●リプレイ本文
●出発
「道中、お気をつけてくださいなのです☆」
一日目の朝、シーナは雑貨店『トゥー』からの依頼で出かける馬車を見送りに空き地へやって来ていた。
「ええ、ちゃんと作り方も観てくるからご心配なく」
ゾフィーが馬車窓の戸を開けてシーナを見下ろす。手には雑貨店から預かった手紙が握られている。
「ペーパーウェイトのこと、任されましたから♪」
セシル・ディフィール(ea2113)も窓からシーナに声をかける。
「シーナさんは留守番なのですね。きちんと、運んでくるのです」
エフェリア・シドリ(ec1862)は子猫のスピネットを抱えながらシーナに挨拶をすると、馬車に乗り込んだ。
「文鎮のような物みたいだね、ペーパーウェイトというのは。任せてね」
「そうなのです。ブタさん付きのをお願いします〜」
本多文那(ec2195)にシーナがジャパン風にお辞儀をする。文那は僕自身も楽しみにしているといって御者台に飛び乗った。
「それでは、また後程」
「レストランの準備は必ずしておくのです☆」
すでに御者台へ座っていたラルフェン・シュスト(ec3546)はニコリと笑ったシーナに会釈をした。手綱をしならせると、蹄の音と共に馬車は走り始める。
「お帰り、待っているのです〜♪」
手を振るシーナが徐々に遠ざかってゆく。馬車はそのまま城塞門を潜り抜けて鍛冶の村を目指した。
今はラルフェンが御者をしているが、文那、エフェリアとも交代する約束になっている。急ぐ旅ではないので、比較的ゆっくりと街道を進んだ。
のどかな風景が流れる中、ラルフェンが鼻歌を唄う。
御者をしていない時の文那はくつろぎながらも周囲に気を配っていた。もしもの事はいつも考えておくべきである。特に見知らぬ土地では。
馬車は出来るだけ窓が開け放たれ、風が通るようにされていた。
ゾフィーはセシルにウナギの話しをされるとげんなりとした顔をする。ジャパン風のウナギ料理を食べる機会があったようだ。ウナギは美味しかったようだが、別の何かがあったらしい。最後に好き嫌いはいけませんよと笑顔でセシルに釘を刺されるゾフィーであった。
エフェリアは御者をしながら馬車を牽く馬達とテレパシーで会話を試みる。行きは楽だが、帰りは金属製品を積むので重たくなると前もって伝えておく。馬達に力を蓄えてもらう為に、休憩で停まるのは美味しそうな草が生えている場所にするエフェリアであった。
御者を交代したラルフェンは馬車内で仲間の聞き役に回る。
(「俺以外はみんな女性か。賑やかなものたな」)
ラルフェンは妹と、こうした楽しい時間を過ごした過去を思いだした。
「ゾフィーさんも、御者をやってみますか?」
「少しやらせてもらおうかしら?」
エフェリアに勧められてゾフィーは御者台に移動して手綱を受け取った。そつなく馬車を操る姿にセシルは感心する。
「さすがですわね。そういえばゾフィーさん、この前は乗馬に行かれたとか?」
「ええ、おかげで上達したと思うの」
セシルが話しを振ると、だんだんゾフィーの恋人レウリーの事となった。最近ブランシュ騎士団黒分隊長がルーアン在中なので、レウリーもパリに居る時間がないようだ。
「二週に一度、戻ってまたどこかに行くって感じなの‥‥。しょうがないのだけどね」
ため息をつくゾフィーをセシルはなぐさめる。
「どんな感じなのかなー。ブロンズ製品を作る方法って」
「作るようす、絵にするつもりです。いつか、兄に作ってもらうのも、良い、かもしれないのです」
文那とエフェリアは製造工程の見学に心躍らせていた。
シーナの話題になって、ゾフィーが語る。仕事は誰の手を借りることもなくこなせるようになったが、まだ詰めが甘いようだ。
相変わらず深刻そうな依頼者はシーナを避ける傾向にある。本人は気にしているが、その欠点は逆にいえば、深刻ではない依頼を相談しやすい長所にも繋がる。なので、上司達も特に気にしていない様子であった。
仕事とは別にゾフィーの個人的なシーナの印象は妹のような存在らしい。
「なるほどね。いい後輩ですね。そしてゾフィーさんも」
ラルフェンが頷くと、どことなくゾフィーの顔が赤くなった。
日が暮れ始めると、良さそうな場所を見つけて野営を行う。落ち木を拾って、焚き火を用意する。見張りを決めるとテントで就寝するのだった。
●村
二日目の昼過ぎに馬車一行は鍛冶の村エタンセルに到着する。さっそく雑貨店と取引のある鍛冶屋の作業現場へと向かった。
交渉事はゾフィーのおはこである。鍛冶職人を束ねる長に手紙を渡すと、滞在や見学についての約束なども決めてしまう。その様子を特にセシルは感心して観ていた。
食事は用意されないが、村に居る間は使ってもよいと空き家を貸してくれる。
残り時間を冒険者達は馬達の手入れをしたりして、ゆっくりと過ごした。
さすが鍛冶の村だけあって鎚が振るわれる打撃音があちらこちらから聞こえる。鉄独特のにおいも村には漂っていた。
三日目の午後になり、一行は鍛冶作業の見学をさせてもらう。
様々な金属製日用品を作っているエタンセル村だが、せっかくなのでブタのペーパーウェイト製作工程を見せてもらう事にする。
依頼書がギルドに貼られた頃、雑貨店からシフール便で注文が送られていた。客からの問い合わせがあるので、多めに作って欲しいと。
鍋などの他の商品は在庫が用意されていたが、ペーパーウェイトはある職人の趣味の品なので急いで生産されている。
ペーパーウェイト以外の品物は午前中に馬車へと積み込んであった。鍛冶職人達も手伝ってくれたので男手が少なかったもののなんとかなる。ラルフェンは特に張り切ってくれた。
ペーパーウェイトを作っているのは女性ドワーフ鍛冶職人トルフィーだ。
「気に入ってくれた人がいるなんて光栄だねぇ」
作業現場を訪れた一行とトルフィーは一人ずつ握手をする。とてもゴツゴツとした職人の手である。
「残念ながら来られなかったシーナですが、パリで楽しみにしていますわ」
ゾフィーは自分が欲しくなって雑貨店を訪ねた事をトルフィーに告げる。
「何故ブタのデザインにしたんだ? 理由があるのか聞きたくててね。他のデザインもあるのだろうか?」
出発前からの疑問をラルフェンは問うた。理由といわれると困ってしまうとトルフィーは笑う。強いていえば可愛いからだと答えた。他の動物は作ったことがないという。
「他にも可愛い小物があったらなー」
ラルフェンの質問を聞いていた文那はとても残念がる。しかしブタのペーパーウェイトに期待が残っている。
「どうやってできるのか、興味あります」
エフェリアは絵を描く許可をトルフィーからとる。よい場所を見つけるとさっそく座って準備を始めた。
「ブタさんペーパーウェイト、私もとても興味ありますの。つかぬ事をお聞きしますが、この辺りで食べられる特産品はありますか?」
セシルはトルフィーからこの季節ならとモリーユを教えてもらう。傘の部分が網目状になったキノコでとても美味しいと評判だ。
作業が再開されて、一行は邪魔にならないように少し離れた位置で見学をする。
トルフィーが見せてくれたのは木材を削って作られたペーパーウェイトの木型である。とてもよく出来ている。トルフィーが試行錯誤の末に作り上げたようだ。
剥離用の粉を木型に振りかけ、さらに木枠の中に入れられて、周囲から固めるように珪砂を詰められるという。こうして型どりがされ、前と後とで二つの型が作られる。
型は乾かす必要があるので、ここまではトルフィーの説明である。すでに乾かされた砂型がたくさん用意されていた。
熱気の中、ここからが本番であった。
前後の型は組み合わされている。注ぐ為の穴と空気が逃げる為の穴が空けられてあった。穴からヒシャクのようなもので融けた青銅が掬われて注ぎ込まれる。
蒸気のせいで型の周辺が陽炎のように揺らいだ。
たくさんの型に注ぎ終わると、しばらくは冷えるのを待つ。頃合いに木枠が外され、砂型が崩される。すると中からブタさんペーパーウェイトが出てきた。
「職人さんて、凄いですね‥‥」
セシルが思わず呟いた。
「こういう風にできるんだね。へぇ〜」
文那は感嘆の声をあげた。
「スーさん、兄にもできるとおもいますか?」
エフェリアは膝にのせていた子猫に聞いてみると、ニャーと鳴かれる。
「これは名入れは無理なのかな?」
ラルフェンはプレゼント用として名入れが出来ないかトルフィーに訊ねてみる。残念ながらそうなると特注になるので安価では無理なようだ。
別室に運ばれたブロンズ製ペーパーウェイトはハサミで突起が切られたり、凹凸をはっきりさせる為に棒ヤスリなどで削られた。
一行も研磨用の粉と油、皮を使って最後の磨き上げを手伝う。
「そんなにたくさん作られたのですか」
ゾフィーは目を丸くして驚きの声をあげる。なんと七十個ものブタさんペーパーウェイトが仕上がろうとしていた。
「せっかくの注文だしねぇ。趣味のものだから、また今度があるとも限らないし、この際押しつけ‥‥いや、雑貨店のお客さんに喜んでもらおうと考えたのさ」
椅子に腰掛けているトルフィーは膝を叩きながら笑った。
●パリへ
エフェリアが用意した毛布を使って出来るだけ擦り合わないように工夫がされた後、ブタさんペーパーウェイトは馬車に載せられた。
その他に鉄やブロンズ製の日曜雑貨品もあり、帰りの馬車は満載である。馬達の負担を考え、余裕を持って四日目の朝に出発する。
ゆっくりと走り、馬達の調子を考え、行きより多くの休憩をとった。
五日目の夕暮れ時、パリに到着した一行は雑貨店へと立ち寄る。
「ここに来ると思っていたのです。お帰りなさい〜」
雑貨店ではシーナが待っていた。
みんなで品物を馬車から降ろす。雑貨店の店員達も手伝ってくれてほどなく終わる。
「いくらなのかな。お小遣い足りるかな‥‥」
文那が硬貨を取りだした。さっそくブタさんペーパーウェイトを買うつもりである。
「あ、シーナが買って、みなさんにプレゼントするので大丈夫なのですよ☆」
シーナが文那の耳元で囁いた。
エフェリアは店内の品物を眺める。中には古そうな品物もあり、今度ゆっくりと見に来ようと考えた。
シーナと店員のやり取りが終わり、全員で移動する。
ジョワーズに到着すると、セシルは購入してきたキノコ・モリーユをコックに渡すように頼んだ。料理に使って欲しいと一言付け加えて。
予約されていた個室に全員が案内される。ある程度の料理はシーナが注文済みだ。さらに個人の注文がされた。
「それではさっそくなのでお渡しするのです〜♪」
シーナは一人一人にブタさんペーパーウェイトを手渡した。やがて料理が運ばれて食事が始まる。
「うふふふっ‥‥」
セシルはワインを片手にペーパーウェイトを眺める。愛らしいブタさんにぞっこんである。
「家でさっそくつかうのです。大切にします」
エフェリアもペーパーウェイトを眺めていた。膝の子猫が触ろうと手招きをする。
「こういうかわいいの、もっと作ればいいのに〜」
文那は目の届く範囲にペーパーウェイトを置き、チーズがたくさん使われた料理を頂いた。
「これで仕事もはかどるわ」
最初に欲しがったゾフィーも満足な様子だ。
「俺も普段書類を扱うからとっても助かるんだ。でもいいのかい? もらってしまって」
「大丈夫なのです。残りは馬車を返す前に家へ運んでもらう約束にしたのです〜」
ラルフェンがシーナにした質問の答えにみんなが不思議がる。
「残りって‥‥、わたし達に分ける以外にも買ったの?」
ゾフィーが隣りに座るシーナに振り向く。
「です☆ 全部買うのは店の入荷を待っている人に悪いので、全部で五十個ほど。なので残り四十五個を届けてもらうのです」
シーナの返事に驚いた文那が喉に食事を詰まらせる。ラルフェンが背中を叩いて事なきを得た。
「シーナさんって‥‥、なんていうか、すごい人なんですね」
「照れるのです☆ これからお世話になった人にあげよーかなと思って☆」
文那の言葉にシーナが胸を張った。ゾフィーとセシルは褒められていないと心の中で突っ込んだ。エフェリアはコクコクと頷き、ラルフェンは冷や汗を流す。
「そうそう、知りたがっていたペーパーウェイトの作り方だけど――」
ラルフェンは見学した鋳造過程をシーナに話した。エフェリアの描いた絵で情報が補完される。
「なるほどなのです。結構大変なんですね。でも木型があれば、また作ってもらえるのか〜」
シーナの考えが手に取るようにわかるゾフィーと冒険者達であった。
モリーユのキノコが使われた料理にシーナは驚く。お肉と合わされてとても気に入ったようだ。セシルは美味しそうに食べるシーナを観て微笑んだ。
お腹一杯に料理を頂いた後もお喋りが続く。真夜中にお開きとなった。