●リプレイ本文
●春の日差し
「レティシアさんってすごいのです‥‥」
シーナは焚き火の前で腰を落としていた。炙られて脂が滴り落ちる鶏肉を眺めながらツバを呑み込む。そしてつい先頃の事を思いだす。
村への移動中、馬車の窓から外を眺めていたレティシア・シャンテヒルト(ea6215)が御者をするサロンテに声をかけて停めてもらう。
「ギリギリで届くはず‥‥」
馬車から降りたレティシアは輝ける矢を放ち、大空を舞っていた野鳥を仕留めた。
「あれ、わかる? お願いね」
セシル・ディフィール(ea2113)が愛犬のウェルに野鳥を持って来させる。
こうして手に入れられた野鳥のお肉が今まさに食べ頃になっていた。ちょうど昼過ぎだったので食事の時間となる。
レティシアの手で焼けたお肉は均等に分けられた。
みんなで草むらに座る。味気ない保存食に一品が加わり、会話が自然に弾んだ。
「お肉の友よ。こうしていられると、とっても楽しいのです☆」
「久しぶりです。シーナさんは相変わらずですね♪」
焼けたお肉にかぶりつくシーナの横に座る鳳双樹(eb8121)は笑顔である。
(「危険な予感‥‥」)
セシルはシーナの様子に鶏のクックを馬車の中へ置きに戻る。
「まだ朝晩は寒いですけど、もうすっかり春ですねぇ」
ラテリカ・ラートベル(ea1641)は近くの草木に目を細める。青や紫の小さな忘れな草の花が草原に咲き乱れていた。
「葡萄さんは、そろそろ新芽が顔を出す頃でしょか? 元気に育つよに、エスカルゴ捕り頑張るですね!」
ラテリカが元気ポーズをとる。
「私もがんばります。体力有り余ってますから。あ‥」
アーシャ・ペンドラゴン(eb6702)は立ち上がって蝶々をそっと追いかけた。蝶々は仲間と戯れながら花びらに止まる。
嬉しくなったアーシャは花に囲まれて両手を広げて、ぐるりと太陽を見上げた。
「エスカルゴさん、たくさんとりたいと思います」
エフェリア・シドリ(ec1862)は膝に乗る猫のスーさんの背中を撫でる。
「何か注意事項は、ありますか?」
「葉っぱさえ傷つけなければ、それでいいですよ。‥‥ちょっとお聞きしますけど」
エフェリアの質問に答えたサロンテは考えてから全員に訊ねる。エスカルゴを食べるかどうかを。世間では食べないので、詳しい説明もする。
前に参加してる双樹、セシル、シーナは元々食べる気で一杯だ。
「ディフィールさんが持ってきたの、食べたことがあります。スーさんも食べられるでしょうか」
エフェリアはセシルが分けてもらったのを食べた事があるようだ。美味しかったので、今回も食べるつもりである。
「実はエスカルゴはとっても美味しいって、シーナさんが仰ってまして知っていたです。美味しいものに目がないパリっ子ですもの、グルメの血が騒ぐですっ」
ラテリカは臆することなく、興味津々であった。
「豚も食べるのだからエスカルゴを食べてもおかしくないのです」
戻ってきたアーシャはきっぱりと言い切る。
「食べられるものは、ちゃんと頂かないとね」
味を想像出来ないレティシアだが興味はある。吟遊詩人として見聞を広めるのはとても有意義だ。
食事の時間は終わり、再び馬車での道のりが続く。
村に到着したのは宵の口である。サロンテの家族は別の場所に引っ越し、家には恋人のラヴィッサンの姿があった。
ラヴィッサンと共に大きくなった犬のディアと猫のトイも冒険者達を出迎えてくれた。
●エスカルゴ
二日目の朝からエスカルゴ捕りが始まる。
サロンテから借りたカゴを腰から下げ、手袋をはめて取りかかった。
朝露に濡れた葡萄の葉には、でっかい貝のような虫がいる。エスカルゴであった。
「捕りましょ〜捕りましょ〜☆」
シーナは足取り軽く、ささっと摘んでエスカルゴをカゴに入れてゆく。
葡萄畑は垣根作りで一番背の低いエフェリアでも充分に手が届く高さだ。
「こんな風に軽く捻るように摘めば、簡単に捕れますよ」
双樹がアーシャ、エフェリア、ラテリカの前でやってみせる。
「さっそくとります。‥‥いました」
エフェリアは屈んで一匹のエスカルゴを摘んだ。エフェリアの小さい手にのると余計にエスカルゴは大きく見える。
エフェリアがカゴに入れると、猫のスーさんがニャーと鳴く。エフェリアはテレパシーを使ってよく言い聞かせてあった。
「うわ、大きい! にわかに信じがたいのですが、これ本当に食べられるのですか?」
アーシャが五センチ弱もあるエスカルゴの大きさに声をあげる。
「ええ、とっても美味しいですよ」
セシルは笑顔でアーシャに答える。そして本格的に捕り始めた。
(「美味しいワインの出来上がりの邪魔はさせませんから♪ 覚悟してね」)
セシルは葉の表だけでなく、裏もよく探す。高い位置からだけでなく、屈んで低い位置から見逃しのないようエスカルゴを見つけてゆく。
(「こちらの端から始めて、教会の鐘が鳴る前には――」)
レティシアは頭の中でペースを考えながらエスカルゴを捕った。両方の眉を一直線にし、無表情に淡々とこなす。
いろいろと考えるレティシアだが、エスカルゴそのものからは感心を逸らす。ヌメヌメしていて苦手であったが作業をこなす事のみに徹する。
「‥‥!」
葡萄の木の上から落ちてきたエスカルゴが、レティシアの手袋や服の袖で覆われていない腕の部分にポトッと落ちる。
「あれ? どうしたのですかね?」
シーナは両手を挙げて走ってゆくレティシアを見て首を傾げる。しばらくして戻ってきたレティシアは作業を再開した。
シーナが訊ねるとレティシアは青ざめた顔で大丈夫たと答える。
「エスカルゴさん、ここにいたですねぇ」
ラテリカは楽しく鼻歌を唄いながら、次々とエスカルゴをカゴに入れてゆく。ふとカゴに視線をやると大量のエスカルゴがウニャっと動いた。
背中がゾワゾワするラテリカだが、枝で膨らむ蕾を見て心を和ませる。
「終わったらお楽しみのワインですね。以前飲んだ時の味は今でも忘れられません〜♪ あ、シーナさんすごい〜」
「えへへ、ちょっと張り切りすぎたかな。カゴを交換してくるのです〜」
双樹がシーナのカゴを覗くとエスカルゴで一杯であった。
隣りの畑ではサロンテとラヴィッサンが作業をする。みんなわかっているので、邪魔はせずに二人だけにしておいた。
昼食を挟んでエスカルゴ捕りは順調に進んだ。
暮れなずむ頃には畑を引きあげるのであった。
●料理
既に下処理がされたエスカルゴが調理には使われた。数日の浄化を経て塩や灰で処理し、ワタを取って下茹でされたものである。
「やっぱりバターガーリックのオーブン焼きのがいいのです☆」
シーナがウキウキとバターに刻んだガーリックや香草を混ぜてゆく。ワインもちょっと加えてみる。
「あたしもシーナさんと同じので。ね? キララ♪」
双樹が訊ねると肩の上に乗っていたフェアリーが頷いた。
「ワインと合いますよね。とっても♪ 私も殻を器にしてオーブンで焼いたのがいいですねぇ」
石釜の火加減を見ていたセシルが振り返る。
「これでいいですか? たくさん、入りました」
エフェリアは殻の中に身と混ぜたバターを詰める作業をしていた。
「これでばっちりよ。あとはこれを倒れないように‥‥」
サロンテがエフェリアが詰めたエスカルゴを容器に載せてゆく。
「これぐらい刻めば、平気だよね?」
「だ、大丈夫だと思いますよ。いや、と、取り消しです。モンスターより手ごわいかも」
レティシアとアーシャはなるべくエスカルゴの形がわからない料理を作っていた。レティシアは自分用に、アーシャはゾフィーへのお土産用の試作を兼ねてである。
ガーリック風味のスープの具に刻んだエスカルゴを使う。そしてオムレットの具にも刻んだエスカルゴの身を混ぜてみた。
「ラヴィッサン、悪いけどお願いできるしら?」
サロンテがラヴィッサンに夕食用のワインを取ってくるように頼んだ。
「ラテリカもお手伝いしますぅ」
香草を刻むのが終わった、ふりふりエプロン姿のラテリカは、ラヴィッサンについてゆく事にした。鍾乳洞は寒いと聞いたので、まるごとウサギさんを被る。
外は真っ暗だ。
ラヴィッサンがランタンを照らしながら近くの鍾乳洞に入る。ラテリカは台車を押して後ろを歩く。
日が落ちて肌寒い。さらに鍾乳洞は冬のようであった。
「詩や歌を作られるとか、宜しければ拝見させていただきたいです。ラテリカ、甘ーい恋のお詩、大好きです♪」
ラテリカは白い息を吐きながらラヴィッサンに頼んだ。
「あの‥‥実はサロンテから止められているんだ。自分の前で歌や詩を披露するのは許すから、人前には絶対にやらないでくれって。破ったら別れるっていうんだよ」
「はわ!」
ラテリカは驚きとともに、とても残念がる。
鍾乳洞奥から何本かのワインを持ち帰ると料理は作り終わっていた。
ラテリカもまるごとウサギさんを脱いでテーブルにつく。
「温かいうちに召し上がりましょう」
エスカルゴ料理の他にも焼きたてパンや野菜サラダが並ぶ。スープとオムレットもエスカルゴ入りだ。
それぞれの流儀でお祈りがされて食事が始まる。
「や〜ん♪ おいしいですぅぅぅ〜〜〜」
アーシャが右手にエスカルゴを刺したフォークを持ち、左手を頬に当てる。
「エス、カルゴ、トッテモ‥‥‥モグモグ」
シーナは、話すか、食べるか、迷っているようだ。
「エスカルゴ、このワインにぴったりなんです」
セシルは笑顔を絶やさずエスカルゴ料理を頂く。
「エスカルゴさんもこのワインになるような葡萄を食べているから美味しいのでしょうね〜」
双樹の言葉にセシルはコクコク頷く。
「質素倹約なクレリックさん達は美味しいものしっかり食べているのですね。このワインも絶品です!」
アーシャは一皿目を食べ終わり、次の皿と交換する。
「!」
ラテリカは一口目にちょっとだけかじり、味を確かめた。大きな瞳をさらに大きくしてパチクリと瞬きをする。それからは躊躇することなく、パクパクと口に運ぶ。
(「とっても美味しいよ。命を分けてくれてありがとうね」)
レティシアはエスカルゴに感謝しながらオムレットを頂いた。スープもちゃんと残らず食べる。
そしてよく冷えたワインを堪能した。この時期のワインは劣化しているものが多いのに、まるで作りたてのワインのようだ。ゆっくりと香りも楽しむ。
「スーさん、よく噛んで食べてください」
エフェリアは猫のスーさんにエスカルゴをあげる。ガーリックバターは強すぎるので、ほんのり塩味のものを。
エフェリアもフォークに突き刺して口に頬張る。ワインも少し頂いて大人の雰囲気だ。
「そうです。ラヴィッサンさんの詩を聞かせてください」
思いだしたようにエフェリアはラヴィッサンに頼んだ。困った様子のラヴィッサンを見てラテリカがエフェリアの耳元で囁く。サロンテに止められているのだと。
エフェリアがじっとサロンテを見つめた。
「‥‥わかりました。読みたい方だけ、ラヴィッサンの部屋で書き貯められた詩を呼んでもいいですよ」
エフェリアとラテリカは顔を見合わせて喜んだ。
「ですが、決して言葉にはしないように! お願いね」
サロンテの顔はこれ以上ないぐらいに真っ赤であった。怒っているというより、恥ずかしさで一杯のようだ。
食事が終わり、エフェリアとラテリカの他にアーシャも面白そうだといって、ラヴィッサンの部屋を訪れる。
「わ〜!」
「山のようです」
「こんなにも書いたんですか」
部屋の中は木板と羊皮紙で一杯だ。
「それでは‥‥ここら辺を‥‥ちょびっとばかり」
瞳をキラキラさせながらラテリカが手に取った木板をエフェリアとアーシャが覗き込む。
三人の顔がみるみる間に赤くなってゆく。最後には頭上から湯気が昇っているかと錯覚する程に。
「‥‥すごいのです」
エフェリアには理解出来ない表現もあったが、ラヴィッサンのサロンテへの愛が、天と地に突き抜けているのはよくわかった。
「愛されているのですねぇ。とってもいいですぅ〜♪」
どうやらラテリカにとっては許容範囲のようだ。普段から連れ添う旦那に甘い言葉を囁いてもらっているせいであろう。
「ダメ、耐えられません‥‥」
アーシャはその場にへたり込む。ワインに酔ったせいもあるのかも知れない。その日の晩、アーシャは蜂蜜の池で溺れる夢を見た。
●空いた時間
エフェリアはサロンテから鍾乳洞への立ち入り許可をもらう。それを知ったラテリカはまるごとウサギさんを貸しだした。
「ウサギさん、そんなに重くないのです」
エフェリアは昼間のうちに鍾乳洞に入るが暗くて寒い。借りてきたランタンを灯し、奥に入ると太い石柱がある。
エフェリアが両手を回しても手が届かない。とてつもない年月によって出来たのだろう。
さっそくスケッチをするエフェリアであった。
「無理に食べさせる気はないんですけど、そうですねぇ。やっぱり持って帰りましょうか」
「それがいいのですよ〜。先輩が食べなければシーナが頂いちゃうのです☆」
セシルとシーナはエスカルゴのお土産について話し合っていた。特にゾフィーへのお土産である。
「何の話をしてるんですか? え? お土産ならわたしも欲しいなあ。お姉ちゃんに食べてもらいたいし」
セシルとシーナの話しを双樹が聞きつける。
「エスカルゴのお土産? 私もゾフィーさんに持っていこうかなと思ってたんですよ」
サロンテの犬ディアと遊んでいたアーシャも土産の話しと聞いてやってきた。
「あの、ラテリカ、旦那様にも差し上げたいのです。お土産、頼みましょ」
「おみやげ、欲しいです」
ラテリカとエフェリアもいつの間にか側にいた。
集まった者達はサロンテに相談する。
「ええ、どうぞお持ちになってね。エスカルゴ、かなり減って大助かりです」
サロンテの快諾に頼みに入った者達は喜びの声をあげるのだった。
●パリへ
エスカルゴ捕りも無事終了する。
五日目の朝、冒険者達はサロンテの馬車に乗ってパリへの帰路につく。
エスカルゴの火を通す直前のもの以外にも、是非恋人と楽しんで欲しいとラヴィッサンから特別なワインが冒険者にプレゼントされる。
帰りもレティシアが野鳥を仕留めてくれて、みんなでお肉を頂いた。
特にシーナは感激しきりであった。
「いませんです‥‥どこにも」
冒険者ギルドに戻ったシーナはゾフィーを探したが何処にもいなかった。調べてみるとゾフィーは特別に休みをとっていた。
「逃げましたか」
セシルがとても残念そうに呟く。どうやらゾフィーにはお見通しだったようだ。
「あまり日持ちしないからすぐに食べてくださいですよ〜。またです〜☆」
最後に夕日の中、シーナは冒険者達を見送るのだった。