●リプレイ本文
●集合
パリ城塞門近くがシーナの決めた集合場所であった。朝早い時間、一人、もう一人と乗馬に参加の者達が集まる。
「馬、か‥‥。そういえば以前、妻とふたりで遠乗りに出かけたことがあるよ」
喋るカンター・フスク(ea5283)の肩でフェアリーのノエルが羽根をパタパタと動かす。
「シーナは小さい頃、後ろに乗せられて怖かったのを覚えているのです〜。でも、もう平気だし、がんばるのですよ〜」
シーナは屈んで犬のブラーチャの頭を撫でながらカンターと話していた。
「あ、みなさ〜ん♪」
愛馬ハクトの手綱をもって鳳双樹(eb8121)は歩いて集合場所に現れる。先にフェアリーの雲母が到着し、シーナの頭の上に降り立った。
「ハクトと雲母ちゃんも連れて行きます。シーナさん、覚えてます?」
「もちろんなのですよ〜。楽しくなるのです☆」
双樹はシーナの頭に乗っている雲母を掌に移した。
「貼り紙見ました。牧場へ一緒に行くのです」
エフェリア・シドリ(ec1862)はドンキーのプルルアウリークスと一緒に現れる。子猫のスピネットは背中の袋から顔だけを出していた。
「ドンキーさんで少し練習したのです。でももっと練習しようと思います。テレパシーで動物さんたちとおはなしすれば、きっと平気です」
「シーナが乗るお馬さんにも、お手柔らかにって伝えて欲しいのですよ〜♪」
シーナがエフェリアに頼むと周囲から笑い声が起こった。
「ジャンジャジャ〜ン♪」
建物の影から突然に緑黒の縞模様した大きな実が現れる。続いてその実を持った人物が物影から飛びだした。アーシャ・ペンドラゴン(eb6702)であった。
「これ、おやつです。向こうで食べましょうね♪」
アーシャは愛馬ハヤオウと一緒にみんなの元へ近づく。
「おー、なんだか変わった食べ物です〜」
シーナは興味津々でなないろスイカを見つめた。カンターも持っていてスイカは二つとなる。満足した量が食べられそうであった。
「楽しくやるつもりなのか? それとも力量をあげたいのか?」
シーナ達とは少し離れた位置にいたディグニス・ヘリオドール(eb0828)は、ゾフィーに訊ねる。傍らの愛馬の上ではフェアリーがゴロゴロと寝ころんでいた。
「わたしはうまくなりたいのだけど、シーナはまだ素人なの。三日間は牧場にいるので、相手に会わせてもらえるかしら」
ゾフィーはディグニスが騎乗してやってきたのを目撃していた。素人でもわかる程、ディグニスの馬の扱いは達者であった。
「わかった。そうしよう」
ディグニスは重みのある返事をする。
「ん?」
蹄の音にシーナが振り返り、全員がつられた。
目の前で嘶きながら真っ白な軍馬が停まり、シーナは数歩後ずさる。
「敵と認識しない限り、踏みつけたりしないから♪」
リリー・ストーム(ea9927)は引きつった表情のシーナに微笑みかける。
鐘の音が響き、集合時間が過ぎた。
「楽しんでこいよな。土産話を期待しとく!」
ロートに見送られて一行は出発する。
一行はお喋りをしながら道のりを歩んだ。頭上では三体のフェアリーがじゃれて飛び交う。
「だ、大丈夫です? 速く走るのはなしですよ」
疲れたシーナは騎乗するリリーの前に座らせてもらった。徒歩の仲間に合わせてゆっくりと進む。
「大丈夫よ。この子も立派なレディですから、失礼な態度を取られても怒りますけどね」
「あう! ブリュンヒルデさん、とってもお綺麗なのです〜」
シーナは優しく目の前のたてがみを撫でる。
「乗馬、楽しみです♪ どんな所なんでしょう?」
「とても広いわよ。柵の中でもいいし、外も広い草原なので思いっきり駆けさせられるわ」
双樹はゾフィーに牧場の事を詳しく聞いた。
「みなさんの馬にのっている姿、絵にしたいです」
「そうか。実は女性用の乗馬スタイルの考察と改善に興味があるんだよ。その為には観察が必要なので絵も描くつもりなんだ」
エフェリアとカンターは歩きながら絵の話題で盛り上がる。
「まずは馬との信頼関係だな。その一言に尽きる」
「馬にナメられたらお終いですよね」
ディグニスとアーシャは騎乗して並んで進みながら乗馬談義をした。
夕暮れ時、一行は目的の牧場へ到着する。ちょうど厩舎に馬達が戻される最中であった。
「ご連絡しましたゾフィーです。仲間と一緒にお世話になります」
「おー、この間の娘さんかい。ゆっくりしてきな。女房が家の方で用意してるから」
ゾフィーが牧場主に挨拶をする。
厩舎の一部を借りて、馬達の休む場所が確保された。
「ドンキーさん、お願いします」
「ちゃんと世話するから心配しないでいいよ」
牧場主にエフェリアはドンキーの世話を頼んだ。馬とは離れた位置にドンキーの寝床が用意される。
冒険者達は厩舎の近くにある牧場主の家に向かった。
牧場主の妻に快く出迎えられて、いくつかの部屋を割り当てられる。
「わかりました。そのようにさせてもらいます」
アーシャは牧場主が家に戻ると訊ねた。柵の外を騎乗して歩く場合、どのような道順がいいかを。
普段から使っている道があるらしく、アーシャはそれを利用させてもらう事にする。
明日を楽しみにしながら、一行は就寝するのだった。
●練習
二日目は朝から快晴だ。全員が牧場の厩舎に集まる。
「初心者コースはこちらへどうぞ♪ 懇切丁寧にしますよ〜♪」
アーシャは元気よく手を挙げる。
「上達なさりたい方はこちらのビシバシスパルタ‥‥いえ上級者コースへお越しになってね♪」
リリーは投げキッスをして誘う。
双樹とシーナは初心者コース、ゾフィーは上級者コースを選択する。
カンターとエフェリアは初心者コースだが、今日のところは乗馬風景のスケッチを行う予定だ。
ディグニスは初心者コースの手伝いを行う。別の日にはゾフィーにアドバイスをするつもりである。
柵のある放牧場所は広い。初心者コースと上級者コースで離れて練習を開始するのだった。
●初心者コース
「大丈夫、この子は優しい馬ですよ。エフェリアさんがちゃんとお話してくれましたし」
「わ、わかりましたです」
アーシャはシーナに良さそうな馬を選んであげる。
「まったくの素人ではないようだが平気か?」
「は、はい。乗る分には大丈夫です」
双樹に付き添うのはディグニスだ。双樹は愛馬ハクトで練習を行う。初心者コースなのでディグニスは牧場から極普通の馬を借りていた。
「あ‥‥? あれ!」
「さすがシーナさん。お約束を忘れない」
一人で馬に乗ろうとしたシーナだが、前後逆になってしまう。アーシャが手を貸して下ろしてあげた。そして正しい方向に乗り直す。
「まずは常歩から行きましょう」
アーシャはシーナが乗る馬の手綱を持って歩く。愛馬ハヤオウの出番は少し後だ。
双樹は一人でハクトを御する。何かあっても助けられるように騎乗したディグニスが近くにいた。
「なかなかうまいのです〜」
「シーナさんこそ♪」
騎乗するシーナと双樹は並んでトコトコと歩く。
慣れてきた所で一列になって歩く事になる。アーシャが先頭になり、その後ろをシーナ、双樹と続いて、最後はディグニスが受け持つ。
「馬は人の心を鋭く読み取るから一人で乗るのを怖がってはダメですよ。仲良くなることが一番です」
アーシャが説明をしながら柵の中をゆっくりと回るのだった。
●上級者コース
「この子のお名前は?」
「ロロアといって、かなりいい馬だぞ」
リリーはゾフィーが乗るのと似た体格の馬を牧場主から借りる。
「よろしくねロロア♪」
挨拶をしたリリーはさっそく乗って、外で待っていたゾフィーに近づく。
「それではさっそくいきましょうか?」
「はい。お願いします」
その時を最後にしばらくリリーから笑顔は消えた。
「違いますわっ! ほらっ! ゾフィーが無理な姿勢をするから、この子も嫌がってます」
「はい!」
ゾフィーに先頭を走らせてリリーは後ろをついてゆく。常歩はそこそこに速歩の練習に入る。
「いい? 馬と騎手は信頼関係が大切なの‥気持ち良く歩かせてあげれば、この子も貴女の事を気遣ってくれますわ」
「は‥‥はい‥‥」
草むらで休んでいる時にもリリーのコーチは続く。
ゾフィー特訓の様子を草むらに座り、カンターとエフェリアはスケッチする。犬と猫、フェアリーは二人の周囲でじゃれて遊んでいた。
「ゾフィーさんとストームさん、かっこいいです‥‥」
「二人とも様になっているね‥‥」
二人は時折言葉を交わす。
エフェリアはひたすらに馬に乗った姿を書き続ける。描いておきたい風景もいくつか見つかった。
カンターは乗馬に求められる性能がいくらか判ったので頭の中で服を思案する。男装ではなく、女性の美しさが失われない騎乗できる服装を。
布は持ってきたので、今夜にも試作をしてみようと考えるカンターであった。
●練習の日々
三日目は、よりうまくなる練習が行われた。
「軽いのですよ〜。そしてスリムで色がかわいいのです☆」
カンターの乗馬服試作品はシーナの寸法で作られる。まずは動き具合を試す為だ。
二日目に習ったシーナと双樹は二人で牧場内を馬で歩いて自習をする。常歩ならシーナもかなり様になってきた。
カンターにはアーシャ、エフェリアにはディグニスがついて練習が始まる。
「馬はその辺の草を勝手におやつに食べるのです。それを許しちゃうとナメられるので手綱を引いて食べさせないようにしないといけません」
「動物は人間以上に力量や感情に敏感だ。虚勢を張ったり心の中で馬鹿にしていると足元をすくわれるぞ」
アーシャとディグニスは講義をしながらカンターとエフェリアを指導する。
「馬さん、歩くのです」
「いいぞ。おっと、そっちじゃないぞ」
エフェリアとカンターは懸命に手綱を操作する。
遠くの場所でゾフィーはリリーに横に座っての駆け方も指導されていた。
「あああっ!」
シーナが乗っていた馬が突然暴れだす。柵の方に突進を始めた。
「ひえぇぇ〜〜!」
「大丈夫ですよ」
アーシャがハヤオウに跨り、すぐに追いついてシーナが落馬しないように横で支える。
「よしよし、何でもないぞ」
ディグニスも追いつき、シーナの乗る馬の手綱を握ってなだめる。
衝突することもなく、シーナは無事であった。
「ありがとなのです‥‥。ちょっとお肉のことで上の空だったのです。ごめんなさいです」
シーナの理由に怒る気も失せるディグニスとアーシャであった。
四日目には全員騎乗して牧場の外を散策した。
「まずはバランスだな。武器を持つのだから自然と難しくなるものだ」
「そうなのですか」
ディグニスはゾフィーに頼まれていくつかのコツを教える。役に立つとは思えないが、騎乗した上での戦い方である。
ディグニスは黒分隊と共に何度か戦った経験があり、それをゾフィーは知っていた。恋人のレウリーがどんなことをしているのか、ゾフィーは少しでも知りたかったようだ。
「どうです? スーさん」
練習の時は危ないので部屋に置いてきたが、今日はペットのスピネットを連れてきたエフェリアであった。背中の袋から顔を覗かせたスピネットはニャーと鳴く。
「ここがいいのです〜」
シーナが見つけた見晴らしのいい場所で休憩する事となる。岩の上にみんなで座った。
「さて、どうだろ?」
アーシャが鉄人のナイフで二個のスイカを切り分けた。なんと中身が七色である。みんなで恐る恐る口にする。
「甘いのです」
「これ、見た目はアレだけど甘いですね〜」
エフェリアとアーシャは目と目を合わせて頷く。
「なかなかのものですわ」
リリーは小さく切ってからフォークで口に運ぶ。
「種がほっぺたについてますよ?」
「気がつかなかったのです〜。ありがとなのです☆」
双樹にシーナは頬の種をとってもらう。
「どうだい? 新しい乗馬服は?」
「とってもいいのですよ〜♪ 全然動きが引っかからないのです☆ かわいいし」
カンターが訊ねると、シーナは立ち上がって動いてみせる。ここまでの試作ですでに五着にのぼっていた。
「先に戻っていますわ。お先に」
帰り道、リリーは愛馬ブリュンヒルデで思いっきり牧場まで駆けた。草原の中をひたすらまっすくに風になった。
全員が牧場主の家に戻ると夕食が用意されていた。
「ゾフィー先輩、これって前にいってたお肉ですよね?」
「そうよ。あまり労働させていない牛のお肉と聞いたわ。滅多に食べられないものだから、頼んでおいたのよ」
「ありがとなのです〜〜〜」
「抱きつくのはやめなさ〜い!」
シーナがゾフィーに感謝した所で、みんなでテーブルにつく。
シンプルに塩だけで焼かれた大きなお肉である。すでに一人ずつの皿に分けられていた。
「ああ、ほっぺた落ちそう‥‥」
一口頂いたアーシャは頬を空いている手で押される。
「びっくりなのです」
目を丸くしたエフェリアは、すぐに足下にいた子猫にも分けてあげる。
「シーナさん、これ、美味しいですね」
「はい〜☆ なんともいえない味わいがあるのです〜」
双樹は隣りに座るシーナの笑顔を眺めた。とっても嬉しそうである。
「何度か味わったことがありますけど、なかなかよい育て方の様子。いけますわ」
リリーはナイフとフォークで優雅に頂いた。
「もっと野性味のあると思っていたが、繊細な味なのだな」
ディグニスは大きめに切って豪快に頂いた。
「すごい勢いだな。ブラーチャ」
カンターの愛犬はあっという間に牛のお肉を平らげる。
夕食の時間も終盤になると、ゾフィーの恋の話しになる。会える時間は少ないものの、うまくいっているようだ。
「いいな〜、私も素敵な恋人が欲しいです〜〜」
アーシャは乙女の瞳で天を見上げた。
●帰り道
「いいのですか?」
「ええ、どうぞ♪」
シーナは双樹のハクトに跨って乗馬の復習をしながら帰り道を歩く。どこも不安な点はなかった。さすが隠れた運動神経の持ち主である。
「もう少し作れると思ったんだがな」
カンターが仕上げた乗馬服はシーナとゾフィー用の二着であった。
ゾフィーは布などの材料代をカンターに渡す。試しだからといって裁縫代などは受け取らないカンターであった。
しかしみんながもらったゾフィーからのお礼の品については頂く。男と女で品は違うが、どちらも水晶で出来ている。
「牧場、とても楽しいところなのです」
ドンキーの手綱を持って歩くエフェリアはペット達に話しかける。
「乗馬は奥が深い。これからも精進することだな」
「そうですわよ。定期的に乗らないといけませんわ」
ディグニスとリリーに言われてゾフィーは恐縮する。
「馬は人の心に応えてくれるのですよ、人にとってかけがえのないパートナーです」
アーシャは愛馬のハヤオウの胴を撫でながら語った。
五日目の夕方、無事に一行はパリに到着した。