●リプレイ本文
●出発
羊皮紙に書かれた案内がすでに冒険者全員に配られていた。村の様子と雪像氷像についてが書かれている。白髭の老爺のドワーフ村では、像の展示で観光客を当て込んでいるようだ。
「これこれ、動くんぢゃのうて」
午前中、青柳燕(eb1165)は知り合いの鹿角のペットであるフェアリーの凛を描いていた。
主人である鹿角も連れていって凛をモデルにしようとしたが、よく考えればお手伝いに頼めるのは初日のみだ。なので凛の絵を描いて持っていくことにした。案内の裏を利用する。
「まさか、ジャパンではなくパリで会うとはのう」
青柳はフェアリーの凛を落ち着けるのに必死な鹿角に話しかける。二人は先日酒場でばったりと会ったようだ。
「ちょっと野暮用でパリまで来たんだ。凛、これあげるからじっとしてて」
「鹿角にモデルにでもなって貰おうかと考えちょったが、凛にしたのは‥‥動くんぢゃなか。それはそうと、十二単は想像で着せとこうかの」
青柳は苦労してフェアリーを描きあげたのだった。
「身一つでいいというし、気軽に出かけますわ」
天津風美沙樹(eb5363)は見送りに来てくれたリリーと一緒に歩いていた。
「乾燥肌によくて、お肌スベスベみたい。それにね――」
リリーは頼まれてもいないのに向かう村の温泉の効能を調べたようだ。
「美沙樹ちゃん、いいな〜いいな〜私も用事が無かったら行きたかったな〜」
拗ねるリリーに天津風はよしよしと頭を撫でた。
「ええっそうなんですか?」
グラン・ルフェ(eb6596)は待ち合わせ場所にいた。どうやらお手伝いを頼めるのは最初の一日だけらしい。ボアンは雪像用の雪を集めたり、無駄な場所にある雪かきをして手伝おうとしたが仕方なく諦めた。
代わりの手伝いとして絵心のあるボアンは白髭の老爺を描く事にした。やってきた青柳に筆記用具を借り、案内の裏へと白髭の老爺をモデルにサンタクロースを描く。
「これでばっちりだ」
グランはボアンに礼をいうのだった。
「クルトを一緒に連れてこうと思うけど‥大丈夫かな?」
ティル・ハーシュ(eb8372)は白髭の老爺に幼い戦闘馬であるクルトを連れていけるか相談していた。
「平気じゃ。ついでにパリで買い出しする為の貨物専用の馬車もあるしの。そっちに載せれば大丈夫。藁もあるから中に入っていれば暖かいはずじゃ」
ティルはクルトに抱きつきながら喜ぶ。少し狭いがクルトは貨物で四方を囲まれた場所に載せられる。藁がたくさん置かれているので寒空でも一日くらいは大丈夫なはずだ。
冒険者達全員が集まり、馬車は出発する。道中、冒険者達はどんな像を作るとかこれからを想像しながら和気藹々と過ごす。
正午に出発した為、村に着いたのは真夜中であった。遅い時間なので食事を頂くと冒険者達は早めに寝るのであった。
●準備
二日目、冒険者達は像を飾る広場を訪れた。雪は降っていたが視界を遮る程ではなかった。
「みなさん雪像のようじゃの。氷像の場合は近くの湖から氷を切りださなくてはならんのじゃがその必要はなさそうじゃ」
白髭の老爺が説明しながら既に何十もの像が立てられている中を進む。それぞれの冒険者に割り当てられた場所は少しずつだが離れていた。意識しなければ誰がどんな仕上がりかわからない状態だ。
「ご希望で男性の補助のもんか、女性の補助のもんか選んでもらいますのじゃ」
冒険者達は髭の老爺についてきていた者の中から選んで作業を始める。
昨晩、どの程度の像を作るかは村の者に教えてあった。置かれていた木枠はそれに適った大きさだ。
今日は木枠の中に雪を詰めて固める作業に費やされる。本格的な作業は明日からとなるので、冒険者達は日が暮れる前に宿へと戻るのだった。
湯気がたちこめる一角には岩で組まれた露天風呂があった。
飲泉の場合はそのままでいいが、体を浸すとなればぬるく感じてしまう。焼いた岩が置かれた一帯を通ってより熱くなった温泉が露天風呂には注がれていた。
「まさかこんな異国の地で入れるとは思っとらんかったぞい。風流ぢゃの」
青柳は湯に入って空を見上げた。ふわりふわりと雪が舞い落ちては湯煙に消えてゆく。
露天風呂に浮かす木桶には酒を入れた容器が入れられていた。小さな器に酒を注いでは傾ける。
「遅くなりましたわ」
天津風は青柳からかなり遅れて露天風呂に現れた。湯を木桶で肩にかけてから露天風呂に入る。
「なにかあったのぢゃろうか?」
「いえ、念の為を少し」
「それはそうと一杯傾けようぞ」
「頂きますわ」
天津風は青柳に器を渡されて、酒を注いでもらった。かわって酒を青柳に注いだ。
「ここの温泉はお肌スベスベになるみたいですわ」
「それはいいのお」
雲の切れ間から月と星空が現れる。一時の間、二人は露天風呂を満喫した。
「グランさん、まだですか〜? 早く入りましょう〜」
「もちろん入らずにはいられませんね。そこに温泉があるなら!」
ティルが湯を覗く横からグランは露天風呂に飛び込んだ。ティルも飛沫をあげるように飛び込んでふわりと仰向けに浮く。今日は単純作業であったがやはり雪の中での作業は大変だ。凍えた二人の身体が温まりだす。まるで湯の成分が体に染み入ってくるようだった。
「ふいー。リラックス、リラックス」
グランは岩場に背を預けて座り、温泉の充実感をかみ締めた。
「ほかほかして温まる〜」
ティルは露天風呂内で泳ぎだす。ティルとグラン以外誰もいない男性用の露天風呂はとても広かった。
女性達の声が微かな風に乗って聞こえてくる。女性用の露天風呂は小さな林を跨いだ場所にあった。グランは聞き耳を立ててみるが、話しの内容まではわからなかった。
●制作の一日
三日目は本格的に雪像作りが開始される。すでに木枠が取られた四角い雪のブロックがそれぞれの場所に佇んでいた。
ティルは幼い戦闘馬のクルトを連れて雪像作りに向かう。
昨日の雪を詰める時に小さな馬の像を作りたいと補助の男性に相談してあった。動きのある複雑なもの以外はなんとかなるらしい。
大まかな形を削りだすのにはスコップ程度では役に立たない。ティルも斧を手にしていた。大まかには左右対称になるので、ティルは補助の男性が削るのを確認してから同じように片側を削る。
寒いはずなのに汗をかいて防寒具を脱ぎたいくらいの熱さだ。
それが終わると細かい作業に移るが、日が当たっているとやりにくいので夕方以降にやる事となる。宿で一休みしてから細かい作業を行うのだった。
天津風は東洋の魔よけである鍾馗様を作り始める。補助の女性と斧で大まかに削ると、夕刻を待って作業を再開する。
問題は鍾馗様の見た目が恐ろしいことだ。黒冠を被り巨眼で多くの髭があり、右手に剣を持つ姿だ。
本来は小鬼を踏んでいるが、天津風はそれをデビルに入れ替えるつもりでいた。表情も雰囲気を損なわない程度に優しくする。
補助の女性に大体の形を整えもらうと、雪に水を入れた半固形状の氷水を継ぎ足しては細かい部分を作ってゆく。彫刻の才能はないが罠などは作り慣れている。大まかな当たりさえあれば、細かい作業はそれなりにやれる自信があった。
グランは白髭の老爺をモデルにしたサンタクロースを作ろうとしていた。
前準備が終わり、夕方になるの見計らって絵を見ながら補助の女性と細かい作業を開始する。
昼の間に作っておいた大小のスノーマンが周囲を囲んでいた。本来ならメインが終わってから作るつもりだったが、たまたま時間があいたので前倒しにしたのだ。特に一番大きなスノーマンを作るときのグランは夢中だった。童心に帰り、鼻で歌いながら作業をした。
メインのサンタクロース作りにもグランは余念がない。
グランは雪を積める時にわざと水を撒きながら強く押し込めていた。おかげで出来たブロックは殆ど氷である。細かい部分は削る以外に氷水を撫でつけたり、灯り用の松明の火を近づけたりしてわざと溶かす。だんだんとサンタクロースに近づいていった。
スノーマンの時もそうだが、グランは心の中でこの村の多幸を願い、子供達の健康を祈りながら作り続けるのだった。
青柳は持ってきたフェアリーの凛の絵を元にして作り始めた。昼の間に形を整えた雪壁にレリーフのように彫りつけるのだ。
実物大だと小さ過ぎるので、それなりの大きさまでは引き延ばす。特徴である大きな羽根をうまく作らないと、フェアリーだとわかってもらえないので細心の注意が必要だ。
さらに十二単を着せるつもりだからその細工の丁寧さは半端ではなかった。重ねの部分など素人からすれば気が遠くなる作業である。
最初は四苦八苦していた青柳だが、元々絵心がかなりあった。次第に慣れるとその技に補助の女性が舌を巻く程であった。
全員が作り終え、この日も露天風呂で疲れを癒していた。
「ぼく食べ物とってくるね」
ティルが露天風呂から離れて宿に向かう。
一緒に入っていたグランは昨日から風で流れてくる女性達の会話が気になって仕方がない。もう少し近づけば聞こえるかなと男性用の露天風呂の縁に移動しても駄目であった。
「もう少しで‥‥」
グランは我慢出来なくなって露天風呂を出る。裸足で雪を踏みしめて、女性用の露天風呂がある方に近づいた。
女性達の会話とは別に、もしや万一偶然奇跡的にそんなボタモチ的な幸運が、とグランの心の奥底で囁く声があったのかなかったのか。
林まで辿り着くと何かがグランの足に引っかかる。突然大量落ちてきた雪にグランは下敷きとなった。
体が半分雪に埋まったグランは抜けだすと急いで男性用の露天風呂に戻る。
「あれ? グランさん、なんだか寒そうだね。頭に雪積もってるし」
食事を抱えて戻ってきたティルが訊ねる。
「そっ‥‥そんな、こと‥ないさ」
グランは湯の中であったが、寒さで震えていた。
●展覧日
今日からは雪像氷像の展覧の日となっていた。冒険者達は一緒に回ってそれぞれの雪像を見学する。
まずはティルの幼い戦闘馬クルトの雪像だ。首を傾げたクルトが今から立ち上がろうとする像であった。周囲には特に親子の姿が多い。その愛らしさに観ている人達の顔はみんなにこやかだ。
次は天津風の鍾馗様である。デビルを踏みつけるその姿には迫力があった。注意をして像を作ったが、念のために魔よけの説明を書いた立て札も用意してあった。東洋を知る者が恋人に説明している姿も見かける。内容のデタラメさに天津風は苦笑した。
グランのサンタクロースとスノーマンはその数の多さが圧巻だ。村人はサンタクロースが誰をモデルにしたのかわかったらしく話題にしていた。スノーマンは一つ一つが丁寧に作られていて魅入る者も多い。
最後に青柳の雪のレリーフである。十二単姿のフェアリーの彫りの前からなかなか立ち去らずに人山が出来ていた。白い雪だけなのに色を感じさせる見事な出来映えだ。細工のすばらしさに溶けてしまうのがもったいないとの声がたくさんあった。
「みなさん、ありがとうございますじゃ」
白髭の老爺は冒険者達にお礼をいう。
「今夜は特に精魂込めた料理を食べて下され。それとこれはちと早いのじゃが」
小袋が白髭の老爺の手によって配られる。多くの見学者が来てくれた事への大入り袋だ。
「そういえば昨日、野生の猿が露天風呂近くに現れましたわ。あたしの罠にかかってどこかいってしまいましたけど」
大入りに喜ぶ天津風が白髭の老爺に伝えると、グランは背中を向けた。
「グランさん、顔色悪いよ」
「なんでもない」
グランの様子にティルは疑問を感じるのであった。
最後の露天風呂に入り、その後は食事の時間となった。
山で獲られた肉料理の数々に、保存されていた山菜を使ったスープが振る舞われる。その他にもいろいろな料理が冒険者達の前には並べられた。
満腹になった冒険者達はその日とてもいい夢を見るのだった。
●帰路
朝になり、冒険者達は行きと同じ馬車に乗って村を後にした。
出発したばかりの道では村に向かう多くの人々とすれ違う。これから自分達の雪像を観てくれる見学者達だ。
白髭の老爺によれば、約一ヶ月は続くという。冒険者達をパリで降ろしたら、見学者を乗せて村に戻るらしい。商魂たくましいとはこの事だ。
冒険者達は残した雪像に思いをはせながら、パリへと戻るのであった。