●リプレイ本文
●挨拶
レストラン・ジョワーズ・パリ支店の個室には、すでに参加の全員が集まってテーブルを囲んでいた。
「お知り合い同士もいると思うけどぉ〜、まずは自己紹介をしましょうか。アタシちゃんはポーレット・モランよ〜。宗教画家を生業としてるわ。集まってくれてありがとぉ〜、よろしくねぇ〜」
依頼人でもあるポーレット・モラン(ea9589)は真っ先に挨拶をする。
「ボクはモーリス・クレマンです。駆けだしではありますが、ポーレットさんと同じ宗教画家になります。話しもしますが、絵も描かせてもらいます。どうかよろしくお願いします」
モーリスは少し緊張した面もちであった。
「リアナ・レジーネスと申します。ウィザードの冒険者としての体験が少しでもお役に立てれば幸いです」
リアナ・レジーネス(eb1421)は優しい笑顔を振りまいた。
「武道家の乱雪華と申します。強い感情を絵にするのに話しを聞きたいそうですね。よろしくお願いします」
乱雪華(eb5818)の隣りにはスモールストーンゴーレム・ラジャスが立っていた。
「失礼します〜。お料理お持ち致しました〜」
ノックの返事を聞いた後で、ウェイトレス二名が台車を押しながら個室に入る。次々と注文された料理がテーブルに並べられてゆく。
経営者の田舎から取り寄せられたワインと、豆とチーズがふんだんに使われた料理が並んだ。よい匂いが個室に漂う。
「まずは軽く頂いてから、その後でお一人ずつ聞かせてもらうわねぇ〜。アタシちゃんはそうね‥‥。故郷のイギリスで写字生をしていた頃を話そうかしら〜。モーリスぢゃんは一緒に描くんだから、お腹空いてたら最初にたくさん食べておいてね。話しを聞き始めたら、口に出来るのはワインくらいよぉ?」
「わかりました。とっても美味しそうですね」
ポーレットにモーリスは頷く。
それぞれの流儀で感謝の祈りが捧げられると、食事が始まるのであった。
●心
語るにあたってポーレットからいくつかの注文がつけられる。
アトリビュートを使って個人を特定させるので、自身を象徴するアイテムなどの物、そして象徴する色を提示してもらいたいという。
アトリビュートとは個人を意味する記号的なものだ。
食事をしながらリアナと乱雪華は考える。
「モーリスちゃん、恋愛ネタは禁止よ。他のをお願いねぇ〜」
ワインを頂きながら、ポーレットはモーリスを横目で眺めた。モーリスは口に食べ物を含みながら天井を仰ぐ。
個室には開け放たれた窓から陽光が射し込む。
小さく聞こえる街の喧噪。鳥のさえずりと羽ばたき。街路樹には青葉。教会の鐘の音。
だんだんと暖かくなり、やがて夏が訪れるであろう春のパリの風景が顔を覗かせていた。
「それでは」
考えがまとまったリアナから話し始める。
ポーレットとモーリスの横には前もって用意された木板が積み重なっていた。
「私を象徴するのはこちらのマジカルワンド、マウロントス大樹勲章です。両方ともフランク王国マウロントス分国の御先祖様の遺品になります」
テーブルの上に二つの品が置かれる。60センチ程度の木棒と大樹を象った勲章だ。
「象徴の色は緑っぽい気がします。恵みの大樹の葉を揺らす風の精霊魔法を使うから、ですかね?」
リアナの話しを聞きながら、ポーレットとモーリスは並んで座ったまま、木板上にペンを走らせた。
質問は極力さける。何気ない一言でも答えを誘導してしまう事があるからだ。
知りたいのは心の真実。揺さぶられた強い感情。
丁寧にいうより、二人は思いのまま描き続ける。木板を交換し、何枚も何枚も。
「預言の際、黒分隊の皆様と共同で防衛ラインを引いて、虫やオーガ達相手に戦いました。今思い返すと、なぜか楽しかったと感じてる事に驚いてます。オーガや虫達の断末魔を聞きながら魔法を放ち続け‥いや、少しお待ちを」
リアナは確かに笑顔であった。冷笑や皮肉に満ちたものではなく、純然たる笑顔だ。
話しを止めたリアナは自らの中に理由を捜し当てる。
「そう‥‥なぜ楽しかったといえば一人ではなかったからです。同じ冒険者仲間がいて、ラルフ様という隊長がいて、エフォール様という副長がいて、黒分隊という方々がいて‥‥。普段から一枚の羊皮紙に集い、場合によっては見ず知らずの方々と一緒に依頼へ出向くのが冒険者。いつもと同じといえば同じですが、あの時は特別でした。義兄弟の契りを交わした訳でも、主従の誓いをした訳でもありません。でも、彼らと共に血生臭い戦場を過ごした経験は素晴らしく楽しく‥‥そう、彼らと共にある事が楽しかったです」
最後にリアナは感じたのは『友情』といった。
リアナの次に話し始めたのは乱雪華だった。
「私のアトリビュートはこの子です」
乱雪華は椅子から立ち上がると、隣りに立つスモールストーンゴーレムの『ラジャス』を紹介する。
「各国で大事が起きた時には仲間を集めて『ゴーレム隊』を立ち上げています。後方の救護所などの防衛が必要な場所でゴーレムの壁を作り、守りを固めて支援してきました」
乱雪華はラジャスを誇らしげに眺める。その後少し顔に影を落として話しを続けた。
「象徴する色は黒に近い赤、でしょうか。この耳を見ればわかるとおり、私はハーフエルフです。多量の血を見ると狂化してしまいます‥‥。取り繕う事なく、自戒を込めて、赤黒い色こそ私だとでいえるでしょう」
話しが続く間、カタンカタンと木のぶつかる音が聞こえる。ポーレットとモーリスの二人が描き終わった木板が重なってゆく。
象徴によって意味が組み立てられる。そこに自由な線が踊り、新たな絵が出来上がっていった。
モーリスもポーレットの勢いに誘われながらも、自らの脳裏に浮かんだ世界を板の上に具現化する。
「強い感情とは、あの時をいうのでしょう。自ら覚悟した行動でしたが――」
さらに乱雪華はイギリスでの出来事を語り始めた。
「恋人を殺されて復讐鬼となった女性を止めるため、私が選んだのは説得ではなく行動でした。『殺したいと思うのでしたら、殺すのは私を最後になさい。それが約束できるのでしたら私の命を差し上げましょう』と自分の命を差しだしました。重傷を負いましたが、彼女は止まってくれました。私と真正面に向き合ってくれたのです」
目を瞑り、乱雪華は思いだす。
「私を受け入れてくれた彼女に感謝します。そうです。あの時の強い感情とは『感謝』でした」
乱雪華は最後にラジャスを撫でて語り終わった。
「それじゃあ、次はモーリスちゃんねぇ〜」
「わ、わかりました。いろいろ迷ったのですが」
ポーレットにいわれてモーリスはペンをテーブルに置く。
「ボクがパリにやって来る前を話します。あ、その前にアトリビュートでしたね。絵筆か、弟子入りした時に用意した鶏にして下さい。色は海の青でお願いします」
モーリスはしばし黙った後で語り始めた。
「宗教画家を目指す前、ボクは風景をよく描いていました。かといって宗教画に興味がなかった訳ではなく、よく教会にいってたんです。絵と同じように、よく観賞していたのがタンパンです。タンパンというのは教会などの入り口上部にある半円形の彫刻部分です。父は大工でしたが、タンパンの彫刻もよく任されてやっていたのです」
モーリスは遠い目をした。
「別にパリの教会のタンパンの中に父の彫ったものがある訳ではないのです。田舎の建物の、本職の代わりに他の者より器用な父が任されていた。それだけの事です。でもボクは好きでした。父の彫ったタンパンが」
ペンを手に取ったモーリスが、ささっと簡略化したタンパンを描いた。
「既に亡くなっている父ですが口数の少ない人で、ボクがパリに行きたいと相談した時、賛成も反対もしませんでした。ですが住んでいた田舎町の、あるお屋敷のタンパンを観てからにしろといったのです。元々、ボクが好きなタンパンでした。なぜ父がそのことを知っているかが不思議でしたが、いわれた通りにしたのです。後に知ったのですが、タンパンにあったマリア様の彫刻は早くに亡くなった母の姿を模していたそうです。母は旅の途中で怪物に襲われて亡くなったらしく、墓には遺品のみで入っていません」
今までの自分が辿った道と父の生き方に共通するものがあり、モーリスはとても不思議に感じていた。
聖書の世界に惹かれた事。妻となる者をマリアのモデルとした事。その妻となる者が怪物に襲われた事。ポーレットが結婚式の祝いにくれた絵は『聖ヨセフとマリア』だ。聖ヨセフは大工であり、モーリスに似せて描かれてあった。
どれもただの偶然で、まったく同じではなく、符号するものがあるだけだ。
しかしモーリスは幸福に感謝していた。セーラ神とジーザス、冒険者や周囲の人達、ローズ、そして天国にいる両親に。
「強く感情が揺さぶられた瞬間とは、好きであったタンパンが母を模しているのを知った時です。‥‥久しぶりに田舎に帰って、そのタンパンを観たくなりました」
モーリスの話しは笑顔で終わった。
「最後はワタシちゃんね〜」
ポーレットは軽く背中の羽を動かす。
「アトリビュートと象徴色は最後にとっておくわね〜。これから話す内容にとっても関係しするからネタばらしになっちゃうし」
ポーレットが一度頭の中で過去を巡らせてから話しを始めた。
「故郷で写字生をしていたときね。いろんな事があって‥‥同じ写字生と大喧嘩をしたのよ‥‥。そしたら羽やそこら中を怪我をしちゃったの‥‥」
モーリスがじっとポーレットを見つめる。
「祈りを捧げる為の礼拝堂までの廊下は真っ暗で‥‥直前まで使っていた画材のまるでアイボリーブラックのような、そんな闇。飛べないので足を引きずりながら歩いてゆくと、先がまるで夜明けのように明るくてドーンピンク色が広がっていたの」
ポーレットは一度、ワインで喉を潤す。
「礼拝堂のはずのその場所は、輝けるドーンピンク色に満ち、天で何かが開いたかと思うと手が、手が差し伸べられて‥‥。男性の手だったわ。両手の甲には釘が刺され血が流れていたけどとっても優しくて、アタシちゃんは降り注ぐ光に言葉なく見上げていたわ。ずっと‥‥」
窓の外でたくさんのハトが羽音をたてて一斉に飛び立つ。個室の中では落ちた影が次々と通り過ぎてゆく。
「あの方の声が聞こえ、そしてアタシちゃんは目覚めたの。大いなる母の慈愛に満ちた力をね」
ハトはすべて大空に舞い上がる。
「アタシちゃんのアトリビュートは、羽をもがれたピンク色の羽虫、開かれた扉の中から軽く両手を広げた男性の手よ。甲には釘が刺さり、血が流れる手‥‥。象徴する色はアイボリーブラック、そして夜明けを示すドーンピンクよ」
ポーレットの脳裏には様々な思い出が去来していた。
全員の話しが終わった。
しばしのたわいもない話題の後でお開きとなる。ジョワーズ・パリ支店でかかったすべての料金はポーレット持ちである。
ポーレットとモーリスは残る日数を描いた絵の整理や、描き直しに費やすことにした。
「とても助かったわ。ありがとうね」
ポーレットはそれぞれに渡せる最大限の報酬をリアナと乱雪華に手渡す。手持ちのソルフの実も一緒に。
夕日の中、ポーレットとモーリスがリアナと乱雪華を見送った。
「ポーレットさん、あのこれを‥‥いい機会を作ってくれてありがとうございます」
モーリスからポーレットにデザイナーのペンが渡される。
「ワタシちゃん、これから絵に力を入れようと思っているのよ? こんなことしちゃっていいのかしら? 冗談よぉ〜。はい、これ持っていってね」
ポーレットは今回描いた中から気に入った絵を一点、モーリスに渡す。
「あの実はボクも、持っていて欲しいなと思って」
「あら、生意気ねぇ。でも、結構いい感じよ。これ」
モーリスから渡された絵をポーレットが眺める。
それぞれにお互いの事を描いた絵であった。
二人は別れの言葉を交わし、別方向に歩いてゆく。
ポーレットは木板を載せたロバ・アグネスの手綱を飛びながら引っ張る。モーリスは背中に道具を背負っていた。
ポーレットが一度だけ振り返った時、すでにモーリスの姿は見えなくなっていた。