脅迫状 〜アロワイヨー〜
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■ショートシナリオ
担当:天田洋介
対応レベル:1〜5lv
難易度:難しい
成功報酬:3 G 44 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月23日〜08月01日
リプレイ公開日:2008年07月31日
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●オープニング
パリから北西、ヴェルナー領の北方に小さなトーマ・アロワイヨー領はあった。
トーマ・アロワイヨー領主となった青年アロワイヨーにはまつりごとの他にもう一つ悩みがある。
パリ近郊の森の集落で出会った娘ミラのことである。
ミラは冒険者達のおかげで無事にアロワイヨー家の親戚であるバヴェット家の養女になれた。これで家柄について文句をいう者は少なくなるはずだ。
バヴェット家の屋敷はトーマ・アロワイヨー領内ではなく、別の領内にある。ミラが移り住むとアロワイヨーと離ればなれになってしまう。そこで別荘宅がトーマ・アロワイヨー領内に用意される事となった。
バヴェット夫人は昔からアロワイヨーの事を気に入っている。二人の結婚が決まるまで、当分の間別荘宅でミラと過ごすつもりのようである。
トーマ・アロワイヨー領内にあるバヴェット夫人の別荘宅広間。
主のバヴェット夫人だけでなく、領主のアロワイヨー、その恋人のミラの姿があった。
テーブルの上には一通の手紙。
丁寧な文面であったが、ミラにアロワイヨー領から立ち去るのを強要していた。差出人については無記名だ。
「手段を選ばなくなってきたわねぇ」
バヴェット夫人がため息の後で呟く。ようはミラに領主の妻になってもらいたくない者の仕業である。
家柄についてはミラがバヴェット家の養女になった事で障害ではなくなる。日頃のレッスンにより、貴族としての振る舞いもミラはそつなくこなせるようになっている。
領主アロワイヨーの妻の座を狙う者達にとって妨害の手段がなくなり、ついには脅迫をしてきたようだ。
思い当たる節はたくさんある。この間の舞踏会でもアロワイヨーに言い寄る貴族のご息女は両手の指の数では足りなかった。
いっそのことミラとの婚約発表をしてしまえば収まるかも知れないが、火に油を注ぐ結果にもなり得た。迂闊な行動は出来なかった。
「近づいてくる令嬢達全員を疑う訳にはいかない。こちらの別荘の警備を強化させますので」
アロワイヨーは隣りに座るミラの手を握った。
「普段はそれでいいけど、近々、出かけなくてはならなくてよ。マリオシテの屋敷に」
バヴェット夫人の言葉にアロワイヨーの表情が曇る。
マリオシテ家はアロワイヨー家と血縁は薄いものの、一族の中でかなりの発言力がある。親族会議によってアロワイヨーは領主と決まったが、水面下ではマリオシテ家の当主を押す者も少なからずいたようだ。領主に祭り上げられたアロワイヨーは大分後に知ったのだが。
ちなみにマリオシテ家にも年頃の女性はいる。名はチタリーナというがアロワイヨーは幼少の時に会っただけで、顔も覚えていない。
アロワイヨーが公務で一緒に行けない日程でバヴェット夫人とミラの来訪は決まっていた。仕組まれたものかも知れないが、挨拶に出向かない訳にはいかなかった。
「護衛の兵士はもちろんの事、側で守ってもらえるように冒険者を頼みましょう。その方がミラも心強いでしょうし。すまない、ミラ。どうしても一緒に行けないんだ」
「いいえ。どうかお仕事を頑張って下さいませ」
バヴェット夫人は見つめ合う二人に背中を向けるとワインを頂く。
(「マリオシテ家からの脅迫状なのかしら? それとも別の‥‥」)
バヴェット夫人は推理する。チタリーナをアロワイヨーの妻にしてトーマ・アロワイヨー領を裏から牛耳ろうとするぐらいはマリオシテ当主なら考えてもおかしくはない。
娘のカネースをアロワイヨーの妻にと押すマルピス爵。アロワイヨーと既成事実を作ろうとした令嬢オリア。他にも疑わしい者はたくさんいた。
なんとかして脅迫の手紙を送ってきた者を捕まえたいと考えるバヴェット夫人である。その思いはアロワイヨーも同じであった。
●リプレイ本文
●船上
セーヌの流れは緩やかに海と続く。
冒険者達は船上にいた。パリとセーヌ河口の間にあるルーアンで下船したら馬車に乗り換える段取りである。
「お手紙、届いているはずなのです」
エフェリア・シドリ(ec1862)は風そよぐ甲板に仲間と一緒にいた。ちょうど甲板室と帆で影になっていて、とても涼しい場所だ。
「大丈夫なはずさ。手紙を読んでからルーアンに来てくれるはずだよ。アロワイヨーの執事は」
シルフィリア・ユピオーク(eb3525)は樽の上に座るエフェリアの髪を梳かしてあげる。
二人の連名で送った手紙は次の通りであった。
エフェリアは挨拶に続いて『アロワイヨーさんに協力をしてほしいことがあるのです。ミラさんを守るために、地図を見せてほしいのです』としたためた。
シルフィリアが書いた部分はブランシュ鉱床について触れている。盗掘していた犯人達はオリソートフという組織の者であり、さらに背後にはノルマンの有力者の影が見え隠れしていると。
「脅迫状を送ってきた奴らに、裏で資金援助だなんだしてないとも限らないしねぇ〜」
「大変なのです。早く2人が一緒にいられるようになると、良いのです」
髪が梳かし終わり、エフェリアはシルフィリアにお礼をいう。
静かに涼んでいたアレクシア・インフィニティ(ec5067)がエフェリアにミラがどんな人物なのかを訊ねた。今回の仲間で一番ミラを知っているのはエフェリアである。
アレクシアはミミクリーを使ってミラの影武者をする予定だ。その際に少しでも不自然にならないようにいろいろと知っておく必要があった。ミラの事を語るなら、当然アロワイヨーとバヴェット夫人についても触れなければならない。
「‥女難の試練ですね‥」
先頃の舞踏会のエピソードを聞いてアレクシアは呟く。
「地図が手に入れば試行してみたい。脅迫者や依頼者の所在が追えないかを」
リンデンバウム・カイル・ウィーネ(ec5210)はバーニングマップを使って犯人捜しをするつもりでいた。送られた手紙によって地図が手に入るのを期待する。
「手紙に書かれたブラン鉱についてですが‥、狙う者も多いでしょうね。気を引き締めて行きましょう」
エルディン・アトワイト(ec0290)は船乗りから借りた釣り竿で川面に糸を垂らす。仲間の会話に耳を傾けてアロワイヨーとミラに関する知識を増やしておく。
しばらくするとエフェリアも一緒に釣りを始める。
その日の夕食には川魚料理が一品増えるのであった。
●不安
二日目の昼頃、帆船はルーアンの船着き場へと入港する。下船した冒険者達は迎えに来ていたアロワイヨーの執事の馬車に乗り込んで目的地を目指した。
ルーアンが属するヴェルナー領の北にあるのがトーマ・アロワイヨー領であった。
執事は何種類かの地図を用意してくれていた。
夕方にはトーマ・アロワイヨー領内に入り、城下町にあるバヴェット夫人の別荘宅に到着する。
「よくお出で下さりましたわ」
ミラとバヴェット夫人は冒険者達を歓迎した。マリオシテ家への出発は明日の朝になるので、今晩は別荘宅で一晩を過ごす事となる。
星が夜空に瞬く頃、アロワイヨーが別荘宅を訪れた。ちょうどエフェリアが机を借りて地図を写し終え、リンデンバウムに手渡した頃に。
「どうしても外す事が出来ない公務があるんだ。ミラの事、よろしくお願いします」
広間でアロワイヨーが冒険者達に深くお願いをする。
「セーラ様に無事を祈りましょう。きっとお守りくださるでしょう」
白教義のクレリックであるエルディンが胸の前で十字を切る。
ミラがシルフィリアとアレクシアと共に広間へやってきた。
別室でアレクシアがミミクリーによるミラへの変身を試していたので、モデルになったのである。シルフィリアは仕上げの化粧担当であった。
変身はしてみたものの、ミラを知っている相手だと見破られてしまうかも知れない。
こんな事もあろうかとシルフィリアは亜麻のヴェールを用意してきた。本人が普段からしていれば、影武者のアレクシアがヴェールで顔をぼかしていても不自然ではないと考えたのだ。
アロワイヨーは脅迫状について冒険者達に詳しく説明する。
マリオシテ家にはチタリーナという娘がいる。マリオシテ家当主共々、領主の妻の座を狙うにおいてミラを快く思っていないはずだ。脅迫状の送り主の可能性もある。
他にも以前から娘カネースを押すマルピス爵や、アロワイヨーと既成事実を作ろうとしたセリアン家の令嬢オリアも怪しかった。
他にも疑わしい者はいるのだが、目立っているのはこれらの人物だ。
闇の組織オリソートフの息がかかった者も、この中に潜んでいるのかも知れなかった。
●マリオシテ家
三日目の朝、馬車一行は別荘宅を出発する。
ダミーも含めて三両の馬車が連なり、周囲には八騎の護衛がついている。
冒険者達はミラと同じ馬車へと乗り込んでいた。
アレクシアは鷹に変身して上空から馬車一行を監視する。レミエラのおかげで服の心配はいらない。既に生命探査を使って一行の数や特徴は把握していた。定期的に探って変化がないかを調べるつもりである。
リンデンバウムは出発前にバーニングマップで地図を燃やしてみた。バヴェット夫人からトーマ・アロワイヨー領内の貴族情報を得てあったが、ずばりの答えは出なかった。
可能性として出た道筋は五十を越えていた。必ずしも地図を燃やした時に疑わしい人物が自身の屋敷にいたとは限らないものの、大まかな指針にはなり得る。
用意した同じ地図に描き写して整理すると、ミラを疎ましく思っている貴族の家系は十三と思われる。その中にマリオシテ家、マルピス家、セリアン家も含まれていた。何度か試したが、これ以上の絞り込みは無理であった。
エフェリアはマジッククリスタルを隠し持ちながら周囲に注意を払う。窓際に座って常に外の様子を確認する。
たまに馬車を牽く馬達にテレパシーで不思議な事はないかと訊ねるエフェリアであった。
「何かを仕掛けるならすでにどこかで見張っているでしょうね」
エルディンが馬車窓から外を眺める。そして鷹となって滑空するアレクシアを見上げた。
エルディンは非常にしっかりとした白教義の聖職者姿をしていた。脅迫するような者であってもノルマンの地ならばジーザス教信者の可能性は高い。奴らにとってはミラを排除して他の女性がアロワイヨーの妻になる事こそが正義なのだろう。
シルフィリアはエフェリアの反対側に座っていた。エフェリアと二人でミラを挟む形である。鷹になって上空監視をしているアレクシアが戻ってきたのなら、ミラへの変身を手伝う予定になっていた。
別荘宅からマリオシテ家までの直線距離は大してないのだが、地形が複雑なので馬車では一日がかりの道のりである。
幸いに行きの道中では何事も起こらなかった。
門を潜り、広い庭を馬車で駆け抜けてマリオシテ家の屋敷に辿り着く。
バヴェット夫人とミラの身辺警護として冒険者達は屋敷に立ち入る。武器類は取り上げられなかったが外すようには指示された。
残念ながらマリオシテ家の一族との会食の場に冒険者達は入れない。
屋敷内でバヴェット夫人とミラに何かがあったのなら、マリオシテ家の沽券に関わるはずである。ここは大人しく待つべきと冒険者達は廊下で待ち続けた。
屋敷の従者達に見張られていたがうまく隠れて魔法を発動させる。
アレクシアは生命探査で周囲の動きを把握した。
エフェリアはテレパシーを使って広間のミラと交信する。
他の仲間は扉をぶち破ってでも駆け込む心構えを持ち続けた。
約二時間で会食は終わり、ミラ、バヴェット夫人と一緒に用意された部屋へと戻った。
ミラはとても疲れた様子である。バヴェット夫人によれば、遠回しの悪口によってかなりいじめられたらしい。
チタリーナは挨拶程度でミラと話そうとはしなかったようだ。
会食の最後にマリオシテ当主はバヴェット夫人に伝言を頼んだという。正式な申し込みはするが、近く城を訪れるのを領主のアロワイヨーに伝えて欲しいと。
●チタリーナ
五日目の朝方、それまで無視を決め込んでいたチタリーナが何故かミラを庭の散歩に誘った。冒険者達は遠巻きに身辺警護を行う。
「このお花、綺麗でしょう」
チタリーナは朝露に濡れた青い一輪を従者に摘ませるとミラの髪に飾った。
「あ、ありがとうございます」
ミラは驚きながらお礼をいう。
「あのね、アロワイヨー様のことですけど――」
チタリーナには幼い頃、アロワイヨーに優しくしてもらった思い出があるらしい。
「この間、城下の町を訪ねました時、馬車から見かけましたのよ。少しお太りになられましたけど殿方はあれぐらいがちょうどよいと思いますわ。‥‥アロワイヨー様の心、掴んでみせますわ」
チタリーナ、正々堂々のライバル宣言である。
あっけにとられているミラの手をチタリーナが無理矢理握る。
今のアロワイヨーはお腹がポコンと膨らんでいるだけだ。その他の個所は人並みになっていた。
今の姿を見てアロワイヨーが太ったと思うのなら、かなりの年月の間、会っていなかった事になる。
アロワイヨーがまん丸に太っていたのは、ダイエット前の約八年間であった。
●出没
六日目の朝にはマリオシテの屋敷を出発して帰路についた。
マリオシテ家はとても怪しかったものの、脅迫状を送った事実は見つけられなかった。堂々とならば、アロワイヨーの妻の座をチタリーナが狙っている事について咎められるはずもない。
馬車の中ではアレクシアが影武者になり、ミラは奥で目立たないようにしていた。
リンデンバウムが新たに地図を燃やしてミラに敵意を持つ者を捜そうとする。曖昧な道筋しか示さなかったが、危険な区域は大まかにわかった。
馬車一行は安全な道を選んで進む。
危険区域から遠ざかると冒険者達は予備の馬車に乗り換えて引き返す。ミラとバヴェット夫人の側を離れてもよいものか悩みはしたものの、力で攻め入ってくる敵ならば八騎の護衛で充分だと判断したのだ。
心配するミラにエルディンは『大丈夫です』と笑顔で言い残してゆく。
わざと危険区域に入ってゆっくりと馬車で走り回る。
考えていた通り、しばらくすると馬車は殺気を放つ七人の集団に取り囲まれた。誰もが粗野で貴族とは到底思えない身なりである。
「出てこい! ミラとかいう女が乗っているのはわかっているぞ!」
リーダー格の男が斧を手に大声を張り上げた。
緊迫した雰囲気に馬達が興奮し始める。冒険者達は次々と馬車から降りた。
「‥私達への試練です。乗り越えましょう‥」
ミラに化けているアレクシアが呟いた。次に仲間を覆うようにホーリーフィールドを唱え始める。
「この聖衣姿を見ても何も感じないというのですか、貴方達は」
エルディンは素速くホーリーフィールドを張って馬達と馬車を保護した。
「こういうことはいけないのです。ミラさん、悲しむのです」
エフェリアはマジッククリスタルを手にして念じる。斧がエフェリア目がけて振り下ろされるが、ホーリーフィールドに阻まれてエフェリアには届かなかった。
エフェリアの手からグラビティーキャノンが放たれると、敵二人が転んで地面へと叩きつけられる。
「わかりやすい奴らだね!」
シルフィリアは大脇差を構え、近寄る敵に衝撃波を飛ばした。
戦いは混戦気味になるが、思い切り戦える状況に冒険者達は事を有利に進める。
アレクシアがディスカリッジで敵の戦意を削いで仲間の支援をする。
エルディンは活発な動きをする敵をコアギュレイトで足止めをした。加えてホーリーフィールドを何度か張り直す。馬達が暴れているせいで馬車が少しずつ移動していたからだ。
エフェリアがテレパシーでなだめて、馬達は徐々に落ち着きを取り戻してゆく。
唯一の前衛といってよいシルフィリアは仲間への攻撃を盾で受け止める。敵が及び腰になったところでスクロールのアイスコフィンを使って敵を凍らせた。
敵わないと思ったのか敵は撤退を始める。
リンデンバウムは遠ざかる敵にファイヤーボムを撃ち込んだ。真っ赤な炎に包まれた敵は悲鳴をあげて動きを鈍くする。その間にエルディンがコアギュレイトで身動きできないようにしてゆく。
「ミラさんが乗っていると考えて襲いましたね。貴族と聖職者の命を狙うなんて重罪です」
エルディンは襲った者達に質問をしたが、何も語ろうとしなかった。命令した誰かに弱みを握られているのか、それとも本当に知らないのかは今の段階ではわからない。
道ばたで長く尋問をする訳にもいかず、シルフィリアのアイスコフィンで全員を凍らせて運ぶ事にした。
途中でバヴェット夫人とミラがいる馬車一行と合流する。何事もなかったようで一安心の冒険者達であった。
●そして
襲った者達は城の官憲に引き渡されて尋問された。
金をもらってやっただけで、首謀者が誰なのかは知らないと答えるのみであった。遠くで襲撃を監視していた者がいたようだが、今となっては後の祭りである。
ミラとバヴェット夫人が無事でよかったとアロワイヨーは喜んだ。謝礼金とレミエラが感謝の印として冒険者達に手渡される。
マリオシテ当主が近々城を訪れるつもりなのをバヴェット夫人は伝える。
ミラからチタリーナの執心を聞かされるとアロワイヨーは椅子に座り込んだ。
後でアロワイヨーはミラとバヴェット夫人から幼少の時どんな親切をチタリーナにしたのかを訊ねられる事となるだろう。ちなみにアロワイヨーはまったく覚えていなかった。
八日目の朝に冒険者達を乗せた馬車は城を出発する。昼にはルーアンへ辿り着き、そのまま帆船に乗り換えた。
九日目の夕方にはパリの地を踏む冒険者達であった。