耳障りな羽音 〜デュカス〜
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■ショートシナリオ
担当:天田洋介
対応レベル:6〜10lv
難易度:難しい
成功報酬:5 G 85 C
参加人数:6人
サポート参加人数:6人
冒険期間:07月21日〜07月29日
リプレイ公開日:2008年07月29日
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●オープニング
パリから離れた地にあるエテルネル村。
村の生活は順調であった。
乳を得る為の羊の数も増え、近くの森では放し飼いのブタ達も元気に育っていた。小屋の中の鶏も毎日、卵を産み続ける。
麦を始めとする作物が元気に育っているのは、潤沢な水が流れる用水路のおかげだ。
用水路の流れは水車を回し、脱穀などの力仕事を肩代わりしてくれる。
今まで村を手伝ってくれた青年ワンバは、先頃パリに出来た『エテルネル村出張販売店・四つ葉のクローバー』の店長を任されていた。
定期的に運ばれるエテルネル村の農作物や品が売り物だ。ブタ飼育の出資者であるアデラの知り合いの品も並べられていた。
「大変じゃあ! そ、村長!」
ある日、野太い男の声が村に響き渡った。
養蜂を任されていた村の男カイは青年村長デュカスの家屋に駆け込んだ。
「どうしたんだ? そんなに慌てて。盗賊が来たのか!」
一瞬、デュカスの脳裏に村を襲われた時の思い出が蘇る。
「違う、違いますわ。蜂が出たんですわ!」
「蜂が出るのは当たり前じゃないのか? 養蜂をしているんだから」
「えっと‥‥すまねえ。混乱しちまって。でっかい蜂なんでさぁ! 俺の肘から指先ぐらいの長さの蜂が森の中で飛び回っているんですわ」
「ラージビー?」
デュカスはカイの説明で思いだす。巨大蜂の存在を昔、冒険者をしていた頃に聞いた事がある。
村の医者レナルドの家屋に出向き、解毒剤をもらうとデュカスはカイと共に森へ向かった。
「おい、しっかり!」
森に入ったばかりの道で倒れている子供を見つける。デュカスはゆっくりと抱きかかえた。ブタに与えるフスマというエサを運んでいた村の少年である。
少年の腕には赤く腫れた部分がある。ラージビーの刺し跡だ。
デュカスは少年に解毒剤を与えると、カイに村まで運ぶのを頼んだ。デュカスは一人で森の奥に入った。
広い放牧場なのに、ブタ達は一所に集まって怯えている。森の木々の間を巨大なラージビーが飛び交っていた。
(「これはまずいな」)
デュカスはラージビーに見つからないように村へと引き返してパリ行きの支度を始める。冒険者の手を借りた方がよいと判断したからだ。
馬を出そうと小屋に向かうとした時にシフールが訪れる。シフール便の飛脚でパリにいるワンバからの手紙を運んできたのであった。ちなみに手紙の中身は店で足りなくなった農作物のリストである。
デュカスはシフールに待ってもらうと、急いでワンバ宛ての手紙を書く。冒険者ギルドでラージビー退治の依頼を出して欲しいという内容だ。
馬でパリで向かうよりシフール便に任せた方が早く依頼が出せるし、残っていれば村人を守る事が出来るとデュカスは考えた。
シフールはデュカスから手紙を受け取るとパリの空へと消えていった。
●リプレイ本文
●集合
一日目の朝、四つ葉クローバー店に冒険者が集まり始める。
「村や店とか波に乗ってきたトコで大変だけど、まぁやるだけやろか〜」
「ほんまに難儀なことや。こんな時期にどえらいことになるだなんて、思うとりもせんかったで」
腕を腰にあてながら話しかけるレシーア・アルティアス(eb9782)に腕組みをするワンバが頷く。
「巨大蜂‥‥一、二匹ならまだしも、たくさんではなかなか骨が折れそうですね。巣はやはりあるのですか?」
「そこまでは手紙に書いてなかったんや。デュカスも焦ってたんやろ。巣は雷龍さんのいう通り、あるはずやし」
李雷龍(ea2756)も会話に加わった。
話しを続けていると足下で音がして三人が見下ろした。
「大変と聞いたから応援に来たわ。大きな蜂が出たらしいわね」
床に置いた背中の荷物の横でシフールのミシェル・サラン(ec2332)が三人を見上げる。
「森をブンブンと飛び回っとるようで、よろしゅう頼みますわ。これ、馬車に積んでおきますよってに」
「お願いするわ」
ミシェルは必要な物を取りだすとワンバに荷物を預ける。他の冒険者も村で必要となる荷物は馬車に載せていた。
「いくつか持ってきたぜ。渡しておくわ。俺じゃ足手まといになるから作るのは任した」
到着したばかりのロート・クロニクル(ea9519)は荷物から材料となる網を取りだすとレシーアに渡す。道具としてナイフも提供した。
何人かの冒険者は出発を遅らせ、店の倉庫でラージビー対策用の大きな網を作ってから村へ向かう予定になっていた。
「みなさん集まったようですね。兄は一足先にエテルネル村に向かいました」
馬達を馬車に繋げ終わった十野間修(eb4840)が店内に現れる。唯一の先行組である十野間空(eb2456)は、被害状況の把握の為、既にセブンリーグブーツで移動中である。
見送りのイフェリアからラージビーはスズメバチと似た習性を持つといった情報がもたらされた。
大きな網の他に黒い案山子も作る予定であり、足りない材料はワンバが手配してくれる。
馬車組は用意が整うとさっそく出発した。
後追い組は店に残って網を合わせる作業を始める。
店番は女性従業員ノノに任された。
李雷龍、十野間修、ミシェル、ワンバが馬車組だ。初日に引き返せる途中までリンカとガラフが案山子作りに手を貸してくれる。
後追い組はロート、レシーアの二人だが、大きな網の作製には西中島、アリア、ラディッシュも手伝った。
案山子は作りが大雑把でも実用になるが、大きな網はそうはいかない。少しでも隙間があれば用を足さなくなってしまう。
それゆえに案山子作りは揺れる馬車でも大丈夫だが、大きな網は落ち着いて作業しなければならなかった。
大きな網の作製は材料の追加などで少々手間取り、丸一日かかった。二日目の早朝、レシーアとロートはセブンリーグブーツでパリを出発する。
馬車組は移動しながら案山子を作り上げる。ミシェルのアイスコフィンで凍らせた小石のおかげで暑い馬車の中でも作業は順調であった。予定通り二日目の夕方には村へと到着する。
後追い組は二日目の真夜中に辿り着く。星明かりを頼りに辿り着けたのは何度も村を訪れているレシーアの手柄だが、何故か本人はとても残念がった。
●相談
三日目の朝、男性冒険者用の家屋に全員が集まる。冒険者の他にデュカス、フェルナール、ワンバ、レナルドの顔があった。
「数えるのは困難でした。テリトリーがあるらしく、一定の周囲にラージビーは飛び交っています。ブタの放牧場の一部と養蜂の花が咲く辺りが、テリトリーの範囲にかかっているのは憂慮すべき状況ですね」
先行した十野間空はフェルナールと彼の弟子の協力を得てラージビーの行動範囲を特定していた。調査の際に戦力としてフロストウルフの希望も連れて行ったが、幸いにラージビーとの戦いは避けられた。
テリトリー内に足を踏み入れるのが困難な為、巣の発見までには至っていない。
ブタは村へ一時的に避難されていた。妊娠中のブタ一頭に早産の気配があった。動物達にもラージビーは強い精神的圧力を与えているようである。
「飛んでいるラージビーへの攻撃は大変です。どうにかして動かなくなるところを叩きたいのですけど‥‥」
深刻な表情で相談するデュカスに冒険者達は考えてきた対策を伝えた。それぞれに微妙なズレがあったものの、同時に意見の集約がされる。
薪を燃やして、村にラージビーが近寄らなくする工夫から作戦は始まった。
レシーアは天候操作をして曇りに導いた。曇りの時に蜂は低く飛ぶとミシェルがいっていたからだ。
冒険者、デュカス、フェルナールはブタの放牧場へと向かう。ラージビーを集らせる為に作った黒い案山子と大きな網を持って。
まずは大きな網を木々の枝に引っかけて安全地帯を設置した。一人一個の解毒剤は必ず所持する。残りの解毒剤は網の中に準備しておく。
十野間空が調べた時と状況が変わっているか確かめる為、ミシェルが森を探索しようとするがすぐに引き返す。十野間修と李雷龍もテリトリー内に足を踏み入れようとしたが、あまりのラージビーの数に諦めた。
十野間兄弟のシャドゥボムが薄暗い曇りでも効率よく使えるように毛布を被せたライトの光の球も用意された。長持ちする光の球を作ったのはレシーアである。
案山子は壊れるのを考えて五体が作られていた。一体が立てられると、全員が大きな網の中に身を潜めて待ち続ける。
最初の攻撃は攻撃魔法を操る者達に任された。掃討は近接戦闘を得意とする者達の担当である。
耳につく羽音を呻らせながら黒い案山子にラージビーがまとわりつき始めた。顎を小刻みに動かすラージビーの姿は肉食の凶暴さを思わせる。
放牧場を飛ぶラージビーのすべてが案山子の周囲に集まった時、駆除は始まった。順次、大きな網の中から外に出る。
白い布を被ったミシェルが空中に飛び立つ。二股に分かれている枝を見つけると光の球を取りだして挟み込む。案山子を中心とした地面を明るく照らした。くっきりとしたラージビーの影が地面に浮かび上がる。
十野間兄弟はわざと微妙にずらしながらシャドゥボムを詠唱する。修に続いて空が影を爆発させると、ラージビーの多くは螺旋を描きながら大地へと落下した。
それでも範囲から逃れたり、片方の攻撃しか当たらなかったラージビーは空中に留まっている。
待機していたロートはすかさずストームを唱え、ラージビーが攻撃に転じるのを挫く。
ラージビーは後退したものの、再び襲いかかろうと羽音を強めて飛んできた。フロストウルフが吹雪を吐いて勢いを弱らせる。
レシーアは後ろに回転するように襲ってきたラージビーを蹴り上げる。落下するラージビーを受け止めるとスープレックスで地面にめり込ませる。
オーラボディをまとった李雷龍は次々と叩き落としてゆく。李雷龍にとっては動きの鈍いラージビーなどは敵ではなかった。
デュカスとフェルナールはコンビを組み、剣でラージビーに対抗した。間もなく周辺にいたラージビーで空を飛べるものはいなくなる。
地面に落ちたラージビーは集められると焼却された。
それから数日に渡り、案山子が使い終わるまで同様の駆除が繰り返される。
時には思わぬラージビーの動きによって刺される場合もあったが、すぐに処置が施されて大事には至らなかった。
ようやくテリトリーに立ち入られるようになり、李雷龍、十野間兄弟、ミシェルはラージビーの巣捜しを本格化させる。
ラージビーにやられた動物達の死骸が森には転がっていた。早めに退治を終えないと取り返しのつかない状況になるのを誰もが感じ取る。
レシーアはウェザーコントロールで天候が曇りになるように注意を払う。
ロートは仲間が調査している間、村で焚き火の手伝いやたいまつの用意を行った。
ミシェルによってラージビーの巣は発見される。まっすぐ上空に飛んだミシェルは周囲の景色を見下ろして頭に叩き込み、位置を覚え込んだ。
ミシェルは村へと戻ると見つかった合図として鐘の音を大きく鳴らす。森で探っていた仲間も帰ってきて全員で話し合う。
時間は残っておらず、今夜にでも巣ごと退治しようと決まった。
レシーアは曇りではなく雨になるように天候操作を変更した。時間がかかり、必ずしも思った通りにいかないのがウェザーコントロールの歯がゆいところであった。
●ラージビーの巣
ラージビー退治の一行は小雨の降る真夜中の森をたいまつを手に歩いていた。
地元のデュカスとフェルナールでさえ、夜に森を歩く事など滅多にしない。昼間と同じとは思えない程、夜間の森は不気味である。
いつもなら森から聞こえてくる梟の鳴き声などもまったくなく、ただ雨が葉を叩きつける音だけが支配していた。
巣に強く光を当てると大人しくしているラージビーが動きだす可能性がある。注意して近づくが、あまりの巣の大きさに殆どの者が驚きの表情を浮かべた。
約五十センチあるラージビーが作った巣は巨大であった。大木の一部分がすっぽりと覆い隠されている。とても運べる代物ではなかった。
もしもの為に大きな網で安全地帯を作っておく。
ミシェルが枝の上に乗って詠唱を始める。出来るだけ遠距離からのアイスコフィンでラージビーの巣を凍らせた。
十野間修が巣の作られた大木によじ登る。仲間が放り投げる木片などを受け取り、巣の出入り口を詰めて塞ぐ。作業が終わると念の為にミシェルがもう一度アイスコフィンで巣を凍らせた。
続いては木から切り離す作業だ。
ロートに何度もウインドスラッシュを放ってもらう。やがて木の幹からラージビーの巣が剥がれて大きな音と共に地面へ転がる。
運んできたたいまつを巣の周囲に設置して火を放った。周囲の木の枝を切り落としてはくべてゆき、炎を大きくする。
燃えさかる頃には巣にかけたアイスコフィンも解けていたが何も問題はない。ラージビーが逃げだせる状況ではないからだ。
唯一の心配は森に炎が広がる事である。雨が降っているとはいえ、森の木々が傘となって地面は大して濡れていなかった。周囲の木へ燃え移らないようにミシェルはアイスコフィンをかけまくる。
ラージビーの巣が完全に灰となるまで約三時間かかった。
その頃には小雨から激しい雨に変わる。
燻りがなくなったのを見届けてからラージビー退治一行は森を出る。雨雲のせいでわかりにくいが空は明るくなりかけていた。
●そして
エテルネル村に戻った時には帰りの時間になっていた。既に七日目の朝である。
デュカスやフェルナール、村人達に感謝されながらワンバが御者をする馬車は発車する。
レシーアとミシェルは少しだけ残って最後の森の確認を行った。途中で追いついて馬車の仲間達と合流する。
「平和が戻ってきてよかったですが、ソルフの樹は見つかりませんでしたね。あれば村の良い収入源になるのですが」
十野間空は馬車に揺られながら村の方角を振り向いた。雨も徐々に弱まっている。
「早産気味だったブタもちゃんとコブタを産んでよかったです。それにしてもやっかいな相手でした」
十野間修は頭に巻きっぱなしだった白布を外す。
「ぐるっと飛び回ってきたけど蜜蜂も見かけたわ。これで一件落着ね‥‥」
ミシェルが目を何度も擦る。とても疲れた様子でしばらくして座ったまま眠りについた。
「ラージビーの巣からは蜂蜜が採れないなんて知りませんでした。もっとも燃えてしまったので確認は出来ませんでしたけど」
李雷龍は蜂の子はいたのではないかと仲間に話す。食べることで供養してあげたかったと心の中で呟く李雷龍である。
「あんなに大きな巣だと燻すぐらいではダメだったな。ミシェルがいてとても‥‥!!」
眠るミシェルに毛布を掛けながら話していたロートは反射的に背筋を伸ばす。首筋に熱いものを感じたからだ。
ロートが振り返ると、とろんとした瞳のレシーアが背中から抱きついていた。先程の熱いものは寝ぼけたレシーアが吹きかけた息のようだ。
「虫が邪魔なのよねぇ〜‥‥」
レシーアは意味のわからない言葉を呟くと再び寝てしまった。
後の事は御者のワンバに任せ、誰もが馬車に揺られながら眠りにつく。
一晩の野営を経て、八日目の夕方、馬車は無事にパリへ到着する。
ワンバはデュカスから預かったお礼を冒険者達に手渡した。
冒険者達は四つ葉クローバー店へ帰るワンバの馬車を見送ってから、ギルドでの報告を行うのだった。