●リプレイ本文
●再会
「冒険者ではウチが一番乗りみたいやな」
「ジュエルさん!」
待ち合わせの停車場。壁から伸びる看板の上にシフールのジュエル・ランド(ec2472)が降り立つ。ちょうどクロードと目の高さが同じである。
「トロシーネ領主に招かれたんなら、パーティがあると考えていいんやろか? そやったらウチのバードとしての腕を存分に見せようかと思うてな」
ジュエルはシフールの竪琴をポロン♪と鳴らす。
「晩餐の席が用意してされているはずです」
話すクロードの笑顔の中にジュエルはどことなく寂しさを感じ取った。間もなく蹄の音が聞こえてくる。
愛馬ヒューゲルで疾走するシュネー・エーデルハイト(eb8175)が、クロードとジュエルの近くで停まった。
「お久しぶり、クロード」
シュネーが軽やかに愛馬から飛び降りる。遙か上空ではグリフォンのシュテルンが飛んでいた。
「心の整理は出来た?」
「そういわれると‥‥困りますね」
「細かい話は向こうについてからにしましょう。時間はあるわ」
「はい」
シュネーと挨拶を交わしているとクロードの周囲が日陰になる。
クロードが振り向き様に見上げると、大剣を背負って愛馬に跨ったリチャード・ジョナサン(eb2237)の姿があった。
「これを差し上げよう。俺の事を忘れないでくれな」
「ありがとうございます。でも忘れないでってなんでしょう?」
クロードがリチャードから受け取ったのはノルマン王国博物誌である。リチャードは理由は後で話すとクロードの肩を軽く叩いた。
「クロード〜」
二頭の愛馬を引き連れてやってきたのはリスティア・バルテス(ec1713)である。
「どうかな? この恰好。ちょっと着飾ってみたけど‥‥似合わないかしら?」
「とてもお綺麗ですよ」
クロードがリスティアに微笑んだ。
「お久し振りのお顔が揃ってますわね。お元気なようで何よりです」
クリミナ・ロッソ(ea1999)も待ち合わせ場所に到着した。
「後はセレスト様だけかしら?」
「そうなります。あ、きっとあの方だと思います」
陽炎の向こう側から影が近づいてきた。愛馬ダビデの手綱を片手に歩くセレスト・グラン・クリュ(eb3537)である。全身を青で統一した涼しげな姿をしていた。
「クロード、ご機嫌よう。お久しぶりね」
「セレストさんもお元気のようで。それは?」
セレストの愛馬には青々とした樹木の苗が載せられていた。
「ジャパンから運ばれた桜の苗よ。トロシーネ様へと思って用意してきたの」
セレストは涼風扇で風をそよがせながら愛馬の背を見上げる。
つい先程までセレストはクロードが以前使っていた情報屋と会っていた。トロシーネと懇意にしている貴族がどのような人物なのかを調べたのである。貴族は六十歳の老翁トリノ家当主でトロシーネと親戚関係にあり、パルネ領の継承順第六位とわかる。
一行が乗り込むと、馬車はトロシーネの元へ出発した。
●トロシーネ
「皆様ようこそ。トリノ家当主の厚意により、こちらの別荘を自由に使ってよいことになっておりますので――」
一行が通された広間にはトロシーネ領主が待っていた。護衛の従者の姿もある。
「あの時は慌ただしく、とてもゆっくりと話せる状況ではありませんでした。今日を含めての五日間、滞在出来ると聞き及んでおります。わたくしの部屋にもご自由にお越し下さいませ」
トロシーネの挨拶が終わると、侍従長から別荘内設備の一通りの説明が行われた。そして各人に個室が割り当てられる。
自然と一つの部屋に集まって想い出話に花を咲かせたりするが、多人数だと話しにくいこともあった。
トロシーネと数人の従者を除けば、別荘にいるのはトリノ家の侍従達である。ルノーについては秘密にしなければならず、無闇に会話するのははばかれた。
一同が集まる晩餐の席でクロードは食べるふりをした。ほとんどをリチャードに食べてもらう。
機会を見てクロード、そしてトロシーネに単独で声をかける冒険者達であった。
●シュネーの考え
「あの時は嬉しかった。冒険者にならないかっていってくれたこと」
クロードとシュネーは庭の樹木にもたれて夏の景色を眺めていた。青空には白雲が浮かび、日差しはとても強い。
「あれは」
「わかってます。わたしはバンパネーラ。人に似た姿をしていますので依頼を出すぐらいは何とかなります。でも、冒険者になれるかはまた別の話」
蝉の鳴き声が響く中、クロードは目を細めた。
「‥‥どうしようかと迷っているんです。バンパネーラの隠れ里を出て、長く人の世界に関わってきました。ルノーとの戦いの中で、あらためてバンパネーラへの迫害を感じたんです。わたしが人の世界にいるのはおかしいのではと思えてきて」
項垂れるクロードをシュネーが見つめる。
「そうね、貴方が悩むのもわかるわ。人である私達とは違い過ぎる。けど、無神経な事を一つだけ言わせて。差別や軋轢の全くない人なんていないわ」
シュネーは側で眠るグリフォンの背中を撫でた。
「ティアはハーフエルフで依頼の時もいつもそれを気にしてる。それに冒険者だって危険と隣り合わせの集団だしね。貴族も差別はないけれど不自由はある。貴方はそれが他の人達より少し大きいだけ」
「ですが‥‥」
「アーミルを不幸にしたのは貴方じゃなくてルノーよ。それでもと考えるなら一人で生きる事を選んでもいい。無理強いはしないわ。どんな道にも正解はなければ間違いもない。貴方がそれを間違いじゃないと思えれば胸を張って生きていい筈よ」
シュネーとクロードは夏の空の下、しばらく会話を続けるのだった。
●リチャードの勧め
「俺はこの依頼の後で旅にでようかと思っている。忘れないでといったのはそういう意味なんだよ。旅は自分を見つめ直すにはとてもいいものだからな」
リチャードとクロードは厩舎で馬の世話をしていた。
「旅ですか。故郷を出た時のわたしもそんな感じでした」
「クロードにとってパリはどんな街なのかな?」
「ルノーを捜してパリにやって来たんです。実際にはいませんでしたけど。一番は冒険者に会えた街です。依頼という形ではありましたが、知り合えてとてもよかった」
「俺にとってもそうさ。ところでバンパイアというのはノーブルのさらに上の存在もいるとか耳にしたよ。少々心配でね。ルノーが倒されたのを知ったのなら動きださないものかとね」
「ルノーを調べる過程でわたしも聞きましたが本当はどうなのでしょう?」
「俺も旅に出たら気をつけて聞いてみるが、もしクロードも旅に出たのなら気にしておいた方がいいと思う」
「わかりました。旅もいいかも知れませんね」
リチャードとクロードは仲間の馬も含めて綺麗に磨き上げるのであった。
●ジュエルの竪琴
クロードはジュエルと一緒に庭で夕涼みをしていた。
聞き役に徹したジュエルはクロードの言葉に耳を傾ける。
人が好きだからこそ、クロードはバンパネーラの世界から飛びだして関わってきた。しかしルノーによって引き起こされた惨事はクロードに大きな疑問を投げかけている。
意見をクロードに訊ねられると、ジュエルはよく考えてから答えた。
「知らない者同士はどうしてもケンカになりやすいもんや。お互いの齟齬や偏見って奴やな。まずはウチら以外の冒険者ともっと話してみたらどうやろか? 冒険者は偏見、少ないように感じるで。不幸になった人もぎょうさんおったけど、クロードのせいやないし」
クロードが『ありがとう』といいながら頷くと、ジュエルの目の前を小さな光が通り過ぎる。
「蛍ですね。近くにセーヌの支流でもあるのかな」
クロードがやさしく掌をかざして蛍を乗せた。いつの間にかたくさんの蛍が周囲を舞っていた。
ジュエルはクロードの心が癒されるようにとシフールの竪琴を奏でるのであった。
●クレリック クリミナとリスティア
別荘には小さいながら礼拝所が建てられていた。
早朝、クリミナとリスティアは祈りを捧げる。セレストはトロシーネとの大切な話しがあってこの場にいなかった。
祈りの時間が終わって二人は立ち上がる。その時、足音が聞こえてきた。
クリミナが振り向くとそこにはクロードの姿があった。
「クロード‥‥」
リスティアが一度合わせた視線をクロードから逸らす。
「わたくしは後でお話させて頂きます。外でお待ちしていますわ」
クリミナが礼拝所から立ち去り、クロードとリスティアの二人になった。
「わたしはこのまま人の世界にいてよいものか悩んでいます。みなさんからいろいろとお話を聞かせてもらっているのですが、まだ結論は出てなくて‥‥」
「私ハーフエルフだから‥クロードが人の世界に混じって生きていくのに迷うのも判るよ。私はこの世界だから皆と会えた。いい事ばかりだったなんて言えはしないけど‥今までがあったから私はここにいる。だからこれからもこの世界を歩んでいくつもり」
「ティアさんはお強いです。なのにわたしときたら‥‥。悪いのはルノーだとわかっているんです。でも頭のどこかにこびりついてしまって。バンパネーラの『バリオ』に戻るべきか悩んでしまうんです」
「私はクロードが『クロード』なのがいいな。友達になったんだから、この世界‥人の世界に居て欲しいな。ごめんね、決めるのはクロードだものね」
リスティアはクロードに背中を向ける。
クロードは礼拝所から消えるリスティアを目で追った後でジーザスの像を見上げた。
「そういえばペルペ教がジーザス様の像の顔をルノーに変えていましたね。なんと罪深い事か」
クリミナが礼拝所に戻るとクロードに話しかける。
「今も思いだすのですか? アーミル様の事を」
クリミナの言葉にクロードが頷いた。
「恋心というものは時にどうしようもないものですわ。それこそ親兄弟、親戚一同、信仰する神すら振り切るだけの狂気にも似た感情。クロードの正体をアーミル様が知っていたとしても、きっと諦めずに追いかけたことでしょう」
「それはわたしのせいだと?」
「そうではありません。ただ、今後生きていく上で、あなたはまた他の女性にその感情をぶつけられる可能性があります。それを避ける方策は必要です」
クロードは返す言葉が見つからない。
「神に己の全てを捧げるもよし、御家繁栄の為だけに妻を娶るのもよしです。悔いの残らない選択を」
クリミナはジーザス像に祈りを捧げてから立ち去った。
●セレストの説得
「ペルペ教徒の残党に関しては領内で一掃されたはずです。わずかに残っていたとしてもルノーのいない今、何も出来ないはず」
トロシーネの部屋でセレストは会話を交わしていた。
セレストの質問にトロシーネが答えてゆく。パルネ領内のペルペテュエル教団は壊滅したと考えてよいらしい。
シリディアについては領主館での戦いが起きた時、ルノーによって殺された事にされていた。今ではシリディアの存在を知る者は領主館に五人のみである。
「貴女が生きている間はよいとして、その後の妹君はどうなさるおつもり?」
セレストはシリディアの行く末を憂慮していた。
ルノーに対する共闘をする際、クロード側は二つの約束をトロシーネと交わしていた。一つが事件を王宮には伝えない事。もう一つがシリディアに絶対手を出さない事だ。
今一度のトロシーネの説得をセレストは試みる。だが、トロシーネは首を縦には振らなかった。
気分を変える為に二人で庭を散歩をした。するとたくさんの実をつけたリンゴの木に辿り着く。
パリから遠い地にあるパルネ領はリンゴの産地として有名である。トロシーネは領地の事を思いだした。
「彼女の想い出、お聞きしたいわ。今なら話して下さるでしょう?」
セレストの願いに応えてトロシーネが想い出を語った。両親が亡くなった後、二人でノルマン王国復興に尽力したのだという。
幼い頃の想い出もたくさんあった。トロシーネの頬に涙がこぼれ落ちる。
「今のパルネは妹さんの犠牲あってのものね。でも妹さんの存在は次第に、次代領主とその家族の負担となり、はけ口はいつか領民に向けられるわ」
「スレイブとなった今でも、シリディアは妹。それだけは譲れません。そしてこの手にかける、かけさせる真似も許しません。愚かだと笑うがいいでしょう。でもすべてを敵に回してもそれだけは‥‥」
トロシーネは地面に膝をつき、震える両手で上半身を支えた。その姿にトロシーネ自身がどうすればよいのかわかっているとセレストは感じ取る。
「宜しければ、苗を一本贈らせて頂戴。サクランボの樹の苗なの。リンゴの樹木が多いパルネ領ならとても目立つはず。領主館がルノーに襲われた時に亡くなった事にされているのでしょう? シリディアの名が忘れ去られるのはあたしも耐えられないわ」
セレストは遠回しに願った。トロシーネがシリディアの生きた証として植えてくれると信じて苗を贈るのであった。
●そして
五日間はあっという間に過ぎ去る。
リスティアも機会をみてトロシーネにシリディアの今後を訊ねたが、決意が固いのを知るに留まった。
帰りにはトロシーネからささやかな贈り物が一行に手渡された。
「故郷に少し戻ってみようかと思って。あ、そんな顔しないで下さい! 必ずパリに戻って来ますから。旅の間、みなさんの言葉を噛みしめて考えてみます」
帰りの馬車の中、クロードは今後どうするつもりかを冒険者達に話した。バンパネーラの故郷がどこにあるかは内緒である。
パリに到着するとクロードは冒険者一人一人と握手をする。
「酒場で仕入れてくれた情報、とても助かりました。その他にもたくさん――」
「クロード、がんばってや」
ジュエルは最後の一曲を奏でてくれた。
「リチャードさんの旅の目的はなんなのでしょう?」
「剣を抜く何か、を求めてさ」
答えたリチャードのクレイモアが太陽光に反射して輝く。
「辛いときにかけくれた言葉、覚えています。どうかお元気で」
「これで終わったね。クロード」
リスティアの瞳は涙で溢れる。
「いろいろと支えてもらいました。心に染み入っている言葉、たくさんあります」
「さよならは言わないわ。また会いましょう」
シュネーは顔を見られないよう斜に構えた。
「いろいろな心遣い、生涯忘れません」
「good luck. クロード」
クリミナは十字架を胸の前できる。
「セレストさんの作戦がなければ、ルノーは倒せなかったはずです」
「バンパネーラの女性と早く結婚するのを願うわ」
セレストはクロードの容姿にあらためて感心する。
最後、冒険者と別れる時のクロードは笑顔であった。