壁掛けの刺繍 〜アロワイヨー〜
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■ショートシナリオ
担当:天田洋介
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:1 G 9 C
参加人数:4人
サポート参加人数:3人
冒険期間:09月01日〜09月10日
リプレイ公開日:2008年09月10日
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●オープニング
パリから北西、ヴェルナー領の北方に小さなトーマ・アロワイヨー領はあった。
トーマ・アロワイヨー領主となった青年アロワイヨーにはまつりごとの他にもう一つ悩みがある。
パリ近郊の森の集落で出会った娘ミラのことである。
ミラは冒険者達のおかげで無事にアロワイヨー家の親戚であるバヴェット家の養女になれた。これで家柄について文句をいう者は少なくなるはずだ。
バヴェット家の屋敷はトーマ・アロワイヨー領内ではなく、別の領内にある。ミラが移り住むとアロワイヨーと離ればなれになってしまう。そこで別荘宅がトーマ・アロワイヨー領内に用意される事となった。
バヴェット夫人は昔からアロワイヨーの事を気に入っている。二人の結婚が決まるまで、当分の間別荘宅でミラと過ごすつもりのようだ。
貴婦人に求められるものはいくつかあるが、刺繍の巧みさもそのうちの一つである。
トーマ・アロワイヨー領では貴族の令嬢達が刺繍を披露する会が聖夜祭の前に毎年催される。
去年は困窮の状況で中止になったが、今年は開かれる予定であり、ミラにも招待状が届けられていた。それは同時に自らが刺した刺繍を用意しなければならない意味が含まれる。
刺繍と一口にいっても様々だが、披露されるものは暗黙の了解で決まっている。絵のように刺繍が施された壁掛けである。
ミラも手を尽くして道具や織物を揃えたものの、一向に作業は進んでいなかった。
「どうしましょうかねぇ」
「とても困ってしまって」
別荘宅広間でバヴェット夫人がミラの相談に乗っていた。
問題はどのような景色を刺繍で表現するかである。
これまでに披露されたものは、復興戦争当時の武勇を表現した壁掛けが多いようだ。神話がテーマになったものもあったらしい。
残念ながらミラとアロワイヨーにとって大切な森の集落の想い出も、貴族の世界では理解されるはずもない。そのような内容にすれば曲解された悪い噂が流れるだけだ。
「アロちゃんって一度も戦に出てないのよね。ま、復興戦争当時は子供だったし、領主になったばかりでしょうがないのだけど」
「わたしは戦に出かけてもらいたくは‥‥」
「気持ちはわかるけど、領民を助ける為には必要なことなのよ。話しが逸れたわ。何を刺繍で描いたらいいのか困ったわね」
「はい‥‥」
ミラとバヴェット夫人は何日にも渡って考えるが、これといってよいアイデアは浮かばなかった。
刺繍を披露する会には、マリオシテ家のチタリーナ嬢、マルピス爵の娘カネース、令嬢オリアも出席する。当然壁掛けも用意してくるだろう。
悩んだ末、バヴェット夫人は冒険者の力を借りることにした。様々な体験をしている冒険者ならよいアイデアを持っていると考えたのだ。
さっそく使者をパリに向かわせるバヴェット夫人であった。
●リプレイ本文
●出発
パリの船着き場。
ルーアン行きの帆船をシルフィリア、チサト、リンカが見送る。
三人はパリで調べた調査結果を国乃木めい(ec0669)にシフール便で伝えるつもりであった。
美術商を回って貴族が好む図柄を調べるシルフィリア。チサトは服飾店で貴族趣向の共通点を探る。リンカはチサトと行動するが、貴族と一般人の趣向の違いを目的とした。
帆船は二日目の昼頃、ルーアンに入港する。
そして出迎えの執事と一緒に馬車へ乗り換えてトーマ・アロワイヨー領を目指すのだった。
●相談
「よく来てくれたわね」
「みなさん、とても心強いです」
夕暮れ時、馬車が別荘宅に到着すると、バヴェット夫人とミラが出迎えてくれた。
執事はアロワイヨーに到着を伝えるといって馬車に乗って立ち去る。
冒険者達はさっそく居間へ移動して壁掛けの刺繍に関する詳しい説明を聞く事となる。
テーブルについた各人の前に香り高いミルクティが運ばれた。お茶を頂きながらの相談になった。
壁掛けはかなりの大きさだ。いきなりの大作は無謀なので、ミラは小さな布地に刺繍をして練習している段階だという。
一応の先生はバヴェット夫人である。
「ミラさん、一緒にお勉強しましょうね♪」
笑顔で声をかける鳳双樹(eb8121)も刺繍は得意ではない。同じくらいの腕前である自分と一緒に練習をすれば、ミラの向上心も刺激されるだろうと考える双樹であった。
「刺繍の練習をしますよ。私の中の芸術の魂が燃えるのです〜〜!」
拳をぐっと握り、天井のシャンデリアを見上げているのはアーシャ・イクティノス(eb6702)である。刺繍を披露する会にはミラのライバルがいると聞いていたので気合いが入る。
「刺繍で絵を描くのですね。私も手伝うのです」
椅子に座るエフェリア・シドリ(ec1862)は膝に子猫のスピネットを乗せていた。特に壁掛けの刺繍の基礎になる図案の下絵を手伝うつもりであった。
「刺繍は私も一緒に練習させて頂きます」
国乃木も含めて全員が刺繍の練習を望んでいる。残念ながらまだパリからの手紙は届いていなかった。
話題は肝心の壁掛けに刺繍で描く図案をどのようなものにするかに移る。冒険者達は領内へ到着する前に、大まかな方向性を考えてきた。
「題材は農作物の豊穣を願ったものは? 麦畑をメインとし、それと領内の特産物か何かをデザイン化したり――」
アーシャのアイデアを基本として仲間がいろいろと加えてゆく。
「就任初めての収穫祭の折にアロワイヨーさんが心砕いたのは、領民の食の安定と金銭の健全な流通だったと伺っております。アーシャさんのいう農作物を象徴として、領内の繁栄を祈る壁掛けの図案はとても良いと思うのです」
国乃木が頷きながらミラに語る。
「バヴェットさん、領内の特産品について教えてください」
エフェリアが質問すると、バヴェット夫人が丁寧に答えた。
トーマ・アロワイヨー領内にも多くの麦畑はある。隣領のパルネ領の方が有名であるが、林檎の収穫もかなりのものだ。他にはエンドウ豆が多く栽培されている。
戦いのせいでかなり落ち込んだが、牧畜によるバターやチーズなどの乳製品の質はとてもよい。
「ミラさん、少し領内を観て回りませんか? よい風景が見つかるかも知れませんよ」
「とてもいいですね。バヴェット夫人、どうでしょう?」
双樹の提案にミラがすぐさま賛成する。
危険を考えて徒歩ではなく馬車での移動になるが、バヴェット夫人の許可も下りる。双樹がミラを外に連れだそうとしたのにはもう一つの理由があった。
細かい内容は明日の風景探しの後に決められる事となる。
別荘宅には冒険者一人一人に個室が用意されていた。ゆっくりと休んで明日からの手伝いに備える冒険者達であった。
●景色
三日目、ミラとバヴェット夫人、冒険者四人は馬車に揺られて領内を駆けた。アロワイヨーが用意してくれた護衛の騎士三名も一緒である。
麦はすでに刈り取られ、畑には干された藁が残るだけだ。それでも黄金色のイメージは脳裏に浮かびやすい。
林檎は今が収穫時期である。農家の人々が真っ赤に熟れた林檎をもぎってはカゴへと入れてゆく。
エンドウ豆はかなり以前に収穫されて人々の食欲を満たしている。
遠くの放牧場で牛や羊が啼く声を聞きながら弁当を頂いた。
「この香り、アロワイヨーさんに似合うとは思いませんか?」
帰り道、立ち寄ったお店で双樹はミラの目の前でパリ製の香水を手に取る。
アロワイヨーが領主になって一年だとエフェリアがいっていた。それを祝してプレゼントをしたらどうかとミラに勧めたのである。
「このレースがついたのがかわいい〜。これにしよ♪」
「このシンプルな感じが、昔っぽいのです。私はこれです。スーさんもそういっています」
「アロワイヨーさんにあげるのですから、男の方が好きそうなこちらとか」
洋裁の店に立ち寄ったアーシャ、国乃木、エフェリアが刺繍をする為のハンカチーフを選ぶ。すぐに双樹とミラも洋裁の店を訪れて必要な品を買い込んだ。
代金はミラ持ちである。
バヴェット夫人は店先で売られている肉料理の匂いにつられていたが、護衛の騎士の目を気にして買うのは止めておく。
別荘宅に戻るとさっそく図案作りの開始である。パリからの手紙も届いて参考にされる。
まずは技量は別にして各人が頭の中のイメージを羊皮紙の上に絵で表す。それらを並べて、みんなで検討した。
麦畑のイメージを表現すべきという意見が多かった。
たくさんの麦の穂が風にそよぎ、空には太陽が輝く。飾りとしてエンドウ豆の枝と蔓をデザイン化したもので取り囲む。
加えてバヴェット家の紋章が入れられる事となる。親戚だけあってアロワイヨー家の紋章と近いデザインであった。
みんなの意見を採り入れて、エフェリアが美麗の絵筆で図案を仕上げた。動かないようにパリ受付嬢シーナからもらったブタさんペーパーウェイトを重しにしながら。
下絵作りは深夜まで続いたが、やがて満足な図案が出来上がるのだった。
●刺繍
四日目からはひたすら刺繍の練習時間となる。
麦畑の表現はミラにとってかなりの難易度だ。まずは一部分の習作を始める。
冒険者達が帰路につく前日の夜にはアロワイヨーが訪れる予定だ。それまでには何とか壁掛けの刺繍を完成出来る自信をつけておきたいミラであった。
ミラと冒険者達は一緒の部屋で刺繍をした。
冒険者の刺す刺繍の共通テーマは森の中の丸太小屋である。出来上がった刺繍入りハンカチーフはアロワイヨーへのプレゼントになる予定であった。
「いった〜い!」
アーシャは針を刺してしまった自分の指を口にくわえる。
ミラに自信をつけさせる為に、わざとドジを踏んだのだが少々深く刺しすぎた。涙がちょちょぎれるアーシャである。
「刺繍、難しいのです」
エフェリアも木枠に挟んだハンカチーフへ針を刺してゆくが、絵を描くようにはうまくいかない。それでも懸命に丸太小屋を表現する。
「あ、ミラさんには近づかないでね。とっても大切なことをしているの」
双樹は刺繍をする手を止めて、フェアリーの雲母と猫のとらちゃんにオーラテレパスで話しかけた。
ミラの元から引き返した雲母は双樹の頭の上に座り、とらちゃんは足にじゃれついてニャーと鳴いた。
「私も麦畑の表現に挑戦してみますね」
「悩んでいたので助かります。どうしても、うまく風が吹いているようにはならなくて」
国乃木は丸太小屋の刺繍もしていたが、ミラと同じ麦の穂の表現にも挑戦してみる。
ミラの回りに冒険者四人が集まり、どうしたらそれらしくなりそうか相談をした。
「なかなかやりますね〜。私も頑張りますからっ‥‥あいたたた」
アーシャは褒めまくり、ミラのやる気を引きだす。そして少しずつ自分の技量も上げていった。
「これが終わったら絵を仕上げるのです」
エフェリアはみんなで一緒に観た風景を絵に残そうと考えていた。丸太小屋の刺繍入りハンカチーフの他に絵もプレゼントするつもりである。
「早いものですね。アロワイヨーさんが領主になって一年なんて」
「アロちゃんなら大丈夫とは思っていたけど、それでも苦労はしたはずだわ」
双樹はバヴェット夫人に刺繍を教えてもらいながら一年前を思いだした。
アロワイヨーが訪れる日を目指して刺繍の日々は続く。同時に一周年を祝うパーティの準備も行われるのであった。
●パーティ
「これは‥‥」
七日目の夕方、アロワイヨーがバヴェット家の別荘宅を訪れる。
通された広間はとても綺麗に飾り付けられていた。
壁掛けの刺繍について相談があるとしか聞いていなかったアロワイヨーは、立ち止まって部屋の様子を眺め続ける。
「ようこそ。アロワイヨー様」
ミラがアロワイヨーをテーブルにつかせる。
エフェリアが一生懸命にリュートを奏でていた。その隣りでは子猫のスピネットが頭を左右に揺らしている。
「今日はお祝いだから、いいでしょ」
テーブルに並ぶ肉料理を見つめるアロワイヨーにバヴェット夫人が声をかけた。
「お祝いって?」
「嫌ね。アロちゃんが領主になって約一年よ。そのお祝いよ」
バヴェット夫人の種明かしの後で、全員がおめでとうとアロワイヨーに祝いの声をかけた。
「こちらを受け取ってもらえますか?」
ミラがリボンで飾った香水の瓶をアロワイヨーに手渡す。
「あの頃の気持ちをいつまでも忘れないで下さいね」
アーシャが丸太小屋の風景が描かれたハンカチーフをアロワイヨーの目の前で広げた。
双樹も、国乃木も、演奏を止めたエフェリアも自分が刺した丸太小屋の刺繍入りハンカチーフをアロワイヨーに見せる。
「ありがとう‥‥。みなさん」
涙目のアロワイヨーは冒険者からのハンカチーフ四枚を受け取る。
「綺麗な景色なのです」
エフェリアは領内の絵も一緒に渡した。アロワイヨーが膝を曲げてさらにお礼をいう。
「わたくしのプレゼントはこのお肉よ。町中で見かけたので取り寄せてみたの。料理が冷めないうちに先に頂きましょうか」
バヴェット夫人の一声で全員がテーブルについて食事をする。
「アロワイヨーさん、おめでとうございます♪」
双樹はお肉を切り分けてアロワイヨーの皿に乗せてあげる。
香水は自分がアロワイヨーに贈るつもりだったが、ミラが刺繍に忙しいのを知って心遣いをした双樹であった。
アロワイヨーの隣りの席で嬉しそうなミラの姿を見てアーシャが頷く。
食事が終わると壁掛けの図案がアロワイヨーに披露された。
城にはかなりの刺繍入り壁掛けが飾られている。それらをたくさん観てきたアロワイヨーから、現物に仕上げるにあたっての注意すべき点が語られる。
「一時の繁栄に浮かれる事無く、農業・商業的な発展に心砕き、長い目での反映と安寧に目を向けている姿勢はきっと長い目で見て良いと思うのです」
国乃木の言葉にアロワイヨーはいたく感動する。
「これが壁掛けとして出来上がれば、とてもよいものになるはずです」
図案を眺めながらアロワイヨーは何度も呻る。
「披露の会までには必ず仕上げます。アロワイヨー様」
ミラとアロワイヨーが見つめ合う。再びエフェリアがリュートの演奏を始めた。
それからはみんなで踊る。
フェアリーの雲母が天井を舞い、猫のスピネットととらちゃんが跳ねた。
楽しい時間は深夜まで続くのであった。
●そして
「壁掛けの刺繍の目処がこれでつきました。せめてものお礼です。こちらをどうぞ」
八日目の朝、ミラから冒険者達に紅茶の葉をお礼として贈られる。
冒険者達を乗せた馬車はトーマ・アロワイヨー領を後にした。
ルーアンまではアロワイヨーの執事と一緒である。
昼にはルーアンへ到着し、帆船へと乗り換える。
九日目の夕方、冒険者達は無事パリに戻るのであった。