老騎士達のお手伝い 〜ちびブラ団〜

■ショートシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:1 G 17 C

参加人数:8人

サポート参加人数:7人

冒険期間:06月23日〜07月03日

リプレイ公開日:2008年06月30日

●オープニング

「アニエスさん、こんにちはなのです〜☆ どの依頼に入られるのでしょうか?」
 昼の冒険者ギルド。受付嬢シーナは、カウンター前に座る小柄な女の子騎士アニエス・グラン・クリュ(eb2949)に挨拶をした。
「今日は違うのです。実は依頼を出しに参りました」
 アニエスは椅子に座りながら姿勢を正すと、シーナに詳しく説明を始める。
 クリュ家は小さいながら領地を持つ。ランスに向かう街道沿いに存在する領内の屋敷には祖父が住んでいた。
 アニエスは祖父の代理として依頼をしに訪れたのである。
 クリュ領の郊外には共同生活をしている老騎士達の屋敷が建っていた。
 最近になって雇っていた家政婦が病気になってしまい、老騎士達は困っているという。しばらくすれば後任の女性が到着するのだが、それにはまだ時間がかかる。
「一時的にでも構わないので、手伝いや話し相手をしてくれる方を頼めないかと手紙にはありました。どうか世話してくれる冒険者の募集をお願いします」
 アニエス自身も向かう予定だが、一人ではとても手が足りなかった。冒険者仲間がいればとても心強い。
「シーナさんもよく知っているちびブラ団のお友だち四人にも相談するつもりです。きっと一緒に来てくれると思います」
「そうすると、結構な大人数になりますですね」
「大きめの馬車を借りるつもりでいますので、大丈夫です」
「わかりましたです。え〜と‥‥」
 シーナはでっかい地図をカウンターに広げてクリュ領の位置を確認する。
「馬車ならパリから大体二日ぐらいの位置になりますね。比較的安全な道のりですし、辿り着くまでは特に問題はないはずです〜。それでは依頼書を作成して貼りだしておきますです☆」
 シーナがニコリと笑い、依頼手続きは終了する。
 アニエスはそのまま、いつもの空き地に向かう。思った通り、ちびブラ団の四人が遊んでいた。
「アニエスちゃんのおじいちゃんの頼みならいかないとね」
 クヌット、ベリムート、アウスト、コリルは即座に了解してくれる。親の許可をとらなければいけないが、ちゃんと説明すれば大丈夫であろう。
(「話しておいた方がいいかな?」)
 アニエスは心の中で呟く。一連の行いには別の理由がある。
 一般に騎士を目指す者は幼少のうちに従者として修行を積む。そして叙任を受け初めて一人前となる。
 アニエスが知っている限り、クヌット家を除いて騎士の家柄ではない。そこで後継者に恵まれない騎士との繋がりを作ってあげたいと考え、アニエスは祖父に相談したのである。
 依頼で世話をする老騎士達は誰もが復興戦争時に子供を亡くしていて、後継者がいなかった。騎士になりたがっている子供なら養子にしたいに違いない。
 ちびブラ団の四人が純粋に騎士になりたいのをよくわかっているアニエスである。だが親元を離れなくて騎士にはなれないのが現実だ。
 先の話ではあるが、ちびブラ団の三人に選択を迫る形になるのが気がかりであった。
「どうしたの? アニエスちゃん?」
「な、なんでもありません」
 コリルに訊ねられてアニエスは我に返る。
(「せめて騎士になれる可能性は残してあげたいし。残念だけど、身近な騎士が他の選択の道を用意くれるなんて夢みたいな話、あり得‥‥な‥‥」)
 遠くを見つめて動かないアニエスの顔の前で、クヌットが手を振り続ける。
「まさか!!!!」
 アニエスは自分が導きだした可能性を大声で否定した。
「あれ?」
 再び我に返ったアニエスは、地面に尻餅をついているちびブラ団の四人を知る。フェアリーのプラティナも逆さまになって転がっていた。
「びっくりしたぜ」
 ベリムートが立ち上がって服についてしまった土を叩く。
「とにかく家に戻って聞いてみるね。大丈夫だと思うけど」
 アウストが自宅へと向かい、他の三人もついてゆく。
「とにかく繋がりだけは作っておかないと」
 アニエスもちびブラ団の四人を追いかけるのであった。

●今回の参加者

 ea1999 クリミナ・ロッソ(54歳・♀・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 eb2949 アニエス・グラン・クリュ(20歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb3537 セレスト・グラン・クリュ(45歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb5231 中 丹(30歳・♂・武道家・河童・華仙教大国)
 ec2830 サーシャ・トール(18歳・♀・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ec4004 ルネ・クライン(26歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ec4491 ラムセス・ミンス(18歳・♂・ジプシー・ジャイアント・エジプト)
 ec4540 ニコラ・ル・ヴァン(32歳・♂・バード・人間・フランク王国)

●サポート参加者

カンター・フスク(ea5283)/ アルンチムグ・トゥムルバータル(ea6999)/ 諫早 似鳥(ea7900)/ 壬護 蒼樹(ea8341)/ ラーバルト・バトルハンマー(eb0206)/ 太 丹(eb0334)/ 小 丹(eb2235

●リプレイ本文

●出発
 朝早い冒険者ギルド近くには人が集まっていた。クリュ領に向かう一行と見送りの人達である。
「そうねぇ、ラルフ卿やエフォール卿が四人全員を従者に召し上げるなんて都合のいい事起こる筈ないし」
 セレスト・グラン・クリュ(eb3537)が首を傾げる。仲間から少し離れて娘のアニエス・グラン・クリュ(eb2949)とちびブラ団の将来についてを話していた。
「よろしくね〜♪」
「お、おはよう御座います」
 ちびブラ団の四人組が駆け寄ると、クリュ親子は話しを切り上げる。動揺しているアニエスにセレストがクスリと笑う。
 セレストはちびブラ団の親達へ手紙を置いてきた。本当に騎士にさせたいのかどうか、なるとすれば費用はどれくらいかかるのかなどだ。
 パリに戻った後、返事の手紙で知るのだが、子供の意見は尊重したいものの二、三年は様子を見たいのが親達の意見であった。予めのつてを作る事は問題ない。迷いが窺えると、後のセレストは文面から感じ取る事となる。
 突然、三つの影が現れた。
 二刀流を掲げて強く踏み込んだのは小丹だ。前方空中転すると、刃は地面ギリギリまで振り下ろされる。
「揺るがぬ心で敵を撃て!じゃ」
 小丹が叫ぶと続いては中丹(eb5231)。そこに敵がいるかのように腕で円を描いて攻撃を外へと流す。舞うように、踊るように翻弄した後で、後方空中転をした。
「多彩な技で盾となる!んや」
 中丹がクチバシをキラめかすと太丹が動き始める。腕ごと身体を振り回し、風切り音を轟かせた。
「愛のため、体を張って壁となれ!っす」
 太丹の腹の底からの声を合図にして、三人が立ち位置を変える。
「我ら、丹義兄弟!」
 中央で小丹が剣を持つ手を掲げてVの字を作る。左右では中丹と太丹が拳の型を決めた。
 三兄弟は拍手の中、アニエスに近づく。
「アニエス殿、ちょっと早いけど、お‥‥」
 何かをいいかけた太丹に小丹がツッコミを入れる。
「察しはついておる。磨かんと、石は玉にはならんからの」
 小丹はヒゲを触りながらアニエスに頷いた。
 中丹はラーバルトから何かを受け取って礼をいう。アニエスに訊ねられるとカパパッと誤魔化して馬車に逃げ込む。
 ちびブラ団は変わった馬を見上げていた。
「こいつは大人しいヒポカンプスだが、ケルピーってのは人を食っちまうらしいぞ」
「だ、大丈夫? もしかして」
 後ずさるちびブラ団を見てラーバルトは笑う。
「後で渡してあげてね」
「わかったデス」
 壬護がラムセス・ミンス(ec4491)にある品物を託す。
「歌、ちゃんと作ってきた?」
「もちろんです」
 ルネ・クライン(ec4004)とニコラ・ル・ヴァン(ec4540)は、馬車の影で計画の確認をする。
 なぜかニコラの顔は真っ赤である。ルネのフリル付きエプロンドレス姿にときめいているようだ。
「老騎士さまのお手伝いだね、頑張ろう」
「うん! どんな騎士さんなんだろ」
 サーシャ・トール(ec2830)は広い馬車内でちびブラ団に話しかけた。
「後で礼儀作法の復習をしましょうね。アニエスちゃんのお爺様といっても貴族の方なんですから」
「はい! クリミナ先生」
 クリミナ・ロッソ(ea1999)にちびブラ団が元気な返事をする。
 御者はクリュ親子とルネが交代で受け持つ。まずはアニエスが手綱を握った。
(「見えたデス」)
 ラムセスは馬車の窓から遠ざかる壬護と太丹を見て不安に思う。食べ物にまつわる悪い占いの結果が出てしまったからだ。
 馬車を走らせながらアニエスは思いだす。集合前、衛兵詰め所で黒分隊隊員にレミエラ付き指輪と手紙を預けてきた。
 宛名はラルフ卿である。『今の貴方に必要なものです。既にこのレミエラをお持ちであれば部下の方へ差し上げて下さい』としたためた。
 クリュ領までの旅は、準備と楽しい時間として過ぎ去るのであった。

●屋敷
 二日目の夕方、馬車は老騎士達の屋敷へと到着した。
「大変だったでしょう」
 杖をつきながらも、帯剣した老騎士が現れる。
「ガウィトと呼んでもらえますかな」
「祖父の命で参りました」
 アニエスは母の横から一歩前に出て、騎士の振る舞いをもって挨拶を行う。ちびブラ団もぎこちなさはあるものの、間違えずにちゃんと出来た。
 挨拶が終わり、全員が屋敷に足を踏み入れた。
 荷物を部屋に置いて広間を訪れる。ガウィトを含めて四名の老騎士がこの屋敷には住んでいた。
 今日の所は顔合わせだけで休息の時間となった。
 アニエスとセレストは祖父がいる領主館へと馬車を走らせた。夜遅くならない内に戻ってくる。
「お帰りなさい〜」
 ちびブラ団がアニエスを出迎えた。
「農園、早くいきたいね」
 アニエスとラムセス、ちびブラ団の子供達は一つの部屋で眠りにつくのだった。

●掃除
 三日目から老騎士達のお世話が始まった。
「家政婦と思って存分に仕事を下さいませ」
 クリミナは長丈のメイド服に着替えると、コリル、ベリムートと一緒に溜まっていた洗濯を始める。
 山盛りの洗濯物を井戸から水を汲んで、せっせと洗濯板で汚れを落とす。大変であるが、これをこなせば後が大分楽になる。
 元々の掃除が行き届いていたのか、屋敷内は酷く汚れてはいなかった。それでも高い天井までは手が届かなかったのか、蜘蛛の巣が張っている。
「梯子から落ちないようにお気をつけて」
「わかったぜ」
 アニエスはクヌットと一緒にハタキや箒を使って埃や蜘蛛の巣を落とす。屋敷は広く、数日に渡る掃除になりそうだ。
「似合っているわよ。とっても♪」
「そ、そうかな? この野菜の皮、剥けばいいですか?」
 ルネとニコラはまず食事を担当する。
「それではなるべく柔らかい料理にしましょうか。歯が少なくなった方もいたようだし」
 メニューに関してはセレストが決めた。
 もちろん手伝うが、その他全般も指揮しなければならない。まずは足りない食材を探しに馬車で出かけた。
「やはり騎士はんや。馬をぎょうさん飼っておるんや」
 厩舎を訪れた中丹は馬達を柵の中に放した。
 そして厩舎内の藁を交換したりと大忙しである。馬が柵を越えようとしたら威嚇するようにと、オーラテレパスでうさ丹にお願いしておく。
 厩舎の近くではラムセスが薪割りをしていた。小気味よい音が周囲に響き渡る。
「騎士のおじいちゃんたち、約束してくれたのデス」
 ラムセスはちびブラ団と同じく老騎士達の話を楽しみにしていた。
「そういってもらえるとみんな喜びます。お水をお持ちしますね。アウスト君はここにいて」
「わかりました」
 サーシャはアウストと共に老騎士達の話し相手をする。ここしばらくは何をするにも大変だったようでとても感謝される。
「小さいのにしっかりしているの。いくつになるのかな?」
 孫のようなアウストを老騎士達は気に入ったようだ。時期はずれるものの、他のちびブラ団も同様であった。

●農園
 四日目、一行はクリュ領内の農園へと足を運んだ。木には熟れたオレンジ色のアプリコットがたわわに実る。
「よいしょっと」
 ラムセスはアウストを肩車すると、四本の手でもいでゆく。
「よく実っているわ。熟し方も充分」
「よいケーキが来そうですわ。そうすれば――」
 セレストとクリミナはアニエスに聞こえないように小さな声でお喋りする。
「わたしのカゴに入れてもいいぞ。‥‥両者とも無理はするな」
 サーシャはコリルに話しかけている途中で、フェアリーのシーリアとプラティナがアプリコットをもごうとしているのに気がつく。背を伸ばしたサーシャがもいであげると、フェアリー二体はとても喜んだ。
「あ〜!」
 ベリムートが背中を向けてモグモグしている中丹を見つける。
「なんでもないんやで〜。ほら」
 振り向いた中丹のホッペタの種をベリムートは見逃さなかった。
(「かっこいいところを見せないとね」)
 ニコラは梯子を木にかけて登ると、アプリコットをもいでゆく。ある程度たまると根本で待っているルネにカゴごと渡す。そして空のカゴを受け取って続けた。
「みんなで食べるって。ニコラも一緒に食べようね」
 真下のルネの笑顔にバランスを崩しそうになりながら、ニコラは無事地面へ着地する。
「馬車でいっていた通り、甘くてうまいぞ」
「それはよかったです」
 アプリコットを頬張るクヌットの姿にアニエスも嬉しそうである。
 馬車には収穫したアプリコットがたくさん載せられる。ケーキ用の果物として使われるのはアニエスも知っていた。ただ、さらなる計画があるのは知らないアニエスであった。

●誕生日
「チェックメイト」
 五日目の六月二十七日。アニエスは屋敷にあったチェスで老騎士達と勝負をしていた。残念ながらアニエスの負けで終わる。
 次はアニエスが望んでアウストとの対戦となった。三回行われて二勝したアニエスの勝利であった。アウストは普段から父親と遊んでいるようだ。
 チェスの時間が終わると、子供達は老騎士達から復興戦争の話を聞いた。
 十数年前、各地を移動して戦った老騎士達の体験は、はるか昔の出来事のように感じられる。
 ラムセスにはとても懐かしく感じられる。昔、祖父からの聞いた話しにとても似ていたからだ。
 残念ながら戦いの途中で跡継ぎとなる子供を失ったという。先に死ぬなど親不孝者のする事だといいながら、老騎士達は涙を溜める。
 勇ましい話もあった。地形を利用して三倍の敵を撤退させた武勇はちびブラ団の目を輝かせた。
 日が落ちて夕食時になる。
 アニエス、ちびブラ団は老騎士達と共に広間へと向かう。ラムセスは途中で姿を消す。
「あれ?」
 アニエスが広間の扉を開けると誰もいなかった。テーブルの上に何も並んでいない。
「アニエスちゃん、こっち来て」
 コリルがアニエスの背中を押して窓の近くに移動させる。
 アニエスが夜の庭を覗いた瞬間、幾つもの輝きが天に昇った。ラムセスのレミエラによるサンレーザーと、うさ丹のサンダーボルトである。
 庭に待機していた者達が一斉に『アニエス、お誕生日おめでとう!』と投げかけた。セレストが招いたようで祖父や親戚の姿もある。
 アニエスは思いっきり深呼吸し、『ありがとう御座います!』と返事をする。
 夕食はもう一つの広間に用意されていた。
 テーブルに置かれたアプリコットケーキはアニエスの誕生日を祝うものである。他にもルネが腕によりをかけた鳥肉料理や、チーズを使ったパイ包みなどが並ぶ。
 華やかさを演出する花はサーシャとルネが摘んできたものだ。椅子やテーブルにかけられた鮮やかな布はサーシャがパリから持ってきた。
 屋敷にいる全員が席について誕生日を祝う楽しい夕食の時間が始まる。
 アプリコットケーキがアニエスの好みに合わせてとても甘かったのは、母セレストの愛である。
 一通り食べ終わると、アニエスにプレゼントが手渡される。
「ナイフは便利な道具や。切ったり削ったり、穴を掘ることかて出来る。‥‥傷つける事もな。力は使う人の心次第やで」
 中丹は『ドワーフが研いだナイフ』だといって教訓と共にアニエスにプレゼントする。中丹が持ってきたハーブワインがアニエスのカップに注がれた。
「喜んでもらえるといいのだけど」
 サーシャが手渡した鮮やかな色の布袋の中にはアーモンドブローチが入っていた。
「僕からフラベルム、おじさんからチェスセットを預かったのデス」
 ラムセスはフラベルムと駒を一つ手渡す。チェスセット本体は重たいので馬車に仕舞ってある。
「私からはこれよ」
 ルネはドレスのロマンスガードを渡した。
「ドレスはいくつあってもよいでしょう。おめでとうございます」
 クリミナのプレゼントは深い緑色のドレスである。
「おめでとう、あたしのアニエス」
 野ばらのコサージュを手渡した母にアニエスは抱きついて喜んだ。
「僕のプレゼントはこれだよ」
 ニコラはファンタズムを唱えて、アニエスの頭上に花びらの吹雪を舞い散らせる。そして竪琴を手に唄いだした。
 ちびブラ団も冒険者達も一緒に唄った。

「♪ その小さな体には 勇気と優しさ 剣を構えれば 凛とした 鈴蘭 ほころぶ笑顔は 愛らしき タンポポ
 僕らの大切な友達 愛しきアニエス 今 心から君に贈ろう ハッピーバースデー、アニエス! ♪」

 ニコラの演奏は終わらず、続いてルネが作った二番が唄われた。

「♪煌く澄んだ瞳には 決意と希望 仲間を思いやる 強く優しきナイト 無邪気に微笑む 可憐なリトル・レディ どちらの君も 大好きだよ
 僕らの大切な友達 愛しきアニエス いつまでも 側にいるよ ハッピーバースデー、アニエス! ♪」

 歌が終わり、アニエスは多くの仲間と抱き合った。そしてダンスの時間となる。
 アニエスはドレス姿に着替えた。胸元にはサーシャのブローチが飾られる。
 セレストがアニエスに化粧を施す。ちょっぴり大人の雰囲気だ。再び広間へ現れると歓声があがった。
 ダンスパーティが始まり、皆、手に手を取り合う。
 ほのかなよい香りはサーシャが用意したハーブ入り蜜蝋燭によるものだ。
 ニコラとサーシャによる演奏が流れる。ちびブラ団も楽しそうに踊っていた。

 ダンスの時間が終わった後、ルネはニコラと庭を散歩した。庭の所々には泥棒避けのかがり火があって真っ暗ではない。
 二人ともジャパンの浴衣姿である。交わす言葉は少なかったが、いつの間にか手を繋いでいた。
 二人は岩に座って星空を眺める。
「辛い時は無理して明るく振舞わなくていいのよ‥‥私の前では」
 ルネの言葉に長くニコラは見つめるのだった。

●通り過ぎし
「――今、潮の香り、しませんでした?」
 六日目の暮れなずむ頃、アニエスは掃除をする手を止めるとクヌットに訊ねる。クヌットは首を横に振った。
 アニエスに心残りがあった。前に助けようとして出来なかった少女の事だ。
 祈りを捧げるアニエスを見てクヌットも真似をする。
(「貴女の分も生きます。お友達を大切にします。何事も精一杯頑張りますね‥‥」)
 少女への祈りと、叔父への感謝をしばらくアニエスは続けるのだった。

●パリ
 老騎士達の世話をする日々も終わりを告げる。
 明日に新しい家政婦が来るのを前に冒険者達は九日目の朝、パリへの帰路についた。
 老騎士達がよくしてくれたお礼として、お小遣いと香り袋を全員にプレゼントした。
「いつでも歓迎する。また顔を出してくれ」
 ガウィトの言葉は老騎士達全員の思いであった。
 ちびブラ団がそつなくこなした事を一番喜んだのはクリミナである。
 帰りの旅路も順調で、無事にパリへと到着する。
 念の為の報告をしに、冒険者ギルドに立ち寄ったアニエスは驚きの表情を浮かべた。
 ラルフから手紙とプレゼントが預けられていたのだ。
 手紙には指輪のお礼と誕生日のお祝いの言葉が綴られていた。ピアスをアニエスは優しく手に握る。
 しばらくはギルドのテーブルに座り、手紙を繰り返し読んだアニエスであった。