夏にヒンヤリ 〜シーナとゾフィー〜

■ショートシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:6人

サポート参加人数:3人

冒険期間:08月03日〜08月08日

リプレイ公開日:2008年08月12日

●オープニング

(「暑いのです‥‥とろけそうなのです‥‥」)
 パリの冒険者ギルド。受付嬢シーナ・クロウルはカウンターに座り、仕事をこなしていた。
 ギルド内の窓は開け放たれてはいるものの、夏の暑さばかりはしょうがない。
 お客様には笑顔で対応するが、休憩時間に裏手へ入るとシーナはテーブルに突っ伏した。
「せんぱ〜い‥‥。もう暑さで死にそうなのです‥‥」
「まだまだ暑くなるわよ。これぐらいでばててたら大変よ。もう、しょうがないわね」
 先輩受付嬢ゾフィーが仕方なくシーナに水を運んであげる。喉を鳴らしてシーナはカップの水を一気に飲み干した。
「そういえば、料理の本に書いてあったのです。むかーし偉い人が夏に山まで万年雪を取りに行かせて、美味しく頂いていたみたいな。夏に冷たいものなんて贅沢ですよね‥‥」
「今でもあるんじゃない? パリの近くだと万年雪がある山は無理だと思うけど、冬場に雪を洞窟奥に入れておく氷室なら珍しくないわ。貴族の方ならそれ用のを持っていそうだけど」
「羨ましいのです〜。ゾフィー先輩、早くレウリーさんと結婚するのですよ。そうすればわたしもお相伴にあずかれるのです」
「ばかなこといわないで。それにシーナも何とかなるでしょ。前に話してくれたじゃない。ワインを貯蔵する為に氷室がある村のことを」
「そんなの、いいましたっけ?」
 ゾフィーにいわれてシーナは懸命に思いだそうとする。
「そ、そうなのです。サロンテさんの住む村にはあったのです〜♪」
 半分閉じかけていたシーナの瞳がパッチリと開いた。
 サロンテとは迷子になった犬を届けて知り合いになった女性である。葡萄畑を所有しており、今では恋人のラヴィッサンとワイン作りを営んでいる。葡萄の葉につくエスカルゴを使った料理も感慨深かった。
 サロンテの村ではワインの劣化を少なくするように洞窟奥に氷室が用意されていた。
 シーナはサロンテの村へ遊びに行くのを決意する。ゾフィーは用事があって一緒にいけないという。
 仕事が終わるとシーナはサロンテ宛てでシフール便を出す。そして自宅に戻り、さっそく外壁へ貼り紙をした。一緒にサロンテの村へ行き、冷たい氷を食べて涼みたい人の募集であった。

●今回の参加者

 ea2113 セシル・ディフィール(28歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 eb7208 陰守 森写歩朗(28歳・♂・レンジャー・人間・ジャパン)
 eb9726 ウィルシス・ブラックウェル(20歳・♂・バード・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 ec1862 エフェリア・シドリ(18歳・♀・バード・人間・神聖ローマ帝国)
 ec3546 ラルフェン・シュスト(36歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ec5334 ユーリ・ビレスティン(29歳・♀・ジプシー・人間・神聖ローマ帝国)

●サポート参加者

アルフィエーラ・レーヴェンフルス(ec1358)/ リフィカ・レーヴェンフルス(ec1752)/ リュシエンナ・シュスト(ec5115

●リプレイ本文

●市場
「これ美味しそうですね。瑞々しいわ」
 セシル・ディフィール(ea2113)は並んでいたカゴから梨を手に取る。
「桃もよさそうなのです。この緑色の大きい丸いの、なんだろ?」
 シーナもセシルの隣りで果実を物色する。
 朝早いパリの市場。一緒にヒンヤリする一行は必要な品物を買いそろえていた。見送りの人達も一緒である。
「スーさん、色のある果物、たくさんあります」
 子猫のスピネットを抱えながらエフェリア・シドリ(ec1862)も氷に合わせて美味しそうな果物探しをしていた。品種によっては葡萄の収穫時期も始まっている。グレープジュースにして氷にかけてみようと考えるエフェリアであった。
「ほう、妻を連れず自分だけか? いい身分だな‥まぁ、気をつけてな」
 義兄のリフィカに突っ込まれたウィルシス・ブラックウェル(eb9726)は、微笑んで誤魔化す。隣りでは妻のアルフィエーラが笑っていた。
「ウカ、お土産期待してるわね♪」
「わかった、フィエーラ。よさそうなものを探してこよう」
 ウィルシスはアルフィエーラに頷く。そして買い込んだ食材を愛馬ブケファラスに載せていった。玉葱やバジルを始めとして、香草、マルメロという果物、豆類や小麦粉などの基本食材も含められている。いろいろなメニューを考えていた。
「兄様、ここにいたのね」
 バスケットを抱えたリュシエンナが息を切らせながら、兄ラルフェン・シュスト(ec3546)の元に駆け寄った。
「どうしたんだ?」
「はい。皆で食べてね」
 バスケットにはフルーツケーキを始めとするたくさんのお弁当が満載である。紅茶風味のパンや魚のパイ包み焼きなど種類も賑やかであった。
「この樽、安く譲ってもらえませんか?」
 陰守森写歩朗(eb7208)は店舗を構える商人に声をかけると、片隅に置かれた樽に手を置いた。大分古いものだが、まだ使い物にはなりそうである。
「そうだな。あの邪魔な木の枝を何とかしてくれたら考えてやろう」
 商人が指さしたのは一本の街路樹から伸びる枝である。往来する馬車の邪魔になっていた。陰守はいわれるやいなや木に登り、借りた鋸で切り落とす。
 感心した商人が樽を無料でくれた。さっそく愛馬黒耀にくくりつけた陰守であった。
 もう一樽欲しいところだが、いい出物はなかった。
 全員が市場を離れて、馬車との待ち合わせ場所に集まる。
 手に入れた樽を水で満たし、陰守のクーリングで凍らせる。食材の保冷用に使われた。
 思わず氷を食べたくなるシーナだが、天然ものは一味違うというのでサロンテの村までガマンする。
 間もなくシーナの知人が馬車に乗ってやって来た。残念ながら参加予定だった一人は現れなかった。
 暑い夏の日差しの中、氷の冷気によって涼しく旅をするヒンヤリ一行であった。

●氷室
 一日目の夕方、ヒンヤリ一行はサロンテが住む村に到着した。ここまで馬車に乗せてくれたシーナの知人と別れ、サロンテの家を訪れる。
 サロンテとラヴィッサンに歓迎されたヒンヤリ一行は、ゆっくりと一晩を過ごす。
 二日目の朝には全員が早起きをする。
 現地での食材入手と、仕込みが必要なものは前もって調理をしなくてはならないからだ。朝の涼しいうちにこなしておかないと、せっかくのヒンヤリの旅が台無しである。
 まずはミルクの為、全員がサロンテに連れられて牧畜を営む村人の元を訪ねた。
「ありがとうございます〜」
 ヒンヤリ一行は快諾してくれた村人にお礼をいって、さっそく牛の乳搾りを始めた。
「結構‥‥難しいものだな」
 ラルフェンが四苦八苦して乳搾りをする。慣れれば違うのだろうが、握力が続かずに仲間と交代で絞り続けた。
(「牛さん、少し分けて欲しいのです」)
 エフェリアが牛にテレパシーで話しかけて暴れないようにお願いをする。
 次第に桶の中には充分な牛乳が溜まった。牧畜の村人にシーナがお礼を渡す。全員で牛乳を零さないようにサロンテの家まで運んだ。
 お肉に関してラヴィッサンが別の村人から入手してくれた。新しい豚肉である。
 続いてはの氷にかけたり飾るものの用意だ。
 昨晩のうちに腐りやすい食材は鍾乳洞に保存してある。たくさんあるので全員で運ぶ事にした。
「暗いのです。明るくするのです。持ってきたのです」
 エフェリアが自前のランタンを点けて鍾乳洞内に足を踏み入れた。その場にいた者達がまじまじとエフェリアを見つめたのには理由がある。彼女が着込んでいたのは『まるごとかたつむり』と呼ばれる防寒着だったからだ。
「エフェリアさん、まるでエスカルゴみたいなのです☆」
「その姿を観てますと、あのお味を思いだしますね」
 シーナとセシルの脳裏にはガーリックバター風味のエスカルゴ料理が浮かんだ。
「そういえばシーナ達はエスカルゴを食べた事があるそうだが‥‥。どんな味なのだ?」
 ラルフェンがエスカルゴ料理に興味を示した。シーナは手振り身振りを含めて一生懸命説明するが、結局は食べてみるのが一番という意見に落ち着く。
 ラルフェンは葡萄畑の方に話題を逸らした。エスカルゴ除去を手伝ったセシルも興味があってサロンテに訊ねる。今年の村の葡萄はよい出来らしい。九月に入ったら本格的にワイン造りを行うと答えてくれた。
「どうぞなのです♪」
「ありがとう、シーナさん」
 シーナは扉を開けて、台車を押しているウィルシスを先に通した。鍾乳洞内は木枠に藁を被せて作られた蓋が何重にも作られていた。熱を遮断する工夫である。
 蓋に作られた扉を潜る度に徐々に温度が下がってゆく。
 樽や瓶が並ぶワインを保管する倉庫部分に持ち込んだ食材は保存されている。さらに奥の氷室には冬の間に運び込まれた雪が詰められてあった。
「せっかくですので、ご協力させてもらいます」
 陰守はスクロールを取りだしてクーリングの魔法を使う。雪が溶けて溜まっている水を再び凍らせる作業を繰り返した。仕上げはフリーズフィールドを唱えて鍾乳洞奥を凍える寒さにまで変化させる。一日しか持たないので、村にいる間は定期的に続けるつもりの陰守であった。
「ノルマンでは氷は貴重なものなのですね」
 ウィルシスは氷の山を見つめた。冬に詰め込んだ時は周辺に一杯の雪だったに違いないが、今ではごく一部と化していた。
 氷は最後に運ぶとして、必要な食材を持って全員が鍾乳洞を出た。食材に冷たさが残っているうちに調理を始める。
 陰守が作った氷によって出来上がったものは保冷された。
 準備が整うと、陰守とラルフェンが氷室まで氷を取りに行ってくれる。
 運ばれた氷をみんなで削る。思い思いのものを掛けたり乗せたりして完成であった。
 全員でテーブルを囲み、お祈りをするとヒンヤリの開始である。サロンテとラヴィッサンも一緒に座っていた。
「これなのです☆ これが食べたかったのです〜〜♪」
 シーナはミルクと蜂蜜をかけたかき氷をスプーンで掬うと口に運んだ。そしてとびきりの笑顔になる。
「スーさん、少しだけ食べるのです。食べ過ぎはいけないのです」
 エフェリアはミルクをかけたかき氷を少しだけ子猫にあげた。
「これ、美味しいので是非に♪」
 セシルは切り分けた桃などの果実を仲間のかき氷に乗せてあげる。
「さてと」
 セシルは自らも食べ始めた。
 かき氷にシードルをかけ、さらに果汁を垂らし、果物と一緒に頂いた。他にも仲間の多くが試しているミルクかき氷も作ってみた。清涼感がセシルの身体を潤してゆく。
「エスカルゴさん、おいしいのです」
 エフェリアが口にしていたのはエスカルゴ料理ではない。エスカルゴの形にしたかき氷であった。
 できれば絵に描いておきたいが、溶けてしまうのでその暇はない。それがエフェリアにはとても残念だった。
「甘いお酒をかけたい方はこちらをご自由に使って下さい」
 陰守はスウィルの杯と用意してきたお酒を仲間に提供した。自らはどぶろくやワインなどを凍らせて作ったシャーベット状のかき氷を頂く。凍らせる前にスウィルの杯で甘くしておいたのでとても口当たりがよかった。
 あまりに美味しく食べ過ぎて、少々酔ってしまった陰守である。
「さてどんなお味だろうか」
 ラルフェンは買いそろえた果物を使って簡易のジャムを作り上げていた。ジャムとよく冷やしたミルクを混ぜ、荒く砕いた氷と一緒にする。ミントの葉を飾って出来上がったのが食べる特製飲料である。他に蜂蜜酒をかけたかき氷も用意してあった。
「なないろスイカは後で食べましょう。今はこちらを――」
 ウィルシスが作り上げた料理はとても多彩であった。
 キエフの酒場にも出されているアイスブラオを始め、ブリヌィの具にマルメロの蜂蜜煮を凍らせたものや、牛乳と蜂蜜を泡立てて冷やしたシロップが使われる。
 豆の蜂蜜煮や胡桃入り氷も用意されていた。
 夕食用の料理として冷製のドルマデスが調理途中である。
 たくさんあるので仲間と共にみんなで頂いた。
「うぉぉっっ‥‥負けないのです‥‥」
 シーナは一気にかき氷を食べ過ぎて頭がキーンと痛くなる。元に戻っては再び食べて痛くなるのを繰り返すシーナであった。
 お腹を冷やさない為に温かいお茶類やチーズオムレツが昼食には用意された。
 シーナは鍾乳洞のちょうど良さそうな場所でお昼寝をする。何名かの冒険者も同じように過ごした。夏の盛りなのに、この涼しさはとても贅沢だと口々に言葉にするヒンヤリ一行であった。

●村での日々
 かき氷などの冷たい料理や鍾乳洞で涼んでいたヒンヤリ一行だが、葡萄畑の見学なども行った。
 垣根作りなので葡萄は比較的地面に近いところで実がなっている。どれも鮮やか色をしていて掌で支えてみるとずっしりと重たい。
 サロンテの勧めで一粒ずつ食べてみると、とても酸っぱかった。ワイン用の葡萄とそのまま食すものとでは品種が違うらしい。
 シーナはエフェリアに頼まれてまるごとかたつむりを着てみた。かき氷のエスカルゴのイメージ代わりとしてである。
 最初は涼しい表情をしていたシーナだが徐々に様子が変化してゆく。とても暑かったようで最後にはまるごとを脱ぎ捨てて、鍾乳洞奥へと消えていった。
「まさか、まさかなのです☆」
 四日目の夕食、テーブルに並んだのはシーナの好物の一つ『お刺身』であった。
 前からの約束でシーナは陰守に醤油を用意していた。それがお刺身用に使うものだとは夢にも思っていなかったシーナだ。
 スズキのお刺身はとても美味しく、ホクホクの笑顔で食べる。
 他にも特別にサロンテがエスカルゴ料理を用意してくれる。陰守、ウィルシス、ラルフェンが頂いたかどうかは定かではなかった。
 村での最後の食事が終わり、サロンテがヒンヤリ一行に相談をする。パリの恩人からシフール便が届き、氷を運んで欲しいと頼まれたという。サロンテとラヴィッサンは当分の間、葡萄畑を離れる訳にはいかなかった。
 お世話になったお礼としてヒンヤリ一行は氷運びを引き受ける。行きに持ってきた樽の他に、もう一樽を用意してもらった。
 一樽はヒンヤリ一行が土産の氷を詰めるもの。もう一樽はサロンテの恩人に氷を運ぶ為のものであった。

●パリ
 五日目の夜明け前、ヒンヤリ一行は二樽に氷を詰めると、藁やおが屑を挟んで毛布で覆う。鍾乳洞の蓋と同じく熱が伝わりにくくする為だ。
 後は陰守が定期的にクーリングを使ってくれれば万全であった。
 日が昇り、立ち寄ってくれたシーナの知人の馬車でヒンヤリ一行は村を後にした。運んでくれるお礼にとサロンテとラヴィッサンがいくらかのお金と帰り分のお弁当を持たせてくれる。
 二樽の周囲に氷柱が用意がされ、ついでに馬車内も冷やされた。馬が扱える冒険者はシーナの知人と時々御者を交代する。
 暮れなずむ頃、馬車はパリの城塞門を潜り抜ける。真っ先にサロンテの恩人が住む家を訪れて氷の入った樽を届けた。
「あら? まさか氷のお土産?」
 シーナの家の近くにゾフィーも住んでいた。ゾフィーはとても喜んだ様子である。
 シーナとゾフィーの分の氷を残し、後は冒険者で分配する。
 村までつき合ってくれたお礼として、シーナがシュクレ堂の焼き菓子を冒険者達にプレゼントした。
 まだ持っていない冒険者には、お友だちの印としてブタさんペーパーウェイトも渡される。
 太陽が沈み、気温も少しは落ち着いていた。冒険者達は氷のお土産を手に家路を急ぐのであった。