潮騒から遠い土地で
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■ショートシナリオ
担当:天田洋介
対応レベル:フリーlv
難易度:やや易
成功報酬:5
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:04月17日〜04月22日
リプレイ公開日:2008年04月25日
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●オープニング
遠くパリ北西のセーヌ沿いにあるルーアンには、海運業を営むトレランツ運送社の本社があった。
様々な事件に巻き込まれ、又は巻き込んでいる会社であり、事情によっては本社内で人を匿っていた。
そのうちの一人がマーメイドの女性フランシスカだ。
かつて、フランシスカはさらわれた兄を取り戻す為に海からあがり、人の住む地上を旅した。途中、パリでさまよっていた時、人間の青年アクセルと出逢う。
冒険者とアクセルの手を借りながら、フランシスカは兄の救出に成功する。
アクセルとの別離に強く後ろ髪をひかれながらも、フランシスカは兄と一緒にマーメイドが住まう海へと帰った。
だが、再びある使命を受けてフランシスカは地上に戻る。
使命とはマーメイドによく似たセイレーンに関係があった。先頃、セイレーン姉妹が海に戻り、フランシスカの地上にいる理由が無くなる。
アクセルとの二度目の別れの時が、フランシスカに刻々と近づいていた。
「アクセルったら呼びだしておいて、どこにいったのかしら?」
真夜中、フランシスカが隣の部屋を訪ねるものの、アクセルの姿はない。
ランタンを手に暗い廊下を進み、二階のテラスに繋がる扉を開いた。
月夜を見上げるアクセルの後ろ姿がフランシスカの瞳に映る。
「フランシスカ‥‥」
「話しがあるって、昼間いってたから」
振り向いたアクセルがフランシスカに近づく。
右の掌をフランシスカの左頬にあてて、アクセルは立ちつくした。フランシスカがさらに自分の掌を重ねる。
「キミがいなくなった時、自分でもどうしていいかわからなくてパリを離れた。我ながら情けなかったよ。再会の時、飲んだくれて道ばたに倒れていた、あのみっともないのが俺だ。あれが本当の俺の姿なんだ‥‥」
アクセルの言葉を聞きながら、フランシスカは首を横に振る。
「考えすぎよ。ひとりぼっちのわたしを助けてくれたアクセルが情けないなんておかしいわ。もっと別の話しをして。楽しくなるのがいいな」
「もうすぐ、海に戻るんじゃないかと。そう思って、だから‥‥」
フランシスカがアクセルを見つめ続ける。
アクセルは深呼吸をすると一度瞳を閉じ、大きく開いた。
「‥‥遠くへ逃げよう。海の底にあるというマーメイドの国から追っ手が来ても、辿り着けないような。俺と一緒にどこか知らない土地に行こう」
アクセルは意を決して告げる。だがフランシスカがまた首を横に振った。
「そうか、そうだよな。人とマーメイドが‥‥!」
アクセルの言葉をフランシスカが唇を重ねて途切れさせる。
「一緒に逃げようという前に、いう言葉があると思わない?」
わずかにアクセルから離れたフランシスカが呟く。
「好きだ」
アクセルく囁きはフランシスカの心に届く。
二人の影は長い時、一つに重なり続けた。
翌日の社長室。
カルメン社長が椅子に深く座り、腕を組んで頷く。
アクセルとフランシスカは、カルメン社長とゲドゥル秘書にいろいろと話す。
アクセルがトレランツ運送社を辞める事。
フランシスカは使命が終わり、この地に留まる理由がなくなった事。
そして二人で一緒に遠くで暮らす事も。
「そうかい。‥‥決めたんならそれでいいさ」
カルメン社長は問いただしはしなかった。余程の覚悟がない限り、口に出来るものではないからだ。
人間とマーメイドはまったく別の生き物である。
「寂しくなります。いつ、出発なされるのですか?」
ゲドゥル秘書が訊ねるとアクセルは明後日だと答えた。危険ではあるのだが、一度パリに寄ってから遠くに旅立つつもりだと。
「わかっているね。ゲドゥル」
「はい」
アクセルとフランシスカが社長室を立ち去った後、ゲドゥル秘書は様々な手配をする。
出発の前日、野営道具と食料を詰め込んだ馬付きの馬車が二人に譲られた。アクセルとフランシスカは深い感謝をする。
翌日の朝、二人は馬車でパリに向かうのであった。
●リプレイ本文
●冒険者ギルド
「ここに来るの、久しぶりね」
「トレランツの依頼に来る冒険者とはよく会っていたけど、ずっとルーアンだったからな」
一日目、冒険者ギルドを訪れたフランシスカとアクセルは空いていたテーブルに座った。
二人はパリに数日間滞在するにあたってギルド近くに宿屋をとっていた。馬車は宿屋に預けてある。
パリでも騒ぎを起こした事があるので、正体がばれないようにフランシスカは変装していた。もしもの水対策用に脂分の多いマントも羽織っている。
冒険者ギルドに訪ねる前に、アクセルはかつて借りていた家に立ち寄った。最近になって入居した住民に頼んで手紙を預かってもらう。もしかして自分を訪ねてくる人達宛の手紙だ。
ルーアンのトレランツ本社にも同様に手紙を預けてあった。
出来るなら世話になった人達に直接会って最後の挨拶をしたく、二人は冒険者ギルドを訪れていた。
「後ろ姿だけど‥‥あの特徴的な赤い鎧は」
フランシスカが混雑している掲示板前を指さす。アクセルが目を凝らした。
頬傷が伸びる顎の部分に手を当てて、井伊貴政(ea8384)がたくさんの依頼書を眺めている。
アクセルが席を立ち、井伊貴政へ挨拶に向かった。そしてフランシスカの待つテーブルへと連れてくる。
「まさかパリでお二人に会えるとは思いませんでしたよー。買い物とかに来たんでしょーか?」
屈託のない笑顔で井伊貴政が訊ねると、アクセルが事情を話す。
「そーなんですか。トレランツから離れてお二人で‥‥」
井伊貴政は表情に影を浮かべる。だがすぐにいつもの笑顔に戻った。
「旅立つのは少し先ですよねー? 僭越ながら手料理でおもてなししたいのですが、お越し願えますか?」
「そんな、悪いです」
井伊貴政の申し出にフランシスカが驚く。
「いえいえ、御二人にとっては、よい旅立ちなはずです。お祝いさせてくださいねー。もっとも、おいしく、語らうよーな、場にするつもりですけどね〜」
「あ、ありがとうございます」
井伊貴政は張り切った様子だ。二人に友人知人を連れて下さいと付け加えた。
アクセルは泊まっている宿屋を立ち去る井伊貴政に伝えておく。
その日、会えたのは井伊貴政のみであった。
●兄妹の恩人
「どうしてお二人がパリに?」
二日目午前の冒険者ギルド。二人の存在に気がついた護堂熊夫(eb1964)がテーブルに近づく。
「護堂さん!」
フランシスカは立ち上がって手を握り、護堂熊夫に事情を話した。
「そうなのですか。アクセルさんとフランシスカさんの意志は固そうですね」
「護堂さんには本当にお世話になりました。言葉に尽くせないほどです。フランシスカのお兄さんの救出からいろいろと‥‥」
アクセルとの話で護堂熊夫は思いだす。フランシスカの兄の存在を。
「そうです! お二人が旅立つとなると、あのお兄さんのカルロスさんがもしかして連れ戻しに来ませんか?」
護堂熊夫の言葉にフランシスカは寂しそうな顔をした。
「実はルーアンを出発する時、兄宛てにシフール便を送ったの。マーメイドに友好的なエルフの方がいて、その人宛てに出せば兄に届く段取りになっているの。最後のさよならをしたためたけど‥‥。行き先は特に決めていないけど、アクセルと誰も知らない遠くに行くつもりなの。だから、もしも兄がパリに来てもマーメイドの国へ戻るように伝えて。お願い、護堂さん」
「‥‥わかりました。万が一、カルロスさんが来ることがあれば、そうさせてもらいます」
「最後まで、お願いしてごめんね」
「気にならさずに。旅立ちの時は見送らせてください。いつになるのですか?」
フランシスカは井伊貴政が開いてくれる食事の場についてを護堂熊夫に話す。その翌日に旅立つつもりだと伝えた。
「是非、護堂さんも来て下さい」
アクセルが誘い、フランシスカも強くお願いする。護堂熊夫は行くと答えた。
「わたしたちとは連絡を取れないけど‥‥」
フランシスカは、マーメイドとの連絡を仲介をしてくれるエルフの居場所を護堂熊夫に教える。ただ、余程の事がない限りはマーメイドの安全を護るため連絡をとらないで欲しいとも頼むのだった。
二日目の午後に冒険者ギルドへ現れたのは十野間修(eb4840)であった。
十野間修は護堂熊夫と同じようにフランシスカの兄救出の頃から手伝ってくれた恩人である。
「――十野間さん、そういう訳なんです」
アクセルが事情を話すと十野間修は二人に強く頷いた。
「御二人ならきっと大丈夫ですよ。それでも何か困ったことがあったら、何時でも頼ってきて下さい。必ず助けに行きますから」
「ありがとう‥‥。心細いときに助けてくれたの忘れないよ。十野間修さん」
十野間修にフランシスカが涙を浮かべる。
「問題はフランシスカさんが水に濡れてしまった時ですね‥‥。幸い、フランシスカさんは幾つかの水系魔法が使えますから、居が定まった折はそれとなくその事を近所付き合いの中で伝えておくのも良いかもしれませんよ」
「それなんですが、なるべく人目のつかない場所に二人だけで住もうと思っています。水は生活に必要なもので近くにあり、不慮の事故は起こり得ますので。噂は止めようとしても止められるものではありませんし。これは、もう覚悟していることなんです」
「それは大変ですね。ですが旅人など、どうしても人と会う機会もあるでしょう。もしもの時、その場を取り繕い方は考えておいた方がいいですよ。魔法を学ぶ際に誤って、特殊な体質になる物品に触れてしまったとか――」
アクセルと十野間修が話すのをフランシスカは聞いていた。真剣に自分を心配してくれるアクセルと十野間修の姿にフランシスカの涙腺がさらにゆるんだ。
「どうした? フランシスカ」
アクセルは顔を伏せて泣くフランシスカの肩を抱く。
「井伊さんが用意してくれるそうなんです。是非に」
フランシスカが落ち着いた後、アクセルは十野間修も井伊貴政が用意してくれる食事の場についてを話す。十野間修はもちろんと出席を快諾するのだった。
●三日目の出来事
「ギルドに依頼を出しに来られたんですか?」
三日目の冒険者ギルド。アクセルとフランシスカを見つけたコルリス・フェネストラ(eb9459)は近づいて話しかける。
「友人の乱雪華さんです。こちらはトレランツ運送社の依頼でお世話になっているアクセルさんとフランシスカさんです」
「初めまして、乱雪華です。よろしくお願いしますね」
コルリスが一緒に依頼書を眺めていた乱雪華(eb5818)を紹介する。
「アクセルです。どうもよろしく」
「フランシスカよ。よろしくね」
アクセルとフランシスカも挨拶をし、四人でテーブルを囲んだ。
「他の土地で生活を始めるのですか。お二人で」
コルリスは驚きながら、二人の話しを聞いた。。
フランシスカがマーメイドなのは内緒にされる。すでにつき合いのあるコルリスは別として、初めて二人に会った乱雪華は当然知らない。マーメイドの肉を食べると不老不死になるという迷信は根深いので、こればかりは仕方なかった。
乱雪華も何となくだが、大きな秘密があるのには勘づいていた。あえて触れないのは優しさである。
「まだ行き先は決まってないのですね」
「ええ、そうなの。具体的にはまだなの」
乱雪華はフランシスカに確認をする。そして席を立ち、名残惜しいであろう三人だけにしてあげた。アクセルからよかったらと食事の場への招待を受ける。
(「調べておきましょう」)
乱雪華は二人が暮らすのに安全な土地がないものか、知り合いのブランシュ騎士団黒分隊のところに相談しに向かった。
「そうなんですか。井伊さんが食事の場を」
「コルリスさんも来て下さいね」
「もちろん伺わせて頂きます。どちらで開かれるのでしょう?」
「今朝、宿屋に置かれたあった井伊さんの置き手紙には、ジョワーズ・パリ支店の個室を借りたとありました。調理場の一部も貸してもらえたそうなので、とっても張り切ってましたよ」
「それでは乱さんと一緒に行かせてもらいますね。船とかで何度か食べたことありますけど、井伊さんの料理、とっても美味しいから楽しみです」
コルリスはもう一度二人に会える事にホッとする。そしてせめてささやかな祝福をしたいと考えた。
●別れの食事
「さー、たくさんありますからねー」
エプロン姿の井伊貴政が台車に載せて次々と料理を運んできた。
四日目の夕方、ジョワーズ・パリ支店の個室のテーブルには美味しそうな湯気が立つ。
肉料理、魚料理を始めとして野菜もふんだんに作られた井伊貴政特製料理である。
招待された全員が席について食事の時間が始まった。
「‥‥これ、フランシスカさん用の特別メニューです」
井伊貴政はフランシスカに耳打ちする。海から生きたままパリに届けられたスズキがあり、特別に譲ってもらったのだ。井伊貴政特製『刺身の盛り合わせ』だ。
お醤油に関しては知り合いのギルド受付シーナ嬢から譲ってもらう。ワサビ代わりのエホールも用意してある。
井伊貴政が作ってあげたかったジャパンの料理である。それに海で生活していたフランシスカなら生魚も口に合うはずだ。
「美味しいよ♪ ジャパンにはこんな美味しい料理があるんだね」
フランシスカは満面の笑みでお刺身を頂く。ジャパンのお酒もテーブルに並んでいた。
「喜んで頂いて、料理人冥利につきます」
井伊貴政が目を細めて喜んだ。
「懐かしいですね」
ジャパン出身の護堂熊夫が食べながら、お刺身についてを説明する。
「まずは一曲」
食事が進み、コルリスは妖精の竪琴を用意して奏で始めた。
調べが個室に流れ、穏やかな空間が広がる。
「南に行かれるのはおやめになった方がいいですよ。あちらはいろいろとありますから」
護堂熊夫が二人の行き先の心配をした。
「いくつか調べておきました。よかったら活用して下さい」
「ありがとう。後で目を通させてもらいます」
乱雪華も行き先について心配していた。用意してきた資料をアクセルに手渡す。
「こちらをどうぞ」
「これはそっくりだ。観てごらんよ、フランシスカ」
コルリスが木彫りの小さな人形二体をプレゼントする。アクセルとフランシスカにそっくりだ。
「困った事があったら必ずギルドに依頼をして下さい。ここに居るみんな‥‥そして、いまこの場に居なくても遠くから見守ってくれている仲間達みんなが、御二人の味方です。必ず助けに行きますから」
十野間修は力強く二人の手に握る。
話題が過去の思い出話になり、強い口止めの後でフランシスカがマーメイドである事が乱雪華にも話される。
話は多岐に及ぶが、まさか、あのシャラーノと再び対立するとはフランシスカも考えていなかった。それもこれもすべてお終いである。
アクセルから明日の朝、馬車でパリを出発するつもりだと伝えられる。
井伊貴政の料理を堪能し、お別れの食事の場は楽しい雰囲気のまま過ぎていった。
●旅立ち
五日目の朝早く、城塞壁近くの空き地に冒険者達は集まる。馬車の側にいるアクセルとフランシスカを囲んでいた。
「海の底で拾った品物なの。もしもの時に使ってね」
フランシスカは別れの品として戦乙女の涙を一人一人に手渡す。
「これは僕からです」
井伊貴政はまずは漆塗りの重箱に入れたお弁当を渡した。そして無病息災を願う鍾馗人形、新生活の為の調理器具セットと青磁茶碗、護身と思い出の為の霞小太刀をプレゼントする。
「いざという時、魔法の武器にもなりますから」
護堂熊夫はラッキーブローを餞別として渡す。雨が降らないように、二人の門出の為に、ウェザーコントロールで天気は快晴に導いた。
「お二人の幸せをお祈りします」
乱雪華はラブ・スプーンと花柄のトーク帽を餞別として渡す。
「その指輪は目の前の人が害意を持ってるかを教えてくれます。こちらは雨に降られたときに誤魔化す為に持っていって下さい」
コルリスはジーザスのダイヤモンドをアクセルに、フランシスカにはまるごとあざらしくんを渡した。
「名残惜しいです。ですが、どうかお元気で」
十野間修は二人を見つめ続け、ほろりと涙を零す。
御者台にアクセルが座り、目立たぬようにフランシスカは馬車内に座る。
少しでも人目が避けられるように、乱雪華は得意の曲芸をしてわざと目立った。最後に二人へ華国語で『いつかまた出会う日まで、どうかお元気で』と告げた後で。
「これを」
コルリスはアクセルに革袋を握らせる。その手触りと重さに、アクセルはすぐにお金だと気がつく。
「こんなにもらう訳には」
「故郷に戻らないと決めた以上、これからあてのない旅にでるなら、お金がなくなれば飢え死にするしかありません。自分で稼げるようになるまでの足しになれば幸いです」
コルリスはしっかりとアクセルに革袋を握らせて馬車から離れた。
「すみません。ありがたくもらいます」
アクセルはコルリスに深い礼をいう。
手綱がしなり、馬車は発車する。
「願わくば、お二人の行き先と人生に、大いなる水と風のご加護がありますように」
風そよぐ中、コルリスは振り返りながら祈る。
「御二人共、末永くお幸せにー」
井伊貴政は大きく手を振った。
「もう二度と離れてはいけませんよ!」
護堂熊夫は追いかけるように、遠ざかってゆく馬車に向かって何歩か歩いた。
「行き先について、アクセルさんとフランシスカはいってました。どこかよい湖の湖畔を見つけて、そこで暮らしたいと」
護堂熊夫は噛みしめるように呟いた。
太陽は高く昇り、徐々にパリは活気に満ちあふれてゆく。
ただ、その日だけはアクセルとフランシスカの事を考え、冒険者達は静かな時間を過ごしたのだった。