●リプレイ本文
●水辺
まだまだ眩しい八月後半の太陽。
ボート漕ぎの一行はセーヌの畔に集まっていた。
「別に決まりは特にないのです☆ わたしはダイエットをしますけど、同じようにしてもいいし、ゆっくりとボート漕ぎを楽しんでもいいのです♪」
シーナと一緒に全員でボートの所まで歩く。商人は一度借りたら夕方までは自由に使ってもよいといっていた。全部で十人いるので二人乗りのボートを五艘貸してもらう。
「ちょっといいでしょか? シーナさん」
ラテリカ・ラートベル(ea1641)はボートへ乗る前にシーナを木陰へ連れだす。そしてファンタズムを使い、シーナに幻を見せた。
「うううっ‥‥」
シーナは唸り声しか出せない。目前に現れたのはキュキュッと引き締まったダイエット成功シーナと、ブヨヨンの失敗シーナだ。
誇張ではなく、ゾフィーと相談した上での想像である。ゾフィーを信頼しているシーナには反論の余地はなかった。
「シーナさん、頑張って下さいです!」
ラテリカは握り拳を胸の前で作ってシーナを応援する。
「わかったのです。ぜっ〜たい、きゅっとしまったボディを手にいるのです!」
シーナは決意を新たにした。
シーナとラテリカは仲間の元に戻り、気に入った相手とボートに乗るのであった。
「シーナさん。一緒にがんばりましょうね♪」
「お肉の友と一緒なら頼もしいのです。開始なのです!」
鳳双樹(eb8121)とシーナは一緒のボートに乗り、四本のオールを同時に動かす。船底で踏ん張って全身を折り曲げるようにして漕ぎ続けた。
双樹はダイエットの必要を感じていなかったが、シーナの意気込みを知ってのお手伝いである。
「けっ‥‥結構効くのですね」
「ほ、本当に」
最初のボート漕ぎは十分で終了する。わずかな時間でバテバテだ。
「あれ?」
シーナは川面を泳ぐ鴨のがっちゃんを目で追う。クチバシにくわえた川魚をボートへ放り込み、また離れてゆくがっちゃんであった。
「オーラテレパスでお願いしておいたんです。お魚を獲って来てって」
肩の上にフェアリーの雲母ちゃんを乗せた双樹が種明かしをする。
「がっちゃん、賢いのです〜。これ塩焼きにしたらとっても‥‥」
シーナはいいかけて口を塞いだ。そして頭を抱えて悩んで一分。
「ダイエット中でも食べないのはいけないのです。適度に食べないとね☆」
「ええ♪ 大事なのは良く食べてよく運動すること、ですよね」
シーナの答えに双樹はやさしく同意した。
二人は休憩をしてはボート漕ぎを繰り返す。やがては休まずに漕ぎ続けられるようになるのだった。
「減量‥減量です‥‥」
ボートに乗ったセシル・ディフィール(ea2113)はただひたすらにオールで漕いでいた。目の間にはエフェリア・シドリ(ec1862)が膝に子猫を乗せて座っている。
シーナと同じようにダイエットの必要性を感じていたセシルは必死である。ボートへ乗る前にシーナとダイエットの成功を誓い合ったセシルだ。
「然しこれ‥辛いですね‥‥。体力‥限界‥‥もう‥無理、です‥」
すぐにセシルは動かなくなる。一人で漕いでいただけあって三分での撃沈であった。
「ディフィールさんは休んでいてください」
エフェリアは釣り竿を握り、川面に糸を垂らす。しかし釣れなかった。
「ふう‥‥、いい風。よし!」
セシルが復活し、再びボートを漕ぎだす。
「鳥さんがいるところにお魚がいると聞いたのです」
「わかりました。今度休憩する場所はそういうところで!!」
エフェリアに答えながらセシルは屈伸してオールを動かす。
ボートは五分程で川の流れに身を任せるようになった。今度は鳥が近くにいる場所でエフェリアは二匹を釣り上げる。
たまにセシルも一緒に釣りをする。エフェリアも見よう見まねで漕いでみた。そんな事を繰り返しながらセシルとエフェリアの時間は過ぎていった。
猛烈な勢いで水飛沫を上げているボートがあった。
アーシャ・イクティノス(eb6702)とラテリカが乗るボートである。
「私の腕力は川の流れに負けませんよ!」
川幅が他より狭くて流れが速い個所を選び、上流に向かってアーシャは漕ぎ続ける。
つば広の帽子にリボンをつけて顎で結んだラテリカは笑顔で眺めていた。ラテリカ自身も漕いでみるつもりだが、アーシャのような訓練をするつもりはない。
やがて急流を抜けて川面は穏やかになる。
途中で見かけたエフェリアも釣りをしていたのでラテリカは釣りを始めた。アーシャもしばしの休憩の後、道具を取りだして釣り糸を垂れる。
「お、さ、かーな、さん♪」
ラテリカが一匹、二匹を釣り上げる。
「ようし、私も!」
アーシャも張り切って餌を付けなおす。
残念ながらこの日のアーシャにかかる川魚は一匹もいなかった。それゆえに、残りの日々で大物を釣り上げようと燃え上がるアーシャであった。
「こうゆっくりできるのも久しぶりだな」
セイル・ファースト(eb8642)がオールを漕ぎ、しとやかに座るリリー・ストーム(ea9927)のボートはセーヌ川を漂っていた。
まれに帆船が横切るが、滅多にある事ではなかった。
「あ、今お魚が跳ねましたわ。あなた〜見て見て」
「どこだ?」
「あそ‥こ‥‥に‥‥‥‥。うっぷ」
「お、おい!」
リリーが顔を伏せて、セイルが背中をさする。どうやら船酔いである。
すっかり自分が船の揺れに弱い事を忘れていたリリーであった。以前にも帆船の上で似たような経験をしている。
「ダイエットの必要は無いですのに、このままだと痩せそうですわ‥‥」
胃の中が空になるとリリーは持ち直す。セイルから船乗りのお守りを借りて大事に仕舞った。
お守りの効果があったのか、慣れたのか、それからは吐く程の酔いには襲われなかった。
二人のボートは釣りやダイエットをしている仲間から離れる。木々のおかげで木漏れ日になっている川縁にボートをつけて一休みをした。
「慣れると水の上も悪くない気がしますわ♪」
「‥お。リリーちょっと来てみな」
セイルがリリーに手招きをする。中腰に立ち上がったリリーが近づくとセイルは手を引っ張って抱き留めた。
しばらくお互いの体温を感じあう二人であった。
「毎日早起きしてラードルフと遊んだり、乗馬もしているのでダイエットは考えた事ないかな?」
「シーナに見習わせたいわね。あの娘ったら、ギリギリまで何もしないんだから」
ゾフィーとリュシエンナ・シュスト(ec5115)の乗るボートはゆっくりとセーヌ川を漂う。
川面の照り返しが二人とボートに映り、縞模様が揺れる。
あまり詳しくないパリについて、リュシエンナはいくつかゾフィーに訊ねた。
さすがゾフィーである。生活で役に立ちそうな事などを的確に教えてあげた。シーナではこうはいかないだろう。
「どうぞ、召し上がってくださいね」
昼時になり、リュシエンナが作ったお弁当をみんなで頂いた。
「こんなに‥‥とってもお腹が空いているのてす」
バスケットの中から現れたの料理にシーナは喉を鳴らした。
茸、胡桃、柑橘類の皮を混ぜたケーキ。蒸し鶏と野菜のパン挟み。茸と香草のオムレツや甘辛ソース付き鶏肉団子。エトセトラ。
「リュシエンナさんは、絶対、よいお嫁さんになれるのです〜」
シーナは頬を膨らませながらリュシエンナに感謝する。
昼食の場では何匹か釣れたり獲れた川魚が話題になった。リュシエンナも釣り竿を持ってきたのを思いだし、ボートから釣りをしてみようと考える。
昼食の時間が終わり、再びボートへ乗り込んだ一行であった。
●野外料理
夕方になり、たくさんの川魚が集まった。
焼いて食べる為に、焚き火用の流木が集められる。流木といっても川岸に打ち上げられて乾燥しているので火の点きには問題はない。
その間にシーナはリュシエンナ、エフェリアと一緒に買い物に出かける。買った食材はエフェリアがドンキーさんと呼ぶロバに載せて運ばれた。
川魚は内臓を取り、塩が振りかけられて枝に刺される。焚き火から遠火で炙られて焼き魚となった。
買っていた食材をみんなで調理してゆく。野菜を刻んで酢で味付けをしたり、小麦を錬って簡易のパイを作ってみたりする。ラテリカのハーブティやチーズも使われる。
「う、運動したから、魚もいいですよね‥‥?」
「適度に食べないと逆に太りやすくなるわ」
シーナはゾフィーの許可を得て、川魚の塩焼きにかぶりついた。
「これがそうなのですか。かわいいですね♪」
双樹はシーナから噂に聞いたブタさんペーパーウェイトを見せてもらう。
「お肉の友にもあげたかったのですよ。それ、双樹さんのなのです☆ 持ってない人にはあげるつもりだったのです。お友だちの印なのです〜♪」
シーナは双樹に笑顔で頷いてから冒険者に一つずつ手渡してゆく。セシルとエフェリアは既に持っているのでシーナがいつも持ち歩いているシュクレ堂の焼き菓子を二袋ずつあげた。
すでに太陽は地平線の彼方に消え、星空が天を覆っていた。食事が終わってもしばし談笑は続く。
「ゾフィーさんは普段から何か健康に気を使っているのですか?」
アーシャが訊ねるとゾフィーは何故か顔を赤くする。
代わりにシーナが答えた。最近、ゾフィーはパリでも馬を飼い始めて乗馬をしているらしい。そもそも恋人のレウリーに褒めてもらう為に始めたのが乗馬であった。
「ゾフィーったらお熱いのね」
リリーが意味深に微笑んだ。
エフェリアは今日の出来事を絵として描いておく。ボートの上で試してみたが、絵はとても描きにくかったからだ。
リュシエンナは天を見上げた。星空にも変化が現れ、もうすぐ秋の星々の出番である。
セイルがリュートを奏で、ラテリカが詩を唄い上げる。
焚き火越しにシーナを眺めるリリーの瞳は何かを企んでいた。
●大物
二日目以降もセーヌの畔に集まってはボートで川遊びを行う。
シーナとゾフィーも予定した五日間は仕事があっても夜勤であった。さすがに夜遅くまで仕事をした翌日は昼からみんなとボート遊びを楽しんだ。
四日目の昼頃、アーシャは握る釣り竿にこれまでにない手応えを感じ取る。
「ん!? かかったみたいですよ?」
激しく動き回る糸に合わせてアーシャは竿を動かした。長い格闘の末、水面まで引き寄せた所で両手で抱えるように魚を引き揚げる。
「ラテリカさん、パス! ‥‥あらら〜〜」
「ふぎゅっ!」
アーシャが放り投げた魚はあまりに大きくてラテリカを押しつぶす。ボートの上で立ってしまったアーシャはバランスを崩し、真っ逆さまにセーヌ川に落っこちた。
「いやぁぁ〜、服着たままでは泳ぎづらいのです〜」
少しは泳げるアーシャだが、突然の事と重くなった服で自由がきかない。
「だ、誰かーっ!」
ラテリカは叫んだが、果たしてそれが溺れかけていたアーシャの為か、魚に押し潰されている自分の為かは定かではなかった。
「静かね‥」
リリーは離れたボートの上でセイルの肩に頭を預ける。アーシャが落ちた水音ははっきりと聞こえていたのだが。
「声が聞こえるのです」
「本当、どこかしら?」
エフェリアとセシルがアーシャとラテリカの声に気が気づく。セシルはボートを漕いで近づき、エフェリアは出来るだけ服を脱いで身軽になる。
エフェリアは川に飛び込んでアーシャをボートの縁に掴まらせた。
「良かったですよう。重たかったですようー。お魚さんがヌルヌルでザラザラでビチビチだったのですー」
両手を顔にあてながらラテリカはボートの上で泣きじゃくる。
岸に戻ってあらためて確認してみると、魚は一メートルの大物であった。
「すごいです。私なんか、ほら」
リュシエンナはアーシャに壊れた桶を見せる。魚を釣るつもりで引っかけたガラクタがゾフィーが降りようとするボートで山になっていた。
その日の夕方はアーシャが釣り上げた魚をメインの料理にしてみんなで頂いた。アーシャは浴衣である。
「あーん♪」
リリーは魚入りパイを自分の手で食べさせようとするが、セイルは恥ずかしがってしまう。
「おいひい☆」
シーナは何も気にせず、リリーとアーシャの間に挟まれながら美味しく魚料理を口に運ぶのであった。
●謎の人物
五日目の暮れなずむ頃、双樹はセーヌの畔で鴨のがっちゃんと魚を獲っていた。
シーナは疲れたのかちょうどよい岩の上で寝転がる。最終日だというので張り切ってボートを漕ぎすぎたのだ。
「飲むかい?」
「‥‥あ、ありがとうなのです」
通りすがりの男がシーナに皮の水筒を差しだした。喉が渇いていたシーナは迷った末に頂く事にする。
しばしの間、二人は会話した。
「私はアモル‥‥君の名は?」
「シーナです〜。う〜ん、どこかで見たようなそうでないような‥‥。でも名前は初めてだし‥‥」
シーナは腕を組んで悩む。よく知った人物のようだが思いだせなかった。
「古い手だね。でも嬉しいよ。君のような可憐で美しい女性にそんな事をいわれるなんて」
「そ、そういう意味ではないのですよ〜〜」
シーナは顔を真っ赤にして反論するが、アモルはさわやかに笑うだけだった。
「また会えると嬉しいな」
そう言い残して、アモルは立ち去った。
「シーナさん、どうしたんですか?」
魚が一杯入ったカゴを手に双樹が声をかける。シーナはハッと我に返った。
「いや、今さっき、アモルさんって人が水をくれたのですよ」
シーナは先程までの状況を話した。
「あ! しまったのです。返し損ねてしまったのです‥‥」
シーナの手には皮の水筒が握られたままだった。
最後の野外夕食の時間。
魚の扱いもうまくなり、野外料理とは思えない品揃えがテーブル代わりの岩の上に並んだ。
「そんな方がいたんですね」
「そうなんです〜。女性のように美しい男の人だったのですよ〜。もう一度会いたいのですけど――」
リュシエンナとシーナは、食事の席でアモルについて長く話し込んでいた。
二人の会話を聞いていたリリーはフォークを地面に落としてしまう。そして額に浮いた脂汗を慌てて拭った。
(「何とかしませんと‥‥」)
アモルの正体は魅惑のスーツと禁断の指輪を使ってリリーが化けたものである。男性の目を気にするようになれば、シーナもダイエットを継続的に行うだろうと考えたのだ。しかし、少々薬が効きすぎたとリリーは受け取る。
セシルはペットに魚をお裾分けしながら、誰にも見られないように自分の腰を触った。続いて笑顔で小さくガッツポーズをする。
楽しい時間は過ぎ去り、別れの時間となる。
寒くなるまでは、たまにボートを借りてダイエットを続けると宣言したシーナであった。