●リプレイ本文
●出発
「それでは先にいって参ります」
アニエス・グラン・クリュ(eb2949)はバムハットにシャシムの小屋の位置を教えてもらうと、広げていた地図を畳んで背中のバックに収める。
場所はベリムート宅。すでにシャシム救出に向かう全員が集まっていた。
「ベリムート分隊長、ペテロをお願いしますね」
「うん。アニエスちゃん、気をつけてくれな」
アニエスは愛犬ペテロを護衛の為にベリムートへ託すとフライングブルームに跨った。フェアリー・ニュクスがアニエスの腰に下がる袋から顔を出して手を振る。
「アニエス、あなたなら大丈夫だって信じてる。でも無茶はしないでね」
ルネ・クライン(ec4004)もベリムートの隣りで祈りながら見送った。間もなくアニエスの姿は雲の彼方に消えてゆく。
「ほっほっほっ、小丹じゃ。アヤツの代わりじゃ、よろしくじゃ。それにしてもシャシムの親父さんが大変だとは」
挨拶をする小丹(eb2235)をじっとベリムートが見つめた。
「小丹さん、付け髭はどうしたの?」
ベリムートの問いに合わせてペテロも一吠えする。
「何故真っ白な付け髭をつけんのかじゃと? そりゃ暑いからじゃよ」
小丹は答えると背中を反らせて笑った。
「これを貸すのデス。動物さんに効くのデス」
「ありがとう〜。オーガ族だけじゃなくて危険な動物もいるかも知れないからね」
ラムセス・ミンス(ec4491)が特別の効果が見込めるワイナネイモンの竪琴をニコラ・ル・ヴァン(ec4540)に貸しだす。
試しにニコラが念じた上で奏でてみると、窓辺の猫メルシアとちび猫二匹が静かに耳をそばだてていた。
「シャシムの為に集まってくれてありがとうな。それでは行こうか。ボートルよ」
「そうだな。みなさん、馬車に乗ってもらえるだろうか」
バムハットがベリムートの父親をボートルと呼んだ。
冒険者達は次々と馬車に乗り込む。小丹は屋根の上で胡座をかいた。
ルネが御者を志願し、ボートル、バムハットと交代で馬車を任される。
シャシムが住む山小屋まではかなり遠く、馬車で四日もかかる位置にあった。
バムハットは先行する前のアニエスに自分の小屋へ立ち寄ってくれるように頼んでいた。留守をしている間にシャシムが訪れていて、取り越し苦労で終わるのが一番だからだ。しかし後にわかる事だがバムハットの小屋には誰も訪れていなかった。
「ベリムート坊ちゃん、今のを感じたかの?」
「うん、変だったよ。あの人」
すれ違いの馬車に乗っていた男と目が合ったベリムートに小丹が話しかける。
「見所あるのう。それは殺気じゃ」
小丹は男の正体が盗賊ではないかと判断していた。もしかすると馬車もどこからか盗んできたものなのかも知れない。
(「今は大丈夫そうね」)
御者台にいるルネは馬車内のベリムートとボートルに注意を払う。
戦いがあれば守るべきはこの二人である。バムハットは体格もいいし、斧の扱いに長けてるので戦力の一人として数えていた。
日が暮れる前に馬車一行は野営の準備を始めた。落ち枝を拾って焚き火を用意する。
「他の動物は襲ってこないのかな。様子がおかしければ注意深く見てみないとね」
ニコラはオーガ族以外の敵がいないのか想像を巡らす。
その頃、アニエスもある町の片隅で野営をしていた。
この町にシャシムを知る者はいない。もっと近くの町か集落で訊いてみようとアニエスは考える。
「誰か近づいてきたら私を起こすかスリープで眠らせてくださいね」
アニエスはニュクスに見張りを頼んで眠りにつくのだった。
●シャシム
「あれですね」
上空のアニエスがシャシムの住む山小屋を見つけたのは二日目の夕暮れであった。
小屋は山の中腹にあり、三メートル程の高さの絶壁に囲まれた上に建てられている。可動式の木製の橋があり、降ろすと絶壁の上と下を繋ぐスロープになるようだ。
絶壁の下にオーガ族の姿があるものの、上の庭部分には家畜以外何もいなかった。餌が食い散らかされて酷い状態である。
アニエスは庭へ降りて小屋の扉をノックしてみるが返事がない。
そこで予定通り、使われていない煙突に縄ハシゴをかけて小屋へと潜り込んだ。
「シャシムおじさま!」
煤にまみれながらも小屋に入ったアニエスは床に倒れているシャシムを発見する。
右足に添え木があてられている様子から骨折をしているようだ。左右の拳も酷い有様だ。
小屋の中はこれ以上ないぐらいに汚されていた。
アニエスはすぐにシャシムの介抱を始めるのであった。
●手紙
三日目の夜、馬車組の野営地にフェアリー・ニュクスが現れる。アニエスから預かったとても薄い木の皮が丸まったものを抱えて。
「俺が読むよ」
ベリムートが木の皮に書かれたとても小さな文字を読み始める。
まずはシャシムの状況が書かれてあった。
発見時は骨折して衰弱していたが、秘薬のおかげで回復傾向にある。ただし昏睡状態が続いていた。
その他に小屋の周辺に関してバムハットの情報を補完する内容も記載されている。
小屋は山の中腹の比較的平らな場所にある。他の土地よりも三メートル程の高さで切り立っていた。大体十五メートル四方の広さがあった。
下の土地ではオーガ族が徘徊し、狼の群れも確認される。オーガ族と狼の群れはシャシムの小屋を中心にした土地で縄張り争いをしているようだ。
馬車組は避けられないであろう到着時の戦いについて話し合った。
●小屋
四日目の暮れなずむ頃、もうすぐ小屋というところで馬車一行は停まる。そして小丹が斥候に向かった。
ニコラはいつオーガ族や狼の群れが来ても竪琴が奏でられるように構える。
ルネは馬車が出発できるように御者台で手綱を離さなかった。
バムハットは斧を手に周囲を警戒する。
「今はお仕事なので一緒に遊んだり出来ないデスが、帰ったら一緒に遊んだりしましょ〜」
ラムセスはベリムートの緊張をほぐすように話しかける。
「そうだな。シャシムおじさんを助けて、早くパリに早く帰ろう」
ラムセスに答える息子の姿を見て父親のボートルは頷いた。
小丹が戻ってきて状況を説明する。馬車を停めているこの辺りも決して安全な場所ではなく、早くにシャシムの小屋へ向かう必要があるという。
ニュクスには主人のアニエスの元に戻ってもらう。そうすれば馬車組が小屋の近くにまで来ているのが伝わる。
「一気に行くんじゃ。ルネ嬢ちゃん、馬車をお願いじゃ」
「きっとアニエスなら助けてくれるわね」
小丹に答えたルネが手綱をしならせる。
馬車は一気に坂道を駆け上った。
「いたデス!」
ラムセスが狼を発見し、手にしていた鞭で馬車へ近づかないように威嚇する。
「見えたわ!」
切り立った土地の上にある小屋をルネが目視した。同時にオーガ族の存在も確認された。
「任せるんじゃ!」
小丹が馬車から飛び降りる。まずはオーガ族を相手にし、鞭で転ばせてから小太刀でけりをつけてゆく。
「出来るだけ大きいのを‥‥」
ニコラはファンタズムを使って巨大な熊の幻を作り上げた。繰り返し三頭の熊の幻を登場させてオーガ族を威嚇する。
ラムセスは引き続き、鞭で狼の群れを馬車に近づかせないよう鞭を振るった。
「ベリムート、見ていてね。これが戦うという事よ」
ルネが御者台に座りながらもコアギュレイトでオーガ族の動きを食い止めて仲間を支援する。
「もう少し‥‥」
絶壁の上ではアニエスが木製の橋を降ろそうと作業していた。ボートルとベリムートは橋がうまく降りるように誘導を手伝う。
橋でスロープが出来上がると、ルネが馬車を上まで登らせた。
オーガ族と狼の群れを抑えていた冒険者達もスロープを駆け上がる。最後に小丹が上昇する橋に掴まって全員が無事に庭へ辿り着いた。
共通の敵がいなくなったオーガ族と狼の群れは再び唸り声をあげて牽制しあう。特に調べる必要もなく、これがシャシムを怪我させた原因だと誰もが直感した。
最新のシャシムの容態を知るために、全員で小屋を訪問する。
小屋の中はアニエスの頑張りによってかなり片づいていた。
「わざわざすまねーな。身体はもう大丈夫なんだが、アニエスのお嬢ちゃんが寝てろっていうんでな」
シャシムは昏酔から目を覚ましていた。骨折も治った様子である。
「シャシムの親父さん、久しぶりじゃ」
小丹に声をかけられてもシャシムは思いだせない様子だ。
「ほっほっほ、あの時はフサフサ髭じゃったから、分からんのも無理ないんじゃ」
小丹が真っ白な白髭をつけてみせると、シャシムは口を大きく開ける。
「あの皮を渡すのを手伝ってくれた!」
「そうじゃ」
シャシムは小丹との再会を大いに喜んだ。
まもなく日が暮れて夕食の時間になる。
アニエスが一生懸命に調理した羊のミルクベースのスープを頂きながら、全員でシャシムの話を聞いた。
ある日、いつものように狩りをしていると突然落石があって右足を骨折したのだという。落石は自然現象ではなく、オーガ族の仕業であった。
シャシムは右足を引きずりながらも鎚でオーガ族と戦って敗走させる。途中で鎚が折れてしまったが、小屋への道を塞いだ狼の群れを拳でなぎ倒したらしい。
なんとか小屋まで辿り着いたものの、折った足に添え木をしたところで気絶してしまう。
それから何度か目を覚ましたが、身体をうまく動かせずに小屋にある水や食料を食い散らかしてまた気絶するを繰り返したようだ。
遡ってみれば怪我をしてから二週間は経っている。よく生きていたものだとシャシムは笑うが、聞いていた者の多くは唖然としていた。
ホラ話のよう聞こえるが、最初に看た怪我の状態からすればあながち嘘ではないのをアニエスは知っていた。
食事の時間が終わり、就寝の時間となる。
ニコラとルネ、そして特別にベリムートも夜空の下で見張りを行った。たいまつをかざしてみると下には狼の姿が窺える。
「無闇に生物を傷つけることは決して誇れることじゃない。けれど、どうしてもしなきゃいけない時がある。それは‥‥大切な人を護る時だよ」
ニコラが夜空を眺めながらベリムートに語りかけ、竪琴を奏で始めた。狼の群れが遠吠えをやめて静かになる。
「自分の力を過信しないで仲間を頼る事も必要なの。それにね、守りたい人達がいると何倍もの力が出せるのよ」
ルネは離す途中でニコラと目が合って顔を真っ赤にするのだった。
●安全
五日目、救出の一行はシャシムの小屋修理と併行してオーガ族、狼の群れと戦う意志を持った。
まだまだこの山を離れるつもりはないとシャシムが断言したからだ。
ニコラが竪琴を奏でながらメロディでオーガ族と狼の群れの心を鎮めるように努力する。
頃合いをみてアニエスが断崖の上からオーラテレパスで一匹のオーガに話しかけた。結果、話し合いは決裂で終わる。残念ながら平和的解決は無理のようだ。
勝ったものが縄張りを主張出来るというのがオーガ族の基本的な考えである。狼にも試してみたが答えは同じであった。
とても原始的で野蛮な方法だが一番理に適っているともいえる。それだけ自然は厳しい世界であった。
ベリムートは冒険者の行動を見つめていた。
表面的な行動だけでなく、人であるのなら分かり合えるようにまず話し合うのが大切な事もちゃんと理解する。強者は優しくなければならない。その上での行動が求められた。
逆に弱者の立場であった時、どうしたらいいのかも知らなくてはならなかった。単独で力が強くても、集団同士で考えれば弱者の可能性もある。
相手をねじ伏せる力こそが正義であるのもまた世界の真実だ。
生き残る事こそが正しいのか、何かを助ける為に命を投げだすことが正しいのか。
この世の中には正しい事が多すぎた。
「お父ちゃん、もし俺達がオーガ族や狼だったらどうしたらいいと思う?」
ベリムートは父であるボートルに訊ねる。
「お父ちゃんはどんな事をしても、例え死んでも、絶対にベリムートが生き残れるように守るぞ」
矛盾を内包しながらボートルが息子に語った言葉もまた真実であった。
●そして
「いいのか? もらっちゃってよ。ありがとうな」
「前から渡したかったのです」
アニエスからもらった熊爪のお守りをシャシムはさっそく首からぶら下げる。
「いくら強くても病み上がりでは大変じゃ。当分この付近は安全じゃ」
「あんた強ぇな。俺とは違う意味でよ」
小丹とシャシムは同時に大声で笑った。
「どうしてもの時は、この先も笑い合えるならば、逃げることも大切だと思うんだ」
「逃げてなんとかなるなら今度はそうする。助けてくれてありがとな」
シャシムは演奏で心穏やかにしてくれたニコラに感謝する。
「無理はしないほうがいいのデス」
「懲りた懲りた。狩りは生きる為だからやめられんが、手負いにはしないように注意しとくぞ。坊主、ありがとな」
自分の背と同じくらいのラムセスの頭をシャシムは撫でた。
「お気をつけてね。バムハットさんがしばらくいるようだから大丈夫よね」
「もう大丈夫っていったんだがな。お嬢ちゃんもありがとな。みんなの治療までしてくれてよう」
ルネがいう通り、バムハットはシャシムの小屋に残る事となった。しばらくシャシムの様子を確認してから自分の小屋に帰るという。シャシムも荷馬車を持っているので帰りに問題はなかった。
シャシムが謝礼のお金とオーガ族を倒して手に入れたレミエラを冒険者達に贈る。レミエラは後で冒険者ギルドで有用なものと交換された。
「元気になったら、また皮を持ってパリに行くつもりだからよろしくな!」
シャシムとバムハットは見送られて、馬車はパリへの帰路を駆けていった。
十一日目の暮れなずむ頃、馬車はパリに到着する。
家に帰るやいなや、ベリムートは心配していた母親に抱きしめられた。
「ニコラ、お誕生日おめでとう」
「覚えていてくれたんですね」
ルネに笑顔で祝福されたニコラの誕生日は三日前の七月二十二日である。
急遽ベリムートの家でニコラの誕生日会が開かれた。
ちびブラ団の三人も駆けつけて最後に賑やかで楽しい時間を過ごした冒険者達であった。