●リプレイ本文
●出発
「しかし、近頃海での異変をよく聞くな‥‥」
朝早いパリの船着き場。シフールのヴェスル・アドミル(eb3984)は既に帆船へ乗り込んでいた。
ヒポカンプスのカーラントとワニのキールは船底の倉庫室に預けてある。二匹とも泳ぐのが得意の為、海岸近くでの戦いが予想される今回の依頼では力強い見方になってくれる可能性が高かった。
帆船には次第に仲間が集まりだす。
空からシフールのファリーネが飛んできた。
「こちらのヒポカンプスさんは、ヴェスルさんのペットかな?」
「そうです。依頼人の知人がヒポカンプスをギルマンに奪われてしまったようですね。如何するつもりなのか‥‥」
ファリーネとヴェスルが話していると、近くに白き翼の馬が甲板に舞い降りる。
ペガサス・エーリュシオンに乗ったセルシウス・エルダー(ec0222)である。架けられた渡し板を伝って犬のルーティスも甲板に現れる。
「セラちゃん、がんばってね☆」
見送りに来たマティアが船着き場から手を振る。
「見送りありがとう。行って来るよ」
セルシウスはペガサスの背中を撫でながら手を振り返した。
「この船ですよ〜」
紫堂紅々乃(ec0052)は一緒に向かうカモミール・トイルサム(ec4419)とエラテリス・エトリゾーレ(ec4441)に呼びかける。すぐ側には見送りの蜜歌の姿もある。
「それでは蜜歌兄様、行ってまいります」
「気をつけて行って来るんだよ?」
紅々乃に蜜歌が紐に通した誓いの指輪を首にかけた。どうやら二人は結婚間近のようだ。
「はじめまして、カモミールです。よろしくねぇ」
「こちらこそ〜♪」
カモミールが甲板にあがると初対面のファリーネに声をかけた。続いてエラテリスも仲間に挨拶をする。
「この船が依頼のだって当たっていたし。16歳のあたしに隙はないのカモね!」
カモミールが胸を張るとエラテリスが空を見上げながら考えた。
「トイルサムさんって16歳だったかな?」
「18歳だったカモね」
年齢を言い直したカモミールだが、エラテリスは首を捻りっぱなしである。
「ファリーネさん、よろしくね。あれ?」
「よろしく〜♪ どうかしたの?」
若い愛馬を連れて現れたリーマ・アベツ(ec4801)は甲板を見回していた。不思議に思ったファリーネが訊ねると、一緒に行くはずだった冒険者を探しているのだという。
突然の用で来られなくなった冒険者がいるようである。ファリーネもとても残念がった。
時刻を伝える教会の鐘の音が鳴り響く。帆船は帆を張って出航した。
目的地の海岸まではセーヌ川を下ってドーバー海峡を航行して三日はかかる。それまでの間、冒険者達は帆船に乗る依頼人から出来る限りの情報を訊いた。
●海岸
三日目の夕方、冒険者達は帆船から降ろされた小舟に乗って目的の海岸に到着する。
小舟が戻ると、帆船は遠ざかっていった。
海岸から少し歩いた所が広い草地になっていた。そこに羊飼い家族の家屋と羊用の畜舎が建っている。
依頼については羊飼い家族に伝わっていた。残念ながら冒険者全員が休めるスペースはなく、家屋のすぐ側でテント生活となる。
ヴェスルが聞いた所、依頼人がいっていたヒポカンプスを奪われた友人とは、羊飼いの家族の誰でもないらしい。敷地にある井戸の水と薪は自由に使ってよいといわれる。まずは焚き火をして順番に見張りを行った。
羊飼い家族によれば、畜舎までギルマンが襲ってきた事はないようだ。以前の依頼でも、ギルマンは海岸から極端に離れることはしなかった。
問題は海岸の岩についた海藻を羊達に食べさせている昼間だ。夜の見張りは軽くすまし、昼間動けるように予定を組んだ冒険者達である。
「大変よ〜!」
真夜中の見張りを行っていたファリーネがテント内で休んでいた仲間を起こした。
「水浸し‥‥いや、これは海水か」
ヴェスルがランタンを灯して冷静に状況を把握する。間もなくテントの中に海水が届いたのである。
エラテリスもランタンを点けて周囲を照らした。
ファリーネによれば、違和感を感じる波が来たかと思うとだんだんと高くなり、最後には津波となって海岸を襲ったという。
羊飼い家族も外に現れて冒険者達と話した。毎月十五日前後に起きる不可解な津波は知っていたが、今まで家屋まで到達する事はなかったらしい。
「びしょ濡れなのカモね」
カモミールが呟く。すぐに海水は引いたが殆どの者は海水で濡れていた。仕方なく真夜中に井戸水で洗濯をする。
乾かすのは羊飼いの家族に頼んだ。服を始めとする様々な物が暖炉のある部屋に干されてゆく。
冒険者達は男女に分かれて、新たに起こした焚き火で暖まった。薄着だったからである。
「ギルマン達の行動と、この津波‥‥何か裏があるのでしょうか?」
紅々乃は膝を抱えるように座り、焚き火に手をかざす。
「バイブレーションセンサーで探りましたが、今はギルマンらしき動きは見あたりませんでした。この辺りの海が騒がしいのは確かですね」
リーマは落ち着きを取り戻した遠くの海を眺める。月光に照らされる海面は津波があったとは思えない程穏やかであった。
男達の焚き火でも話題はギルマンと津波である。
「ついていたようだ。もっと内陸部まで津波が到達していた個所もあったぞ」
ペガサスでの偵察から戻ってきたセルシウスは焚き火の前に座る。
「こういうときってギルマンさんは海の中でどうしているんだろ?」
頭にウサギ耳をつけただけのエラテリスは、セルシウスの愛犬に寄り添っていた。
「海の底で暮らしているのは確かなようだ」
ヴェスルは考えを言葉にする。今後はギルマンの拠点を突き止められるかどうかで状況は変わると。
セルシウスは左の掌を右の拳で叩いた。
●見張り
朝になり、羊飼いが畜舎から羊達を出して海岸へと向かう。
海辺で育った羊は美味いと評判であった。それは海藻を食べているせいとも、塩分が肉に含まれるせいともいわれている。
ギルマンは恐ろしいが、羊飼いにとっては海岸に羊を連れて行かなければならなかった。そうしなければ死活問題なのである。
「依頼人の友人とは誰なのだろう?」
ヴェスルはペット二匹を海に放つと上空を飛んだ。行きの帆船でヒポカンプスを奪われたのは誰なのか、依頼人に聞いたが、はぐらかされてしまった。なら羊飼い家族の誰かだろうと考えていたのだがそれも違うようだ。
ヴェスルはペガサスを駆るセルシウスと分担して海岸線付近を監視し続ける。
「そちらはどうだ?」
時々、セルシウスとヴェスルは空中で情報を交換する。
「今は何も。さざ波の音と羊とカモメの鳴き声が聞こえるだけです」
「そうだな。俺もそんな感じだ。仲間の海図作りがうまくいけば、もしやギルマンの居場所がわかるかも知れないのだが」
二人は長話はせず、それぞれに海岸線の監視を続けるのであった。
「羊さん、いっぱいだね☆」
エラテリスは海岸線で羊達と一緒にいた。
セルシウスの犬ルーティスが遠くにいる羊達を呼び寄せてくれてとても頼もしい。羊飼いもこんな犬がいてくれたら楽なのにと感心していた。
「トイルサムさん、何をしているの?」
エラテリスは羊の群れに潜むカモミールに声をかける。
「ギルマンの奇襲があるかも知れないし、ここに隠れている作戦なら大成功カモね!」
カモミールは自信満々の笑顔をみせる。ギルマンが羊を食べようとしたら逆に噛みついてやるつもりらしい。
エラテリスはカモミールの健闘を祈ると、海岸線の状況を細かく観察した。
岩場が多くて視界の悪い個所も多い。仲間が空から監視してくれてるとはいえ、海岸近くまで潜行してきたのならわかりにくい。
エラテリスは羊飼いに潮の満ち引きを教えてもらうと、岩場に座って監視を始めた。
リーマと紅々乃は小舟を漕ぐのを止める。
羊飼い家族が所有する小舟に二人は乗っていた。そこにファリーネがやって来る。
「海岸線はこんな感じです。目でわかる浅瀬の位置も描いておきました〜」
ファリーネが上空から描いた海岸線の地図を紅々乃に渡す。細かい海図を依頼人はもっておらず自作するしか方法は残っていなかった。
小舟には小石が積んであった。一つ一つを海中に落として、リーマがバイブレーションセンサーで海底の深さを感じ取る。
それを紅々乃が地図に描き込んでゆく。百メートルを越える深さだと何もわからなくなるが、大体の様子はわかった。
ファリーネは警戒の為に海の上空を飛び回る。
二日の成果で地図が出来上がる。紅々乃がダウジングペンデュラムを垂らして、ギルマンの拠点を探してみた。
残念ながら拠点そのものは見つからなかった。ダウジングは当たる場合もあれば、ダメな時も多い。ただ、羊飼い家族によればダウジングが大きく円を描いた周囲はもっともギルマンの目撃が多い場所でもある。
冒険者達はこの場所にギルマンをおびき寄せる計画を立てるのであった。
●戦い
五日目にファリーネが一瞬だけギルマンを目撃していた。海上に姿を現したギルマンは、前に戦ったものより巨体であった。
巨体のギルマンはヒポカンプスに乗ったまま奇声あげ、海中に潜っていった。
ギルドの受付の説明によればギルマンには下っ端と、それを束ねるギルマンリーダーがいて、さらにギルマンキングといるのだという。特徴からいってキングの可能性が高かった。
六日目の朝方から冒険者達は行動を開始する。
ヴェスルがゴールドフレークや魔女の煮汁を撒いて、ギルマンをおびき寄せる。魚が集まればギルマンも寄ってくる。もしかするとギルマンも魚の習性を持っているかも知れない。
冒険者達は海辺の岩場を遠くから監視した。
エラテリスとカモミールは羊の群れに隠れる。犬のルーティスも一緒である。
ヴェスルとファリーネは青々と茂る木々の葉の間から覗く。
紅々乃とリーマはいつでもベゾムで飛び立てるように離れた位置で待機だ。セルシウスもペガサス・エーリュシオンと共に待ち続ける。
「来たようです」
ヴェスルが岩場にあがってくるギルマンを目視し、隣りのファリーネに伝える。
「わかったわ‥‥」
ファリーネは目立たないように低空で飛んで仲間に知らせてゆく。
海岸にあがったギルマン共が羊達に近づいた。
羊の群れに隠れるエラテリスとカモミールは息を呑んで我慢する。出来るだけ海から引き離さないとすぐに逃げられてしまうからだ。最後にヒポカンプスに跨るギルマンキングの姿も確認される。
「お願いね☆」
エラテリスがタイミングを計って犬・ルーティスを放つ。ルーティスは吠えて羊の群れをギルマン共と逆方向へと導いた。
二人乗りの危うさがありながらも、紅々乃とリーマはベゾムで砂地に着地する。
「光よ! 我が身に纏いてこの場を照らせ!」
紅々乃はダズリングアーマーを発動させてギルマンに目眩ましを仕掛けた。
前もって知っていた仲間は直視しないように努める。中には魔法を使って抵抗出来る魔法を付与する者もいた。
「わーっはっはっは!」
カモミールはレビテーションで高く空中に漂う。ギルマンの注意を引きながらストーンを詠唱した。
(「噛むのは今度にしておくわ。キングは‥‥仲間に任せた方がよさそうカモね」)
救出するヒポカンプスが石化してしまうと大問題である。石になった美しい姿を観てみたい気もするが、カモミールは止めておいた。
「よいしょ☆ あまりあばれちゃだめだよ」
エラテリスは高い位置からギルマン目がけて投網をし、生きた一体を確保した。
(「この状態では‥‥」)
リーマはテレパシーでギルマンとの交渉を試したが、興奮状態でろくな返事はなかった。
まずは有利な状況を作るべく、グラビティーキャノンでギルマンを転倒させてゆく。可哀想であったが、ヒポカンプスを転倒させてギルマンキングを落馬させる。
「海には戻らせない‥‥」
波が足下に押し寄せる砂浜にセルシウスは降りた。
「エーリュ、力を貸して欲しい。あいつらを海には戻らせたくはないのだ」
セルシウスは剣を抜いて構える。ペガサスはホーリーフィールドを張り、敵意を持つ者が通り抜けられない見えない壁を作り上げてゆく。
「ルーも頑張っている。行くぞ」
セルシウスは駆け、海に逃げようとするギルマンに戦いを挑んだ。ルーとは犬のルーティスの事である。
「加勢しよう」
ヴェスルがセルシウスの近くに現れると、海から現れた鰐のキールにギルマンを襲わせた。海に逃げようとしているヒポカンプスには同種のカーラントを向かわせる。
ヴェスルは一度ストームでギルマンを陸へと吹き飛ばした後、ウィンドスラッシュで斬り刻んでいった。
「天照の加護受けし、陽光の矢! 敵を討て!」
紅々乃はサンレーザーで攻撃するとギルマンキングから煙が立ち上る。
さすがにキングといわれるだけあり、他のギルマンよりは頭がよかった。岩場を盾にして攻撃を避けて海へと逃げ切る。
その他のギルマンはほとんど倒し終わった。捕まえておいた一体のギルマンリーダーにリーマがテレパシーで会話を試みる。
大雑把な事しかわからなかったが、ギルマンキングとは違う別のモンスターを崇拝しているようだ。モンスターの中には他の種族を魅了して自分の手下にしてしまうものもいるらしい。
ノルマンとイギリス周辺の海では妙な噂が立っている。デビルの暗躍についてだ。
戦闘は激しく、傷ついた冒険者もいる。自前の薬で治療されて事なきを得るのだった。
●そして
八日目の朝、冒険者達は迎えに来た帆船に乗った。
「これで友人も助かるよ」
冒険者達が取り戻したヒポカンプスを依頼人に渡すと喜ばれる。追加の報酬としてレミエラが冒険者達に手渡された。冒険者ギルドに持っていけば有用なレミエラと交換してくれるらしい。
帆船はパリに進路を取った。
夕方頃、依頼人が甲板で妙な行動をとる。船縁で海に向かって前のめりになり、独り言をいっていた。
不思議に思った冒険者達は依頼人と同じように海面を覗き込んだ。何故か女性が帆船に追いつける速度で泳いでいた。
依頼人はヒポカンプスを海に飛び込ませる。その時泳いでいる女性が海面上に跳ねて、何者なのかわかる。魚のような尻尾をもつマーメイドであった。
「友人とはマーメイドだったのですね」
ヴェスルはようやく謎が解ける。
依頼人は昔、マーメイドに助けてもらった事があり、その時から助け合う友人なのだという。
帆船は海からセーヌ川を上り、十日目の夕方には無事パリへと入港した。