●リプレイ本文
●集合
「はい、お嬢。これでいいよ」
朝早いクヌット家の庭では諫早がアニエス・グラン・クリュ(eb2949)の髪を整え終わる。ラルフにもらったピアスが映えるように虹色のリボンで結わえて髪をアップさせていた。諫早はちびブラ団の髪の毛も順番に整えてあげる。
「お屋敷は行ったことがあるけれど、お城に行くのは初めてだな」
「いいなあ。でもこれから一緒にいけるからいいや」
壬護蒼樹(ea8341)はベリムートと一緒に愛馬の穂群の世話しながら仲間が集まるのを待っていた。
壬護蒼樹の食べ物に対する察知はずば抜けている。ふと振り向くとアニエスがセレストから小さな壷を受け取っていた。セレストが気づき、壬護蒼樹へ近づく。
「壬護さんはまだ未体験よね?」
セレストが用意してきたのはクリュ領産の杏ジャムである。向こうで食す機会があるはずといわれ、壬護蒼樹は思わず唾を呑み込んだ。その様子を観た諫早がクスクスと笑う。
「セーヌを下ってルーアンまで行くんやな。朝でこの暑さや。泳ぎたくなってしまうで」
中丹(eb5231)がうま丹、うさ丹を引き連れてやって来た。
「中丹さん、あとで食べようぜ」
「なんやクヌットはん。きゅ、胡瓜やんか!」
クヌットが中丹の目の前に出したのはもぎたての胡瓜である。ちょうど今が収穫時期であり、知り合いからたくさんもらったのだという。
「ちょっといい?」
到着するなりルネ・クライン(ec4004)はコリルを手招く。
「これから向かう城にカリナって女の子がいるの知っている?」
ルネはそれとなくカリナの事をコリルに伝えた。まずは女の子同士が仲良くなるのをルネは願う。
「お城に御招待なんてすごいな」
「うん。なんか夢みたいだよ」
サーシャ・トール(ec2830)が猫のレートフェティを抱きかかえたアウストに話しかける。入城までは護衛を第一とし、武装を怠らないつもりのサーシャであった。
全員が集まると、ベリムートの父親が馬車で船着き場まで乗せてくれる。
乗船すると間もなく出航した。
セレストは見送りが終わると苗を求めてパリ近郊に出かける。
冒険者とちびブラ団を乗せた帆船はゆっくりとセーヌ川を下っていった。
●ルーアン
アニエスは鏡や水面に映る自分を観ては身だしなみを整える。出航前にラルフとアウラシアへシフール便で送ったアニエスである。
船縁では壬護蒼樹とルネがちびブラ団が帆船から落ちないように見張っていた。大きなあくびをする壬護蒼樹。船酔いした子を膝枕してあげるルネ。
緑色に囲まれた中丹はとても幸せであった。網に入れてセーヌ川で胡瓜を冷やし、パキッと頂く。みんなと食べる胡瓜はまた格別である。
サーシャは船上に怪しい人物がいないか確認していた。
領主の招きに使われる帆船だけあり、礼節を重んじる人々が乗船していた。それでももしもはあり得るので甲板に出ては監視するサーシャであった。
一晩が経過し、帆船はルーアンへと入港する。船着き場にはヴェルナー城からの出迎えが待っていた。馬車に乗った一行はルーアンの中心である城へと向かう。
「よく来てくれたね」
一行が通された部屋にラルフが訪れた。隣には小さな女の子の姿もある。
「この娘の名はカリナ・カスタニア。こちらの方々にご挨拶を」
「初めまして。カリナと申します」
ラルフに促されてカリナは挨拶をする。ちびブラ団がするのを待って冒険者も挨拶を返した。
客室に通された一行は一日の残りをゆっくりと過ごす。
三日目朝。アニエスは廊下でラルフに呼び止められる。ピアスの事を触れられるとアニエスは顔を赤くした。
「後で庭へちびブラ団の子供達を連れてきてくれるかな。もちろん冒険者のみなさんも」
「は、はい!。分隊長様方も喜びます」
ラルフに頼まれたアニエスは緊張しながらも笑顔であった。
アニエスがラルフに送った手紙には刀剣術の手ほどきをちびブラ団にしてあげて欲しいとしたためてあったのだ。
冒険者達とちびブラ団が庭を訪れる。木陰にあるテーブルにはカリナが座っていた。
「一緒にやるのかな?」
膝を曲げて屈んだルネがカリナに話しかける。
「いいえ。ラルフ様に見学を勧められたので、特には‥‥」
カリナは読んでいた本を閉じて答える。再び開こうとした時、表紙にサーシャのフェアリー・シーリアが降り立った。
カリナは不思議そうにフェアリーを見つめた。もう二体、アニエスのフェアリー・ニュクスとコリルのプラティナも木の葉の間から現れる。犬のペテロとウサギのうさ丹も、いつの間にかカリナの側で寝そべっていた。
「私もよいかな。どのような本を読んでいるのだ?」
サーシャもルネと共にテーブルへついた。カリナが読んでいた本は古い精霊の物語である。
「パンをもらってきました」
壬護蒼樹は芝生い茂る地面に胡座をかいて座った。誰もが食べるのかと思いきや、千切って少しずつ周囲にばらまいた。しばらく経つと小鳥が集まり始める。
「かわいい‥‥」
呟くカリナに壬護蒼樹はパンを渡す。仲間にも渡して一緒に小鳥へエサをあげながらラルフの刀剣術指南を見学する。
「いち、にぃ、さぁん!」
アニエスより譲られた木刀を使ってちびブラ団の四人は素振りをする。基本的なノルドの型の指導だ。
「そうか。確かに難しいだろうな」
ラルフはシルヴァンエペについてアニエスに相談される。確かにアニエスの体格からすればシルヴァンエペは大きくて重たい刀剣であった。
アニエスはラルフから長い刀剣を抜くコツを教えてもらう。重さばかりは筋力をつけてもらうしかないが、鞘を修正してわずかだが重心を変更してくれるという。アニエスはエペをラルフに預けた。
アニエスが願い、ちびブラ団も興味を示したので、ラルフは真打ちのシルヴァンエペを抜く。
アニエスは真打ちを持たせてもらう。どことなく刀身に纏う輝きが普通のエペとは違っていた。より強いプリンシュパリティ・ハニエルの加護が宿っているとアニエスはラルフから聞かされる。
ラルフによる刀剣の指南が終わると、中丹の出番である。
「ハイハイハイハイハイ!」
中丹がヌンチャクを振り回す。肩や脇を通して円を描くように鎖に繋がれた棍が踊った。
「これが華国の武術やで!」
中丹自身も宙返りをする。最後にヌンチャクが宙に舞い、片方の棍を受け取って反対側を脇で止めようとするがすっぽ抜けた。『ゴン!』と音をたてて中丹の脳天を直撃する。
「か、かぱぱ‥‥、河童にとって頭の皿は命やで‥‥」
パタと倒れる中丹。みんなが近寄って取り囲む。
「えっと、えっと‥‥、緑色の方、お皿は大丈夫です。割れていませんよ」
カリナも心配そうに中丹を覗き込んだ。
「お、おいらは緑色の方じゃないで。かぱぱっの中丹でおま。こう見えてもマーメイドに泳ぎで勝ったんやで‥‥」
少々混乱気味ながらも中丹が息を吹き返し、一同はほっと胸を撫で下ろす。
「さて、空のお散歩をしてみませんか」
アニエスが空飛ぶ絨毯を二枚を芝生の上に広げた。コリルが誘ってカリナも絨毯の上に座る。
壬護蒼樹とアニエスはそれぞれの空飛ぶ箒へ跨った。子供五人、冒険者三人は二枚の絨毯に分かれて浮かび上がる。地上にいるラルフがだんだんと小さくなった。
「うわぁ!」
ヴェルナー城を見下ろして子供達は声をあげた。
「空気がちがう‥‥。鳥になったみたい」
カリナの呟きを壬護蒼樹が耳にした。
その日の夜、一行はラルフと一緒に晩餐を頂く。当然カリナも一緒である。
ちびブラ団がパリでの話しをカリナに聞かせる。その様子をルネは微笑ましく眺めていた。
●市場
ラルフが言葉をかけて誘わない限り、カリナはほとんどの時間を読書に費やしていた。刀剣術練習の見学はカリナにとって特別な出来事であった。
四日目、冒険者達はちびブラ団と共にカリナの部屋へ出向く。
アニエスは書庫でカリナのお勧め本を教えてもらった。ゲルマン語以外は苦手だが勉強したいといってイギリス語の本をカリナに朗読してもらう。
ちびブラ団と壬護蒼樹は一緒に童話を読んでいた。お互いにわからないところを教えあいながら読み進めてゆく。
中丹も同じ部屋にいたものの、本にはまったく興味を示さない。寝ころびながら持ってきた胡瓜をかじる。
サーシャはカリナの部屋は訪れず、ある計画の為にラルフを含める城の人達の所を回っていた。
「あなたの髪ってとても綺麗ね。触っていい?」
ルネの言葉にカリナが首を横に振る。エリスは髪を触られるのを極度に嫌がった。
何か理由がありそうなのでルネはそっとしておく。代わりに市場への買い物に誘った。お菓子を作る予定だと伝えるとカリナは興味を示す。
そうと決まればさっそく行動である。市場はとても賑やかで、たくさんの人でごった返していた。
壬護蒼樹と中丹の馬を連れて次々と買い集めた。食材が集まると城に戻り、調理が始められる。
粉を捏ねて、広げて、形を作り、石釜で焼く。中には胡桃や杏ジャムを入れて様々な味を用意した。
「あ!」
コリルがクッキーの摘み食いを目撃する。なんとベリムート、アウスト、クヌットだけでなく、壬護蒼樹と中丹の姿もある。つまりは男性陣全員だ。
中丹が『味見や〜』と叫ぶと、男性陣は立て続けに同じ言葉を繰り返した。女性陣は腰に手をあててため息をつく。
温めた鉄板の上で薄い皮を作り、蜂蜜とたくさんの果実を巻いたお菓子も出来上がる。ラルフの近くで仕事をする人達の分も用意された。
ティータイムとなり、ラルフと一緒に全員でお菓子を頂いた。紅茶の香りが漂う中、ラルフがカリナに声をかける。
「これは美味しいな。カリナも一緒に作ったのか?」
「はい。ラルフ様」
短い言葉であったが、ラルフに答えるカリナに素っ気なさはなかった。
杏ジャムをつけてお菓子を食べる壬護蒼樹はとても満足そうである。
アニエスは空いた時間にラルフとチェスを指す。アウラシアことシスターニーナから届いた手紙が話題となった。
アウラシアを城に招くと聞いてアニエスは喜んだ。是非渡して欲しいとラルフに本を預ける。
アニエスは本好きのアウラシアならカリナと気が合うだろうと考えていた。
その日の最後、シルヴァンエペがアニエスの元に返される。その出来映えにラルフに感謝するアニエスであった。
●大捜索
五日目は城内の人達からヒントをもらい、ゴールを目指す遊びが実施される。
男の子チームと女の子チームに分けられた。
男の子チームはベリムート、アウスト、クヌット。女の子チームはコリル、カリナ、アニエスである。
最初は嫌がったカリナだが、ちびブラ団臨時団員の話を持ちかけると参加を受け入れてくれた。ただ、他の分隊長のように色が欲しいという。
しばらく様子見という事で臨時分隊長と決められる。何色がいいかと聞かれると、カリナは中丹をしばらく見つめて『緑』と答えた。
ずっこけた中丹が頭を机の角にぶつけて気絶する。お皿は何とか無事であった。
「では、スタート!」
サーシャの号令で子供達は廊下を駆けた。
男の子と女の子ではルートが違う。少なくても順番は変えられてある。
最初に両チームとも持たされたのは似顔絵である。城内を走り回り、そっくりな人物を探し当ててヒントをもらう。
「食いしん坊でとっても大きい人はどーこだ?」
女の子チームはルネに辿り着き、クッキーとヒントをもらった。次を中丹にしようと思っていたルネだが、気絶しているので急遽壬護蒼樹に変更する。
「暖かくて、美味しくて、明るい物の元。赤く燃える火の生まれる所は?」
壬護蒼樹はヒントと一緒に市場で買っておいたとても甘いお菓子を女の子チームにあげる。
すぐさまカリナは答えに気づいて暖炉に向かった。待っていた侍従が渡してくれたのは絵だ。花の絵が描かれていた。
女の子チームは庭に出てたくさんの花畑の中から目当ての花を探し当てる。一輪だけ摘むと懸命にゴールへ走る。
「はい、正解だ。よくがんばったね」
ゴールで待っていたサーシャの判定によって女の子チームの勝ちが決まった。
「カリナのおかげだね」
コリルがカリナの右手を握って挙げた。
「その通りです。カリナさんのおかげですね」
アニエスもカリナの左手を挙げて一緒に喜ぶ。
遅れてゴールした男の子チームはとても悔しがった。
もらったお菓子をみんなで分けようとしていると、アウストが気絶していたはずの中丹がいない事に気がついた。
「中丹さん!!」
全員で散らばって探しているとカリナが廊下の片隅で中丹を発見する。突然目の前に現れてカリナは驚く。
「かぱぱっ。これをつけて息を止めると‥‥」
中丹はピグマリオンリングを発動させて息を止めてみせる。カリナの目には一瞬のうちに中丹が石像に変わったように見えた。
元に戻った中丹はカリナに訊ねる。なぜさっき緑色を選んだのかと。
「わたしも胡瓜、好きなんです。昔、兄と一緒に育てたことがあって――」
カリナの話しに中丹は深く頷いて納得するのであった。
●船着き場
六日目の昼頃、ラルフとカリナは冒険者達とちびブラ団を見送るためにルーアンの船着き場にいた。
「頂けるのですか?」
アニエスからカリナは木刀を受け取る。ちびブラ団の分隊長にあげた木刀と同じく名前が彫ってあるという。次の機会には一緒に刀剣術の練習をするのを約束した二人であった。
「あの時はすみませんでした」
カリナはルネに謝った。髪の毛を引っ張られていじめられた過去があり、それ以来知らない人に触られるのは駄目なのだと。
ルネはカリナを抱きしめて耳元で囁いた。『大人にはもっと甘えていいのよ。また遊びに来るからね』と。
「小鳥にまたパン屑をあげたいと思います。空を飛べる鳥って大好きなんです。ありがとう、蒼樹さん」
カリナのお礼の言葉に壬護蒼樹はとても照れた。照れすぎてセーヌ川に危うく落ちそうになった壬護蒼樹である。
「みんなとゴール目指して、よかったです。とっても仲良くなれたし」
カリナはサーシャにヒントの似顔絵が描かれた羊皮紙を見せる。思い出として大事にとっておくのだといって。
寝るときにフェアリーのシーリアを貸してくれた事も、とても感謝していたカリナであった。
「胡瓜、また一緒に食べたいです」
「これ、食べてや」
中丹はクヌットからもらった残りの胡瓜をカリナに全部あげる。ちびブラ団が目を丸くして驚いていた。
「カリナがとても喜んでいた。ちびブラ団の帰り、頼んだよ」
ラルフが一人一人と強く握手をする。お礼は城を出る前に渡してあった。
冒険者達とちびブラ団が乗船するとパリ行きの帆船は間もなく出航した。
帆船は七日目の夕方にパリへと入港する。
冒険者達はちびブラ団を無事家まで送り届けるのであった。