●リプレイ本文
●出航
ヴォワ・ラクテ号は帆を張ってドレスタットの船着き場から離れてゆく。
船着き場ではレオンによる伝承歌が唄われていた。
「♪牢獄を破りし魔物有り 船の魔物は水の長 天の父の堕ちし使い 世人の霊を喰う獣
彼が放つ妖しに惑わぬ者は稀と聞く 獅子の騎士よ心せよ 主に愛されし汝なれど いかで抗う強き宣り♪」
「海はあんたの聖域だぜ! がんばんなよ!」
船着き場で見送るグリゴーリーは、遠ざかる帆船に向かって叫ぶのだった。
「さっきの話しやけど、どないやろ」
甲板のルイーゼ・コゥ(ea7929)は手を振り終わると、側にいたエリスに視線を向ける。
「港の知り合い達には伝えておいたわ。ただ、乗るか乗らないかは個人の自由だし、強制力もない。そこまでは面倒みられないわよ」
「充分や。ありがとな」
ルイーゼがエリスに頼んだのは、数日の間、若い女性や少女が北海周辺の船に乗らないようにする報せの事だ。エリスは北海周辺の港にもシフール便を送ってくれた。
北海に現れるデビル・シップウォーターは獲物として、少女を狙っている節があった。
「だけど、うちの船乗りについては聞けないね。そもそも船乗りってのは危険を覚悟しているものだしね」
エリスを始めとしてヴォワ・ラクテ号には女性船員が多く乗っていた。中にはとても若い者も含まれていたが、普段の仕事から外す訳にはいかないとエリスは答えた。
ルイーゼは言葉を選びながらも食い下がる。戦闘時だけは若い女性船員を船内に避難させる事をエリスに認めてもらう。
「どれくらいの費用がかかったのでしょうか?」
「いいってことよ。エリスの姉御からもそういわれてるしな」
ブノワ・ブーランジェ(ea6505)は甲板で筏を製作してくれた船乗りと話す。
大きくて頑丈に出来ており、ブノワのリクエスト通りにジャイアントでも乗れるはずだ。ロープで吊り下げられて、いつでも海に落とせるようにされている。
(「ご両親の無念はよく理解出来ます。ここは必ず倒さなくては‥‥」)
ブノワは小さくなったドレスタットの港に振り返った。
「注意しとくに、こしたことねぇからな‥‥」
黄桜喜八(eb5347)は甲板であぐらをかきながら、はめた指輪を見つめた。石の中の蝶といってデビルが近づくと感知出来るものである。
海中はケルピーのタダシと水神亀甲竜のオヤジが見張っているものの安心は禁物だ。
シップウォーターが操る水船はとてつもない速さだと噂に聞く。ケルピーでも追いつけないかも知れない。
デビルとどの様な戦闘を行うか、仲間と話し合いと模擬戦闘を行う予定である。その際に敵の足止めの必要性を感じていた黄桜喜八であった。
(「眼福、眼福です‥‥」)
ララ・フォーヴ(eb1402)はマスト上の見張り台で遠くを見張っていた。たまに眼下を見下ろして笑顔になる。
エリスを慕って集まったのだろうが、これほど女性船員の多い帆船など滅多になかった。
少女のララだが、お姉様好きであった。適度に筋肉質のしなやかな肉体を持つ女性船員達にメロメロである。もっとも趣向を開けっぴろげにする事はない。
「デビルか。全力を尽くして倒すべき敵だぜ」
テオフィロス・パライオロゴス(ec0196)は船首に立ち、海原を見つめた。
北海は広く、どこにシップウォーターが隠れているかわからないが、遠距離から弓矢で仕留めたいとテオフィロスは考える。
亡くなった娘と残された両親の事を考えると心が痛んだ。テオフィロスは全力を尽くす事で報いるつもりであった。
テオフィロスと同じ様に弔いの願い込めて戦うつもりの冒険者は多い。マグナス・ダイモス(ec0128)もその一人だ。
マグナスは船尾で監視を行っていた。
(「娘さんの魂を奪ったデビルを見逃す訳には行きません‥‥」)
マグナスは拳を強く握りしめる。他にも北海の安全を揺るがす敵がいたのなら退治する心づもりであった。
「いざという時はがんばってもらうからな」
アンドリー・フィルス(ec0129)は甲板で待機しながら、グリフォン・ガルーダの世話をする。不穏な状況になれば、グリフォンと共に大空へと飛び立って戦う用意である。
(「霧の最中に襲われたとするならば‥‥」)
シップウォーターに限らず、海棲のモンスターには霧を発生させるものが多い。かつてアンドリーが戦った敵にもいた。視界を奪われると、あらゆる意味で不利になる。特に注意が必要であった。
「悪魔の狡猾さは充分に承知しています。遭遇した場合の話しです。仲間とも話しましたが、やはりミストフィールドを使ってくるのではとの結論に達しました。エリスさんは、どの時点で現れるとお思いですか?」
時間があるとき、三笠明信(ea1628)はエリスに話しかける。
「霧は充分に考えられるね。奴は船を故障させるのが得意のようだし‥‥。普通に考えれば夜中に仕掛けて来そうだけど、逆に真っ昼間のような気がしている。少女を狙うところといい、なんか偏執的な感じがするしね。亡くなった娘さんが誘拐されたのも昼間だったみたいだし」
エリスの意見も参考にして作戦は煮詰められる。
ヴォワ・ラクテ号は北海周辺の港に立ち寄っては物資の積み卸しを行う。津波によって一部破壊された港もあった。
津波もデビルの仕業ではないかと、まことしやかな噂が世間では流れていた。
●シップウォーター
六日目、二十八日目の日中。
「おもしろそうな帆船が漂っているな」
海上を浮かぶ水のような船には、フードを被った小男が立っていた。小さくはあったが帆にはドクロがモールのように浮き上がり、海賊船を模している。
「ずっと一緒にいてくれる、女の子のお友だち‥‥、あれだけいれば今度こそ見つかるよね」
デビル・シップウォーターは独り言を呟く。視線の向こうには白波をかきわけ、海原をかけるヴォワ・ラクテ号の姿があった。
突然に霧が立ちこめるものの、冒険者達にとまどいはなかった。あらかじめ錬っておいた作戦に従って無駄のない動きで準備を整える。
「中で少しだけ大人しゅうしといてな」
「僕が看板の入り口付近で侵入出来ないように務めます」
ルイーゼとブノワは、まず若い女性船員を船内へ待避させる。
「ここがいいですかね」
囮役のララは船首の目立つ場所に立った。
「やっぱり来たわね。せっかくだし、ここで仕留めておかないとね」
腕まくりをしたエリスは、隣りで見上げているララに頷く。
「一帯は霧だが、極度に高さがない。敵は何度もミストフィールドを繰り返して広い範囲を霧にしたと思われる。これがシップウォーターの仕業なら、かなり頭が良い奴だ」
グリフォンで空を飛ぶアンドリーが甲板近くまで降りてきて仲間に報告する。
「安心して下さい。もし近づきすぎた時は必ず盾となります」
樽の間に隠れる巨体のマグナスはララとエリスに小さな声で話しかける。
「やはり霧か‥‥。回数を重ねてあるとすれば、晴らす事は」
テオフィロスは弓と矢を手にマスト上の見張り台に隠れていた。近寄らせずに倒したいところだが、無理かも知れない。いざとなれば近接戦闘の用意もあった。
座礁する可能性があり、ヴォワ・ラクテ号は停船した。
「どのみち、とても速い敵のようです。ここは迎え撃つのがよさそうですね」
三笠明信は木箱の裏に隠れながら聖剣ライオンハートを握る。空からはアンドリー、海からは黄桜喜八のペット達が見張っているので不意打ちされるのは考えにくい。
こちらが極度に警戒しているのを見破られないようにするのが大切であった。
(「来た‥だ‥‥」)
黄桜喜八は甲板の隅でパラのマントで姿を消して耳を済ましていた。何かが甲板に降り立った大きな音が聞こえる。指輪の蝶が激しく羽ばたいていた。
マントに隠れる黄桜喜八は見られなかったが、シップウォーターの登場は派手であった。
ケルピーのタダシと水神亀甲竜のオヤジがいたせいか、海中からの船底破損を諦めた小男・シップウォーターは、波に乗って高く舞い上がる。そのまま、ヴォワ・ラクテ号の甲板へと水船ごと降り立ったのだ。
「ボクと一緒に行こう」
小男が言霊を発する。ララとエリスは揺らぎそうになる意志を制御した。
「いやです。そんなの!」
「そんなこといわないで。ボクといると楽しいよ。それにしても他にもいい子がいたのに、どこにいったんだろう。一人だけなんて」
(「一人だけ?」)
小男の言葉にエリスのこめかみが動く。
「いくら虜に出来たって、おばさんじゃ意味ないんだもの」
エリスはプチンと切れた音を耳にした。
「行かせねぇだ!」
黄桜喜八は突然姿を現すと、七徳の桜花弁を小男に投げつける。うめき声を上げた小男は両腕で顔を隠す。
「守りは大丈夫です!」
ブノワは船底に小男が侵入出来ないよう、ホーリーフィールドを展開した。仲間からたくさんの実をもらっているので魔力は充分である。時間が経って切れた仲間の補助魔法も改めてかけ直してゆく。
「覚悟!」
マグナスは動きだした水船に向かってファキールズホーンを叩きつけるが、水船に掠って小男には当たらない。決してマグナスの腕が悪い訳ではなかった。水船があまりに速かったせいだ。
「逃がせへんで!」
ルイーゼは待ってましたとばかりにストームを唱えた。小男と水船を攻撃する意味もあったが、一番の目的は霧を散らす事である。視界がひらけ、逃げようとする小男が乗る水船がはっきりとわかった。
「逃がすわけないだろ!」
先回りしていたグリフォンを駆るアンドリーが、水船の行く手を遮った。勢いをつけた槍が小男を襲う。頬を掠めるだけに終わったが、避ける為に小男の水船はUターンせざるを得なかった。
「霧を晴らすとは。この好機!」
テオフィロスは揺れる船上で狙いを定める。水船がヴォワ・ラクテ号を飛び越えようとした時、矢は放たれた。
見事、小男の腕に命中し、ヴォワ・ラクテ号の甲板に縫いつける。水船は主をなくしたまま、海中へ落ちた。
「なんだよ。お前ら!」
小男は矢を抜いて放り投げ、囲む冒険者達を睨みつけた。言霊が込められていたが、言いなりになる冒険者はいなかった。
小男は用意してあったアイスチャクラを飛ばし、隙を作って海に飛び込む。
ブノワが積み卸し用のテコ棒を動かし、ロープを斬ると筏が海に落ちる。三笠明信とマグナスは船縁に足をかけて飛ぶ。順に筏へ足を乗せ、勢いをつけたまま海に潜ろうとする小男を狙った。
「滅びなさい!」
三笠明信の剣は小男の右足を切り落とした。
「これ以上の不幸など!」
マグナスは小男の背中に深い二つの傷を刻み込んだ。
「二人とも潜って!」
エリスの声に反応し、海に落ちた三笠明信とマグナスは海中に潜る。
すかさずララがファイヤーボムを放ち、海面上が真っ赤に輝いた。
「斬!」
エリスもウインドスラッシュを放ち、小男を切り刻む。やがて動かなくなった小男・シップウォーターは透明になって消え去った。
近くに浮かんでいた三笠明信とマグナスは、消えた後に残ったデスハートンの白き玉を拾い集めた。水神亀甲竜の背中に乗ってヴォワ・ラクテ号へと戻る。
「僕が預かって必ず教会に運びます。報われなかった魂ですので」
ブノワは白き玉を全て預かった。これまで立ち寄った北海周辺の港でもシップウォーターの被害を聞いたが、誰もが既に亡くなっていた。
これから立ち寄る港で、魂を奪われて苦しんでいる者がいれば返すつもりだが、時間が足りずに探しきれない可能性がある。
「わかったわ。連絡しておくから安心して」
エリスは承諾する。シップウォーターから取り戻した魂はパリの教会にあると各港に連絡する事を。
ブノワだけでなく、殆どの冒険者の願いであった。
(「これは」)
一つの白き玉にブノワは惹かれる。もしかすると、姪が助けられなかった少女の魂なのかも知れない。
(「これから聖母の御許に昇ると伝えて下さい。顔も知らない貴女の事をとても心配していたので」)
ブノワは心の中で白き玉に話しかけ、そして祈りを捧げるのであった。
●そして
航海は続き、ヴォワ・ラクテ号はいくつもの港に立ち寄る。
ある立ち寄った港の酒場で冒険者達は知る。シップウォーターに魂を奪われた別の少女が近くに住んでいるという情報をだ。
さっそく家を訪ねて白き玉を苦しむ少女の顔に近づけると、その中の一つが形を変えながら口に吸い込まれていった。
少女は元気を取り戻し、両親に抱きついた。
偶然ではあったが、冒険者達は一人の少女を助ける事が出来たのだ。
報われた命があった事に冒険者達だけでなく、ヴォワ・ラクテ号の全員が喜んだのであった。
十二日目の暮れなずむ頃、ヴォワ・ラクテ号はパリの船着き場に寄港する。
「いけ好かない奴だったよね。あのシップウォーターは」
シップウォーターにおばさん扱いされた事を根に持っていたエリスである。
気を取り直したエリスは、冒険者達にお礼の追加報酬金とレミエラを一つずつ手渡した。
「しかし、こうモンスターばっかり現れるようだと、商売が大変ね‥‥。っと、それは置いといて、ありがとう。とっても助かったわ」
去りゆく冒険者達に、エリスとヴォワ・ラクテ号の船乗り達は手を振る。
冒険者達はブノワにつき合い、一度教会に立ち寄ってからギルドへ報告に向かうのであった。