●リプレイ本文
●兄妹
「あれや、あれや」
中丹(eb5231)は馬のうま丹を連れて街角を曲がり、クヌット家を視界に入れた。
「クヌットはんと妹のジュリアはんか。どないしようか‥‥。ここはやっぱり一緒に遊ぶんが一番やな。予習しとこ‥‥」
中丹はコホンと咳をする。
「みんな〜、カッパのチュータンやで〜、ママと遊ぼう‥‥ってママはんがおらへんて!」
往来のど真ん中で一人ボケツッコミをするノルマンでは珍しい河童の中丹。道歩く人からの痛い視線の矢が中丹をグサグサと貫きまくる。
「カッパパパッ‥‥急ぐんや」
中丹は笑って誤魔化すと、急いでクヌットの家に駆け寄る。叩こうとしたドアが自動的に開く。ちょうどクヌットの父親が出かける瞬間であった。
「全員が揃いましたか。クヌット、ジュリア、いい子にしているんだぞ。みなさんすみませんが、23日には必ず戻るので」
荷物を抱えたクヌットの父親が外にいた中丹と入れ替わる。
「ちょっと待ってくだ‥‥あっ」
ルネ・クライン(ec4004)が呼び止める間もなく、ドアが閉められた。ルネもつい先程来たばかりである。兄妹について訊きたい事があったが、どうやらわずかな猶予もクヌットの父親にはないようだ。
「うわわぁ〜〜〜ん!!!!! ママーーン!! パパー〜ン!」
テーブルの椅子に座ってミルクを飲んでいたジュリアが天井を仰いで泣きだした。クヌットがぬいぐるみを持ってきてなだめるが、なかなか泣きやまない。
「私が差し上げたクマさんですね。かわいがってくれているようで――」
アニエス・グラン・クリュ(eb2949)がジュリアに近づいてクヌットと一緒にあやす。
「おーい、手伝いにきたよ〜」
しばらくしてコリル、ベリムート、アウストのちびブラ団仲間もクヌット家にやって来た。ジュリアの機嫌は直らなかったが、とりあえずは泣きやんだ。
「まずは片づけを致しましょうか」
クリミナ・ロッソ(ea1999)は恭しく十字を切ってから全員に話しを切りだした。クリミナはクヌットの父親、母親の兄の為に祈ったのだ。
家はかなり散らかっていた。クヌットによればすでに母親が出かけて五日が経っている。手が回らなかったのだろう。
「クヌットくん、ジュリアちゃんの好きな食べ物って何かな?」
サーシャ・トール(ec2830)はクヌットからいろいろと聞きだす。ジュリアは卵をたくさん使った料理が好きなようである。
「水瓶、底をつきそうだわ。洗っていない食器もたくさん。洗濯物も三日分ぐらいは溜まっていそう。食材もあまり残っていないわね」
シルヴィア・ベルルスコーニ(ea6480)は各部屋を縦横無尽に飛び回り、家の中の様子を仲間に伝えた。
ジュリアがクヌットの服を掴まえて再び泣きじゃくり始める。とりあえずクヌットにジュリアの事を任せ、みんなは作業を開始した。
全員で一気に部屋の中の整頓や掃除を終える。
水汲みはベリムートと中丹に任される。水汲み用の桶を馬のうま丹に取り付けて何度も往復し、水瓶を一杯にする。
食器洗いはアニエスとコリルである。今回は木桶に入れて運んで井戸近くで洗う。
洗濯物はクリミナ、サーシャ、ルネ、ベリムートだ。一番の重労働なので四人がかりで川まで行って洗い続ける。ある程度はかどると、洗うのはクリミナとベリムートに任せて、サーシャとルネはカゴを抱えてクヌット家に戻った。
普段の場所だけでは足りないので、ロープを木と木の間に張って洗濯物が干された。
輝く太陽の元、たくさんの洗濯物が風になびく。その様子を涙を浮かべたジュリアが眺めていた。
シルヴィアは家に残り、クヌットとジュリアとお話をする。そして残った食材も含めて献立を考える。
中丹とベリムートが戻り、ようやくそれなりのご機嫌になったジュリアを中丹が面倒みはじめる。
クヌット、ベリムート、シルヴィアは一緒に買い物に出かけた。
一日目はクヌット家を正常な状態に戻すのが優先された。
●泣き虫ジュリアの暴れん坊
二日目からは、日常の家事をこなしながら、仲良く勉強や遊んだりする予定であった。
予定であったのだが‥‥。
「はっ!」
クリミナの髪の先が、斬られてふわりと宙を漂う。
ジュリアが投げたナイフが壁に突き刺さり、クリミナの耳元で振動音を響かせる。
「ダメだ。ジュリアは物を投げるクセがあるんだよ。クリミナ先生、怪我してない?」
クヌットが隣りの部屋から現れてジュリアが手にしていた物を取り上げる。ジュリアは余程気に入った物以外はすぐに投げてしまうという。
深く深呼吸をしてクリミナはナイフを壁から抜いて仕舞う。まだ、ジュリアに刃物は早いようである。
「ミドリちゃん、あそぼ」
ジュリアは中丹を見つけて近寄った。
「ミドリちゃんやないで。チュータンやで。お兄ちゃんは河童やで〜」
「ミドリちゃん、おうま」
中丹がいくらいってもジュリアの中では『ミドリちゃん』になっていた。中丹は諦めるといわれたまま、四つん這いになって馬になる。
(「そういや、うさ丹連れてきたはずなのにどこいったんやろ‥‥」)
馬役をしながら中丹は思いだす。
「あ、お湯沸かそうと思ったら」
隣りの炊事場から声が聞こえ、中丹は振り向いた。サーシャがびしょ濡れのウサギのうさ丹を鍋の中から取りだすのを目撃する。
ミドリちゃんは一瞬、アオちゃんに変化した。
「ジュリア、うさ丹は食べちゃいけないんだ。鍋に入れたらダメだぞ」
クヌットが叱るとジュリアは中丹の背中に乗ったまま泣きだす。
一連の様子を目撃したアニエスは額から汗を一筋たらした。
「ペテロ?」
隣りにいた愛犬ペテロが逃げだそうとするのをアニエスは捕まえる。ジュリアの相手をペテロにしてもらうつもりで連れてきたのだ。
「ちゃんとジュリアさんと話をしておきますから。でも、少しは我慢の子ですよ?」
まずはペテロを言い聞かせてから、アニエスはオーラテレパスでジュリアの心に直接話しかける。
ジュリアは幼い彼女なりに母親と父親の事を考えないようにしていた。ただ、これ以上兄であるクヌットと離ればなれにはしないでとアニエスは頼まれた。
「今は心の平安を第一に考えた方がよさそうです」
アニエスは冒険者仲間を集めて、ジュリアとオーラテレパスで話した事を伝える。そしてジュリアだけでなく、クヌットの事も気づかった方がよいとも。
気丈に振る舞っているが、クヌットも大分無理をしているようであった。
何日か過ぎ去る。
ようやく一日の予定も決まり、物事が順調に動きだす。
「さて、ジュリアちゃん、今度はわたしが一緒に遊ぼうか」
家事の手伝いが終わり、サーシャが部屋にいたジュリアの元に座る。用意してきた布を広げ、古いワインを皿にあけた。
「はい。ペッタンね」
「ぺった〜ん〜♪」
サーシャとジュリアは布に手形をつけて遊んだ。ジュリアの横にはクヌットの姿がある。
ちびブラ団の三人はクヌットを助ける為に、お使いに出かけた。
お金はクヌットから一日分を預かり、アニエスも荷物持ちとして同行する。アニエスの母であるセレストからオマケしてくれそうなお店は教えてもらっていた。
「クヌット、大変だね〜」
「少しでも手伝ってあげないとな」
「ジュリアちゃんもクヌットもさみしいんだよ。きっと」
買い物途中で、コリル、ベリムート、アウストが喋る。その話を聞いてアニエスは頷くのだった。
「私と一緒に遊ぼうか。仲良くしてね」
サーシャが相手をした次の日、ルネがジュリアと遊ぶ事にする。やっぱりクヌットも一緒である。
「こんな感じも可愛いわ」
ルネはジュリアの髪をポニーテールにしてあげる。家にあった手鏡で二人で眺めてみた。
「おんなじ〜」
ジュリアも両手を挙げて喜んでいた。
「ふぅ〜、ただいまやで〜」
中丹が日課の水汲みから戻る。
「大分散らかってるんや。大変や。でもこれ、1人で片付けたら偉いんやで」
中丹はジュリアに話しかける。母親の事に触れなかったのは数日前にクヌットから頼まれたからだ。ジュリアもわかっているので、母親の事は口にしないようにと。
「ママンもいってた」
片付け始めたジュリアの言葉に中丹はドキッとする。
「そやで。ママはんも喜ぶやろな」
中丹は相槌を打ち、一言だけ母親について触れる。
「それじゃあ、次はお絵かきしましょう」
ひとまず片づけ終わり、ルネが新たな遊びをジュリアの前に持ってきた。
「えっと‥‥、こうして、ああして‥‥」
「これ、ねずみ?」
「あの‥‥、アニエスのペテロ描いたつもりなんだけど‥‥」
「ペテロはいぬだよ〜」
ルネは描いた絵をジュリアに突っ込まれて消沈する。だが、ジュリアが喜んでいたのでよしとした。
夜になり、夕食を頂いて睡眠の時間となった。
ルネは喉が渇いて目を覚ます。水を飲みに起きると、クヌットが窓辺で夜空を眺めているのを見かけた。
「クヌット、どうしたの?」
「‥‥別になんでもないよ」
「クヌットはいいお兄ちゃんね。でもね、がんばり過ぎないでね」
ルネとクヌットは月夜を観ながらしばらくお喋りをする。
「あなたはとっても頼もしくて素敵よ。小さな騎士様ね」
その夜だけ、ルネとクヌットは一緒のベットで眠るのだった。
「よく似合うわよ」
サーシャは手形の布をエプロンに仕上げて、ジュリアに着せてあげる。
「あらあら、とってもかわいいこと」
クリミナがジュリアの姿を褒める。そしてみんなと一緒にパン作りを始める。
ジュリアにはあらかじめ捏ねられたパンを渡して形を作ってもらう。
「私なの?」
どうやらジュリアが作ったパンはシルヴィアを模したようだ。羽根があるのが証拠である。
焼きたてのパンが出来上がり、夕食に花が添えられた。
六日目には、滅多にジュリアは泣かなくなった。泣いてもどうにもならない事を理解したようである。
「ペテロ、コロネ、フィアラル、くすぐったいよ〜」
ジュリアは散歩の途中で草原に転がり、犬達とじゃれていた。みんなも一緒である。
「犬の名前は覚えたのに、なんでおいらはミドリちゃんなんやろ‥‥」
「それだけ気に入られたのですよ」
うさ丹を抱えながら座る中丹にクリミナが声をかける。
「明日は教会に行きましょうね。ジュリアさん」
「うん!」
クリミナは遠くからジュリアに声をかけた。
「私も教会に行くわ。ちびブラ団も行くわよね?」
「いくよ〜」
ルネに元気よくちびブラ団が答える。
「それでは帰りはこちらで」
アニエスが空飛ぶ絨毯を広げて座る。ジュリアとちびブラ団も乗ると、なるべく静かにゆっくりと飛び立った。
眼下の草原では中丹、クリミナ、ルネ、サーシャが手を振っている。
シルヴィアは空飛ぶ絨緞と一緒に空を飛んだ。
「ちょっと見せてね」
シルヴィアは、アニエスが空飛ぶ絨毯の操縦に集中できるようにパリの裏地図を借りて方角を確認する。
空飛ぶ絨緞とシルヴィアは高い建物の上に降りた。パリが見渡せて春のよそ風が吹く場所であった。
「ママンとパパン、どこ‥‥」
呟くジュリアの手をクヌットは手を握ってあげた。
●両親
「ママ〜ン!」
帰ってきた母親にジュリアは駆け寄って抱きつく。
八日目の昼頃、クヌットとジュリアの母親は自宅に戻ってきた。
ルネはクヌットの背中を押してあげる。
「ごめんね‥‥」
屈んだ母親はジュリアとクヌットの二人を強く抱きしめる。
落馬をして両足を骨折した兄も大分持ち直し、命の心配はなくなったと母親は説明する。まずは一安心であった。
夕方頃、父親も自宅に戻る。どうやら商売はうまくいったようだ。
「土産を買う暇もなくてね。これは気持ちなのでどうか受け取っておくれ」
二人の父親は冒険者達に追加の謝礼金を手渡した。
冒険者達は挨拶をして、ちびブラ団と共にクヌット家を後にする。
シルヴィアがふと振り向くと、クヌット家の窓の戸からもれる灯りを見つけた。
「さっき占ったら、クヌットの家は幸せが続くと出たわ」
「それはいいことやで。一緒が一番や」
シルヴィアに中丹が腕を組んで頷く。
「クヌット、がんばったからね」
ルネは夜にクヌットと話した事を思いだした。
「ジュリアちゃんにエプロンを喜んでもらえてよかったよ。特に家計費が足りなくなることもなかったし。クヌットくんだけじゃなくて、ちびブラ団は計算とかちゃんとできるんだな」
「分隊長様方は、かなりのものですよ。読み書きも相当なものです」
シルヴィアにアニエスが答える。ちびブラ団の三人はニッと笑った。
「何にせよ、神に感謝致しましょう」
クリミナは十字架を握る。
冒険者達は完全に日が沈む前にちびブラ団三人を送り届けてギルドで報告をする。
今回の依頼は終了となった。