●リプレイ本文
●パン作り
「ふ〜、こんな感じでいいですか? オジフさん」
一日目、まだ夜明け前のシュクレ堂調理室。
アーシャ・ペンドラゴン(eb6702)は練り終わったパン生地をオジフに見てもらう。
「あの、その、いい、‥‥です。こ、こんどは、これぐらいの大きさに――」
オジフは初対面のアーシャにしどろもどろになりながらパン作りを教える。
その様子にオジフの息子マリークと娘ニリーナは顔を見合わせる。これでよく母さんを嫁にもらえたものだと苦笑いをしていた。
シュクレ堂は家族経営である。
基本的にフロアのカウンターはオジフの妻であるオリアンテが立って客の応対をする。パン作りはオジフだ。マリークとニリーナは時間によってパン作りと客の応対もやり、配達も行う。
オリアンテは現在隣りの自宅で家事の真っ最中。四人家族は朝から大忙しであった。
「はう〜。いい匂いがするのですよ〜〜♪」
店の裏口から入ってきたリア・エンデ(eb7706)は鼻をクンクンさせる。フェアリーのファル君もマネをする。
「お手伝いしてくれる冒険者だね。最初のが焼き上がったばかりさ。おひとつどうぞ」
マリークがリアに焼きたてほやほやのクルミ入りパンをくれた。
「まずは試食なのですよ〜。敵を知るにはまず味方からなのです〜」
謎な言葉を残しながら、リアはちぎって大きな口を開けてパンを食べようとする。が、アーシャの視線を感じた。
「お口開けてください〜。どうぞなのです〜」
「リアさん、ありがとう♪」
リアは両手が小麦粉だらけのアーシャに一口放り込んでから自分も頂く。
「はう〜、いつもにも増して美味しいのですよ〜♪」
ポロリとリアは涙を一粒。
「本当に美味しいわ。これはやりがいが‥‥ん?」
アーシャは何かの気配に振り向く。そこには誰もおらず、棚があるだけだった。棚にはいろいろと物が置かれて雑多になっている。
「パン、食べてます」
エフェリア・シドリ(ec1862)が裏口から現れる。そしてリアが持っているパンをじっと見つめる。
「どうぞ。お嬢さん」
マリークがエフェリアにもクルミ入りパンを手渡す。
「‥‥おいしいです」
エフェリアが小さな口で頬張ると何度か強く瞬きをした。
その後、冒険者が現れる度にパンが渡される。
「こんなに美味しいものなのですか」
長寿院文淳(eb0711)はパンの美味しさにリズミカルな音楽を思いだす。
「本当です。気持ちがほわほわになりますね」
チサト・ミョウオウイン(eb3601)がにっこり笑うとマリークが顔を赤くする。一日目をお手伝いしてくれる玄間と明王院もチサトと一緒である。
「いい香り。私にもパンの試食をさせてね」
鳳美夕(ec0583)はクルミ入りパンの味を堪能してからハッと気がつく。自己紹介がまだであった。
「パラディン候補生の鳳美夕と言います。妹を知っている方が多いと思います」
鳳美夕の丁寧な挨拶に、改めて全員で挨拶が行われた。
そして五日間の行動が話し合われる。
一日目は宣伝の準備を行う。宣伝活動は二日目からだ。
看板などを作り、パリ市街を練り歩く者。劇や踊りをする者。音楽を奏でる者。
それぞれに役割が決まる。
外がだんだんと明るくなり、朝が訪れた。
さっそく準備に取りかかる冒険者達であった。
●宣伝
二日目になり、昨日のうちに準備を終えた冒険者達はパリの街に繰りだす。
本格的なシュクレ堂の宣伝活動がここに始まるのだった。
「陽光、がんばってくれてますね」
チサトは鷹の陽光が垂れ幕をぶら下げて飛ぶ姿を見上げる。
可能な限り垂れ幕を大きめに作ったのは、あまりに低空だと怖がる人がいると考えたからだ。
「私もがんばらないといけませんね」
チサトは気合いを入れて街中での宣伝を始めた。
「うさぎさんも、りすさんも、シュクレ堂の美味しいパンを食べると自然と笑みがあふれます〜」
チサトは首から下がまるごとヤギさんである。頭にはラビットバンドのうさ耳姿だ。
「はい。どうぞ♪」
腕にぶら下げたカゴから試食用の小さく切ったパンや焼き菓子を道行く人に配ってゆく。昨日のうちにアーシャや明王院が、がんばって作ってくれたものだ。
「喧嘩をしちゃった森の仲間達も、シュクレ堂の美味しい焼き菓子を食べると、心がぽかぽかお日様のよう‥‥すぐにごめんね言って仲直り――」
チサトは劇の宣伝も忘れなかった。始まったのなら広場でも配布するつもりである。
(「演目が始まるまでには、まだ時間がありますね」)
チサトは一生懸命に可愛らしい動物姿で、試食配布を行うのであった。
長寿院は愛馬の二頭に看板を取り付けて、パリの街を練り歩いていた。
文字だけを看板に書いても、わかってくれる人は少ない。
仲間と作った大きなパンの絵とシュクレ堂の位置を示す地図を組み合わせた看板が一頭の左右にぶら下げられてあった。
もう一頭には仲間が行う劇の宣伝が描かれていた。間に合うなら長寿院も演奏で手伝うつもりだ。
長寿院は横笛を吹きながら歩き、たまにシュクレ堂の名を含めた口上を叫ぶ。
「雷電、震電、喉が渇いただろう。ここで一休みしていこうね」
水路の近くで休憩を取ることにし、石のブロックに長寿院は腰掛けた。笛は一旦仕舞い、竪琴を取りだして奏で始める。
子供達が集まりだし、それから大人も立ち止まる。一曲終わるごとにシュクレ堂の美味しいクルミ入りパンの宣伝と劇の告知を伝えた。
「やっていますですね〜」
「シーナ殿。それにゾフィー殿も」
通りすがりのシーナに長寿院は声をかけられる。今日は非番なので、これからシュクレ堂に向かう途中だったらしい。
「あら、劇で宣伝も行うみたいよ。シーナ」
ゾフィーが看板を眺めて呟く。
「面白そうなのです☆」
シーナが瞳を輝かせる。
「私もできるだけ劇の方のお手伝いもするつもりです」
長寿院はシーナとゾフィーと別れ、愛馬二頭を連れて再び歩き始めた。
「シュックレ〜どう〜、お〜いし〜いパ〜ンとお〜菓子のお〜みせです〜♪」
広場ではリアが妖精の竪琴を奏でながら歌を唄っていた。
近くにはチサト、鳳美夕、エフェリア、玄間が作ってくれた看板を立ててある。
もうしばらくすると冒険者仲間もやってきて劇が始まる予定だ。時々、広場を回りながら人集めを行うリアだ。
ファル君がリアの演奏に合わせて踊る。木の枝、石像、リアの肩、様々な上に乗り、飛び跳ねた。
「ファル君、今日はいつもより元気なのです〜。どうかしたのですか〜?」
リアはファル君の様子が気になってテレパシーを使って訊いてみた。
(「ふむふむ‥‥。はう! 調理室に妖精さんがいて嬉しいのです〜? 美夕様の月姫ちゃんじゃなくてですか〜!」)
リアは大きく口を開けて驚いた。
(「でも、とっても恥ずかしがりやさんだったのですか〜。う〜ん‥‥」)
リアは一転して考え込む。頭の上では雪玉の雪ちゃんが転がっていた。
●演劇
「たくさん集まってくれました」
エフェリアはさっきまで鳴らしていたハンドベルを仕舞った。チサトと手分けして試食を配っていたのである。
「スーさんはここで静かにしていて下さい」
エフェリアは宣伝を手伝ってくれた猫のスピネットをドンキーのカバンに入れる。
これから仲間と楽しい宣伝演劇の始まりである。
木の下ではアーシャと鳳美夕が準備を行っていた。
エフェリアは毛布で囲った場所で着替える。真っ白なドレス姿に天使の羽飾りをつけたお姫様姿だ。
「何度観ても美味しそうなパンだね」
鳳美夕は看板の絵を眺めてエフェリアを褒める。エフェリアはほんのりとほっぺを赤くして照れた。
「このパンの剣、よく出来てます。ほどよく固くて、これなら‥‥」
アーシャはオジフに作ってもらったパンの剣を鳳美夕にも渡す。劇は二本のパンの剣にまつわる内容だ。
「私が主役でいいの? アーシャの方が見栄えすると思うけどなぁ‥?」
そういいながらも鳳美夕はまんざらでもない。やるからには格好良く演じようと心に決める。
リアと長寿院が見学の人達を整理してくれた。チサトは引き続き試食を分けている。
(「受付嬢の二人、見つけました」)
見学者の中にシーナとゾフィーを見つけ、アーシャは気合いを入れる。。
「むかしむかしのパリに〜、かわいいお姫様がいましたとさ〜」
リアのアドリブナレーションから劇は始まる。長寿院が劇の雰囲気に合わせた曲を演奏する。
パン屋シュクレ堂から食した者を幸せにするという特別なパンが二つ盗まれた。パンには邪悪な呪いがかけられ、二本のパンの剣となる。
封印しなければ二本のパンの剣はパリを地獄に導くと、呪いをかけた魔導師は言葉を残して姿を消した。
一本は正義の騎士、鳳美夕。もう一本は邪悪の騎士、アーシャの手に渡る。
エフェリア姫はアーシャの手に渡ってしまったパンの剣奪還を鳳美夕に託す。しかしある夜、エフェリア姫もアーシャによってさらわれてしまう。
鳳美夕はパンの剣とエフェリア姫を取り戻すべくアーシャ追走の旅を続けた。
途中、フェアリー達にも助けられながらも、鳳美夕はようやくアーシャに追いついた。
「私はよいのです。どうかパンの剣を取り戻すように!」
馬の上で縛られたままのエフェリア姫は鳳美夕に声を張り上げた。
「はっはっはーっ。お前を倒し、そのパンの剣も手に入れてやる。そしてエフェリア姫と結婚をし、パリを恐怖のどん底に陥れてやる!」
アーシャはパンの剣を手に、鳳美夕に戦いを挑んだ。
「パリの未来も姫も、どちらも諦める事はしない! そう姫がさらわれた夜に誓ったのだ!」
鳳美夕もパンの剣を手にアーシャに詰め寄る。
「貴様! 何をバカな事を!」
アーシャは鳳美夕の行動に驚いた。鳳美夕がパンの剣をかじって食べたのだ。
「呪いがかけられて剣になろうとも、元は食べた者を幸せにするパン。呪うのなら私にかかるがよい。だが、幸運も私の中に取り込もう」
鳳美夕がパンの剣を構える。
(「ここです!」)
長寿院は盛り上げる為に激しい曲を奏でる。
「あっ、それはシュクレ堂の輝き! うわーっ、やられたぁぁぁーー!」
鳳美夕のパンの剣によってアーシャの魂が斬られた。
アーシャはバタリと倒れ込んで動かなくなる。
ロープをほどかれたエフェリア姫は、アーシャが握っていたパンの剣を手に取る。
「エフェリア姫!」
エフェリアは鳳美夕と同じくパンの剣を一口かじる。
「もし食べた者に呪いがかかるのなら、私もあなたと一緒の道を歩みましょう」
エフェリアは鳳美夕に微笑んだ。
鳳美夕とエフェリアは城に戻る。心配された呪いはなく、二人には幸せが訪れた。
幸せを妬む心こそが呪いであり、魔導師のパリ滅亡の策略であった。例え剣に形を変えても幸せのパンは変わりないものであったのだ。
拍手によって一つ目の『パンの剣』の劇は終わる。
休み時間が入り、続いては『森の動物さん』が演じられる。
ペット勢揃いで、ウサギ耳姿のエフェリアとチサトを中心に踊りと音楽の楽しい時間であった。
リアと長寿院が音楽で協力してくれたおかげで、子供達は大喜びだ。なぜかシーナも大喜びだったと後でゾフィーから聞かされる冒険者達である。
劇は期間中、毎日続けられた。
●妖精
五日目、冒険者達はシュクレ堂の外に集まって話し合っていた。
「あたしはオジフさんに話した方がいいんじゃないかと思う」
鳳美夕は自分の考えを仲間に伝える。
主題はシュクレ堂の調理室内に住み着いている妖精である。
チサトによれば『パニィーフェイ』と呼ばれるシェリーキャンの亜種で、パン作りを手伝ってくれる妖精のようだ。
「あくまでパニィーフェイの特徴ではないのですが‥‥。伝説ではお礼をいわれると逃げてしまう妖精さんの話もあります。恥ずかしがりやさんらしいので、その点は注意した方がよさそうですね」
チサトは、表だって感謝するのは止めた方がよいと仲間に伝えた。
「昨晩、調理室で竪琴を奏でていたら物影からヒョイと顔を覗かせてましたよ。まったく人と関わりを持ちたくない訳ではなさそうですね」
長寿院が体験を話す。
「でもでも〜〜、こっちから話すのはやめたほうがよいと思うのです〜。今はそっとミルクを夜に置いておく程度がいいのですよ〜」
リアの言葉にファル君が何度も頷いた。
「妖精さん、会えたら話をしたいです。でもいなくなってしまうのは哀しいです」
エフェリアはスピネットを胸に抱いていた。
「妖精が現れたら、一緒に話したりパンを食べたりしたらどう?」
アーシャは自然に振る舞うべきだと話す。感謝ではなく、一緒に楽しむ方向なら問題はないと考えていたのだ。
「どうしたのですか〜?」
冒険者達が話し合っていた所に焼き菓子とパンを買いに来たシーナが現れる。事情を聞いてシーナは唸りながら考えた。
いろいろと話し合われ、意見がまとめられる。
パニィーフェイから話しかけてこない限り、気がついたとしても、こちらからは話しかけない。もちろん一度話すようになれば、その後は話しかけてもよい。
パニィーフェイと仲良くなっても、感謝を表す言葉や品物は厳禁。
パニィーフェイの存在はオジフと家族に伝える。ただし注意は守ってもらう。
チサトが提案した神棚のような物の設置は保留にされる。今後まったくパニィーフェイが接触して来なかった場合にのみ作られる事となった。
夜になり、シュクレ堂の営業が終わる。
店内にはオジフとその家族、冒険者六人、そしてなぜかシーナの姿があった。
パニィーフェイの存在はすでにオジフと家族に伝えられてある。
知り合いからもらったという香水がオジフから冒険者達に渡される。男の長寿院にはすまないといいながら。
「そうそう、特別注文のこれを待っていたのね。おまちどおさま」
ニリーナが店の奥から長いパンを持ってくる。
「そうなのですよ〜。劇を観たとき、どうしても食べてみたくなったのです☆」
シーナは特別製のクルミ入りパンの剣を受け取ると、我慢できずに一口食べようとする。
すると緑色の葉が、ふわりと宙を舞う。よく見れば葉っぱの服を着たパニィーフェイであった。
みんな黙ってパニィーフェイを見つめた。
「おいしい?」
「とっても〜♪」
話しかけてきたパニーフェイにシーナが笑顔で答える。
シーナはパンの剣をパニィーフェイだけでなく、全員にちぎって分けた。チサトがハーブワインを用意する。
「美味しいパンは人を幸せにするのですよ〜。いい仕事してますです〜♪」
リアが元気よく宣言する。
劇用として考えられたパンの剣が、本当の幸せのパンになった瞬間であった。