●リプレイ本文
●出発
「そろそろ出発しようかのぅ」
「必要な物はこれで揃ったでしょう」
ガラフ・グゥー(ec4061)とリンデンバウム・カイル・ウィーネ(ec5210)はパリの市場にいた。
交渉上手のリンデンバウムのおかげで、より多くの品を手に入れる事が出来てガラフはとても満足げだ。
蜂蜜や柑橘類、酢などを手に入れたのは、樽作りの現場がとても暑いと依頼書に書かれてあったからである。
リンデンバウムも様々なハーブを手に入れていた。ガラフと同じように職人達へハーブティーを振る舞うつもりでいたからだ。
「ちゃんと留守番していたよ☆」
二人が市場の片隅にある空き地に戻ると、エラテリス・エトリゾーレ(ec4441)が空飛ぶ絨毯の上で正座をしている。
近くにはワイン問屋の主人の姿もあった。依頼を直接出したのは問屋の主人であり、また空飛ぶ絨毯を貸してくれた人物でもある。
「良い樽をより多く卸して貰えた方が、質の良いワインの流通確保がし易い事でしょう。そこでなのですが――」
リンデンバウムは問屋の主人に昨今の樽の需要についてを訊ねた。
問屋の主人によれば、一部のワイン農家では樽が足りなくて困っているという。本来なら洩れの心配がない用途に転用する樽も、騙し騙し使おうとしているらしい。
「ま、待って〜〜!」
しばらくして雑踏の中から声が聞こえ、全員が振り向く。
フリ・フル(ec5494)が息を切らせて走ってきた。急いで馬を棲家に置いてきたのだ。
今回は時間がない為に空飛ぶ絨毯が用意されていた。犬などの大きさのペットならなんとか一緒に連れていけるが、馬となるとさすがに無理である。
「ぼ、僕に任せて!」
フリが呼吸を整えると空飛ぶ絨毯を発動させる。乗馬で鍛えた操作技術は他の者より少しだけだが秀でていた。ここで名誉挽回である。
問屋の主人に見送られて、冒険者達を乗せた空飛ぶ絨毯はパリ上空に舞い上がる。目的地を目指して速度を上げてゆく。
「ボクはワインってあんまり飲まないんだけどおいしいものには欠かせないものだよね?」
「そのまま呑むだけでなく、様々な料理にも使われるのがワインです。とても大切ですね」
簡潔に答えてくれたリンデンバウムにエラテリスがニコリと頷いた。
絨毯は次第に最高速に達し、会話が出来る状況ではなくなる。再発動の際に少々の休憩を入れて冒険者一行は先を急いだ。
空飛ぶ絨毯には往路用の保存食が常備されていた。途中で簡単に食事を済ませる。
太陽が沈み、夜が訪れる。
「このまま、まっすぐじゃな」
ガラフはエラテリスが作りだした光の球を持ち、地上間近を飛翔して、目的地への方向を確認してくれた。
一日目の深夜、空飛ぶ絨毯に乗った冒険者一行は森の作業小屋へと到着する。さすがに樽作りの作業は終わり、職人達も眠りに就いていた。
本来の依頼主であるゲノワが冒険者一行を出迎えてくれる。空いている小屋が提供され、明日に備えてすぐに休んだ冒険者達であった。
●仕事
「とっても暑いんだね」
二日目、作業小屋に入ったばかりのエラテリスは呟く。他の仲間も同様である。すでに汗を額に滲ませている者もいた。
「駆け足ですまんが、ざっと作業を説明するぞ。その上でどれを手伝いたいか、いってくれ」
職人の親方であるゲノワは冒険者四人に樽作りの流れを説明した。
樽の主な材料は乾燥されたオークの木である。長めに輪切りにし、縦に四等分にした上で板にする。ここでさらに年単位の乾燥が行われるという。
職人達は樽へと加工する作業に没頭していて、これらの下準備には手が回っていない。すぐに使わないとしても、これまでに用意した木材はかなりの勢いで消費している。将来を見越して作業をしておかなければ、いずれ立ち行かなくなる。
本当の意味での下準備の大切さを、この時は誰も気づいていなかった。
乾燥が終わった側板は長さが揃えられて側面中央が膨らむように曲線へと削られてゆく。続いて側板は少しの間を開けた二つの仮輪に沿って円形に並べられて大雑把な円筒状になる。
大雑把な円筒の片側は側板が曲線なだけあって隙間だらけだ。それを曲げるのに必要なのが熱であった。
立てられた円筒状の地面中央でチップ状の薪を焚いて内部を熱する。頃合いを見て周囲から水をかけて側板を蒸し上げる。柔らかくなった所をロープですぼめて仮輪で固定した。やがて出来上がるのが樽独特の曲線だ。
さらに溝を彫り、蓋となる鏡板が取り付けられ、仮輪の代わりに帯鉄の輪で締められる。途中で乾燥作業などが含まれるが大まかな流れはこのようである。
樽作り以外で手が足りないところは、外部への連絡作業、滞っている家事、待っているワイン農家への対応だ。
エラテリスとフリは丸太などの木材を伐る作業を志願する。
ガラフは外部への連絡を主に行うという。
リンデンバウムは部材の点検を含める帳簿のサポートをするつもりである。ワイン農家への対応も含まれた。
さっそく張り切って手伝い始めた冒険者達であった。
●木との格闘
エラテリスは持ってきたボロ布を水入りの桶に浸しておいた。
濡れた布を身体へ当てれば少しは涼しくなる。休憩の時にでも職人達に使ってもらおうと考えたエラテリスであった。
エラテリスとフリは長い鋸を担いで庭へと出る。まずは丸太を輪切りにする作業である。
「木陰だけど暑いね」
鋸を動かすエラテリスの袖は少しでも涼しくなるように捲られていた。怪我をしないように手袋はしていたが、長靴を履いている余裕はない。
近くの木の枝には水で濡らしたたくさんのボロ布をかけておいた。風が吹くと周囲が涼しくなるからだ。
「僕も男の子なんだ。頑張って働くぞ!」
フリもエラテリスの動きに合わせて懸命に鋸を動かした。だが次第に動きが鈍ってくる。慣れない作業で手にはマメが出来てしまう。
それでも我慢をして作業を続けるが、丸太を輪切りにする作業を終えたところでギブアップである。
「あうぅ‥‥いたい。このまま続けられないし、何か手伝えないか小屋の方にいってくる」
「ゲノワさんが教えてくれるみたいだし、板にする作業は任せてね☆」
作業小屋へと向かうフリにエラテリスが手を振った。
ここでならと張り切るフリだが、立て続けに失敗をする。燃やす薪を入れすぎて作りかけの樽を燃やしそうになったり、髪に火が点いて大わらわだ。
「うぅ‥‥。僕は男の子なのに‥‥」
結局、フリは洗濯などの家事仕事に納まる。それでも職人達がうまく働けるようにと頑張った。
エラテリスは丸太を固定台に載せて縦に四分割する作業を続けた。これからさらに削られるので大まかでも構わなかった。
●残暑
「これが負担を減らす一助にでもなれば良いのじゃがのぅ」
「少しでも快適に作業をしてもらいましょう」
ガラフとリンデンバウムは各々の仕事を始める前に、職人達用の飲み物を用意した。
ガラフが用意したのは蜂蜜と柑橘の汁か酢を入れた水である。さらにハーブが混ぜられた塩も置かれる。
リンデンバウムも水分補給がしやすいように爽やかな風味のハーブティーをガラフの水の横へ並べる。
さらに快眠を誘う為のハーブティーを寝る前に用意しておくつもりのリンデンバウムであった。
職人達は夜まで作業しているので必然的に睡眠時間は短い。それでもすぐに眠りにつければ体力回復の手助けになる。
四日目の特に暑い日、一人の職人が暑気あたりで倒れる事件が起こる。
駆けつけたエラテリスはコールドミントで倒れた職人の精神的な苦痛を和らげてあげる。さらにボロ布を使って身体を冷やしてあげた。
続いてガラフとリンデンバウムが用意した水をたくさん飲ませ、事なきを得るのだった。
●注文
「こちらの方は五樽。そちらの方は七樽――」
リンデンバウムは樽の完成を待っているワイン農家の人達にハーブティーを振る舞いながら状況を整理する。
ゲノワと弟子達は樽作りに没頭していたせいで大切な事実を見逃していた。部材を点検したリンデンバウムはそれに気がつく。
「このままのペースでは、側板と鏡板の木材ストックが無くなります。私達がいる間は大丈夫ですが、一ヶ月先には底をついてしまう」
リンデンバウムはゲノワに伝える。まだまだ乾燥させた部材が倉庫小屋にはあったのでゲノワは油断していたのだ。
考えてみれば倉庫の在庫は以前の作業速度に合わせて用意されていた。倍以上の作業を行っていれば部材が無くなるのは当然である。
帯鉄に関しては鍛冶屋に頼めばなんとかなるが、乾燥させた木材となると話は別だ。
エラテリスとフリが用意した木材は年単位で乾燥させなければならない。無理に使ってワインが洩れる樽を納品してしまったら、この先樽職人は名乗れなくなる。
「乾燥ばかりは時間をかけなければどうしようもない‥‥」
ゲノワは椅子に深くもたれた。
一ヶ月先ならばワイン樽の需要も落ち着いているはずだが、だからといって作らない訳にはいかない。樽には一年中の需要がある。
「いくつか答えてもらえるだろうか」
リンデンバウムは落ち込んでいるゲノワに問う。
「知人の樽職人が亡くなったので注文が増えたと聞きました。では、その職人の仕事場ではもう樽を作っていないのでしょうか?」
「その通りだ。弟子もすぐにいなくなってしまったと葬式に出たときに聞いたよ」
「遺族は?」
「葬式で奥さんとあった。‥‥だがそんな事を聞いてどうするのだ?」
リンデンバウムは亡くなった樽職人の仕事場に乾燥した木材が残されているかも知れないとゲノワに語った。
「いわれてみれば、その通りだが‥‥。かといって亡くなった者の上前をはねるような真似は俺には出来ないぞ」
「買い叩きはせず、真っ当な金額を遺族に支払えばいいのです。遺族もこのまま部材を腐らせるより、お金の方がいいはずです」
リンデンバウムに説得されたゲノワは木材買い取りの許可を出す。
ゲノワはどうしても作業小屋を離れる訳にはいかなかった。ゲノワの考えをリンデンバウムがまとめて手紙にしたためる。
その手紙はガラフに託されるのだった。
●手紙
「ここじゃな」
ガラフは空をひとっ飛びして、亡くなった樽職人の家を訪れる。そして老婦人にゲノワからの手紙を読んで聞かせた。
もしお役に立てるのならと老婦人は承諾してくれるが、亡くなった夫の仕事に関しては何も知らないという。
ガラフは作業小屋内を見せてもらう事にした。善し悪しの判断は出来ないものの、たくさん部材が保管されているのを確認する。
一枚の側板を預からせてもらい、ガラフは亡くなった樽職人の家を後にした。
持ち帰った側板を見せると、ゲノワは満足げに頷く。樽作りに申し分のない部材であった。
ゲノワの荷馬車で冒険者四人は亡くなった樽職人の家を訪ねた。
リンデンバウムが老婦人と具体的な金額を決めている間に、エラテリスとフリが荷馬車に部材を積み込んでゆく。
間違いがないようにガラフは荷馬車へ載せられた部材を全部数える。
リンデンバウムによって、ちゃんとした金額が老婦人に支払われる。冒険者達はゲノワの作業小屋へと急いだ。
届いた部材を見てゲノワと弟子達は喜んだ。そして亡くなった樽職人を思いながら祈りを捧げた。
滞在の殆どの日、ガラフは手紙の配達をこなしていた。
近場だと愛犬トチローと一緒に出向く。次がある時は配達をトチローに任せられるからだ。
届けた手紙の多くはワイン農家宛てであり、樽を取りに来て欲しい日のお願いである。
鍛冶職人の元へ帯鉄の注文をしに行った事もあった。
樽の作業小屋以上に暑い職場だ。ガラフは二度目に訪れた時、蜂蜜と柑橘類を少し置いてきた。
●そして
忙しい日々はあっという間に過ぎ去る。
八日目の朝、冒険者達はパリへ帰る為に空飛ぶ絨毯を庭に広げた。
帰りの間際、ゲノワからいくつかの保存食が冒険者達に贈られる。
「おかげで樽作りが進んだよ。部材の不安もなくなったし、ありがとうよ」
ゲノワと弟子達に見送られて、冒険者一行を乗せた空飛ぶ絨毯は飛び立つのだった。