をしに出かけていた従業員達が戻ってきた。
一気に人手が元に戻り、最後の日ということもあって冒険者達は歓迎を受ける。個室が空いていたので食事が振る舞われたのだ。
「新作メニュ〜、すごぉくなってない?」
マアヤは試食の時より美味しく感じていた。
「少しずつ、割合とか変えてみたんだよ。パンもいろんな種類用意してくれたんで、よく合うの探せたし。後でシュクレ堂にオジフさんにお礼いわなくっちゃ」
明王院も新作料理の出来に満足げである。
「コック長が自分もがんばらないとっていってましたよ♪」
双樹は肩に雲母を乗せて美味しく料理を頂いた。
「終わってしまうのか‥‥」
エイジは食事が進まずにぼうっとしていた。
「では私が一曲、弾かせて頂きます」
食事が終わる頃、長寿院が竪琴を取りだして奏で始める。その音楽はエイジの心に染みた。
「‥‥結構がんばったんだけど‥‥、懐いてくれるウェイトレスの娘達、いなかったわねぇ‥‥。でもうまくいったし」
リリーはハーブワインを呑みながらため息をつく。積極的ではなかったので、本人は気がつかなかったようだ。
「みなさん、ありがとうございました。出張料理の方もうまくいったようです。行った従業員達がこんなお酒をもらってきたのです。どうぞお持ちになって下さい」
マスターが冒険者達に一本ずつ手渡したのは魅酒『ロマンス』である。
夕方頃、冒険者達はジョワーズ・パリ支店を後にする。
一行は無事にやり遂げた事を報告する為、冒険者ギルドへと向かうのだった。