●リプレイ本文
●村
「今回は先行する方が多かったですね。あ、旦那様、見えましたわ」
柊冬霞(ec0037)は一緒に馬車の御者台へ座るデュカスと話していた。
「少し早めに着いたね」
二日目の暮れなずむ頃、デュカスは村が見えて馬車の速度を緩めた。御者台の後ろにある馬車の戸を誰かが開く。
「久しぶりですね。謝肉祭以来です」
エルディン・アトワイト(ec0290)が窓から顔を覗かせた。
「ちょっと退いてぇくれるかぁい?」
「うわぁ!」
エルディンは耳元のなま暖かさに声をあげる。レシーア・アルティアス(eb9782)が息を吹きかけたのである。
「ど、どうぞ」
「すまないねぇ」
エルディンはレシーアに場所を譲った。
「デュカス、美味しいお酒が出来たって本当かぁい?」
「発泡酒はたくさんありますよ」
レシーアはデュカスの答えを聞きながら、振り返った冬霞と目を合わせて笑う。
「先に行って村のみなさんに挨拶してきますね。子供さん達は元気かしら」
アイシャ・オルテンシア(ec2418)は一声かけると愛馬ミオンで駆けてゆく。馬車には乗らず、騎乗して護衛してくれていたアイシャであった。
馬車は堀にかけられた橋を渡り、塀の間にある門を潜り抜けて村の中に入る。
「デュカス村長、おかえりなさい〜」
「兄さん、おかえり」
先行していたスズカ・アークライト(eb8113)がフェルナールと一緒に現れる。剣の稽古をしていたようだ。
「みなさん、ご到着されましたか」
「ちょうどよいタイミングでしたわ」
子供達と一緒にセタ(ec4009)と国乃木めい(ec0669)が馬車に近づいた。方角からして森からの帰りだろう。
「可愛い子豚さんがいっぱいいました。ね、みなさん」
「うん!」
セタは子供達に声をかけてニコリと微笑む。『美味しそうだった』とは心の中だけで呟いた。
「いいなあ。豚さん、見たかったな」
「明日行こうよ。お姉ちゃん」
馬から降りたアイシャが屈んで子供達と話す。
「よくここまでの復興を‥‥皆さんの努力の賜物ですね」
「冒険者のみなさんのおかげでもあります」
国乃木はデュカスに声をかける。
「収穫期を終え、大地の幸が乏しいこの時期は、野獣等の襲撃が多いと聞きます。この子達の為にも平和な時こそ、備えを忘れてはなりませんよ」
国乃木は一抹の不安を口にする。
その不安と同じもの感じていたのか、フランシス・マルデローロ(eb5266)が浮かない表情をして現れた。
「どうかしたのかい?」
レシーアがフランシスに声をかける。
「昼間に村の状況を調べていたら旅人を見かけた。今はもう立ち去ったが」
「ねぇ、ワンバ。あたしが知ってる限り、この村に立ち寄る旅人なんて滅多にいないんだけど、最近どうなのぉ?」
現れたワンバにレシーアが訊ねる。フランシスもワンバに注目した。
「一般的な交通路からエテルネル村は離れているやさかい、滅多にいませんや。‥‥おいらは仕事してて知らんのやけど、どんな奴でしたんや?」
ワンバの問いにフランシスが答える。塀の構造や見張り台の位置を調べていたような印象を受けたようだ。
「ちぃ〜とばかり、注意しとかなあかんようやな」
ワンバは言葉とは裏腹に深刻な表情で呟くのだった。
夕日の中、エルディンは植物の本を片手に村の畑を見回る。寒さにも負けない植物もあったが、緑はまだまだだ。
麦も連作を避ける為に他の栽培植物と畑を交代させてるようだ。
「ん?」
エルディンは遠くの丘に何か光ったものを見かける。目を凝らしてみるが、二度目はなかった。
嫌な予感を感じながらエルディンは家屋に戻った。
日も暮れて、冒険者達は男女別の家屋に分かれて休んでいた。人数が多い女用の家屋は賑やかである。
「子豚さん、可愛かったです」
アイシャは子豚をすでに見ていた。明日では我慢出来なかったようだ。
「そうでしょう。とっても♪」
セタが笑顔で頷く。
「そりゃいいことだねぇん。あら、冬霞は?」
発泡酒を呑みながらレシーアは室内を見回した。
「冬霞さんなら、デュカスさん達の世話をしに行きましたわ」
知っていた国乃木がレシーアに教える。
「私もフェルナール君、からかいに行こうかしら」
スズカがちょっといじわるそうな顔をする。
「いってらっしゃい〜。んじぁ、そういうことで」
レシーアは占いを始めた。タロットを板間へと一枚ずつ置いてゆく。
「どうしたんです?」
レシーアのしかめた表情に気がついたアイシャが板間の上を四つん這いで近づく。
「な、なんでもないさぁ〜」
レシーアは手にしていたタロットを板間にばらまいて両手でかき混ぜた。
結果の悪さにレシーアは占いをやり直す。だが多少の揺らぎはあるにしろ、悪い結果しか出なかった。
「そんなことがあったのか。気を付けておこう」
男用の家屋ではフランシスが見張りに向かう途中であった。エルディンが光ったものを見かけた事を伝える。
「不審な旅人が現れた件もありますし、なんだか胸騒ぎがします」
エルディンは腕を組んで考える。
「とにかく注意を怠らないようにしよう。わしも一つだけだが、不審な点を見つけた。だから見張りを買って出たのだが」
「不審とは?」
「かなり遠くだが、焚き火の跡があった。真新しいもので村人に聞いてみたが誰も知らなかった‥‥」
会話を終えるとフランシスは見張り台へ行き、エルディンは家屋に留まる。
何かあっても動けるように身体を休めようとエルディンはベットに横になる。だが目が冴えて眠れなかった。
●襲来
真夜中に警鐘が鳴らされて村中に響き渡る。
起きていたレシーアは真っ先に家屋を飛びだす。
ほとんど同時にエルディンも隣りの男用家屋から顔を出す。
夜空には火矢の軌跡がいくつも見えた。
「盗賊が荷馬車を何両もぶつけて来た! さらに長い丸太を何本も堀に渡している!」
走って戻ってきたフランシスが状況を説明する。他の仲間達も目を覚まして集まっていた。
「火は困るわね」
レシーアは仲間に回復の薬を渡すとウェザーコントロールを使う。曇っているので雨は降るだろうが、変化するまで待たなくてはならない。
「行こう!」
「わかった。急ごう」
エルディンがフランシスの肩を叩き、一緒に走り始める。
「シロ、ついてきてくださいね。では」
国乃木は愛犬と一緒に二人を追う。
「フェルナール君はアイシャさんと賊の迎撃をして! 貸した剣は持ってるわね。私は賊の頭を探してくるわ」
スズカがベゾムの用意をしながらフェルナールに話しかけた。
「フェルナール君、私の背中を任せられるかしら」
「わかりました。行きましょう」
アイシャとフェルナールは一緒に駆けだした。
「冬霞はデュカスと一緒に‥‥」
飛び去るスズカの声の最後を、冬霞とデュカスは聞き取れない。だが気持ちは伝わった。スズカの愛犬は空飛ぶ主人を追いかけてゆく。
「急いで村の方々を集めたいと思います。旦那様もお願い出来ますか?」
「わかった。ぼくたちの家屋にみんなを集めよう」
冬霞とデュカスは村人達の安全を優先させる。
「豚さんが気になります。森へ行ってきます」
「お願いするね」
セタはデュカスに声をかけ、空飛ぶ木臼で森の方角へ一直線に飛んでゆく。
「避難誘導を手伝うわぁ。デュカスは冬霞と一緒にいてあげてねぇ〜」
「これを」
デュカスは点けたたいまつをレシーアに手渡した。レシーアは手を振りながら闇に消えてゆく。
「やっぱ、こういうことでしたかい」
ワンバが現れてデュカスに声をかける。
「動いてきますわ。何かあれば連絡するよってに」
「ワンバ、無理をしないでくれ」
デュカスに頷いたワンバも姿を消す。
「急ごう、冬霞」
「はい」
デュカスと冬霞は家から出てきた村人達に声をかけてゆく。
やがて雨が降り始め、藁葺き屋根の炎は消える。
ただし盗賊共との戦いは、これからが本番であった。
●攻防
「落ち着いて、私。狂化なんかしてる余裕はないの」
村の境界では激しい戦闘が繰り広げられていた。
アイシャは言葉で挑発して敵を誘導しようと考えていたが当てが外れる。ある意味では目論み通りなのだが。
塀を乗り越えた盗賊共はアイシャとフェルナールを見つけるやいなや襲ってきた。
実力は大したことはないが盗賊共は戦い慣れている。一人に対し、必ず二人以上で攻撃を仕掛けてきたのだ。
振るった剣が盗賊の剣とぶつかり合う。
「村人さんには指一本触れさせない!」
アイシャは流しては身体の位置を変え、フェルナールと連携する。
雨が降っても塀の炎は衰えはしなかった。
「シロ!」
国乃木は愛犬を盗賊に飛びかからせる。出来た隙にコアギュレイトを使い、盗賊を動けなくする。
アイシャとフェルナールは一気に盗賊共を倒して泥水を啜らせる。
「この村を荒野にはさせません!」
国乃木は塀をよじ登ってくる盗賊を見つけてはコアギュレイトで足止めをした。国乃木の守りは愛犬シロの役目である。
全てを押しとどめる事は国乃木でも無理だ。アイシャとフェルナールが駆けつけては盗賊と対峙するのであった。
●標的
(「あいつか‥‥」)
フランシスは矢を放つのを止め、塀の隙間から盗賊共の様子を確認する。後方に控えている二人が風体からいってもウィザードのようである。
盗賊共が突っ込ませた馬車は堀に落ちて重なり、最後には橋のようになった。
そこにファイヤーボムが放たれて、馬車に積まれていた大量の油へ引火し、塀が燃え上がったのだ。
フランシスは呼吸を整える。ウィザード二人との射程距離はギリギリである。
発見時、武器放棄を呼びかけても聞く耳をもたなかった奴らである。遠慮はいらなかった。
フランシスは慎重に弓を引き、矢を放つ。
見事、ウィザードの喉に当たった。しかしもう一人のウィザードが身を隠す。
魔法が使える距離に近づけなければよいと、フランシスは矢を放ち、牽制を続けるのであった。
●囲いの森
「あれは?」
森の中、盗賊の二人組が頭上を見上げた。
大木の枝に灯るランタンが吊り下げられていたのを見つけたのである。
二人の盗賊が状況に気がついた時はもう遅かった。
「死にたく無ければ武器を捨て投降して下さい!」
先制の初撃はセタから始まった。
小太刀で斬りつけられた一人が足を滑らせて転ぶ。
セタにとって最大のチャンスである。盗賊の実力は未知数だが、同時に二人より一人を相手にする方が楽に決まっていた。
セタは倒れている盗賊の顎を蹴り上げると、もう一人との間合いを詰める。振り下ろされた斧を間髪で避け、振り向き様に小太刀を振るう。
狙うは首か斧を握る利き手である。
小太刀は盗賊の首を掠めただけだが血が吹きだした。盗賊が思わず首を抑えたところをセタは見逃さない。
仕留められて倒れる盗賊と、起きあがるもう一人の盗賊。
「人を殺め、物を盗む事を生業とする貴方達相手に手加減する気は一切ありません」
セタが言い放つと、盗賊はせせら笑った。
剣を振りかざし向かってくる盗賊に、セタも足を踏みだす。
勝負が決まり、盗賊が倒れる。だがセタも傷ついた。
「大丈夫‥‥」
セタは柵の近くに集まる子豚へ優しく声をかける。そしてレシーアからもらった回復の薬を使った。
●強要
「捕まえてきました」
デュカスの家屋のドアが叩かれ、冬霞によって開けられる。
エルディンは縛った盗賊をレシーアのいる小部屋へと連れていった。
「後は任せてねぇ〜」
レシーアに頷いたエルディンは村人達がいる部屋へと戻る。
「エルディン様、少しお待ちを」
冬霞が怪我していたエルディンをリカバーで治療する。
「あう♪」
「なに、気持ちよさそうな顔してんのよぉ!」
小部屋からレシーアと盗賊の声が聞こえ、冬霞とエルディンは顔を見合わせた。デュカスは周辺を警戒中で部屋にはいなかった。
その後、何度か大きな物音がした後で、小部屋の戸が開かれる。
「合図の仕方を聞いたよぉ。この笛を三回吹いて、さらに三回だってさ」
レシーアは気絶している盗賊を小突きながらエルディンに伝える。
「わかりました。急いで盗賊共が聞こえそうな所で吹いてきます」
エルディンはデュカスの家屋から飛びだしてゆく。心配になったようでレシーアもついていった。
何だかわからずに子供達が突然に泣きだす。
「大丈夫ですよ。強いお姉さん達がみんなやっつけてくださいますから」
冬霞は子供達をなだめる。
(「皆様、どうかご無事で」)
冬霞は心の中で仲間達の無事を祈った。
●お頭
(「向こうが相手の気をひいてくれているうちになんとかしないと」)
スズカは盗賊のお頭を発見した。
岩陰に隠れて窺っていると、突然口を塞がれて羽交い締めにされる。しくじったとスズカは思ったが違った。後ろにいたのはワンバである。
ワンバは犬に好かれるようでスズカの愛犬は吠えなかった。
「逃げ足だけは自信があるんでさあ。囮になりますんで、その間に盗賊の頭を潰してくれやすか?」
ワンバはスズカの耳元で囁く。そして飛びだしてた。
「誰かいたぞ!」
盗賊のお頭の回りにいた二人がワンバを追いかけてゆく。
「もお、ワンバったら! 勾玉を使おうと思ってたのに!」
スズカも剣を手に岩陰から飛びだす。
「どこの誰だか知らないけど、私達がいたのが運のつきね!」
走ってゆく間にスズカの表情は引き締まる。
「何だ! てめぇは!」
盗賊のお頭は岩から立ち上がると、巨大な斧をぶん回した。
「鈍いわよ」
スズカは走る勢いのまま、一撃を喰らわせた。倒れはしなかったものの、お頭がぐらつく。
「ん?」
お頭は唸る。
その理由はスズカにも分かる。笛の音が遠くで鳴っていた。
「じゃあな! つえぇ、姉ちゃんよ!」
お頭が岩によじ登ると反対側へ飛び降りる。
追いかけたスズカが見たのは、馬に乗ったお頭が逃げる姿であった。
他の盗賊共も次々と村から離れてゆく。
スズカは仲間が撤退させてくれたとすぐに気がついた。
●そして
村人に怪我人はなく、仲間も怪我で済んだ。回復の薬やリカバーで事足りる。
村の被害は少しだけあった。堀の一部が馬車で埋められ、塀の一部が焼かれてしまった。家屋もわずかだが焼かれる。
森の豚達は無事である。
冒険者達は残った期間を村の修理に費やす。
フランシスには使った数より少なかったが、村にあった矢が渡される。
七日目の夕方、冒険者達はパリへと戻った。
捕まえた盗賊の一部は官憲に引き渡される。
デュカスは冒険者一人一人にたいまつを渡した。いつかもっとよいお礼がしたいといいながら。
逃げていった盗賊共がいつ戻ってくるのかわからない。
デュカスは冒険者達を見送った後、エテルネル村の守りをどうすればいいのか考え続けるのだった。