●リプレイ本文
●出会い
昼前にパリから出発して既に夕暮れ時である。馬車は雪が避けられた緩やかな傾斜道を登り続けていた。
依頼者である中年の男リルクが片手で御者を務めている。自らの馬を連れてきた者もいるが、今は全員が荷台に乗っていた。木の扱いに長けたナオミ・ファラーノ(ea7372)の説明を聞く為である。ナオミはセレストからのおかげで寒い道中も温かく過ごしていた。首元も手元もとても具合がいい。
ノコギリの使い方や図面の見方など、作業に取りかかれる事柄をナオミはたった今教え終わった。
熱心に聞いていたジュヌヴィエーヴ・ガルドン(eb3583)は木工においての注意点や基礎的な方法を抑えた。一人で作業は無理だが、指示してもらえるならなんとかなるだろう。
マート・セレスティア(ea3852)は木工には素人であったが、罠などの扱いはかなりのものである。細かい作業には自信があった。マーちゃんと呼んでとみんなに告げていた。
カルル・ゲラー(eb3530)はそれなりの木工技術は取得済みだ。ただ自信はないので丁寧な仕事をして精一杯がんばるつもりである。
アレーナ・オレアリス(eb3532)は愛馬ウォーホースの背に戻って馬車に併走する。赤く染まる空にはペガサスプロムナードが飛翔していた。
「もしかしてあの家ですか?」
シーナ・オレアリス(eb7143)は服の中に入れた子猫を抱えながら遠くを指差す。リルクが頷いた。移動の途中で教えてくれた通り、丸太小屋が彼の家であった。
「ただいま。戻っ」
「おっかえりー」
戸を開けてリルクが丸太小屋に入るやいなや6歳の長女ナディが飛びつく。
「父さんおかえり」
娘の頭を撫でるリルクに10歳の長男レミィと8歳の次男ロイスも近づいた。
「今日からしばらくお前達のソリの先生達が泊まってゆくぞ。いうこと聞かないと父さんもサンタさんも叱るからな」
「はーい」
三人兄妹は一斉に返事をする。リルクは冒険者達を次々と丸太小屋に招き入れた。
「ぼく、カルルっていいますっ。今回はよろしくよろしくですっ♪」
カルルは天使のような笑顔で元気よく挨拶をした。
「わたしね。ナディっていうのよ」
「兄のレミィです。よろしくお願いします」
「ぼくはロイスっていうよ。よろしく」
カルルは頭に名前を深く刻みつける。依頼人は既に知っていてリルクさん。長男はレミィさん。次男はロイスさん。長女はナディさん。
「みなさんごきげんよう♪ 聖母の白薔薇のアレーナ・オレアリス、今回はよろしくね♪」
カルルに続いてアレーナがさっそうと登場する。しゃなりと三人兄妹に微笑んだ。
「私はクレリックのジュヌヴィエーヴ・ガルドンと申します。一緒に、頑張ってソリを作りましょうね」
ジュヌヴィエーヴは腰を屈め、子供達と目線を同じにして挨拶をする。
「う〜ん、何かを作るっていいですよね〜♪ よし、がんばりましょ〜♪」
シーナが手を挙げるとナディも真似をした。ロイスも挙げ、最後はレミィだ。
「ソリを作って楽しむんだいっ!」
いつの間にか兄妹に混ざっていたマーちゃんも片手を挙げて気合いを入れている。
三人兄妹が笑い、冒険者達もリルクも笑顔になる。
「まだ日はありますし、今日の所はごゆるりと」
リルクは途中で買ってきた食材を抱えて炊事場に入るのだった。
●製作開始
二日目になり、ソリ製作が始まった。
昨晩のうちにナオミは子供達にいくつかの設計図を見せて、どれが好みか訊いていた。
長男のレミィは頑丈さと旋回に優れたデザインを選ぶ。10から11歳の競争部門は複雑な曲がりくねったコースだからだ。
次男のロイスはとにかくスピードを重視する。8から9歳の直滑降部門の勝敗はとにかく速さで決まる。
長女のナディは全てに平均的な性能を勧める。デザインに少々手を加えても問題がないからだ。
「ペガサスさん見て思ったの。空飛ぶお羽根がついているのがいい」
ナディのリクエストをカルルとアレーナは盛り込んで、座る個所の両脇に小さな翼をつける事にする。設計図を見ながら材木をノコギリで切ってゆく。さすがに6歳のナディにノコギリを任せる訳にはいかない。
「これにマークを書いてくれないかなぁ? ぼくがどこかにつけてあげるねぇ」
カルルはナディに小さな端切れ板を渡した。最後にレリーフとしてカルルが彫るつもりだ。
「ナディちゃん、手伝ってくれるかな?」
「はーい」
ナディがマークを書き終わる頃には、いくつかのパーツが出来上がる。アレーナと一緒にナディは獣皮でパーツにヤスリをかけるのだった。
「とにかくさ、速いのが一番さ。お姉ちゃんもそう思うでしょ?」
ロイスは主に手伝ってくれるジュヌヴィエーヴに意気込みを伝える。
「私もそう思いますわ」
ジュヌヴィエーヴは微笑んだ。マーちゃんも一緒に作業が開始される。慣れない作業でなかなかはかどらないが、それでも一つ一つ確実に出来上がってゆく。ロイスに材木を押さえてもらい、それをマーちゃんやジュヌヴィエーヴがノコギリで切る。刃物をロイスに使わせないつもりだ。
「ふむふむ。こうやって作るんだな」
マーちゃんが設計図を見ながら一人で頷いていた。
「負けたくない奴がいるんです」
レミィはナオミとシーナにうち明ける。この辺りに住む同じ年頃のジィーの事だ。何かと卑怯だし、弟と妹を苛めている。大人の前ではおとなしいのでたちが悪い。
レミィがナオミとシーナに意気込みを語った後で作業は開始された。
ナオミは作業のほとんどをレミィに任せるつもりだ。他の兄妹二人に関しては手伝っている冒険者を尊重するが、ナオミ自身は早くから道具に慣れた方がいいという考え方である。
シーナはしばらくリルクの食事の手伝いをする為に炊事場に行く。パーツが出来上がれば戻ってヤスリがけなど手伝うつもりだ。
「ノコギリの使い方は分かる? 押した方が切れるんだっけ、引いた方がいいのかな?」
ナオミが訊ねるとレミィは押して切ると答えた。どうやら父親であるリルクの仕事を普段から見ているようだ。コツさえ掴めばかなりの期待が見込みそうであった。
「あー、マーちゃん、わたしのお肉取ったでしょ」
「そっかな?」
「ナディ、お父さんのあげるから」
夕食時、大皿に盛られた焼き肉があった。暗黙の了解で区分けされていたのを無視してマーちゃんが食べたのである。
「おかわり!」
マーちゃんはさらにスープやパンなどのおかわりをもらう。小さな体なのに大食いであった。
食事が終わるとマーちゃんはリルクの許可をもらって馬小屋に向かう。余った材料や道具を持ち込んで寝る時間まで謎の作業をするのだった。
●約束
三日目は作業の続きであった。材料を切っては加工し、うまくいったパーツにはヤスリをかけた。仮組みをして全体の確認をしてから釘を打ちつける。
休憩中、三人兄妹はシーナと一緒にアレーナのペガサスに近づいていた。
「すごいよねー。このお馬さん」
「乗ってみようかな。ちょっと猫持ってて」
「こら! ロイス、止めなさい」
三人兄妹がいいあっている所にアレーナは近づく。
「あら、一緒にお昼寝してましたのに、どこにいったかと思えば。プロムナードに興味あるのかな?」
兄妹が口々にプロムナードを誉める。アレーナは落ちた羽の一片をお守りがわりとして一人ずつにプレゼントした。
「お父さんを大切にして兄妹仲良くするんだぞ」
「うん!」
アレーナはとびきりの笑顔で微笑むと三人兄妹の頭を撫でる。
「よかったですね」
シーナは貸していた子猫をロイスから受け取ると、同じく三人兄妹の頭を撫でるのであった。
作業を再開し、夕方を迎える頃にはレミィのソリは形になっていた。
ロイスとナディのソリももうすぐである。ナオミがロイスとナディのソリの手伝いを始めた。深夜になったがその日の内に全員のソリは形になるのだった。
「ありがとうございます」
出来上がったソリを見てリルクは冒険者達にお礼をいう。依頼した時は自分も手を貸すつもりでいたが、冒険者達の手際の良さと子供達の喜ぶ顔にその他のフォローをしていたリルクであった。
●調整
四日目には出来上がったソリをそれぞれに滑らせてみた。
「あれれ?」
大喜びで滑らせた三人兄妹の顔が曇る。どのソリも真っ直ぐに滑らそうとしても曲がってしまい転ぶ。左右のバランスが完全にとれていない為だ。丸太小屋に戻ると接地面を調整して何度も挑戦する。その内に真っ直ぐ滑るようになった。
それからの兄妹のはしゃぎようは例えようがない。何度も斜面を駆け上っては滑るのを繰り返す。
「ぜっーたい貸さないんだけど、カルルとアレーナには貸してあげる」
ナディがカルルとアレーナにお礼をいった後、ソリを渡した。
「ありがとう。すべりたかったんだぁ、うん♪」
アレーナは遠慮し、カルルは喜んでソリで滑る。付けられた翼が働いているかように飛ぶような感覚であった。そして背もたれの部分にはカルルが彫ったお花のレリーフがある。
「いいなあー」
マーちゃんは三人兄妹のソリがちゃんと滑るようになったのを確認して、馬小屋に篭もるのであった。
三人兄妹が寝た後で冒険者達は最後の仕上げをしていた。
ナオミは側面に飾り彫りを施す。レミィは弟と妹の世話もしていたので、ここまで教える時間がとれなかったからだ。しかしレミィの事である。これを手本として自分で試行錯誤して身につけるだろう。
アレーナは小さくささくれた部分などを綺麗に削り落とす。ナディでは気がつかない個所だ。
カルルはもらった木片にかるるくんの日記を書く。今までのもあるが、今日は完成したソリになった感想だ。綴られる言葉の中には何度も楽しいという言葉が使われていた。
ジュヌヴィエーヴは子供達の寝顔を眺めながら思う。ソリを作りあげた喜びは素晴らしい思い出となり、兄妹の心に残るのだろうと。
シーナはナオミによる本当の最後の仕上げを手伝う。蜜蝋燭を雪の接地面に垂らす役目だ。垂れた蜜蝋燭をすばやくナオミが伸ばす。こうすれば滑りがよくなるのだ。
馬小屋から戻ったマーちゃんが倒れるように寝る。その寝顔はとても満足した様子であった。
●競争
朝早くから子供達の祭りは始まった。
ナオミは子供達が持つ様々なソリに注目した。使い込んだものや高級素材で作られたものもある。しなりがよい木材と組み合わせて衝撃を緩衝する構造を取り入れたものなど職人としてのナオミを刺激する逸品もいくつか見かけた。
ソリの競技が開始されて、会場には人々が集まりだす。
ナディの参加する競争がまもなく始まろうとしていた。同年代の女の子が6名並び、その中にナディの姿がある。障害物も何もない、ただ一直線のコースだ。
鐘が鳴り、一斉にスタートした。
レミィとロイスが叫び、リルク、冒険者達も応援する。出遅れたナディであったが次々と抜いてゆく。トップの者を追いつこうとした瞬間にゴールとなってしまった。
二位になってナディは大喜びであった。
次はロイスの番である。直線のコースに変わりはなかったが、ジャンプする一個所が増やされていた。
ロイスは前傾姿勢で座る。鐘の音と同時にスタートし、トップに立つが、一人だけ真横についてくる者がいた。ロイスより駆けっこで速い奴だ。ソリでも負ける訳にはいかなかった。
数十センチだけ盛り上がったジャンプ台に差しかかる。わずかではあったが勢いのあるソリにとっては発射台になりうる。
ロイスはソリと共に空を飛んだ。まるでペガサスのように。胸にはペガサスの羽が大事にしまわれていた。
より遠くに早く着地したロイスはそのままゴールへと滑り込んだ。
一位になったロイスをジュヌヴィエーヴがあまりの嬉しさに抱き締める。顔を真っ赤にさせながらロイスは冒険者と兄妹に手を振った。
レミィはスタート位置でスタンバイする。一人を間に挟んで用意していたのはジィーだ。へらへらと笑った様子はいつ見ても人を不機嫌にさせた。
鐘が鳴り、一斉にスタートする。
滑降してすぐ右に曲がるコースには微妙な判断が要求された。トップになった方が有利だが、速すぎても曲がり切れない。レミィはわざと外側に膨らんでわだちを利用して曲がる。
二位になったレミィはトップのジィーを追いかけた。大した実力のないジィーがトップになったのは子分の二人が他者を妨害したからだ。これがレミィが外に膨らんだ理由である。
間もなくレミィがトップに立つが、滑走場が凹んでいてバランスを崩す。立て直す間にトップを奪われた。
抜く瞬間、ニヤリと笑ったジィーの顔がレミィの網膜に焼きつく。レミィはゴール間際で抜きにかかる。衝突を繰り返すジィーがバランスを崩し、レミィがトップでゴールした。
レミィにロイスとナディを祝福する。レミィはリルクに抱きついた。
「三台ともいい成績よね‥‥お店で作ったら売れるかしら?」
ナオミは拍手しながら呟いた。
「そろそろ出立しようか」
リルクが帰りの馬車を用意していた。
「あれ? マーちゃんは?」
兄妹が子猫に別れの挨拶をしていた時、シーナが誰という訳でもなく訊ねた。
「おいらも参加させておくれ!」
遠くからマーちゃんの声が聞こえる。ソリのスタート地点からだ。レミィより上の年齢のレースが始まろうとしていた。
「隠れて作っていたのは自分用のソリだったのね」
ジュヌヴィエーヴがシーナに頷く。
「ひゃっほー!」
マーちゃんのかけ声がだんだんと大きくなってゆく。ゴール周辺で信じられないくらいの雪煙が上がる。どうやらソリがバラバラになったようだ。
雪煙から現れたマーちゃんは「あー、楽しかった」と一言残し、置いてあったババ・ヤガーの空飛ぶ木臼で空を飛んだ。
マーちゃんは低空を飛んで兄妹に挨拶するとパリの方角に飛んでゆく。
「我々も出発しよう」
リルクが馬車を走らせる。全員が手を振った。
「楽しかったよぉ♪ ソリ大事にしてねぇ〜」
「みんなに幸あれ。幸せにねえ♪」
「また貸してあげるから来てね〜 お守りありがとう」
カルルとアレーナにナディが答える。
「ぼくたちのソリをありがとう」
「それはキミ達が作ったソリだわ」
レミィの言葉に強くナオミが手を振った。
「勝てたのはお姉ちゃんのおかげさ」
ジュヌヴィエーヴはロイスに笑顔を見せた。
「シーナさん、猫ありがとう」
三人兄妹の合わさった言葉がお別れの挨拶の最後であった。
「シーナさん、ありがとうございました。なんでも手伝ってもらいまして。猫の事をいってましたが、あの子達なりの照れでして。亡くなった母親は猫が好きだったのです」
馬を操るリルクがシーナに深く礼をする。
雪が積もる道程は行きと同じく寒くはあったが、冒険者達の心はとても温かかった。