●リプレイ本文
●集合
「おかげで全部売り切れたよ」
「一つとして無駄にはできません。村でとれた物は私にとっても宝物ですから」
「そろそろ行こうか」
「はい、旦那様‥‥あっ!」
デュカスは手を握り、柊冬霞(ec0037)を馬車の御者台に引っ張りあげる。
残った品物を朝早い市場で売り切り、集合場所へと馬車を走らせた。
城塞壁近くの空き地には、ほとんどの冒険者が集まっていた。
「――別にね、玉の輿狙わせたい訳じゃないのよ?」
「あの子がその騎士に見初められてもなくても、貴女とあの子には悪い結果に及ばないと思いますがね」
「後見人は喜んで引き受けさせてもらうわ」
「お世話になります」
セレストとブノワ・ブーランジェ(ea6505)は少しだけ仲間から離れて言葉を交わしていた。
デュカスと冬霞が乗る馬車が到着し、冒険者は周辺に集まる。
「元気‥‥ってぇのもおかしい、か‥‥。まぁ、頑張ろうかねぇ」
「レシーアさんは笑顔がいいですよ」
レシーア・アルティアス(eb9782)はデュカスをからかう事もなく、元気なさげに乾いた笑いをした。
死者が出なかったとはいえ、盗賊に襲われた村の被害はそれなりにある。今回の依頼が被害回復を含む事をレシーアも承知していた。
「ブレダ領カナン村教会で助祭兼農場管理者を務めております」
「村の立ち行きにはわからないことだらけです。どうかよろしく」
ブノワとデュカスは握手をする。
「馬車の中で村の様子を教えて下さいね」
アイシャ・オルテンシア(ec2418)は一同に挨拶した後でデュカスと冬霞に近づく。
(「子供達、元気かな‥‥」)
アイシャは村の子供達を思いだした。
「友人は別件で来れないからと頼まれたクァイと申します。よろしくお願いします」
クァイ・エーフォメンス(eb7692)はデュカスへ丁寧に挨拶をする。
「その馬の荷物、ものすごいね」
「村のみなさんにと思いまして」
デュカスはクァイに感謝すると、荷物を馬車後部へ載せかえた。馬は他の冒険者のもまとめて馬車に繋げる。
「私は一足先に村へ向かいたいと思います。測量を済ませておきたいので」
「フェルナールには、ぼくが手伝うようにといってたと」
十野間空(eb2456)はデュカスに声をかけて急いで準備を行う。テレパシーを使って二匹のペットを言い聞かせておく。
「頼みます」
「村でまた会おうなのだぁ〜」
十野間空はペット二匹を玄間北斗(eb2905)に預けると、ベゾムに跨って遠くの空に消えていった。
「依頼書を読んだ分には、木工仕事は特にたくさんありそうね」
「そうなんです。村の建築物の多くは木造なので、被害もそれに集中しまして」
ナオミ・ファラーノ(ea7372)は馬車に乗り込む途中でデュカスに声をかけた。
「酒宴があるらしいと聞いておったが残念じゃのぅ」
ヴィルジールは発車する馬車を見送る。コルリスと元馬祖の姿もある。
コルリスはアイシャに品物を預けた。
元馬祖は発車前、盗賊の噂についてをデュカスに教える。今の所、目立った動きはないらしい。
「無理しなくてもいいのに」
セレストはブタの支払いを来年でもよいとデュカスに提案する。デュカスは約束通りに秋には何とかするつもりだと答えた。
「お気をつけて」
アニエスは見送りを終えた後で王宮の門番詰め所に向かう。ラルフ宛ての手紙を黒分隊に預ける為だ。刀とエフォール副長についてしたためられてあるようだ。
一行の馬車が村に到着したのは翌日の夕方頃であった。
●家事
三日目の朝から村の手伝いは始まった。
「故国ではこの時期、桜という花が咲いてそれはそれは綺麗なんですよ。そう‥‥、こちらのアーモンドによく似た花がたくさん咲くのです」
冬霞は洗濯物を干しながら村の主婦達とお喋りを楽しむ。
笑顔の冬霞は、心の隅にわずかだが後悔を抱えていた。盗賊襲来の時の自分の行動についてである。
大切な者達が傷つくのが怖く、臆病であった事を。
洗濯が終わり、他にも家事はたくさん残っていた。クァイからの食材は村の人々に分けられてある。
「ふふっ、今夜のお夕食はどうしようなんて考えるなんて私も変わりましたね」
家屋の炊事場で薪をくべながら霞は呟く。
「あーいたいた。これ使ってねぇ〜」
「レシーア様」
レシーアがカッティングボードを冬霞に手渡す。使うと料理が一味違うようだ。食材の下拵えをレシーアが手伝ってくれたおかげで、冬霞の食事作りはかどる。
レシーアは時々天気を確認し、作業しやすいように魔法で操作するのであった。
●子供達とブタの森
「ウサギ? 犬かな?」
「どっちでもいいのさぁ。かわいいからねぇ〜」
レシーアは子供達に持ってきたぬいぐるみをあげる。
「いいかぁい? 殴って気分晴らしたりするのには、使わないよ〜にね」
「しないよ〜。お姉ちゃん、ありがとね〜」
レシーアは子供達の頭を撫でる。そしてデュカスに自警団設立を提案した時の事をもう一度考えた。
今でもエテルネル村内には見張り台での監視や巡回の持ち回りはあるという。
デュカスは困っていた。自警団という特別な組織を作るにはあまりに村人の数は少ないと。
(「つまりはそこに辿り着くのか。この子達が本格的に働けるまで時間がかかるしねぇ〜」)
レシーアが振り返るとアイシャが立っていた。
「いいものもらったね♪」
アイシャはぬいぐるみを抱く子供達の前で中腰になった。
「そーだ。フスマをもってくんだ」
子供の一人が呟き、全員が一斉に駆けだす。レシーアとアイシャが呼び止めて聞くと、森のブタに麦の脱穀時に出るフスマを飼料として運ぶのだという。
レシーアとアイシャは手伝う事にした。
荷車を借りて、アイシャの愛馬二頭に繋げる。子供達と一緒に水車小屋からフスマを荷車に載せて近くの森まで運んだ。
囲いの中では元気な子ブタ達が走り回る。寝床用の小屋の近くにフスマを降ろした。
「私は森の中を散策してきます。盗賊達の襲撃はまたあるかも知れませんし‥‥」
アイシャは一頭を荷車から切り離して飛び乗る。レシーアに子供達と愛馬を繋げた荷車を任せて森の中を回るのだった。
●村の守り
「それにしてもすごい数ですね」
クァイはたくさんの壊れた馬車を眺める。馬車はすべてが堀から引き揚げられてあった。
酷く焼かれてたり破壊されている。だが、一部は軽い損傷で直せば使えそうなものもあった。
家屋の修理はナオミと十野間空に任せ、クァイは堀に沿って村を取り囲む塀の修理に取りかかった。
村人の二名の力を借り、焼けたり壊された塀を壊して新たに作り直す。
クァイは泥を塗って火矢を防ぐ方法を提案したが、残念ながら一時的に効力はあっても長続きはしないので採用はされなかった。定期的に泥を塗る作業は人が少ないエテルネル村では無理である。
そこで少しでも燃えにくくする為になるべく板を厚くした。
木材はフライングブルームで空中から吊って運ぶ。斬れにくくなった道具類の手入れも行った。
塀の修理はとても大変で、他に手を出す暇はない。それでもクァイは懸命に働く。
「やっと畑仕事の手が空きました。ここを手伝えばいいですか?」
途中でデュカスが応援にかけつける。
デュカス以外にも仲間も手伝ってくれて、八日目の夕方までには修理を完了させるのだった。
●家屋の修理
「そう、石工のシルヴァさんは来られなかったのね」
ナオミは用水路を転用した堀を眺める。堀についてはワンバと村人五名が一部を塞き止めて修復を行っていた。
ちなみにクラーラは用があって現在パリである。
技術は教えてもらっていたので、修復に問題はなかった。
家屋の修復をしなくてはならず、さすがのナオミでも堀までには手が回らなかった。
他の仕事が終わり、アイシャが愛馬と一緒に堀修復を手伝う事となる。レシーアも同様であった。
「まずは簡単に直せそうな家から始めましょう。少しでも使える家屋が増えた方が便利でしょうし」
「そうしましょうか。この家なら屋根の一部を直すだけで、すぐに使えそうね」
十野間空とナオミは家屋の修理を進める。
用水路に関しての測量や注意点はナオミと相談した上でワンバに伝えた十野間空である。
測量を手伝ってもらったフェルナールは養蜂の作業をしていた。ナオミがアドバイスをしたので、巣箱作りを任せて良さそうである。
子供達に葺く為の藁を束ねてもらいながら修理は順調に進んだ。
木材などの材料は潤沢にある。
考えていたより早く家屋修理が終わり、残る時間は堀と塀の手伝いをしたナオミと十野間空であった。
●養蜂
「こんな形‥‥かな」
フェルナールは作業小屋で養蜂用巣箱を作っていた。最初は柔らかい枝で作ろうとしたが、材料として藁も良さそうであった。
とりあえず試しにいろいろと作ってみるフェルナールだ。
「フェルナールさん、どうです? 巣箱作りの方は」
「ブノワさん、いくつか試しに作ってみました。後は蜜蜂を呼び込む為に蜜蝋を塗るだけです。畑の方はどうでしたか?」
「堆きゅう肥と腐葉土が使われていてよい感じでした。いくつかアドバイスはしましたが、よい土でしたよ。雑草も思ったより少なくて、作業も早く済みましたし」
「よかった。後は玄間さんがよい場所を見つけてきてくれれば、養蜂もうまくいくのですけど」
「お兄さんのデュカスさんは目星をつけている場所があるのですよね?」
「蜂の巣はいくつか獲らずに見つけたままにしてあるのですけど。一種類の花から蜜を得た方がいいと玄間さんは張り切ってまして。毎日朝早くから夕方まで森の上空や奥で探しているようです」
「どんな花がよいのか聞かれましたから、懸命に探されているのでしょう」
フェルナールとブノワが話していると、作業小屋に玄間が現れる。
「地図に良さそうな場所を記したのだ」
玄間はフェルナールに地図を渡す。
「クローバーが沢山咲いていたのだ。他にもこんな花が沢山咲いていたけど、これも使えるのかなぁ〜なのだ」
「ありがとう。びしょ濡れだけど、どうかしたの?」
「蜜蜂に追いかけられて、地図を放りだして小川に飛び込んだのだ。後で見つかってよかったのだぁ〜」
「そんなに苦労したんですか?」
「忍術を使う暇もなかったのだ」
玄間がフェルナールとブノワに森での話しをしているとレシーアが現れる。
「やっとできたのさ。テントぐらい持っているよねぇ? これ入り口部分に被せると楽よ〜。じゃあねぇ〜」
レシーアは目を細かくした広い網を置いてゆく。蜂避けの避難用に作ってくれたようだ。
「忘れてたのだ。細かな作業がし易いから使ってみるといいのだ〜」
「こういうの、欲しかったんです。ありがとう」
玄間はフェルナールに彫刻刀をあげた。
翌日、玄間とフェルナールは養蜂作業に出かけた。
「ここですか。こんないい所があったなんて」
フェルナールは森の中にあった一面のクローバーが広がる場所を見渡す。
「結構、蜂も見かけるのだぁ。巣がなくなったらこの辺りに来ると思うのだ〜」
玄間は細い目をさらに細くしてフェルナールに笑顔で答える。さっそく二人は養蜂用巣箱を置いた。雨が降っても大丈夫なように簡易な屋根を木棒や板で作ってあげる。
再び森の中に戻り、蜂の巣がある場所に向かった。
蜂の巣がぶら下がる木の風上にテントを張り、入り口を網で覆った。持ってきたおがくずに火を点けて燻し始める。
「そろそろなのだ‥‥」
蜜蜂がおとなしくなったところでススッと玄間が木に登り、蜂を払って巣を手に入れる。
冬霞が作ってくれた布袋に蜂の巣を入れておく。まずは自然の蜂の巣を獲って蜜蜂達が巣箱に向かうように仕向けた。
その後は繰り返しとなる。
「甘いのだぁ」
「本当です」
蜂の巣のかけらを袋から取りだして、滲む蜜を二人は舐めてみた。これ以上はない甘さが口の中に広がる。
二人が獲った自然の蜂の巣は四つほどである。村に戻ってさっそく蜂蜜や蜜蝋を得る作業が行われた。
パン作りに蜂蜜が使われ、子供達は大喜びする。
八日目の夕方には巣箱で初めて収穫される。養蜂の手応えをエテルネル村の人々が感じた瞬間であった。
●酒席
村での最後となる八日目の夜、酒席が用意された。
冒険者が寝泊まりする家屋では、ブノワが持ってきてくれた酒類と村で作った発泡酒がテーブルに並ぶ。
クァイが持ってきてくれた食材で鍋料理が振る舞われた。
「ちょっと、踊っておこうかねぇ〜」
レシーアは踊りを披露する。
「それでは僭越ながら」
クァイが妖美なレシーアの踊りに合うような旋律を奏でた。
「戦闘の訓練。ほんのちょっとしただけだけど、仕事が忙しかったから仕方がないかな‥‥」
アイシャがデュカスに村人の訓練について話していると、玄間が近づいてくる。
「おいらが残ってもう少し教えておくのだぁ〜。任せておくのだ」
玄間は自分の胸をドンッと叩いた。
「ちょっと聞きたいのだけど――」
ナオミがデュカスに質問する。この土地の領主についてだ。
どうもこの土地の領主は現在空白になっているらしいとデュカスが答えた。
ヴェルナー領と別領地の狭間にあり、現在どちらが管理するのか協議されている最中らしい。
「難しい問題ね。それは」
どうも一筋縄ではいかない問題のようである。ナオミは早くちゃんとした所轄地となるのを願った。
「ペットの希望にテレパシーで聞いてみましたが、堀の幅は通常なら充分なようです。ただ馬車を大量に突っ込ませるなどの物量に任せた作戦をとられるとどうにもなりませんね。これ以上幅を広げるのは現実的ではありませんし‥‥。どうしたものか‥‥」
十野間空はデュカスに報告してハッとする。せっかくなのでお酒を楽しみましょうとカップを手にした。
「旦那様、遅くなりました」
冬霞がやって来てデュカスの横に座る。
「平気かい?」
「ええ、とっても♪」
冬霞は笑顔でデュカスに頷く。定期的に村医者のレナルドに診察してもらっている冬霞であった。
その後、デュカスはブノワと畑の話しをする。回りに誰もいなくなった時、ブノワは自分の妻を語り始めた。
「あまり丈夫ではなく‥‥先立たれた時の心構えは出来ているつもり、なんですが」
ブノワは酒を手にしながら厳しい表情を見せる。
デュカスはちらりと冬霞へ振り返った。
最後に玄間とクァイから村へのプレゼントがあり、デュカスは感謝で一杯になった。
翌日の九日目の朝、玄間を除いた冒険者は馬車に乗ってパリへの帰路についた。玄間はギリギリまで村にいてセブンリーグブーツで帰る予定だ。
ナオミに提案された流通の確保についてデュカスは考える。前にもワンバと冗談混じりに話した事があった。
十日目、無事に馬車はパリへと到着した。