●リプレイ本文
●出発
「ここですね。イザヤ、停まって」
馬車の御者をするパール・エスタナトレーヒ(eb5314)は手綱を引く。先頭の愛馬イザヤがゆっくりとなり、馬車は停止した。
ワンバが操る荷馬車も停まる。
場所は小さな教会の庭であった。
「さあ、皆様には馬車と荷馬車に分かれて乗って頂きます。まずは荷物を載せて下さいませ」
馬車から下りた柊冬霞(ec0037)が待っていた移住者に声をかける。
背中に背負える程度の荷物が馬車や荷馬車へ載せられてゆく。
小さな荷物を運び終えた子供達は自然とレシーア・アルティアス(eb9782)の回りに集まった。目を閉じるレシーアの胸の前に光点が浮かび上がっていたからだ。
「ん、この光? これはレミエラってぇとの関係があってね〜」
レシーアが目を開けると光点は消えた。
「おもしろ〜い♪」
「んじゃ、あと一回だけよ」
レシーアは目を閉じてナックルのレミエラを再び発動させた。感覚が鋭くなる効果がある。
(「デュカス、この間村を襲われたこと気にしてるのかぁ‥‥。あの時はたまたま冒険者がいたから大事にはならなかったのよねぇ。村の生産をあげると同時に、盗賊に襲われてもはね除けられる状況にまでもってゆくのって‥‥大変だぁ〜ね」)
目を閉じながら、レシーアは先程ワンバから聞いたデュカスの考えを思いだす。
「運んでもらうもんはありませんわ。これは司祭様からもらった移住者達のことが書かれた木板やけど、おんなじもんを村にいるデュカスも持っているはずやで」
「では、あちらで詳しく閲覧させて頂きます。先乗りしますので、それでは」
十野間空(eb2456)は愛馬カイルロットを馬車牽引用に仲間へ預けると、ベゾムで浮かび上がる。荷物運び用に愛馬を連れていかないのなら、セブンリーグブーツではなく飛んでいった方が速いからだ。
移住者達は今まで世話になった教会の司祭や助祭に礼をいって馬車と荷馬車に乗り込んだ。
「天気は、まずまずだわ。良い旅路を」
「ありがとう。行っていますー」
見送りのイェンがパールに一声かけてから御者台から飛び去る。イェンが舞う空は青く澄みきっていた。
「車輪や軸を調べましたところ、異常はなかったでござる」
「ありがと♪ ‥‥ところで、あんたのことだから見送りの踊りとかしたいだろうけどぉ、なんだか雨乞いっぽいしねぇ‥‥」
レシーアに行動を読まれた河童の風流斎はクチバシをパクパクとさせた。踊るにしてもほんのちょっとだけしとこうと考える。冗談よ♪、とレシーアは風流斎の肩を指先で小突いた。
「焦らないでいいからね。最初の一枚をワンバに見せたらいい出来だっていってたぁよ」
『それはよかった』と見送りのヴィメリアは木片に返事を書いてレシーアに見せる。教会の片隅を借りて、ヴィメリアは新しいエテルネル村の案内地図を何枚も描いていた。
「ちゃんとついてきてね。ボネール」
冬霞は荷物を載せたロバを荷馬車の後ろに繋ぐ。
「それでは出発します!」
パールが元気に宣言し、馬車が動きだす。ワンバが操る荷馬車と一緒にパリの街を駆ける。
レシーアは地図が出来上がってからセブンリーグブーツで追いつく予定だ。今夜の野営地は決めてある。
二両はやがてパリの城塞門を潜り抜けてエテルネル村への道を走り始めるのだった。
●計画
一日目の暮れなずむ頃に十野間空は村へ到着する。デュカス、フェルナールと交え、今後の用水路の維持と拡張について話した。
「村を拡張するとしたら‥生活用水の利便もありますし、こちらに順番に広げて行くのが良さそうですね」
様々な面で水というものは役に立つ。わざわざ遠くの川へ汲みに行ったり、井戸から水を引きあげる必要のない状況はとても便利なものだ。
村の発展を考えるのであれば、用水路をよりよくすることこそが近道だと十野間空は説く。
新たに増える村人の中で二人を選び、用水路の補修などの技術を教える事が決まった。十野間空とフェルナールに任される。
「人が増えるのはちょうどいいですよ。兄さん」
フェルナールは堀から引きあげられた残骸を利用して、新たに荷馬車三両と馬車二両を復活させたばかりであった。問題は馬の数が足りないことだ。何両かを売って、馬を手に入れる予定である。
「輸送力が増えれば、パリのお店について本気で考えないとね。ただ、問題もある。去年は預言の混乱のせいで、パリの食料は不足気味だった。おかげで持っていった野菜がよく売れたんだけど、今年はそうでもない。パリ近郊で収穫できる野菜では、もう勝負は出来ないと考えるべきだろう。それらはアデラさんの畑の収穫物でまかなえるはずだけど」
「兄さんがいってた、村独自の品揃えってやつだね。予定では、質のよい豚肉、蜂蜜、蜜蝋か」
デュカスにフェルナールが頷く。
「お店の計画を考えているのですか。市場のよさもありますが、お得意さまを作るには店舗があったほうが何かと便利ですからね」
十野間空も話題に参加する。
翌日の二日目、十野間空とフェルナールは測量の準備を行った。
●道中
「お嬢さんが、あのデュカスさんの嫁さんなのかい?」
二日目の道中、荷馬車の上で冬霞は移住の人達と話しをしていた。話題は冬霞とデュカスの馴れ初めになる。
「私が旦那様と出会ったのは――」
顔を真っ赤にしながら冬霞は話す。
「皆様、旦那様をよろしくお願いしますね」
冬霞はジャパン式に深く頭を下げた。
「疲れたらいってねぇ。少しぐらいなら代われるからさぁ」
昨日のうちに追いついていたレシーアは、御者をするパールに声をかける。では少しお願いするといわれ、御者を交代した。
「以前のご職業は何をなさっていたんですか?」
パールは移住者達に就いていた仕事を聞いた。農業、酪農の者。皮の鞣し職人などいろいろである。
大切な話なのでレシーアと冬霞も耳を澄ませて聞いていた。
「おねぇちゃん、またおはなしして〜」
仕事についての話しが終わるとパールは子供達にせがまれる。昨晩、聖書の逸話を聞かせたのが好評だったのだ。
何事もなく順調に進み、夕方、一行はエテルネル村に到着した。さっそく家族ごとに家屋が割り当てられる。
その日の夜、新たな仲間の為に村人総出で歓迎会が開かれた。
●村での仕事
三日目から移住者達の村での生活が始まる。
村では個々に働くというより、それぞれの得意な仕事で村全体を助けていた。共同体として動かなければ、まだ立ち行かない部分が大きかった。
冒険者達は、移住者達と一緒に村の仕事を手伝うのだった。
「そうです。こちらで洗濯をします。飲み水は用水路の一番上流にあたる、今指さした辺りで汲むことになっています。大変ではありますが、各家庭の瓶に水を運ぶのは八歳以上の子供達の仕事になります。台車は――」
冬霞は移住者の女性達に、まずは家事に必要な村の決まり事を教える。
当たり前と思っていることでも、別の土地から来た者にとってはわからないものだ。質問を聞きながら、一つずつ丁寧に教えてゆく。
最初はただの焼け野原だったエテルネル村も、時間が経つうちに決まり事が増えていった。同時にそれはデュカスの肩にかかる重責でもある。
冬霞はデュカスのことが心配で仕方がなかった。
(「歓迎会には間に合いませんでしたけど、持ってきた食材で何かを作りましょう」)
説明をしながら、冬霞はデュカスに食べてもらう夕食を考えるのだった。
「こんなにたくさん‥‥」
レシーアは緑の畑に目を奪われた。
長く伸びた茎に青々とした葉と豆を包むサヤが枝から垂れ下がる。
レシーアが蒔いたエンドウ豆が畑の一面を緑で埋め尽くすまでに増えたのである。
「これはレシーアさんだから特別ですよ。塩ゆでにでもして下さい」
畑を管理する村人が茎ごと青いままのエンドウ豆をレシーアに手渡した。
今が一番の我慢の時である。もう一度、種として利用すれば、この次からは食料としてだけでなく、売るほどの収穫が見込めるはずだ。
「こっからが頑張りどころ、だぁね」
「そうなんです。これから急激にエテルネル村は伸びるはずです。このエンドウ豆は、その象徴ですよ」
レシーアは村人と共にしばらくエンドウ豆の畑を見続けた。
それから雑草取りを手伝う。少し乾き気味だったので、夜に雨を降らせておいた。
別の日には医者のレナルドを訪問する。気になっている冬霞の身体についてだ。
特に変化もなく、言いつけ通り薬も飲んでいるようで、何も問題はないとといわれ、レシーアは安心した。
「イザヤ、あとで美味しい草を食べさせてあげるからね」
パールは愛馬イザヤに荷車を繋げて、木材運びをしていた。
今日は薪として使う切り取られた枝を大量に運ぶ。日によっては建築用の長く太い幹を運ぶ時もある。
森は村の間近であったが、奥で木材は切りだされていた。少なくとも現在は森を切り開く必要はない。それより豊かな森の資源を守ることに重点が置かれた。
別の日、パールは移住者と共に村を回った。あらかじめレシーアとヴィメリアが用意した地図で下見をしてある。
胡桃の若木はすでに村に移植されていた。葉も青々として問題はないようだ。
(「若木があるのなら、どこかに成長した木があっても良さそうなのだけど」)
森の中を通る時、パールは胡桃の木がないか注意することにする。この季節には花が咲く。天に伸びる赤い雌花と、垂れ下がる緑色の雄花が目印だ。
葡萄や林檎の苗木も元気だ。これから先が楽しみであった。
(「秋頃までにメタボリズム覚えときましょうかねー」)
パールは実をつけそうな葡萄の苗木の上を飛びながら考える。うまくすれば美味しいワインが出来るかも知れない。
様々な作物が元気よく育っているのを確認したパールであった。
「空からの視点を地上で得られるように工夫した物が地図や図面なんです。こうして見ると色々な課題が見えてきませんか?」
十野間空はベゾムに村人と二人乗りをして、エテルネル村上空を舞う。測量の仕方など、一連の用水路に関連する技術を教え込む二人は比較的若い。
フェルナールに合わせる意味もあるが、その方が飲み込みが早いだろうという目論みもあった。
測量の仕方を教えたり、水平を作りだす方法など、教える事は山のようにある。
時間が足りないのを感じた十野間空は、大まかな流れを二人に教えて、細かい部分はフェルナールに任せる。
言い方を変えればフェルナールに二人の弟子を用意した事になる。
用水路だけでなく、水車小屋、馬車の製造、修理などエテルネル村の物作りはフェルナールを中心に動いている。
これまではフェルナールがコツコツとやり、時々冒険者が手を貸す形でうまくいっていた。これからはフェルナールの負担を減らしてあげるべきだと十野間空は考える。
「絵図面を元に、作業の段取りを立てましょうか」
「はい」
十野間空とフェルナール、そして新たな二人はエテルネル村を駆けめぐった。
●休息
「腕はなまってないようだぁね」
「レシーアさんこそ!」
空いた時間にレシーアは久しぶりにデュカスと剣の稽古を行う。デュカスと出会った頃が思いだされた。
「旦那様とレシーア様、お水をお持ちしましたわ」
「ありがとう、冬霞」
稽古が終わり、岩の上で休んでいると冬霞が水を持ってくる。
「おねえちゃん、ピカピカ光るってホント?」
「うわ!」
いきなり村の子供達がレシーアを取り囲んだ。新規移住者の子供達がレシーアに見せてもらったレミエラの光点を話しをしたらしい。
疲れもとれないうちに、レシーアは子供達に連れてゆかれた。
「レシーア様が来ると子供達が喜びます」
冬霞は子供達と遊ぶレシーアを見て微笑んだ。
(「私もいつか旦那様の――」)
冬霞の考えていることはデュカスにもわかる。だが、冬霞の身体が心配のデュカスは何も語らなかった。
「みなさん、こちらでしたか」
十野間空が現れて岩に座ると、冬霞は独楽を持っていたのを思いだす。
「空様、独楽を回せますでしょうか? 私ではうまく行かなくて」
「どれどれ」
冬霞から独楽を受け取った十野間空は縄を巻く。土に埋まる平らな岩の上に向けて放つと、勢いよく独楽が回った。
「あ!」
子供達が独楽に気づいて、今度は十野間空の回りに集まる。
「やっと解放されたねぇ‥‥」
戻ってきたレシーアは岩の上に寝転がる。
「あ、デュカスさん〜。探しましたよー」
空から現れたパールがチョコンと岩に座る。
「村の人から聞きました。盗賊に襲われて大変だったのですね」
「そうなんだ。あの時、冒険者がいなかったらどうなっていたか」
「どうやら、デュカスさんとか村のほとんどの方はセーラ神の白教義みたいですけど、黒教義はダメとかそういうことはないんですよね?」
「互いに尊重しあうのが条件だけど、黒教義の方が村人になっても問題はないよ」
「なら、いっその事タロンの神官さん、村にお招きしませんか? 癒しの白クレリックもすばらしいですが、黒もすごいですよ。野盗くらいなら追い払ってくれるかも」
「冒険者以外の魔法を使えるクレリックの方は滅多に見かけないんですよね。パールさんのいうとおりに、いたら声をかけてみます。心に留めておきますね」
パールとデュカスの会話が続く。
レシーアはやはりデュカスは盗賊を気にしていると確信する。デュカスの故郷であったエテルネル村の前身の村は盗賊集団コズミに全滅させられた。
そして、この間の盗賊襲撃である。デュカスが気にしないはずがない。
「冬霞、デュカスを守ってあげようねぇ」
「はい。レシーア様」
デュカスに聞こえないようにレシーアは小さな声で冬霞に話しかける。
(「完璧な守りなどはあり得ない。だが少しでも安全になるように手を貸してあげよう」)
子供達と遊びながら、十野間空もデュカスとパールの会話を小耳に挟むのだった。
五日目の村での最後の夜、冬霞特製の鍋が振る舞われる。
茹でたエンドウ豆を冒険者仲間でほんの少しずつ食べた。この豆の味はエテルネル村が歩んだ道のりでもあった。
パールは昼の間に新たな胡桃の木を探したが見つからなかった。秋まではまだまだ時間がある。村人が発見するのをパールは期待した。
移住者がやってきても、村で諍いは起きていない。デュカスは安心して眠りにつくのだった。
●そして
六日目の朝、馬車は冒険者達を乗せて出発する。馬車には行商の品物もたくさん積まれていた。
七日目の夕方、パリに到着するとデュカスはお礼としてソルフの実を冒険者達に配った。極まれに森に落ちているのだが、ソルフの木がどこにあるのかは謎である。
時間のある者はぎりぎりまで市場でのデュカスを手伝い、依頼は終了した。