海岸調査 〜シーナとゾフィー〜

■ショートシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:1 G 24 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月03日〜07月14日

リプレイ公開日:2008年07月12日

●オープニング

 パリの裏路地。
 冒険者ギルドの受付嬢シーナは鍔の広い帽子を深く被り、壁に背中を這わせるようにしながら移動する。
 常に左右を目玉を動かし、誰にも見られていないのを確認すると、ある建物に飛び込んだ。
「例のブツを持ってきたのです。早く交換して欲しいのです」
 静かな暗い部屋でそわそわしたシーナの声だけが響き渡る。
「今回の取引は無しだ。帰ってくれ」
 しばらくして部屋の奥からランタンを手に男が現れる。シーナとは知己があるようだ。
「いわれた通りにしたのです〜。アレを持ち帰らないと!」
「そんなこといわれてもな。ダメなもんはダメだ」
 シーナは瓶を取りだすと男に無理矢理握らせた。
「これだけのお醤油でも交換してくれないだなんて酷いのです〜!」
 シーナの声は建物中に響き渡った。


「で、ダメだったのね」
「そうなのです‥‥。ゾフィー先輩」
 翌日、冒険者ギルドの裏の部屋でシーナはゾフィー嬢に昨日の出来事を話す。
 順を追って話せば次の通りになる。
 アイスコフィンが使える漁師兄弟がいて、新鮮な魚をパリで販売していた。特にジャパン出身者に向けての刺身用である。
 隠れて商売しているのは、魚の生食がノルマン王国では一般的でないからだ。別に法をおかしている訳ではないが、誤解をさける為である。
 パリから海まではセーヌ川を使っても時間がかかる。手間や希少性によって、新鮮な魚には、かなりの値段がつけられていた。
 シーナはジャパン出身で裕福な川口花から譲ってもらった醤油がある。醤油もノルマン王国においては貴重な品だ。
「しばらくお酒のつまみとして食べられないなんて‥‥信じられないのです‥‥」
 約一ヶ月前から醤油と新鮮な魚を交換してもらい、自宅で刺身を頂いていたシーナだ。
 何でもこの前の漁では船が津波に巻き込まれてしまい、漁獲の大半を流されてしまったらしい。漁船が破損したので、次の漁までは一ヶ月以上かかると、漁師兄弟の一人がシーナに告げたのだという。
「なんか、いってることがオヤジじみてきたわよ、シーナ。確かにお刺身は美味しいけど、食べなくても死ぬわけじゃないし」
「死んじゃうのです〜。せんぱい、助けてくださいなのです‥‥」
 シーナの無茶にゾフィーが背中を向ける。
「そうなのです! こうなったら行動あるのみなのです!」
 突然、口調に変わったシーナは部屋を飛びだしてゆく。
 しばらくしてシーナは上司から海岸調査を引き受けて戻ってきた。ドーバー海峡に面する海岸でどのようなモンスターが目撃されているか、津波被害はどれくらいなのかの調査である。
「まったく、シーナったら‥‥。いい? お刺身と危険を天秤にかけちゃいけないわよ」
「わかっているのです。船釣りもやめておくのです。海岸調査のお仕事はちゃんとやるのですよ。美味しいお魚がいつでも食べられるように、わたしもがんばってくるのです。漁師さん、大変ですし」
 動機が今一ずれている気がするものの、それはそれでシーナらしいとゾフィーは思う。
 シーナ一人では大変なので、一緒に調査してもらう冒険者が募集されるのであった。

●今回の参加者

 ea2113 セシル・ディフィール(28歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ec1862 エフェリア・シドリ(18歳・♀・バード・人間・神聖ローマ帝国)
 ec3546 ラルフェン・シュスト(36歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ec5095 飛鳥 鐘依(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●行きの海路
 川面の輝きが帆船の側板を照らす。冒険者四名とシーナを乗せた帆船はセーヌ川を下っていた。
 調査を行う海岸に着くまではのんびりと出来るのだが、少しでも現地の調査を順調に進める為に、五人は船乗りに話しを聞き回っていた。
「津波かい? 船乗りの間じゃ話題に出ない日はないねぇ」
 一人の船乗りが煙草を吹かしながら答えてくれる。
「毎月十五日頃、津波が起こると聞いたんだがどうなんだろうな。何か知っている事は?」
 ラルフェン・シュスト(ec3546)は津波と表現しながら、自然現象ではないと考えていた。ただ、はっきりとした答えが見つからない。それを調べる為にも今回の依頼を手伝うつもりになったのだ。
「必ずしも同じ辺りが揺れてるんじゃねぇみたいだな。だってよ。月によってまちまちなんだよ。壊された海岸がよ」
 船乗りが紫煙をプカッと吹かす。
「前兆などはあったのでしょうか? それと津波に特徴はありましたか?」
 セシル・ディフィール(ea2113)はなるべく答えを誘導しないように努めて質問を行う。
「天候が必ず荒れるとか、そういう話しは聞かないね。そういや、海じゃなくて陸のほうなんだがよ。地面が揺れたとは聞いたことがねぇな。必ずじゃねぇが、大抵は地震が起きてから津波ってのは来る。なんともおかしいといってた奴がいたな」
「ふむふむ‥‥」
 船乗りの側でシーナが熱心にメモを取っていた。
「海のお魚さん、食べられなくなってしまうのはだめなのです。漁師さんたちはどうしているのですか?」
 エフェリア・シドリ(ec1862)が子猫のスーを胸元で抱えながら漁師に訊ねた。呼応してスーが鳴く。
「漁師は困っている奴が多いな。十五日だけ避ければいいってもんじゃなく、前後はかなりの間、魚がよく獲れねえようなんだ。これだけ長く続くと首くくらにゃならんかも知れねぇな」
 腕を組んだ漁師が頷いた。
「それは大変だな。魚が食べられないとなると‥‥」
「そうなのです〜。とぉ〜ても大変なのです!」
 飛鳥鐘依(ec5095)の言葉にシーナが強く同意する。握り拳に血管を浮き上がらせて。
「お嬢さん、リキ入ってるな」
 船乗りが口元から煙草を落としそうになりながら、シーナの姿に一筋の汗をかく。
 シーナは普段、パリの外へ出かけるのを躊躇う傾向がある。頼もしい冒険者と一緒なら大丈夫なのだが、そもそも今回は自ら率先しての行動だ。それだけ覚悟が違うという証でもあるが、問題は動機であった。
 一通りの話しが聞き終わるとその後は自由時間となる。
「シーナ、聞いたぜ。俺もお刺身大好き飛鳥君だ。宜しく」
「頼もしい味方なのです☆」
 飛鳥鐘依は改めて挨拶をし、シーナと固い握手をする。それから他の仲間にも飛鳥鐘依は握手を求めた。ラルフェンをラルフ、セシルはセフィ、エフェリアをエッフェと呼ぶという。
 帆船は二日目の夕方にセーヌ河口を通過し、さらに進んで三日目の昼頃に目的の港町に到着する。
 その日は港町の宿に泊まって、情報収集に努めた。ちなみにシーナの計らいによって、港の名物料理をたんまりと頂いた冒険者達であった。

●調査
 四日目の朝、一行は別の港町に向かって徒歩で歩き始める。海岸線を進みながら津波などの被害調査を行った。
 シーナは珍しく荷物運搬用としてロバを連れていた。運搬用としてはラルフェンの馬・シルヴァーナ、飛鳥鐘依の馬・透坊もいる。
「流木が多いですわ‥‥」
 セシルはベゾムで空を飛んで海上を飛んでいた。あまり沖にいかないように気を付けながら海面を探る。普段の状態を知らないセシルだが、漂流物が特に目に付いた。
「海流の流れだと思いますけど、こういう筋でいろいろな物が流れていましたわ」
「なるほどなのです‥‥。こっち側はどうだったのです?」
 戻ったセシルが報告をする。シーナは持ってきた地図にマークをつけて、別紙に状況を書き込んだ。
「こんなもんだろうか」
「これだけあれば、充分なはずだ」
 ラルフェンと飛鳥鐘依は海岸に打ち上げられて乾燥している流木を集める。歩き始めて六時間程で既に一行は野営の準備を始めていた。
 先を急ぐ必要はなく、細かく調査する為だ。九日目の朝までに次の港町に辿り着けばよい。すでに周囲は調べられており、モンスターの気配はなかった。
「カメさん、教えてください」
 エフェリアは潮だまりで膝を曲げ、大きめの動物達に話しかけてみる。パーストでこの前の十五日深夜の海岸を観られればよかったのだが効果時間的に無理である。そこでテレパシーで話しかける作戦にしたのだ。
 動物と話しが出来るといっても相手の知能によって思考に限界がある。ただ、どの海棲動物も今の海は危険だと感じているのはよくわかった。
「カメさんたち、教えてくれました」
 エフェリアが動物達から得た情報をシーナに伝えた。総合すると、この辺りの津波被害は今まで比較的小さかったようである。
 シーナは別紙に動物達からの調査報告をまとめておく。
「これは‥‥少し危ないな。おーい! シーナ!」
 ラルフェンは天占の下駄を蹴るように投げて天候を占った。明日、天候が崩れそうな気配がある。
「了解なのです。緊急の保存食もありますが、魚釣りをして明日の食料に備えておくのです〜! 調査の意味もあるのですよ〜」
 ラルフェンの言葉を聞いて、シーナはテントの中からゴソコソと釣り竿を取りだした。
「そうこなくっちゃあな!」
 腕まくりをした飛鳥鐘依も自前の釣り道具を荷物の中から手に取る。
 シーナはセシルに釣り道具を貸した。エフェリア、ラルフェンは自分の釣り道具を持ち、岩場から釣り糸を垂らす。
 釣りをするには日は高いが、海中も岩場になっていて根付いている魚も多そうである。
 五人は等間隔に並んで岩場に座って釣り竿を構えた。その姿を観た後で子猫のスーがあくびをし、昼寝を始める。
「来たぜ!」
 飛鳥鐘依が立ち上がって、しなる釣り竿を強く握りしめる。しばしの格闘の末、釣り上げたのは小振りのマグロであった。
「シーナさん、早すぎです」
 セシルは笑顔でツッコミをいれる。マグロが海中から姿を現した時、すでにシーナは醤油の入った瓶を用意し、レホールを擦り始めていた。
 舌をペロっと出してシーナは誤魔化す。
「ここは俺に任せてな」
 ラルフェンは輝くカッティングボードを取りだすと、さっそくマグロを捌き始める。シーナの言うとおりに刃を入れて、短冊状にした後で薄く切ってゆく。
 シーナ、セシル、エフェリアは慣れた感じで刺身を頂く。ジャパン出身の飛鳥鐘依も同様だ。ラルフェンは仲間の真似をして、醤油とレホールをつけた刺身を口の中に放り込む。
「こういう食べ方もあるとは‥‥」
 ラルフェンは二口、三口と食べてから呟く。初めてでわからなかった味わいが徐々に理解出来るようになる。
「美味いぜよ!」
 飛鳥鐘依が即席の箸を手にしたまま涙を流して天を仰いでいた。
 大げさだと思いながらセシルは苦笑いをするが、振り向くと箸の代わりにフォークを持ったシーナも同じような恰好をしている。
「確かに美味しいんですけどね。う〜ん♪」
 そうは思いながら、セシルもお刺身をパクパクと頂く。
「スーさん、さっきまで寝ていたのに鼻がきくのです」
 いつの間にか膝の上に乗っている子猫のスーにエフェリアはお刺身をお裾分けする。あっという間に平らげて、次のを催促するようにニャーと鳴いた。
「可愛い猫ちゃんも大満足だな。お話だとなんといっているんだ?」
 飛鳥鐘依が自分の刺身を子猫のスーにあげて頭を撫でる。
「とても美味しいといっています。スーさん、このためにここまで来たといってるのです」
 エフェリアもスーもとてもご機嫌であった。
「しかし、パリの地で毎晩お刺身をつまみにして晩酌してたとは‥‥、シーナさん贅沢してますね」
「それをいわれると‥‥」
 セシルの言葉にシーナが思いだす。久しぶりに食べたお刺身は格別だが、自宅の食卓にあったお刺身もまた美味しかったと。
「今ならわかる。シーナの執心振りもな。調査を完璧にやって早く日常の平和を取り戻そう」
「その通りなのです。情報を伝えて解決の糸口にしてもらうのですよ」
 ラルフェンに答えるようにシーナは誓った。
 それからの釣果は夕食の為と明日用の食事として取り置きされる。一部の魚は網に入れてロープで結び、海の中で生かしておく。その他は鍋の材料になったり、遠火で塩焼きにしておいた。釣れたのは主にアジ、マグロ、スズキ、シタビラメである。
 五日目から六日目は天候が崩れたものの、土砂降りというわけではなかった。たまにポツリと雨が降るどんよりとした曇り空が続いた。
 調査は順調に続き、いくつかわかってきた事がある。
 海岸線の形状によって被害の度合いが極端に違っていた。ボロボロになった土地の横がまったく平気であったりと妙な感じである。
 他より低かったり狭まっていたりすると津波の被害は大きくなるのは常識だが、人にも知恵があり、そのような場所に住居を建てる事は滅多にしない。だが対策が行われていたと思われるいくつかの漁村も壊滅していた。
 考えられるのは間近な距離で突然の津波が発生したと思われる。通りすがった地元の人からの証言でも裏付けられるが不可解であった。
 津波というと一般に高波を想像するが、多くの場合は違う。高さは通常の波より少し高い程度で、それでいて陸に押し寄せてくる海水量が桁違いなのが津波の正体だ。
 しかし証言によれば、嵐の時に起こるような高波が津波としてやって来たらしい。
 もう一つわかったのが、津波で襲われた地域はその後に海棲のモンスターの襲来を受けている事だ。長くは続かないようだが、襲われた後に残るのは無惨な土地のみであった。
 モンスターの襲撃があって間もない海岸では釣果は芳しくない。エフェリアが潜ってくれた所、海中にいる魚自体が少なかった。

●調査最終日
「ディフィールさん、カニたくさんいます‥‥」
 八日目の暮れなずむ頃、全員が潮だまりで食料集めを行っていた。
 エフェリアはセシルと共にカニを獲る。前にシーナと一緒に食べたカニと同じ種類のようだ。
「これはゾフィーさんへのお土産にもなりますね」
 セシルは次々と網の中にカニを入れてゆく。
 シーナ、飛鳥鐘依、ラルフェンは一緒に釣り糸を垂らしていた。明日の朝には港町に辿り着き、帰りの帆船に乗らなくてはならない。つまりはしばらくお刺身ともお別れである。
「やるな」
「へへんなのです♪」
 飛鳥鐘依とシーナが一緒にスズキを釣る。
「これは美味そうだな」
 その横でラルフェンがシタビラメを釣り上げた。
 その夜、わざと港町には入らずに一行は野営を行う。
「バターも持ってきて正解だったのです♪」
 シーナがバターで煮込んだカニ料理を摘みながらワインを頂く。もちろん仲間もワインを振る舞った。
「スーさん好きでしたね。わたしも、ミィーソーは好きなのです」
 エフェリアは焼きガニにした甲羅からカニ味噌を子猫のスーと一緒に頂いた。
「いいわね。ほんと」
 ほんのりの頬を桜色にしたセシルがいろいろと摘んでゆく。茹でガニもあり、ほぐして頂くととても甘みがあった。
「この醤油という液体‥‥。ただものではないな」
「そう思うだろう? ラルフ。これこそジャパンの神秘だ」
 刺身を頂きながらラルフェンと飛鳥鐘依が醤油談義をする。いつの間にかシーナも加わる。
「これ、忘れないうちに渡しておくのです。お友だちの印なのですよ〜」
 シーナは飛鳥鐘依にブタさんペーパーウェイトを手渡した。
「文鎮のようだな。有難うだ」
 飛鳥鐘依はシーナに礼をいった。
 夜が更け、いつものように見張りを決めて順に眠りにつく。
 九日目の夜明け前に出発をし、港町に到着するとそのまま予定の帆船に乗り込んだ。一時間もせずに出航する。
 一行は生きたまま土産用のカニを帆船に持ち込んでいた。出来る限り生きたまま運び、その後保存を効かせる為に帆船のコックに頼んで塩ゆでにしてもらう。
 十一日目の夕方、一行はパリに到着した。
 シーナは調査の途中で拾ったレミエラをギルドで交換し、冒険者達にお礼として手渡す。
「とても助かったのです。拾ったレミエラの種類とかを比較研究してデビルの関与がどうとかも、これからわかるかも知れないのです〜」
 シーナはギルドを立ち去る冒険者達を見送る。
「寂しいからお兄さんのこと忘れないでくれ! また何かあったら参加させてもらうな! お刺身天国、有難うだぜ!」
 飛鳥鐘依が涙目でシーナと握手をする。
「ゾフィーさんにもお土産をお渡し出来ましたし。でもシーナさん、あまり無茶はしないでくださいね」
 セシルは念の為、シーナをたしなめておく。命あっての物種である。
「魚さん、食べられるようになれば、良いのです」
 エフェリアはシーナがパリで刺身を食べられるように心の中で祈る。
「途中で書いた短冊の願い、叶うといいな。シーナ」
 ラルフェンは調査の旅の途中でシーナにジャパンの短冊を渡していた。
 漁師達の生活が元に戻るように、海に平和が戻りますようにとシーナは短冊に記す。笹はないので現地の木の枝に吊してみんなで願いを込めたのだ。
「ありがとなのでした〜♪」
 冒険者達の姿が消えるまで、シーナは手を振り続けるのだった。