飛び立つ日 〜画家の卵モーリス〜

■ショートシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 93 C

参加人数:7人

サポート参加人数:2人

冒険期間:03月21日〜03月28日

リプレイ公開日:2008年03月29日

●オープニング

 パリ北西にある古き街ルーアンの大聖堂では長い間、創作が行われてきた。
 広い壁面の前に足場が組まれ、周囲の壁や床は幕が張られている。落ちた漆喰や顔料で辺りは汚れていたが、それらに目を止める者は皆無であった。
 なぜならば既に出来上がる寸前の巨大なフレスコ画が広がっていたからだ。
 最後の晩餐。
 ジーザスと12使徒。
 パンと葡萄酒。
 観た者が心の中で呟く言葉は数々ある。
 たくさんの蜜蝋燭で照らされた壁画『最後の晩餐』の最後の区画が描き終わった。
 筆を持っていたのは二人の画家。ブリウ師匠と弟子のモーリスだ。この壁画を描くにあたっては師弟は関係は無くし、二人の画家として創作にあたった。
 二人は足場から下り、壁画を見上げたまま、ゆっくりと後ろへと歩く。
 直接の作業に約四ヶ月。その前の準備を入れればもっとかかった計算になる。
 出来上がった壁画をしばらく無言のまま、二人は眺め続けた。側には長く雑務を手伝ってくれたモーリスの恋人のローズの姿がある。
 モーリスの心の中にはいろいろな事が去来する。
 ここまでこれたのは冒険者達のおかげだ。
 様々な困難に手を貸してくれて、この最後の晩餐を描くにあたってもモデルを探してくれた。
 壁画についても手伝ってもらおうと、当初は考えていた。だが、直前でモーリスは考えを変える。
 人にはそれぞれ道がある。
 モーリスが選んだのは宗教画家の道だ。今回の仕事は師匠と共同とはいえ、この上ない仕事である。もしかすると、これから歩む画家人生においてこれ以上の大作を描く機会はないかも知れない。
 モーリスは自分を試してみたかったのだ。
 そうはいいながら、人は助け合わねば生きていけなかった。
 実際、ブリウ師匠、ローズ、大聖堂やカトナ教会の方々には多大な迷惑をかけた。モーリス自身が知らない部分でも助けてくれたに違いない。
「モーリス‥‥よかったわね」
 ローズの声が聞こえ、ようやくモーリスは振り返った。ローズの瞳は涙で濡れていた。
「観てもらわないとね。あの人達に」
 モーリスがいったあの人とは冒険者達の事だ。
 翌日、モーリスはローズと共にパリ行きの帆船に乗った。

 数日後、モーリスはローズと共に冒険者ギルドを訪れる。
 出した依頼の内容は結婚式の手伝いであったが、それは口実だ。自分達を知っている冒険者が集まってくれるのを二人は期待していた。
 結婚式の場所はモーリスとローズが再会したパリの高台である。
 カトナ教会の司祭が二人を祝福してくれる事になっていた。
 カトナ教会で式をあげるわけでもない。近所の方々に許可をもらうとはいえ町中での結婚式だ。司祭の方から申し出があった時にはモーリスは恐縮しきりであった。
 話を通したのはブリウ師匠である。
 『お堅いように見えて、奴はこういうの大好きなんじゃ』とブリウ師匠はいっていた。
 とにかく用意はすべて整った。
 冒険者を含む出席者には結婚式の後、席を用意してある帆船でルーアンに向かう。
 大司教から頂いた特別許可で大聖堂に入り、一般公開前の最後の晩餐を観てもらう予定であった。
「来てくれるかな」
「きっと大丈夫よ」
 モーリスとローズは冒険者の出席を楽しみにしていた。

●今回の参加者

 ea2004 クリス・ラインハルト(28歳・♀・バード・人間・ロシア王国)
 ea7929 ルイーゼ・コゥ(37歳・♀・ウィザード・シフール・ノルマン王国)
 ea9589 ポーレット・モラン(30歳・♀・クレリック・シフール・イギリス王国)
 eb2456 十野間 空(36歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2905 玄間 北斗(29歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb3600 明王院 月与(20歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 ec2418 アイシャ・オルテンシア(24歳・♀・志士・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

諫早 似鳥(ea7900)/ セレスト・グラン・クリュ(eb3537

●リプレイ本文

●高台
 一日目の朝方、冒険者七人と初日のお手伝い二人は階段を登った先にある高台を目指していた。
「そうです。ここです☆」
 視界が拓けてクリス・ラインハルト(ea2004)は見渡す。
 石畳が敷かれた眺めのいい高台。ここがモーリスとローズが再会した場所であった。
 手配された人達によって結婚式の準備が行われていた。結婚式は明日である。
「雨が心配なのだぁ〜‥‥」
 玄間北斗(eb2905)は空を見上げた。野外で行われる結婚式なので、もしも天候が悪くなった場合は最悪中止になってしまう。
「大丈夫ですよ。大嵐にでもならない限りはなんとかできます」
 十野間空(eb2456)はスクロールを玄間に見せる。
「集まってくれてありがとうございます」
 モーリスとローズが冒険者達に駆け寄って挨拶をした。
「モーリスお兄ちゃん、ローズお姉ちゃん、よかったね」
 明王院月与(eb3600)は仲良く並ぶ二人の姿に笑顔を零す。
「お噂はクリスさんからかねがね‥‥今回はおめでとうございますね」
 アイシャ・オルテンシア(ec2418)は初めて会う二人を見つめる。
(「羨ましいですね、私にも誰か素敵な人現れないかなぁ‥‥」)
 心の中で未来の夫を想像するアイシャであった。
「ちと肌寒いなあ。ま、太陽さんがちゃんと顔出してくれるなら、ウインドレスでなんとかなるやろ」
 ルイーゼ・コゥ(ea7929)は他の人達と目線がちょうどな高さの石に座る。隣にはポーレット・モラン(ea9589)もいた。
 冒険者達は参加するだけでなく手伝いたいといって準備を始める。階段を駆け下りる者、空を飛んでゆく者などいろいろだ。
「これ、結婚のプレゼント」
 仲間がいなくなると、ポーレットは一枚の絵を取りだして結婚する二人に手渡す。
 絵の主題は『聖ヨセフとマリア』。
 結婚する二人に似せた聖ヨセフとマリアが仄かな暗闇の中、微かな光明を纏っていた。互いに見つめ合い、手を握り合っている。
「ありが‥‥」
「ちゃんと話しておきたい事があるの! 絵についてなんだけど‥‥」
 モーリスの言葉を遮ったポーレットの瞳は真剣だった。ローズはモーリスに頷いて、その場を離れる。
「モーリスちゃんのこと、嫌いだったわ。だって昔のあたしにそっくり‥‥」
 ポーレットの話しをモーリスは黙って聞いた。
「絵しかなくて、絵に没頭すれば全て叶えられると信じてて――」
 絵とは心で描くとポーレットはいう。苦しんで悩み、乗り越えて得たものを無垢な平面に叩きつけるのだと。
 乗り越えて得た宝物は、他人に与えることは出来ず、自分自身で手に入れるしかない。
 どうか貴方はあたしにならないでとポーレットがいった。モーリスは首を横に振る。
 今度はモーリスが話す番となる。
 ローズと出会ってからのモーリスは困難こそあったものの、物事がうまく運んだ。
 しかしそれ以前は酷いものだった。確かにポーレットのいうように絵さえあれば、没頭さえすれば全てが叶うと信じていた頃もあった。
 様々な事を教えてくれたのは助けてくれた人々であり、特に冒険者の存在が大きいとモーリスは話す。
「ボクなりの渇望というか、心にはあの頃の満たされなかったものが残っています。不肖のボクですが、よい絵で人々を誘いたいとも思っています。このせめぎ合いは絵を描く限り続くでしょう。もしかしてポーレットさんのいってる事とは違うのかも知れませんが、どれも本心であってボク自身です。すべてを抱えて絵を描いてゆくつもりです。何一つ捨てません。ボクの中にあるポーレットさんも含めて」
 モーリスは澄み切った青空の下でポーレットに伝えた。

●ひとっ飛び
「シーナさん、ありがとうね。ちゃんとお裾分けしますので」
「いえいえなのです♪」
 アイシャは受付嬢シーナから地図を受け取ると冒険者ギルドを飛びだした。十野間空に借りたベゾムに跨り、一気に上昇する。
「こっちの方角ね。よし!」
 全速で向かうは友人から聞いた美味しいお肉があるという集落だ。
 ベゾムは速く、すぐに集落へ到着する。集落の人に注文をするものの、少し時間が欲しいといわれてしまう。
 夕方には取りに来ると伝え、アイシャは再び大空を飛んだ。行き先はワイン作りで有名な村であった。
 サロンテから調達したワインは鍾乳洞で保存されていて、とても冷たい。
 お肉分を引いて持てるだけワインを持ち、アイシャは大急ぎでお肉の集落へ戻る。大葉でくるまれたお肉を背負い、赤く染まる空を疾走する。
「ふ〜‥‥、日が落ちるまでギリギリ」
 暗くなったジョワーズの前にアイシャは降り立った。お肉とワインをコックに預かってもらう。明王院が話しを通してくれていた。
 仲間を手伝う為に冒険者ギルドへ向かうアイシャであった。

●司教
「よかったですね。介添え役と指輪もお許しがもらえて」
「うん! それじゃあ、いろいろ立ち寄る予定があるの」
 クリスと明王院はカトナ教会の老司教との面会が終わり、教会を出た。
(「いい事を教えてもらったのです☆ ルーアン大聖堂に行くのがとっても楽しみ♪」)
 別れる明王院に手を振り、クリスは軽やかなステップで歩く。これから結婚式に呼ばれる人達の所を回るつもりであった。
「画材商さんのところにまず寄って‥‥、あれ?」
 クリスは今出てきたばかりの教会にポーレットが入ったのを見かける。
 少し気になったが、その場を離れるクリスであった。

 ポーレットは寄進の品物をお付きの司祭に渡す。そして老司教の部屋を訪れる。
 当初、カトナ教会の司祭に司式者をしてもらう予定であったが、運良く老司教が来られる事になった。今いるパリの教会はルーアンのカトナ教会と繋がりがある。
「二人に祝福を。それが汝にとって励ましとなり、慰めとなろう‥‥夢の中でジーザス様がお言いになられたのです」
 ポーレットは司式者を任せて欲しいと老司教に相談をする。
「先程、貴方の仲間の方からお願いがあったのです。それを含めて頂けるのなら委任状を書きましょう」
 老司教からの提案をポーレットは呑み、委任状を手に入れた。そのままモーリスとローズが泊まる宿に飛んでゆく。
「ええ、ボクたちにぴったりだと思います。司教様がお許しになってくれたのなら、それで」
 ポーレットはモーリスとローズの承諾も得た。
 モーリスとローズの髪型はよい形に仕上がっていた。諫早がカットしたのである。セレストの姿もあり、子供聖歌隊を頼んだという。
 ポーレットは棲家に戻り、聖書を読み直すのであった。

●ウエディングちま
 玄間、明王院は買い出しの後、レストラン・ジョワーズに立ち寄ってから冒険者ギルドの個室で作業を始める。十野間空も途中まで一緒であったが、船会社に寄るので途中で別れた。
「ここはどうすればいいのだぁ〜?」
「下を縫ってから、裏返しにするといいよ」
 玄間と明王院はちま人形作りをがんばる。すべてはモーリスとローズに驚いてもらう為だ。
 レストラン・ジョワーズに飾られてあったちま人形を参考にし、ウエディング仕様である。花婿を玄間、花嫁を明王院が作っていた。
 持ってきたアイテムもばらして流用する。時間はあっという間に過ぎてゆく。
「ただいま戻りました」
「がんばっとるな」
 十野間空とルイーゼが個室にやってくる。
 十野間空の考えていた通り、ルーアン行きの船はトレランツ運送社のものであった。なるべく馴染みの船乗りを揃えて欲しいと十野間空は頼んできた。
 ルイーゼが確認したのはワインだ。セレストが手配したワインが運ばれるのを見届けたのである。
「ちと作らせてもらうやろか」
 ルイーゼは余った切れ端などでてるてる坊主を作る。
「忘れていたのだぁ〜。空は大丈夫っていってたけど、大荒れにならないように、おいらもてるてる坊主を吊すつもりだったのだぁ〜」
 玄間も大急ぎで荷物の中からてるてる坊主を取りだして、ルイーゼのと一緒に軒下に吊した。
 玄間とルイーゼはてるてる坊主を見上げる。十野間空も椅子に座りながら窓を振り返る。
「きっと晴れるね」
 明王院の呟きがみんなの耳へ届いた。

●結婚式
 二日目の空は晴れ渡った。
 念のために十野間空とルイーゼは魔法を使っておく。
 高台で結婚式が執り行われた。見晴らしのよい石畳の空間に子供達の聖歌が響き渡る。
 冒険者達は正装で決めていた。
 司式者のポーレットが現れて、講壇の前で飛んで待つ。
 聖歌が終わり、代わりにクリスの竪琴によるメロディが流れた。この曲はモーリスとローズが再会した時に演奏した思い出深い曲であった。
 ブリウ師匠を始めとする参列者が見守る中、モーリスが先に入場した。
 豊穣の象徴である小麦の輪を持ち、明王院は布で隠した指輪をポーレットの元まで運ぶ。
 そして花嫁のローズが登場した。
 うっとりと未来の自分を投影するアイシャである。
 ポーレットによって聖書朗読が行われ、誓いの言葉の後、グットラックによる祝福がされる。
「これは‥‥」
 モーリスは目を丸くする。
 指輪はちま人形に下げられていた。花婿から花嫁に指輪がされるのが普通だが、互いにはめられる。
 玄間と明王院は目と目を合わせてウインクをする。
 続いてルイーゼがロバ、アグネスの手綱を持って大きなカンバスを運んでくる。
 カンバスにはポーレットによって聖母と天使が描かれてある。大きなハートを抱擁する図であった。だがハートの部分は未完成だ。
 モーリスとローズは用意されてあった大絵筆でハートを塗りつぶす。
 ここに誓約はされた。
 退場の際、投げられたブーケはアイシャの頭の上に乗っかる。乙女のキラキラな瞳で、しばらく夢の世界に入るアイシャであった。
「御二人の幸せは私にとっても喜ばしいことなんですよ」
 十野間空は結婚式が終わった後で、モーリスとローズに声をかけるのであった。

 その夜、レストラン・ジョワーズパリ支店の一番大きな個室では結婚式の出席者達で賑わった。
 美味しい肉料理に、この時期としてはとても鮮烈な味のワインが並ぶ。
 唄い、踊り、語り合う。
 夜遅くまで楽しい時間は続くのであった。

●船
 三日目の朝、冒険者達は一部の結婚式出席者と共に帆船に乗船していた。
 ルイーゼは空を飛んで見張り台に座る。船には一家言あるルイーゼなので、黙っていられなかったのである。
 その他の時間は船長や船乗りと談話する。
 船長はルイーゼの知識と経験に感心し、トレランツ運送社にくれば、すぐに船長になれると笑いながら話す。社交辞令も入っているのかも知れないが、ルイーゼは嬉しかった。
 夜になり、宴会の時間の始まりである。運ばれたワインの他に冒険者が提供した酒もある。
「まだまだ、呑みたらんでぇ〜。ぎょうさんあるんや。いきまひょ、いきまょ」
 ルイーゼはワインを注いで回る。が、ポーレットが酔いつぶれた辺りで止めておく。明日の壁画閲覧に問題が出るとまずいと思ったルイーゼである。
「何か作ってくるね♪」
 明王院は一緒に話していたモーリスとローズに声をかけてから船の調理場に駆けてゆく。
「これぐらいで顔を真っ赤にしちゃいけませんです。ふふ‥‥これからがいいとこなんですから☆」
「蜂蜜づけにされたぐらいに甘く甘くて‥‥、空さんが用意してくれたこの焼き菓子みたいに甘い二人なんですね」
 クリスは竪琴を鳴らしながらアイシャにモーリスとローズを語る。
「御二人の事…どうもありがとうなのだぁ〜」
 玄間はブリウ師匠と老司教に日本酒を勧める。
 十野間空は甲板で夜風にあたっていた。
「人が幸せになるのはとてもよいことです」
 十野間空は恋人を思いだしながら、ありふれた日常の大切を心に刻んだ。
 川の上で一晩が過ぎ去る。
 四日目、帆船は昼頃にルーアンの船着き場に入港した。

●ルーアン大聖堂
 五日目、冒険者達はモーリス、ローズ、ブリウ師匠と共にルーアン大聖堂に足を踏み入れた。
 まずは他の人達に先だって観てもらいたいとのモーリスの意向である。
(「わぁ‥これがブリウ師匠とモーリスさんの作ですか‥‥」)
 クリスは見上げる。あったはずの足場は既に取り除かれ、近くのシャンデリアの蜜蝋燭の光で壁画は照らされていた。
 クリスはいつの間にか一筋の涙を流す。
 十野間空はただ見上げ、見つめ続けた。心の中に去来するのは何であったのか誰にもわからないが、クリスと同じように涙を流した。
 玄間は十字架を握り、過去のジーザス教教徒の父娘の事を思い起こす。それと同時に一つの結実こそが、みんなの思いが形になったのがこの最後の晩餐ではないのかと感じた。
 明王院はモーリスに振り向いて何度も頷く。モーリスとローズはちま人形を持っていた。
 アイシャは壁画を観ながらジョワーズ・パリ支店を思いだす。手が加えられているとはいえ、雰囲気の違いに驚きながら魅入るアイシャである。
「こりゃすごいわ。何て言うんやろ、荘厳な気分になるやわ。‥‥うん、ええなぁ」
 ルイーゼはあまりジーザス教そのものに興味がない。だが、広い壁面に描かれた最後の晩餐には何か感じるものがあった。
 ポーレットは空中に浮かび、壁画を眺める。
 しばらくしてからモーリスの元に降りる。
「大変だったと思うわぁ。陰影を強調した意欲作ね。情熱が溢れているわねぇ。長く‥‥そうね。この大聖堂にある限り、千年後の人達も観るかもよぉ〜。覚悟しなさいね」
 ポーレットはおどけてみせたが、言葉は本心であった。
「え‥‥この音は一体?」
 クリスは最初、絵に集中していて気がつかなかった。どこからか音楽が流れていた。
 大聖堂内に反響する不思議な音だ。
 長くここで作業していたモーリスから教えてもらう。オルガンと呼ばれる楽器の音だと。
 クリスはようやくパリで老司教から教えてもらったオルガンの名と実際の音が頭の中で繋がる。
 巨大な壁面に広がる最後の晩餐の絵と、大聖堂に流れるオルガンの音。
 冒険者達は例えようもない、まるで別世界にいるような錯覚に陥る。しばらくはその場を動けなかった一行であった。

●卵から孵った者
 六日目の昼、冒険者達はパリ行きの帆船に乗り込んだ。
 モーリスとローズからプレゼントが渡される。持っているかも知れないが、こちらを出会った記念にと天使の羽飾りを。
「穏やかな夫婦生活が送ってなぁ。あんな絵描けるんやもの、大丈夫やな」
 ルイーゼが一言モーリスとローズに残し、出航した帆船へ飛んでゆく。
 パリへの帆船に乗船している冒険者達は手を振っていた。モーリスとローズも手を振る。
 冒険者達を乗せた帆船は八日目の夕方、無事にパリの船着き場に入港した。